ヴィヴァルディの《四季》を起点に創作された、アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケルとラドワン・ムリジガによるダンス作品『和声と創意の試み』。2026年6月の日本ツアー最初の公演地である彩の国さいたま芸術劇場にて、来日中の振付家アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケル氏(ローザス主宰)による対話プログラム※が開催された。若手ダンサーや振付家を対象とした対話プログラムは、浜野文雄氏(新書館『ダンスマガジン』編集委員)を聞き手に迎え、参加者からの質問にケースマイケル氏が答える形で進行。本作の創作背景やケースマイケル氏のダンス哲学に触れる貴重なひとときとなった。
※ 彩の国さいたま芸術劇場「ダンス・リダイレクション2026」プログラムの一環として6/20(土)開催(於:彩の国さいたま芸術劇場 大稽古場)https://www.saf.or.jp/arthall/information/detail/107862/
主催:彩の国さいたま芸術劇場、愛知県芸術劇場
通訳:田村かのこ(Art Translators Collective)
文:ロームシアター京都

© Anne Van Aerschot
音楽のリサーチと分析
「どのようなインスピレーションから創作を始めるのか?」という質問に対して、ケースマイケル氏は長年のキャリアにおいて最もきっかけになったのは「音楽」だと答えました。まずは直感的に身体が反応するかどうか、衝動があるかが最初の一歩であること。さらにその音楽の構成(どのような作曲で、時空間の中でどう計算されているか)を知っていくことが、次のステップになると語りました。
「この音楽で作品を作ると決めた後は、その周辺を徹底的にリサーチし、素材を学んで音楽を分析します。作られた時代や作曲家について、どのようなレファレンスがあるか、政治的背景、誰のために、あるいは何かの歌詞のために書かれたものか。それらを調べて、具体的に組み立てていきます。それを一人で踊るのか、複数人で踊るのか。組み立てた素材に対してダンスとしてどう応答していくか、というのが制作プロセスです。」
「沈黙」の振付とは
バッハやスティーヴ・ライヒ、ジョン・コルトレーン等の幅広い音楽を緻密に分析することで知られるケースマイケル氏の振付ですが、本作はヴィヴァルディの音楽を主題にしつつも、無音のパートも少なくありません。「音楽の振付」と「無音の振付」はどのような関係にあるのか。この問いに対し、ケースマイケル氏は次のように答えました。
「音楽を分析して振付を構成するのと、沈黙の中でどう身体を動かすか、という創作は並行して行い、最終的に一つの作品へとまとめ上げました。沈黙とは、音楽が始まる前の時間とも言えます。動きの前に『動かない時間(静止)』があるのと同じように、沈黙もまた音楽へと繋がる時間なのです。」
さらに本作がラドワン・ムリジガ氏との共作であることにも触れ、異なるアプローチを持つ二人が、ヴィヴァルディの音楽が内包する世界観について並行して思考していくことで本作が生まれたと明かしました。
また、「沈黙を振りつける」とは、という更なる質問に対しては、「動きに耳を傾けること」「音を見ようとすること」が重要だと説明しました。
「沈黙とは何もないということではなく、視覚的な要素もあれば、息遣いもあります。身体の中で打つ心臓の鼓動、重力との関係、そして歩くこと。沈黙の中にどのようなリズムを作り出すのか。そのリズムは身体の内側にあるのか、身体の動きによって生まれるのか、あるいは時空間のなかにリズムがあるのか、ということを考えています。」
振付のための「三つの要素」
「芸術家として生き続けるうえで大事にしていること」を問われると、ケースマイケル氏は「人生をかけて答えるべき質問ですね」とことばを選びながら、振付を行う際の重要な三つの要素を挙げました。
1,祝祭:何かを大事にする気持ち、人生を謳歌すること。
2,喪失:何かを失ったときの悲しみ、弔いの気持ち。
3,内省や反芻:いま何に向き合い、どこにいて、どうなっているかを見つめること。
45年にわたる自身のキャリアを振り返り、芸術家の役割は時代とともに変化していると語りました。古来より人間が持っていた知恵が、近年のテクノロジーの台頭によって試されていると感じているといいます。その時代に対し、自身が挙げた三つの要素でどう応答していくか。
「答えを出すよりも、問い続けること。メッセージを伝えるというよりは、答えを探ることこそが重要だと考えています。」
約一時間に及んだトークは、ケースマイケル氏の長年にわたる創作への真摯な姿勢を垣間見る、濃密な時間となりました。本作品は埼玉公演のあと、愛知、京都での公演へと続きます。ケースマイケル氏がムリジガ氏やダンサーたちとともに編み出した唯一無二の世界を、ぜひ劇場で直に体験してください。
<公演詳細>
〈ロームシアター京都10周年記念事業〉
アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケル、ラドワン・ムリジガ
ローザス、アトラファイブ
『和声と創意の試み/ Il Cimento dell’Armonia e dell’Inventione』

Photo: Anne Van Aerschot
2026年6月27日(土)19:00開演、6月28日(日)14:00開演
会場:ロームシアター京都 サウスホール
https://rohmtheatrekyoto.jp/event/148028/
振付:アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケル、ラドワン・ムリジガ
共同創作・出演:ボシュチャン・アントニッチ、ナシーム・バダグ、ラヴ・クルンチェヴィッチ、ホセ・パウロ・ドス・サントス
音楽:アントニオ・ヴィヴァルディ《四季》
録音:アマンディーヌ・ベイエ、リ・インコーニティ Alpha Classics / Outhere Music(2015)
音楽分析:アマンディーヌ・ベイエ
詩:アスマー・ジャマ「We, the salvage」、アントニオ・ヴィヴァルディ「Le quattro stagioni」