Column & Archivesコラム&アーカイヴ

#コラム・レポート#舞踊#2019年度

世界の欠落や不在をあらわにする魔術
―そしてエロスの召喚:パパイオアヌーの現代性

長谷川祐子(キュレーター、美術批評家)
2019.5.2 UP

ディミトリス・パパイオアヌーは1964年ギリシャ生まれ、アテネの美術学校で学んだ。彼の師であるヤニス・ツァロウチス (Yannis Tsarouchis 1910-1989) はギリシャを代表する画家でありセノグラフィー (舞台美術) も手がけている。イコン的作風や、翼の生えた若者の姿など、絵画におけるギリシャ的伝統を現代絵画の中にもたらすことに貢献した。 ツァロウチスを記念するインスティチュートは、2017年のドクメンタ (注) においても紹介されている。この師の影響の下、パパイオアヌーは、政治的経済的にも激動の中にあるギリシャの状況の中で、古代ギリシャおよび西洋の伝統と現代の表現をつなぎ、現在の人間のエロスとタナトスのあり方を、詩的でありながら身体的に強いインパクトを与える方法で表現してきた。最初絵画やイラストレーションからはじめたパパイオアヌーはアテネの美術学校時代にダンスに出会ったのがきっかけで舞台芸術に転じ、その後1986年にはNYでエリック・ホーキンスのダンスにも出会っている。2004年、アテネオリンピックで弱冠40歳で開会式のディレクターを務めた彼は、歴史を参照したシンボリックな視覚アイコンの使い方、そして神話を現在の光景につなげるような大胆な視覚構成によって注目されてきた。 本作品タイトル『THE GREAT TAMER』(2017年初演) は、「時間は偉大なる調教師である」というギリシャのことわざからとられている。パパイオアヌーは、ギリシャの古典と彼のバックグラウンドである美術史を参照しながら,生と死:エロスとタナトスをテーマとしてとりあげた。その背後には、ホメロスの言葉やエル・グレコからレンブラントなどの絵画の巨匠の影響がみてとれる。 『THE GREAT TAMER』は95分、均整のとれた理想的な身体の10人のパフォーマー、斜めのスロープの形に構築された舞台の上で展開されるパフォーマンスである。人間のさまざまな様相が衣裳や小道具とともに、平面の舞台とは異なった角度で見えるため、人間を含んだインスタレーション作品あるいは絵画的イメージとして美的な構成が強調されるようになっている。魔術的に変化する空間と身体演出、生き物のように変化するステージなどによって、夢幻的な、ときには悪夢とも見える場面が展開される。 セリフはなく、場面によってはヨハン・シュトラウスⅡの『美しく青きドナウ』がゆっくりとしたテンポで流れる。ダンスと無言演劇、変化するインスタレーションの交差点にあるようなこの形式は、セノグラフィーとコレオグラフィー、衣裳デザインなどが複雑で高度に洗練された視覚効果に助けられて成立する。ロバート・ウィルソンやヤン・ファーブルなどは美術展にもインスタレーションの形式で出品するなど、これらの美学とスタイルの先立といえる (実際パパイオアヌーは1989年にベルリンでウィルソンのアシスタントを務めている) 。これに加えてパパイオアヌーの視覚的な展開の精度はミステリアスでマジカルな要素を含んでいる。それは舞台が水で満たされたり、天井から構造がおりてくるといった従来の意匠の域を超えて、より切実な世界を再構築する、あるいは現在の世界の欠落や闇を構造としてみせていくような深い動機に根ざしているようにみえる。

『THE GREAT TAMER』は友人からいじめを受けて自殺した少年が泥に埋もれていたところを発見された、という社会的な事件を出発点としている。彼の遺体 (白骨) が地面から掘り起こされ、つぎの場面では別の位相で彼の身体 (魂) が宇宙飛行士によって下からひっぱりあげられる。この効果を可能にしているのが、傾けられた床の構造であり、その上に重ねられた薄い板の層である。これが剥がされ、身体が現れたり、穴が現れたりする。パフォーマーたちのポーズはゴヤやレンブラント、ボッティチェリなどの名画のポーズから流用されている。そして身体はしばしば手足がバラバラになったり他の身体と結合したりするイリュージョンとして表される。これはプラトンのイデアとしてのアンドロギュノス (両性具有者) が分離させられ、互いの半身を求め合うエロスとしての行為とも見えるし、哲学者ジル・ドゥルーズ (Gilles Deleuzu 1925-1995) とフェリックス・ガタリ (Félix Guattari 1930-1992) の「器官なき身体」で示される分断され、脱構築を迫られる身体ともみえる。 舞台はすべてライブであってリアルである、そこで一つの身体に別の足が接合していくマジカルな視覚的演出を観客の目をそらすことなく施すのは容易ではない。それをゆったりとしたリズムの中で、シュールでありながら、受け入れざるをえない、甘美な体験として成立させてしまうパパイオアヌーの手腕はきわめて特異であるといえよう。 西洋的な文化を基礎とした作品ではあるが、現代における人間性の問題や欠落を、歴史横断的な手法で眩いばかりに荘厳に視覚化し、エロス―にむけて見るものを召喚しようとする。まさに今とともに生き、関わることで人々を「気づき」にむけて誘おうとする勇気あるアーテイストの作品といえる。

(注) ドイツのカッセルで5年に1度開催される世界最大規模の現代美術展。2017年にはアテネでも開催された。

  • 長谷川祐子(キュレーター、美術批評家)

    京都大学法学部卒業、東京藝術大学大学院美術研究科修士課程修了。金沢21世紀美術館を立ち上げ、現在東京都現代美術館参事、東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科教授。上海ロックバンド美術館アドバイザリー委員。犬島「家プロジェクト」アーティスティックディレクター。2017年10月よりポンピドゥ・センタ―・メッスにて、「Japanorama: NEW VISION ON ART SINCE 1970」をキュレーション。第7回モスクワ現代美術国際ビエンナーレ「Clouds ⇄ Forests」キュレーター。2018年パリにてジャポニスム2018の一環として「深みへ―日本の美意識を求めて」をキュレーション。主な著書に、『キュレーション 知と感性を揺さぶる力』(集英社)、『「なぜ?」から始める現代アート』(NHK出版新書)など。

関連事業・記事

関連リンク

Turn your phone

スマートフォン・タブレットを
縦方向に戻してください