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〈レパートリーの創造 ホープス〉野村眞人『吉日再会』『観光客』関連コラム

野村眞人『吉日再会』インタビュー(前編)

インタビュー、構成:長澤慶太
2026.10.27 UP

ロームシアター京都のプロデュースシリーズ〈レパートリーの創造 ホープス〉のアソシエイトアーティストのひとり、野村眞人による『吉日再会』、新作『観光客』が10月末から11月頭に上演される。
ドラマトゥルクを担う長澤慶太がインタビュー・構成をした記事を、前・中・後の計3編にわたって掲載する。

前編  中編  後編

インタビュー、編集構成:長澤慶太


(2026年3月ワーク・イン・プログレス公演@ロームシアター京都 撮影:中谷利明)

――2024年の大阪初演から今日までの2年間、横浜での再演を経て、今年は野村さんの作品としては初の海外公演である台湾での本番がありました。それらの上演は、再演のたびに作品の内容を少しずつ変化しながらのものであったと伺っています。今回、ロームシアター京都で、この『吉日再会』を再び上演するわけですが、これは「再演」という呼び方で問題ありませんか?

 

野村:一応は再演と呼んでいますが、大阪での初演から、次の横浜、そして今回の台湾・京都公演と、作品の内容は色々な点で異なっています。ただ、新しく上演を迎えるたびに、作品が変化していくということ自体は、創作を始めた頃から予定していたというか、そのような作品として続いていくことを期待していたものなので、その変化は、毎回の公演でそのつど楽しんでいます。
その上で、ここでいう作品の変化というのは、あるシーンが別のシーンに変更された、といった意味のことだけではありません。もちろん実際には、色々な場面が追加されたり減ったりという、上演での変化というものはこれまでに多くありました。しかし、いまここで話されている変化というのは、もっと各々に個人的な、ある意味ではささいな出来事についての変化です。たとえば、今回の作品に出演してくれている、実際に精神科の訪問看護師として長くお仕事をされてきた瀬戸敏由紀さんの場合、この作品で敏由紀さんは、ご自身が実際に行っていた訪問看護の仕事の現場を再現してくれているわけですが、最初にお会いした2020年の頃、つまりインタビューや稽古ばかりしていた頃はまだ、現役の訪問看護師としてお仕事を続けられていました。けれど、この『吉日再会』という作品を最初に上演した2024年の頃には、定年を迎え、すでにお仕事を退職されています。まだ上演前のクリエイション期間内ですら、年齢に応じたライフステージの変化が出演者に起きていて、そういった大きなことから、さらに小さく個人的なことまでの変化が、作品の内容の変更とまで至らないような部分も含めて、様々にこの『吉日再会』へ影響を与えています。もちろん、それは敏由紀さんだけでなく、敏由紀さんの息子であり、同じ出演者の沙門さんも同様です。沙門さんは俳優として活動をされていますが、その4年間のあいだに、私の作品だけでなく色々な活動を続けていて、そのつど俳優としてのキャリアを重ねているからこそ、舞台上での父との関係のつくり方にも、そのつど新しいものがあります。
もちろん、出演者自身の経験や来歴の変化が、そのまま作品に影響を与えるということは、ドキュメンタリー的な作品においては起きやすいことだと思うので、それは決して特別なことではありません。ただ、この『吉日再会』の場合は、それぞれの個人が過ごしている環境の変化だけでなく、二人が実際の父と子であるという、親子としての二人の関係にも、当然ながら様々な変化があって、それが舞台上での関係性にも影響を加えています。ただ「出演者」というだけの関係でなく、二人が家族であるということによって、この作品に出演している二人の関係性が、また別のかたちで更新される、そんな家族としての二人の関係の変化というものも、この作品の内容に大きな影響を与えるだろうということは、最初の上演の頃から、すでに考えていたことでした。

(2021年ごろの稽古風景 撮影:野村眞人)

――この『吉日再会』という作品の変化というものは、出演者それぞれの、そのつどの「現在」が反映された結果であって、ある意味でいえば、そのような変化そのものを受け入れながら更新されていくという大きな時間を含めてこそ、この『吉日再会』という作品だということかと理解しました。

野村:この作品を最初に上演した頃から、これからいずれ再演の機会があるとして、初演と同じことをそのまま繰り返すような上演は難しいと思っていました。初演の頃にあった関係を固定するのでなく、そのつどの二人それぞれの状況や、二人のあいだの関係みたいなものを踏まえた作品として上演を重ねることが望ましいだろうと、そのように考えていたからこそ、作品の大枠として、敏由紀さんの仕事の再現をするという構造自体は変わらないとしても、部分的なところでは、再演のたびに色々と内容を変えて創作を続けています。そして実際に再演という経験を何度か繰り返してきたわけですが、もともとの期待の通り、私自身を含めて、三人それぞれの「現在」のようなものを含めた作品になっているのではないかと感じています。その意味で、この作品はつねに、現在の二人の関係が更新されながら、そのつど新しくつくられていく作品であろうと、そういったことは最初の頃から想定していて、出演者の二人にも伝えていたのですが、再演を踏まえて改めて感じています。

――再演という経験を通じて、最初に予定されていた、あるいは期待されていたものがやっと始まったところではないかと思います。その上で、直近の再演は、文化も言語も異なる台湾での上演であったわけですが、そのことを通じた新しい発見はありましたか?

野村:まず新しいこととしては、出演者の敏由紀さんは、関西圏からほとんど出たことがない人で、さらに沙門さんは今回が初めての海外だったということで、そういう意味で新しいことは沢山でした。しかも、今回の台湾公演は、演劇の公演としては、ツアーという位置づけかと思いますが、親子の関係としては、海外公演という仕事を通じた、初めての親子での海外旅行のような雰囲気があって、実際に二人で海外の地域を散策したりもしていたので、二人にとっての初めての新しい経験が、この台湾公演を通じて増えました。出演者自身の実人生から創作された作品が、ツアーという機会を得ることによって、二人の実人生に新しい経験をつくったということは、もちろんこの作品での、舞台上での二人の関係にも、また新しい影響を与えることになるだろうと思っています。実際、旅行を経て、二人がそれぞれに知らない一面を知ったりするようなことがあったそうですし、台湾を経てからの二人の関係は、やっぱり稽古場でも感じられるくらい、新しいものになっています。とはいえ、改めて考えてみると、たとえば沙門さんの場合だと、稽古のあいだに相対しているのは、訪問看護師という仕事を通した父親の姿ばかりでした。しかしツアーのあいだは、そういった仕事の振る舞いを外した父を、改めてよく知る時間になっていたようです。一方の敏由紀さんは、これまで大阪・横浜と続いて、演劇公演の出演者として、いよいよ海外まで行ってしまったわけなので、はじめは「自分の仕事を舞台で再現する」というだけのことが「演劇公演の出演者としての上演」というように変わっているようです。沙門さんにおいては「現実」における関係性での部分が増えていくなかで、敏由紀さんは「演劇」という作り事としての意識みたいなものが増えています。そのことで、敏由紀さんは、どんどん劇場という場所に慣れてくれているし、演劇のなかにいる自分自身のあり方をどんどん見つけてくれています。反対に、沙門さんは、俳優としてだけでなく、父を前にした自分自身であるということの二重性みたいなものをさらに厚くしてくれています。
また、海外の観客の反応という点でいえば、台湾での本番は、台北のアートスペースのような場所での上演だったのですが、そのあたりは特に高齢化が進んでいて、家族間介護なども多いという地域であるらしく、上演会場の近くには、看護ステーションのようなものもちらほら見られました。それは台北だけでなく、多くの都市において発見されるような風景であろうと思うのですが、だからこそ、文化や言語の違う地域においても、親子や看護、高齢化といった、本作にも関わりあうような事柄への関心は、ある程度まで共有されるという感じがしました。これまで『吉日再会』は、そもそもから小さな単位である家族という関係性から始まり、精神訪問看護という少人数で共有される経験を内容とし、さらに関西という限定された場所を拠点にした作品として続けられてきたわけですが、台湾での本番を通じて、広く開かれていくような感覚がありました。また、それは私だけでなく、出演者それぞれも、この台湾公演を通じて感じられたと話してくれました。その意味で、この台湾公演は、これまで出演者同士の個人的な関係性で言葉を交わす私事のようなものでなく、舞台上と客席のあいだで共有される言葉をもった作品という形で、広がりをもつきっかけになったと思っています。

――何度も再演を重ねることによってのみ発見されることは少なくありません。その意味で、台湾での公演は、この『吉日再会』をまた新しく更新するような大きなきっかけであったかと思います。ちなみに、大阪公演では、終演後に観客との交流の時間があったそうですが、作品のあとにはどんなことを話されたのでしょうか。

野村:台湾では、上演後にお客さんから、「いま本番が終わってすぐに、自分の父に電話をしてきたんだ」という人が話しかけてくれました。あと、これは直接に話をしたわけではないのですが、この作品には脈拍を調べる場面があって、その場面で、観客席のお客さんが、自分の脈拍を測っていて、これは日本での再演では一度も見なかったことで、ちょっと興味を惹かれました。
大阪の初演では、こちらから沢山の声をかけさせてもらったこともあって、お客さんの半分くらいが、精神医療やケアに関係した仕事をしている方でした。そういった意味では、一般的な「客席」とはかなり違うものだったかと思うのですが、だからこそ、やっぱりかなり違った視点から作品について話を聞かせてもらいました。かなり色々な感想があったので、全部を話し切ることはできないのですが、たとえば、この作品での敏由紀さんの訪問看護のやり方というか、被看護者との関わり方というのは、敏由紀さんの言葉を借りれば「古き良き」あるいは「全人格的」な関係性での関わり方です。しかし、現在の精神看護に関わる人たちが採用する被看護者との関わり方というのは、もっと合理的な方法、ある一定の基準をもって進められる方法が一般的だそうです。敏由紀さんのように、個別の相手に合わせて、そのつど「全人格的」に相手との関係を結ぼうとするような方法は、それこそ「古き良き」もので、現在の主流とは呼ばれないものらしい。実際にケアや看護や医療の現場に働き、それゆえに事情をよく知るお客さんが多かったからこそ、そういった意見を聞くことができました。一方で、コロナ禍を経てからの人間同士の距離感のようなものだったり、いま現在の私たちの社会に人間関係に対する「合理的」な姿勢に対して、「古き良き」といわれる敏由紀さんの精神看護の姿を、演劇という形式を通じて「全人格的」な人間の姿を上演するということには、きっと少なくない意味があるだろうと思っています。【中編に続く】

(2026年8月台湾公演@Ridge Theatre Photo Credit: Yuchen Cheng (Provided by Beitou Art Festival))


 

<公演情報>
ロームシアター京都〈レパートリーの創造 ホープス〉
野村眞人『吉日再会』
10月30日(金)19:00
10月 31日(土)14:00/19:00
11月1日(日)14:00

ロームシアター京都〈レパートリーの創造 ホープス〉
野村眞人『観光客』
11月6日(金)19:00
11月7日(土)14:00/19:00
11月8日(日)14:00

  • 野村眞人

    Photo by shimizu kana

    野村眞人 Masato Nomura

    1991年生まれ。演出家。レトロニムのメンバー。京都を拠点に、2016年から演劇作品を劇場内外で制作・発表している。人・場所・環境の現実的な関係に演劇を引用し、アクチュアルなフィクションに再構築する。近年の作品に、精神科訪問看護と親子をモチーフにした『吉日再会』(2024)などの上演作品や、自身の家族の故郷である青森で行った墓参りを題材にした『そうか、おまえいまそこにいるのか』(2024)、高齢者デイサービス利用者との交流から生まれた『わからないのがいいでしょう?』(2024)などの展示作品がある。ロームシアター京都 〈レパートリーの創造 ホープス〉アソシエイト・アーティスト。2024 年度ACY アーティスト・フェロー。利賀演劇人コンクール2018優秀演出家賞。2024年度文化庁新進芸術家海外研修制度により1年間ドイツ・ベルリンで研修。

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