京都市とアンスティチュ・フランセ関西が毎秋開催する「ニュイ・ブランシュKYOTO 」は、京都市の姉妹都市であるパリ市発祥の「ニュイ・ブランシュ(白夜祭)」に着想を得た、一夜限りの現代アートの祭典である。市内各所で日仏アーティストによるパフォーマンスや展示、プロジェクション・マッピングなど、多彩なプログラムが夜間、無料で開催される。京都・パリ友情盟約締結60 周年、日仏交流160 周年を迎えた今年は、「五感」をテーマに、様々なイベントが計41か所で10月5日に開催された。以下では、ロームシアター京都と京都コンサートホールで行われたイベントを中心にレポートする。
ダンスショーイング「kankoroboo」(ロームシアター京都 ローム・スクエア)
日仏のダンサー・振付家である康本雅子とナッシュ(ヴィラ九条山レジデント)が、29名の参加者とともに創作したダンス作品。屋外の解放的なローム・スクエアを舞台に、輪になったパフォーマーたちは、ダンスバトルのように対峙して踊る2名を取り囲み、さらにそれを外側で見守る観客の輪が囲む。やがてパフォーマーの輪はほどけ、それぞれがバラバラの方向に歩き回り始める。1人が手を挙げると、その周囲に群がる、あるいは周囲を速足で旋回するといったシークエンスが展開し、集合と拡散の運動が示される。続くシークエンスでは、二手に分かれたパフォーマーたちが、足踏みを繰り返す、相手側を鋭く指差す、笑い声を上げる、といった動作を反復し、集団が対峙する緊張感とユーモラスの同居を見せる。中盤では、相手の動きをなぞる中から次の動きを展開させ、ムーブメントの即興的な受け渡しが、次々とペアを入れ替えながら展開される。日本のお囃子のリズムをクラブ風にアレンジしたリズミカルなサウンドが、場を盛り上げる。最後は飛び入りの観客も巻き込み、パフォーマーとオーディエンスの境界が溶け合いながら、全員が思い思いに踊る、祝祭的な空間が出現した。約20分と短尺の作品だが、集団のダイナミズム、即興で紡ぐ関係性、祝祭空間への変貌など、コンパクトに構成されていた。
「瞑想のガムラン― 光と闇に踊る影絵、覚醒の舞―」(京都コンサートホール1階エントランスホール)
インドネシア伝統芸能団ハナジョスによる、ガムランの演奏と影絵芝居(ワヤン・クリ)の上演が行われた。ハナジョスは、2002年にジョグジャカルタで結成された、ローフィット・イブラヒムと佐々木宏実による芸能ユニット。ガムランやワヤンの演奏・上演のほか、ワークショップ、作曲、アーティストや子どもたちとのコラボレーションなどを行い、2005年より日本を拠点に活動している。
開演前の会場ではインドネシアのお香が焚かれ、観客を異空間へと誘う。前半では、青銅打楽器、水牛の皮の太鼓、木琴、二胡に似た弦楽器など、様々な楽器の演奏とともに、歌が披露される。柔らかくうねり、全身を包み込むようなガムランの音響が空間を幻想的に満たす。後半では、太陽神の息子として生まれた男カルノの物語が、影絵芝居によって語られる。幕の向こうで影絵の人形を操りながら、歌による語りを担当するのはローフィット・イブラヒム。複数の登場人物、森の木々や川の流れといった背景を担う人形を次々と繰り出しながら、一人で何役をも演じ分ける。影絵は白黒だが、水牛の皮で作られた人形は非常に細かく造形されており、光源のランプからの距離を変えることで、影の世界に遠近が生まれる。一方、佐々木宏実はガムランを担当し、イブラヒムと息の合った演奏で魅了する。また、観客は幕の後ろ側に回って鑑賞することもでき、舞台横では影絵人形も展示され、極彩色で装飾された人形のもう一つの面も見ることができた。最後の場面では、イブラヒムが馬の人形にまたがって登場し、客席の前で踊りを披露し、大いに湧かせた。
そのほか、京都国立近代美術館では、Noemi Schipfer とTakami NakamotoによるアートユニットNONOTAKの新作《UNBALANCED》の展示とライブパフォーマンスが行われた。メディアアート界の新星として注目を集める2人が発表したのは、高さ3mのパネルを4 枚使用し、音楽と光のシンクロが没入感へと誘うメディアアート作品。ライブパフォーマンスでは、パネルを挟んで2人が観客と対峙し、重低音のノイズと変幻自在な電子音のリズムが、幾何学的なパターンの変化や激しい光の明滅とシンクロし、異次元へ誘うような時空間を作り上げた。
また、京都芸術センターでは、翌日から開幕する「KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭 2018」のプレオープニングイベントとして、ロベルタ・リマと山城知佳子の作品が展示された。ロベルタ・リマは、自らの身体そのものを素材やテーマとし、写真、映像、インスタレーションなど、多岐にわたるメディアで制作するアーティスト。今年の同芸術祭は「女性」をテーマに掲げているが、リマは京都・伏見の酒造業者で働く女性杜氏についてリサーチを行い、長らく男性によって営まれてきた酒造業に女性が就くこと、その変革の兆しや、酒造りのポイントとなる「水」のメタファーに注目した《水の象(かたち)》を制作した。展示会場に吊られた複数のスクリーンには、酒造りの作業を捉えた映像が淡々と映し出され、奥の壁にはリマ自身が雪原に水を撒くパフォーマンスの様子が映される。
一方、出身地である沖縄をテーマに、写真、映像、パフォーマンスを制作する山城知佳子は、あいちトリエンナーレ2016で反響を呼んだ《土の人》を展示した。沖縄と韓国の済州島で撮影されたこの映像作品は、独立した王国があった歴史や米軍基地の存在など、共通要素を持つ2つの「島」を舞台に、基地反対運動、戦争の記憶とその継承、アメリカ文化の流入といった政治的主題を、寓話的かつ神話的なスケールで描き出す。生命賛歌と死者との交歓が、満開の百合畑に鳴り響く手拍子のクラッピングで表現されるラストシーンは圧巻だ。
無料の開催に加え、仕事終わりに見られる時間帯ということもあり、例年にもれず、どの会場も多くの人出でにぎわっていた。「ニュイ・ブランシュKYOTO」を機会に、アートの刺激や楽しさに触れ、京都市内の文化施設の層の厚みを知り、普段は敷居が高いと感じられがちなパフォーミングアーツや現代アートに足を運ぶきっかけになればと願う。