ロームシアター京都のプロデュースシリーズ〈レパートリーの創造 ホープス〉のアソシエイトアーティストのひとり、野村眞人による新作『観光客』の上演目前、ドラマトゥルクを担う長澤慶太によるインタビュー記事をお送りする。
インタビュー、編集構成:長澤慶太

――日本でも有数の観光地である京都の劇場で、野村さんの演出する『観光客』というタイトルの演劇作品が、まもなく初日を迎えます。そもそも、このようなタイトルの作品を構想するにあたっての、きっかけのようなものを教えてください。
野村:色々な段階があってのことですが、本当に最初のことをいえば、それは私自身の経験からの構想だと思います。どの場所にいても、そこにいる自分が「観光客」であるような気分になってしまう、あまり共感されることのない、私自身の感覚的なものが、最初にはあったかと思います。自分の生まれた土地や、自分の育った街に帰ったときであっても、その感覚は変わりません。大切な風景と呼べるものや、懐かしく感じられる土地の景色のようなものがなく、要するに、場所との繋がりみたいなものが希薄なんだろうと思います。
それは、私のこれまでの経験に由来していると思います。私の家族――曽祖父の代から私までの4代を含めた私の家族というのは、いわゆる「故郷」というものが、それぞれにおいて曖昧になっています。たとえば、私の母は、もともと青森にあった家系の人なのですが、いま、親族は誰も青森に家を持ちません。だから私の母も含めて、家族の誰も、青森に帰郷することがなく、それぞれ違う場所に住んでいます。私の家族というのは、故郷を心にしまいながらそのつどの移動を続け、そのつどの新しい場所へ馴染もうという努力を続けてきた、そんな家族だったようです。
これらの経験にともなって感じられる気分のようなものを受け継いだからこそ、特に場所との繋がりのようなものを、私は希薄に感じているのだろうと思います。そして、根を張ったといえる場所を持たず、居場所を変え続けたという経験が、あたかも自分を「観光客」かのように認識させているのではないかと思います。
その上で、もしも「帰る場所」というものがあるとすれば、それを私は、人のいる場所だと考えます。この作品では「観光」というものと同時に、「故郷」というものへの関心を多く扱っていますが、私にとって、それは場所を指すのでなく、人を指すものです。だから、いま祖父母の住んでいる場所、いま両親が住んでいる場所、という、そのつど家族が住んでいる場所が、私にとって帰る場所ですし、それは私だけでなく、私の家族にとっても、似たようなことだと思います。
ちなみに、「故郷と呼べる場所がない」というと、周りの人からは、さみしいことのように受け取られかねませんが、私はこういう感覚を、それほど悪くないと思っています。ただ、故郷というものがないからこそ、故郷と呼ぶ場所を持っている人のことは、以前から気になっていました。自分がそうでないからこそ、故郷というものを強く持っている人への関心が大きいのだろうと思います。
――そういう意味でいうと、今回の作品でも中心的な場として扱われている「京都」は、野村さんについて、どのような場になっていますか?
野村:京都には15年住んでいます。この15年で、私にとって京都は、これまでもっとも長く住んだ街になりました。その京都には、一緒に暮らしている人がいて、友人がいて、仕事の仲間が多くいます。いまの自分に帰る場所があるか、と尋ねられたら、私は京都だと答えます。京都はいま、生活の場であり、帰る場所です。
とはいえ、いまだに自分を「観光客」かのように見てしまうことも少なくありません。いうまでもなく京都には、日本中、そして世界中から多くの観光客が訪れます。そして、どの場所にいても自分を「観光客」かのように感じてしまう性分なので、この京都で生活をしながら、ここに訪れる観光客の人たちに、自分自身を重ねていることがあります。
また、私にとって生活の場となった京都という街ですが、しかし「根を張った」とは思っていません。京都は、日本でもっとも古い歴史を持つ街のひとつであり、「三代続いてから京都の人になる」なんてことも言われます。いまの私にとって、京都は帰る場所ですが、しかし故郷と呼べる場所ではありません。けれど、たとえば本作に出演している菱井さんにとって、「故郷」といえば京都です。その意味でいえば、私にとっての京都は、「観光地」でも「故郷」でもない場所であるのかもしれません。
だから私は、京都を「故郷」と呼ぶ人たちが、「観光地」としての京都になにを感じているのかを知りません。また、観光のために京都を「訪れた」人たちが、生活の場として京都に「居続ける」人たちの姿をどのように見ているのかも知りません。ただ、そういった関心は、本作の『観光客』にも繋がっています。「居続ける人」と「移動する人」が見ている風景には、それぞれの感じる楽しさや、それぞれに固有の経験があるはずです。そういったものを描こうとする作品は、きっと、さみしい作品になるだろうなと、なんとなくですが、感じていました。

(2026年3月に行われたワークインプログレス公演 撮影:中谷利明)
――野村さんの「観光」ないしは「故郷」に対する関心がよくわかりました。一方、この「観光」という主題や、それに付随する「移動」といった主題は、現代的であったり社会的であったりする問題を想起させるでしょうし、また、観客としては、それを期待する部分もあるかと思います。それらについての考えを教えてください。
野村:現在的な課題、というような物事について、それを正面から扱うような作品のかたちも、もちろん考えられたと思います。ただ、今回については、本作が「レパートリーの創造 ホープス」という枠組みであることから、もう少し別の視点を目指しました。この作品がレパートリーとして、京都に長く暮らしている人や、一時的な移動のために訪れた人、いずれこの街を去る人などに向けて、長い時間の中で何度も観劇され続けるのであれば、いま現在に象徴的な課題でなく、京都という街のなかにある、もっと普遍的なものを扱いたいと考えました。その普遍的な姿というのは、今回なら、「移動する人」と「居続ける人」であり、また、それぞれの群像です。
歴史の中で、人は移動することをやめなかったと思います。もちろん、その移動という言葉には、観光や新生活といった前向きなものだけでなく、侵略や開拓などの物事も多く含まれます。加えて、どこかから訪れた人たちがいる場所には、ときにそれを受け入れ、場合によっては対抗した人たちの姿もあります。「移動する」ことと「居続ける」ことは、今日の私たちだけでなく、これまでの歴史の中でも、普遍的なことのように思います。
京都という街には、そんな「移動する人」と「居続ける人」の両方の姿が見られます。だからこそ、いまの京都というものを描こうとする態度は、そのまま普遍的な物事を描くことの態度にも連なるだろうと、私は考えます。
もちろん、より現在的な事柄について考えを持たないわけではありませんし、実際、移動という言葉は、現代的な事柄とも密接に関わっていると思います。多様な移動手段を通じて、移動そのものが容易になり、移動すること自体を推奨するような雰囲気などがある一方で、戦争や感染症、国家間の摩擦は、人々の移動に制約をもたらします。「移動する人」と「居続ける人」とに関わる情勢のようなものに影響されていたから、今回の作品で取り組んでいるような内容を考えていたことも事実です。しかし、この『観光客』という作品では、「移動する人」だけでなく、「居続ける人」にも目を向けることで、それとは異なる風景を描こうとしました。そのために、居続ける人、居続けることが出来なかった人、あるいは移動することが出来なかった人や、移動することや居続けることに違和感を覚えている人たちの、個人的な記憶や経験を、この作品では主に描かれています。『観光客』というタイトルによって期待されるものとは異なるかもしれませんが、しかし、それでも本作は、私なりの普遍的なものを目指してつくられています。

(京都芸術センターでの稽古風景)
――同時代的でなく普遍的なものに向かった関心ということですが、それは以前にも少しお伺いした、ベルリンでの経験も少なくないきっかけでしょうか?
野村:その影響は少なくありません。実際、ベルリンの劇場では、移民について扱った内容の作品が多く上演されていました。もちろん、それは日本とは異なる次元での現実感を伴ったものです。たとえば、ある作品に出演していた俳優の方は、中東系のルーツを持つドイツ人の俳優として、まったく流暢なドイツ語を話します。その上で、中東系のルーツを持ったドイツ人の俳優の方は、自身のルーツにまつわる外見上の特徴などから、その作品では移民の役を演じていました。その作品は、ヨーロッパで上演される作品として面白かったのですが、しかし同時に、日本で、あるいは京都で、もしも同じ方法による同じ内容の作品を上演するとしたらどうなるかと考えさせられました。
とえば、明らかにルーツの異なった出演者が、流暢な日本語によって出演していたとして、私はその姿を「ルーツの異なる日本人」による上演だと、果たして本当に見ることができるのだろうか、と思います。作品の内容についてはいうまでもなく、日本と欧州では異なります。同時に、移民という人々の姿や、その人々と社会との関係性の現在など、そして、もっと単純な意味での「外国人」に対する考え方などが、日本の私たちとは、明らかに異なる臨場感から描かれていました。
ベルリンでの滞在は、それらの違いを改めて考えるきっかけになりました。同時に、その滞在によって、まったく同じではないけれど、しかし似たような経験を、私自身も日本の中で経験したことがある、ということを思い出させてくれました。それは、私の家族についてのことです。
私の家族は青森の津軽の出身です。その家族の住む家の中では、津軽弁が主に話されていました。しかし、私たち家族は長野県に移住していたため、一歩その家の外に出れば、津軽弁での会話はどこからも聞こえません。また、私の生まれる前の話ですが、私の祖父母は、青森から出稼ぎのために横浜へ移住し、それから長く横浜に住みました。その祖父母が住んでいたのは、同じ出稼ぎ仕事のために横浜へ移住した青森からの労働者たちが住むために、柵に囲まれた大規模な一帯に準備された、小さな集落ほどの広さのある仮設住宅地でした。仮設住宅地に住むのは、ほとんどが青森からの期間移住者と、その家族です。だからその一帯での会話は、津軽、ないしは青森の言葉で話されます。けれど、その柵の外に出た先では、横浜で話される標準語が交わされていました。
ベルリンという街に過ごす中で、私は、日本という同属性の中にも、様々な違いが存在していたということを思い出しました。もしも観光という題材をとり、異なる国の人々との関係を描けば、たしかに現代的な内容の作品になったかと思います。しかし、日本で、しかも京都で作品をつくる私にとっては、外国に視線を向けることと同様に、日本に住む観客に向けて、世界的でなく国内的な出来事を扱うこともまた、現代的であり、かつ自然であるような気がしています。

――今回の上演に先立って、2026年の3月には、『観光』というタイトルでのワークインプログレス公演が行われています。そこで試みたことや、その試みを経た今回の『観光客』での新しい挑戦などがあれば教えてください。
野村:ワークインプログレスでは、オーディションに来てくれた出演者とともに作品を創作しました。その内容は、出演者それぞれに聞かせてもらった、観光や旅行などに関わる個人的な経験を、ひとつの短い断片的なシーンにつくりあげ、それを順番に上演するような、結果的には短いオムニバスを見るような作品になりました。
その作品を改めて振り返ると、各々に上演したシーンには、それぞれ固有の面白さがあったと感じています。一方、あくまで断片的な場面による上演には、ひとつの作品としてのまとまりが欠けていたとも思います。それぞれの背景をもった人たちによる、それぞれに特別な観光の経験は、ワークインプログレスの段階では、あくまで個別のものとして上演されていた。それが悪い、というわけではないのですが、この方向性を突き詰めるとすれば、より多様で、さらに特別な、観光に関するエピソードを持つ出演者が、もっと無数に舞台上へ登場するような作品になるだろうと、そんな予想をしていました。
しかし、私としては、無数で個別の経験が集まるようなことでなく、それぞれの経験をもつ個人が、相互に関わりあいながら、アンサンブルしていくような作品にしたいと思っていました。そして今回の『観光客』では、「移動する人」、そして「居続ける人」それぞれが、アンサンブルできるような関係の創出を目指しました。また、少なくとも私にとっては、「移動する人」と「居続ける人」が関わりあうような、そんなアンサンブルというのは、ここ京都という街において、すでに自然に行われていることではないかとも考えていました。
また、ワークインプログレスからの違いという点では、それぞれの出演者の実際の経験を出発点とはしつつも、しかし今回は出演者だけでなく、私自身の経験や、私の近しい別の人の経験などが作品に加わっています。上演されている内容のすべてが、それを話す出演者たち自身の経験というわけではなく、私自身の経験、あるいは創作された会話のやりとりなどが、出演者の語る内容へ織り込まれています。かなり創作的な面が多くなっていったことも、ワークイン・プログレスからの変化であると言えるかもしれません。実際、観光客と地元の住民とが、偶然にちょっと話をしてしまうような場面などは、ほんの短い場面ではあるものの、そこには創作の面が多く含まれています。
その創作上の変化は、今回の上演において目指された、アンサンブルということに関わっています。出演者それぞれの経験、あるいは私自身の経験など、本来は交わることのなかったはずの経験は、舞台という場所においては、不意に関わりを持ってしまうこともできます。この作品に登場する「観光客」と「在住者」は、舞台の上だからこそ、不意に関係性を持ってしまい、そして自分が知ることのなかった「移動すること」の経験や、自分が経験しなかった「居続けること」の理由を聞くことがあります。
そのように、「観光客」には知ることのできない京都の風景と、「在住者」が関心を持ち得ない京都の風景とが、すれ違ったり、あるいは混ざり合ったりするようなアンサンブルを、今回の作品では目指しています。しかし、それは決して特別なことではないとも思っています。というか、京都という街に過ごしていると、そのようなことが日常的に起きていて、異なる立場で過ごす人たちがアンサンブルを繰り返しているようにも感じます。全員がいつまでもバラバラにあるということでもないし、かといって、全員で同じひとつのものに向かうということでもなく、「移動する人」と「居続ける人」、あるいは「観光地」と「故郷」といったものが、それぞれに異なりながら、しかし、ひとつの全体として、違ったままで融和する、そんな風景を、作品にしたいと思いました。

――そのようなアンサンブルを担う出演者のひとりとして、今回の『観光客』では、京都に生まれ、京都で人生の多くを過ごしてきた菱井喜美子さんが出演されています。京都で劇場文化にかかわる人にとっては、現在の「人間座」の代表として、説明も不要な方かと思いますが、この菱井さんに出演をお願いした経緯について、改めて教えてください。
*人間座:1957年に京都大学の学生劇団出身者らが中心となって創立された、京都を拠点とする劇団。
野村:菱井さんは、現在は人間座の代表として、これまで60年を超えて俳優として活動をされてきた方です。なので当然、これまでに地方公演なども多く経験されてきました。一方で、菱井さんは、いわゆる旅行や観光といったことを、これまで少しも経験されたことがないそうです。俳優として、これまでずっと、あくまで京都に根を張りながら生きてこられた。俳優としての経験ということはもちろん、実人生の部分においても、この『観光客』という作品においては、すでに欠かすことのできない方です。
また、観光地と故郷との融和という、本作の目指すところについても、実は菱井さんのお話によって、より明確なものへと変わりました。稽古の中で、菱井さんが、こんな話を聞かせてくれました。「京都の道は昔から変わらないから、地図も変わらない。けれど、風景は大きく変わった。馴染みの店が無くなったり、人がいなくなることもある。さみしいことではあるけれど、大きな建物が新しくできたり、街の様子が少しずつ変わっていくことは、興味深いと思うし、楽しい」。変わっていく京都の街の姿に、さみしさを覚えるのは、そこをよく知る人にとって当然のことだと思います。一方で、新しく変わり続けることで、見知らぬ場所のようになってしまう風景が、楽しい、と話した菱井さんの言葉は、その場所で暮らす人の言葉というより、まるで観光に来た人が、見知らぬ街の風景について話しているような、そんな言葉にも聞こえました。また、菱井さんは、京都市内で、少しだけ迷子になってしまった経験があるそうです。それは景色が変わってしまったことが理由にあるそうですが、馴染みのない景色のなかで、ちょっと道に迷ってしまう姿というのも、旅行者に似た姿ではないかと思います。
初めて訪れた観光地の景色を楽しむ観光客と、新しく変化した地元の景色を楽しむ在住者の姿は、きっとどこかで似ています。いま見えている景色を楽しむことや、その風景の中で迷子になってしまった菱井さんのお話を聞きながら、「故郷」と「観光地」というものも、そうやって混ざり合うことができるのではないかという、新しい発想を得ることができました。そういった菱井さんとの交流を通じて、今回の作品が大きく展開したことは間違いありません。
その上で、これは本当に個人的なことですが――60年を超える経歴をもった俳優と、同じ稽古場でひとつの作品をつくるという機会は、なかなか簡単に得られるものではないと思います。もちろん私にも初めての経験です。その稽古場での作業では、俳優として積み重ねられた時間の大きさのようなものが、ひしひしと感じられます。ひとつの台詞に対して、そこに描かれる感情や、その台詞が与える意味、自分がそれを喋ることの理由といった、舞台上で行われることに対する態度だけでなく、稽古場で過ごすその姿に、そのつど襟を正されています。休憩中も台本を手放すことはなく、自分の出演しない場面でも、舞台上で起きていることから目を離すことはありません。それは菱井さんにとって当然のことなのだろうと思いますが、その当然を、60年を超えるこれまで、ずっと続けてきたのだろうという姿に、胸をうたれつつ、私も背筋を伸ばしています。これまでと同じように、そんな振る舞いを自然に続ける菱井さんの姿は、同じ稽古場を過ごすことによってしか、知ることのできない姿でした。
とはいえ、今回の作品には、これまで菱井さんが出演されてきた作品からは外れるような、ある意味では関わりづらいような部分が、少なからずあったかと思います。実際、菱井さん自身の経験、自身のこれまでの歴史について取り扱うような作品への出演は、これまでほとんど経験がないとも話されていました。その点で、稽古のスタイルや、作品に対する考え方において、かなりの無理をお願いしていたかと思います。それでも菱井さんは、稽古を通じて、ご自身の経験をすべて、舞台の上の言葉に変えてくれています。そういった部分にも、俳優として積み重ねられた時間を感じながら、稽古を積み重ねてきました。結果、今回の作品の一幕ともいえる部分については、菱井さんの独白を中心とした、私にとっても経験のないような一幕になりました。

(京都芸術センターでの稽古風景)
――この作品の一幕にあたる部分は、京都に生まれ、その街で暮らしてきた「居続ける人」としての菱井さんによる独白があり、その後は、もうひとつの軸になる「移動する人」たちの姿が描かれるというかたちになっています。この独白のあとに続く、二幕にあたる部分に描かれるものについて教えて下さい。
野村:前半部分は、「居続ける人」として、京都に住んでいる個人の経験が中心的に描かれます。その後は、「移動する人」たちの群像的なものへと変化します。そこでは、「移動する人」「移動せざるをえなかった人」「移ることにも居ることにも違和感を感じる人」などの人たちが登場し、それぞれに個別の経験が語られます。自分の地元に対して強い感情を持てない人、故郷に留まることができなかった家族についてのルーツをたどる旅をしている人、もう行くことのなくなった旅行先の話をする人、すでに会うことのできなくなった旅行先での出会いの話をする人などの姿から、「移動する人」の群像と、その人たちが見た風景を、立ち上げたいと考えています。
もちろん、それらの「移動する人」たちの姿が、やがて「居続ける人」の姿へ混ざり合うことが、この作品では目指されています。それぞれが個別に経験した、それぞれの知る場所の風景が、故郷や記憶といった言葉を通じて、融和するようになればと思います。観光地と地元民というのは、なんとなく対立的に考えられているかと思いますが、それらは共に似ていて、互いに結ばれることもある、そんな風景が描かれればと思っています。
ただ、「移動する人」が結果的に、すでに失われた場所や、もう会うことのできない人たちについて、多くを話すことになったことは、狙っていたものではありません。これは、自分から選んでそのように向かっていったわけでなく、稽古の過程を通じて、自然にそのような結果になったものです。
――それは、最初にお話をしていた、「さみしい作品になるだろう」ということにも通じるような気がしますが、そもそも、野村さんのいう「さみしい」とは、どういうものですか。
野村:今回の作品に沿って話すと、たとえば後半の場面では、すでに見ることのできなくなった風景について語る人が登場します。その話題自体や、それを話す姿からは、たしかに「さみしい」ような気分が感じられます。ただ、私はそれが、さみしいだけのものではない、とも思います。
もちろん、「なくなってしまったもの」について考えることのさみしさは私にもあります。しかし「かつてそこにあったものの姿」を知っているということの豊かさも、同時に私は感じたいと思っています。すでに干上がった湖を見ながら、その場所に、かつて見えていた、水に満たされていた湖の姿を重ねて見ることができれば、それは、さみしいだけの経験ではないと感じています。むしろ、枯れた湖を前にして、満たされた湖を見ることは、現在の姿と、記憶の風景が重なった、豊かで賑やかな風景を見いだせるのではないかと、そんなことを思います。
さみしいという言葉に対して、そのような意味で、私は肯定的です。本作に少なからず登場する、失われたものについての話題についても、私には、さみしいだけの経験ではないと感じられています。私には故郷と呼ぶ場所がありませんが、それもさみしくありません。両親や祖父母から、その場所について話を聞くとき、私はその場所について、何度も知ることができるからです。
――本作は、同月に上演される『吉日再会』と同様に、「レパートリーの創造 ホープス」という枠組みの中で上演されるものです。長く見られることが前提となる「レパートリー」という制度のなかにある本作への考えがあれば、最後に教えてください。
野村:『吉日再会』『観光客』のそれぞれが、「レパートリーの創造 ホープス」という枠組みでの上演であるからこそ、現在だけでなく、もっと先の時代の京都に過ごす人たちを含めて、色々な人に見られることを期待しています。また、演劇という表現が好きな人はもちろんですが、これまで劇場で上演される作品に触れることの少なかった人にも関心を持ってもらえたらと思いますし、『吉日再会』であれば、医療や家族間看護などに日常的に触れている人、『観光客』であれば、いままさに観光業などに関わりを持っている人などにも足を運んでもらえたらと思っています。
それぞれに違った人たちが、舞台上という場所でひとつの風景に混ざり合おうとする『観光客』のように、京都に暮らす人、京都を訪れた人、それぞれに違う人たちが、ロームシアターの中の観客席で一緒に過ごすという時間が、この作品を通じて生まれてくれたらと思っています。
私は、1年間滞在したベルリンで、そのことを経験しました。ベルリンの劇場の観客席で、それぞれに違った人たちと、ひとつの時間を共に過ごした豊かさを、この京都でも実現したいと、自分自身の経験から考えています。ぜひ、劇場におこしください。
<公演情報>
ロームシアター京都〈レパートリーの創造 ホープス〉
野村眞人『観光客』
11月6日(金)19:00
11月7日(土)14:00/19:00
11月8日(日)14:00