Column & Archivesコラム&アーカイヴ

#コラム・レポート#舞踊#2026#2026年度

ローザス、アトラファイブ『和声と創意の試み』関連記事

Rosas(ローザス) ——世界との関係を問い直すダンス

文:越智雄磨(舞台芸術研究)
2026.5.15 UP

Photo: Anne Van Aerschot

 世界のコンテンポラリーダンスを語るとき、ベルギーのカンパニーRosasの名を外すことはできない。主宰アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケルは、第36回高松宮殿下記念世界文化賞も受賞した、現代ダンス界を代表する振付家である。Rosasは、音楽と身体の関係を根本から問い直し、40年以上にわたり新しい舞台芸術の形を切り開いてきた。そして、この6月、ロームシアター京都で上演される《和声と創意の試み/ Il Cimento dell’Armonia e dell’Inventione》は、その歩みの現在地を示す貴重な機会である。本作は多くの日本人にも馴染み深いヴィヴァルディの《四季》を再解釈して創作されている。
 Rosasといえば、現代音楽、ジャズ、クラシック、シャンソンなど様々なジャンルの音楽に対して繊細で緻密な応答を重ね、音楽と身体の関係を考え続けてきたダンス・カンパニーである。現代音楽を使用した作品も目立つ一方、なぜ、今ケースマイケルは18世紀に作曲された《四季》を選んだのだろうか? 
 本稿では、この待望の来日公演を前に、Rosasというカンパニーが設立から現代に至るまでいかに音楽と向き合い、ダンスの新しい形を作り出してきたのかを追跡してみたい。その歩みを辿ることが、今回の作品をより深く味わうための手がかりとなればと思う。

Rosasとは何か:ベルギーから起こった新しい波

 Rosasは、1983年ベルギーの首都ブリュッセルでケースマイケルを中心として、モーリス・ベジャールが運営していた舞踊学校ムードラで知り合った4人の女性ダンサーで結成されたダンスカンパニーである。ケースマイケルの同窓だった池田扶美代も創設メンバーの1人である。ムードラで音楽家フェルナン・シレンのリズム論の講義に強い影響を受けたケースマイケルは、その後、一貫して音楽と身体運動の関係を追求し続けることになる。ちなみに、1980年代以降ベルギーからはRosasのほか、ヤン・ファーブルやヤン・ローワース、ヴィム・ヴァンデケイビュスなど実験的で斬新な身体的表現を追究するアーティストたちが現れ、「フレミッシュ・ニューウェーヴ」として注目を集めていた。
 カンパニーを結成する直前に発表されたケースマイケルの出世作はスティーヴ・ライヒの作曲によるミニマル・ミュージックに振り付けた《ファーズ》(1982)である。

 

シンプルなフレーズが反復され、やがて微細なずれと重なりを生み出していくライヒの音楽は、彼女にとって、学んできた音楽理論を自らの身体で試す格好の素材だったに違いない。ライヒの作り出す音楽を媒介としてケースマイケルは振付家としてもダンサーとしても、その才能を一気に開花させた。正確に、淡々と繰り返されながら、やがてずれや差異を生じさせるダンスは、ライヒの楽曲と拮抗しながら存在し、日常の時空間を越え出ていくための儀式のような印象さえ受ける。
 他方、カンパニーとしてのデビュー作《ローザス・ダンス・ローザス》(1983)では規則的で反復的な動きの中に日常的な身振りも取り込まれる。演劇的なストーリーや役割があるわけではなく、ダンサーたちは規則的、幾何学的な振り付けを踊るという点では《ファーズ》と共通する。しかし、この作品では、こうした構造の隙間から、個々のダンサーの個性や感情がさりげなく染み出してくる。その点が不思議で、魅力的な作品である。出演メンバーのミシェル・アンヌ・ドゥ・メイの兄、映像作家ティエリー・ドゥ・メイによる映像記録によって、今日でも私たちはこの傑作の魅力に触れることができる。

 初来日公演は、1989年に横浜でも公演された《バルトーク弦楽四重奏》である。「少女から女への変容」をテーマとしたこの作品は、ヨーロッパのコンテンポラリーダンスの新鮮な感覚を日本の観客に伝えるきっかけともなった。後年にはパリ・オペラ座バレエによっても再演されている息の長い作品である※1。
 これらの初期作品の映像からもわかるように、1980年代までRosasは女性のみのグループであり、「ガールズ・パワーの炸裂」と評されることもあった。女性の権利や力を肯定するフェミニズムの時代精神と、Rosasの活動は確かに並走していたのである。

儀礼なき時代の儀礼:新しい感覚によるつながり

 1990年代に入るとメンバーには男性ダンサーも加わるようになり、作品の規模も大きくなっていく。1992年にRosasはベルギー王立モネ劇場のレジデンス・カンパニーとなり(2007年まで)、ベルギー国内のみならず、世界中の劇場や舞台芸術フェスティバルから招かれるカンパニーとなった。さらに1995年には自身が監督を務める舞踊学校P.A.R.T.S(Performing Arts Research Training Studios)を設立し、世界中から集まった多くの若手ダンサーがここで身体技法や芸術理論を学び、国際的なダンスシーンへと羽ばたいている。ケースマイケルが現代のダンス界に及ぼしている影響は計り知れない。
 90年代の代表作として挙げたいのが《ドラミング》(1998)である。

 スティーヴ・ライヒによる同名楽曲に振り付けられたこの作品では、打楽器を中心とする反復的なリズムが正確に5643秒間演奏されていく。打楽器がメインの編成で演奏されていることもあり、《ファーズ》の繊細さとは対照的に、音がより直接的に観客の身体に強く響き、感覚が揺さぶられる。さらに、この作品では舞台上にフィボナッチ数や黄金比に基づく矩形や線が描かれ、12人のダンサーたちはその構造に導かれるように動く。太鼓や金管楽器、声の洪水のなかで展開される群舞は、目に見えないエネルギーの渦を舞台上に発生させているかのようだ。それは、共同体や儀礼が失われた現代において、なお人々を感覚的につなぎとめる新しい儀礼の姿にも見える。観客もまた、その渦へと巻き込まれていくのである。
 2024年にはP.A.R.T.Sの学生およそ60人が野外版《ドラミングXXL》を上演し、上演後に出演者たちが、現代に進行する戦争や虐殺、差別を批判するスピーチ・アクトを行ったことも記憶に新しい。多様なバックグラウンドを持つ若いダンサーたちが、分断の時代における新たな連帯の可能性を示していた※2。

SNS時代のRosas/《Re:Rosas!》プロジェクトが創り出す共同体

 舞台芸術界において不動の地位を築いたRosasだが、2011年に一つの事件が起こった。アメリカのポップスターであるビヨンセの楽曲《Countdown》のミュージック・ビデオにおいて、《ローザス・ダンス・ローザス》の振付が盗用されているのではないか、という議論が巻き起こったのである。ケースマイケルはこの件に関して、怒りと抗議の意思を表明した。実際その映像を見ると確かに、振付やダンサーたちが踊るシチュエーションが類似している場面が散見される。このMVに関して「これは盗用なのか、オマージュなのか」という論争も生じた。
 しかし、この出来事のあとにケースマイケルが選んだ行動は意外なものだった。「こうしたことが起きるのならば、いっそ世界中の人たちに踊ってもらった方がいい」。そう考えたケースマイケルは《ローザス・ダンス・ローザス》を誰もが踊れるように、丁寧に振付を解説するビデオを公開し、楽曲も無償で提供したのである。こうしてRosas結成30周年の年に始まったのが《Re:Rosas!》プロジェクトだった。

特設サイトには、誰もが《ローザス・ダンス・ローザス》の「踊ってみた」動画を投稿できる仕組みが用意されている。このプロジェクトは、舞台芸術がインターネットともはや無縁ではいられなくなった時代を象徴する、先駆的な試みだったと言える。
 このプロジェクトに衝撃を受けた私は、日本でもインターネット上で参加者を募り、約100人の応募者とともに《Re:Rosas!》への動画投稿企画を行った※3。その際には、この作品を初演から踊ってきた池田扶美代を特別講師として招き、参加者たちはその指導のもとで振付を学んだ。参加者の年齢層は10代から70代までと幅広く、会社員、学生、主婦など背景もさまざまだった。多様な人々が同じ振付を共有する姿に驚き、ダンスとインターネットの結びつきによって紡がれる新しい共同体の可能性を垣間見た気がした。観客自身の身体を通じて、コンテンポラリーダンスの傑作が再生産されていく光景は、きわめて新鮮だった。このサイトは今も投稿可能であり、世界中から700を超える動画が集まっている。

Rosasの現代性と普遍的な問い/人間はどこから来て、どこへ行くのか?

 以上、およそ40年以上、コンテンポラリーダンスの最前線を走り続けてきたRosasの活動の一端をみてきた。ある時はフェミニズムと共にあり、ある時はインターネットと共にある。なぜ、Rosasは現代的であり続けているのか? これまで見てきた例からも見えてくることだが、そのダンスが、絶えず変化していく社会と人間への深い洞察に支えられているからだと思う。それぞれの時代において、人間がどのように「世界」の中に存在しうるのか、どのように連帯しうるのか、どのように「世界」に向き合うべきなのか、という問いが作品を支えている。言い換えれば「人間はどこから来て、どこへ行くのか」という視座が、どの作品にも、確かに、さりげなく配置されているように思われるのだ。
 フランス最高峰の学術機関として知られるコレージュ・ド・フランスでの講義「バッハを振り付ける」でケースマイケル自身が語っていたことだが、近年の彼女の仕事において、とりわけ重要な視点として浮かび上がってきているのは、東洋思想や自然への関心である※4。これは単なる過去への憧憬や懐古ではなく、現代の物理学、天文学、生物学といった諸科学が、私たちに「自然」をどのように見せているのかという問いと共にある。彼女はこのように語っている。

この世界、そして宇宙には、自然界に見られるような秩序が存在するのでしょうか。もし存在するとすれば、それをどのように舞台作品のなかで身体化できるのでしょうか

 今回、ロームシアター京都で見られる《和声と創意の試み》はこの問いに対しての、ケースマイケルと共作者ラドゥアン・ムリジガの最新の回答とも言えるだろう。人類は飛躍的に進歩した一方で、化石燃料の大量消費は地球規模の気候変動を招き、私たちが当たり前のように享受してきた「四季」のあり方そのものを揺るがしつつある。人間は、利便性や利益を追い求める中で、自らの生存条件そのものを変えてしまった。この作品はそうした時代に生きる私たちの感覚を別様に開き、あらためて「世界」に向き合い直すための視点を与えてくれるに違いない。
 美しい四季がめぐる古都・京都において、今、この作品を見る意味はきわめて大きい。


<公演詳細>
〈10周年記念事業〉アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケル、ラドワン・ムリジガ
ローザス、アトラファイブ
『和声と創意の試み/ Il Cimento dell’Armonia e dell’Inventione』

Photo: Anne Van Aerschot

2026年6月27日(土)19:00開演
6月28日(日)14:00開演
会場:ロームシアター京都 サウスホール
https://rohmtheatrekyoto.jp/event/148028/
振付:アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケル、ラドワン・ムリジガ
共同創作・出演:ボシュチャン・アントニッチ、ナシーム・バダグ、ラヴ・クルンチェヴィッチ、ホセ・パウロ・ドス・サントス
音楽:アントニオ・ヴィヴァルディ《四季》
録音:アマンディーヌ・ベイエ、リ・インコーニティ Alpha Classics / Outhere Music(2015)
音楽分析:アマンディーヌ・ベイエ
詩:アスマー・ジャマ「We, the salvage」、アントニオ・ヴィヴァルディ「Le quattro stagioni」

※1 「Quatuor n°4 by A. T. De Keersmaeker -Sae Eun Park, Juliette Hilaire, Charlotte Ranson, Laura Bachman」https://www.youtube.com/watch?v=ZThM3dRp7mI
※2 https://www.youtube.com/watch?v=6VVStsB3y6c
※3 https://www.rosasdanstrosas.be/324-the-tsubouchi-memorial-theatre-museum-waseda-university-yuma-ochi-2/
※4 「Chorégraphier Bach : incarner une abstraction – Anne Teresa De Keersmaeker」https://www.youtube.com/watch?v=GtRe9HLvO1M

  • 越智雄磨 Yuma Ochi

    東京都立大学人文社会学部准教授(舞台芸術研究、身体論)。著書に『コンテンポラリー・ダンスの現在 ノン・ダンス以後の地平』(国書刊行会、2020年)、共著に『アンチ・ダンス 無為のコレオグラフィ』(水声社、2025年)、『多様性への冒険 高校生からの人文学入門』(創風社出版、2026年)などがある。

     

関連事業・記事

Turn your phone

スマートフォン・タブレットを
縦方向に戻してください