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#コラム・レポート#舞踊#2019年度

ヴィーナスもいるし、宇宙飛行士も。
召還される幻影たちがスゴい

乗越たかお Norikoshi Takao(作家・ヤサぐれ舞踊評論家)
2019.4.26 UP

 ディミトリスは筆者が来日を切望していた一人であり、「ダンスはわかりにくい」「演劇は敷居が高い」と思っている輩の首根っこを押さえてでも見に来させたい舞台である。ダンスや演劇という既存のスタイルになる以前の、生々しく、荒々しく、そして圧倒的に美しいイメージの塊が次々に繰り出されてくるからだ。こういう「人が舞台上で表現することの根源を問う作品」は、日本の舞台芸術にとってきわめて重要なものだ。初来日というリスクを取って招聘する姿勢は、本当に素晴らしい。

 ディミトリスは昨年「ピナ・バウシュ没後のヴッパタール舞踊団が、初めて全長版の作品を外部に委嘱した『SINCE SHE』(2018)の振付家」として一躍日本でも知られるようになった。しかし2004年のアテネオリンピック開会式の演出では、すでに古代壁画や彫像が実体化したかのようなギリシャ歴史絵巻で度肝を抜いてみせていた。だが彼の本質は、もっとヤバい領域にあるのである。  今回の記念すべき初来日作品は、代表作の一つ『The Great Tamer』。舞台上は全体が奥から手前に大きく傾斜している。横たわる男に掛かる白い布は、何度も吹き飛ばされる(いじめられていた少年が泥の中から死体で発見された事件にインスパイアされているという)。履こうとする靴の下には、びっしりと植物の根が張って歩きづらい。回転数を落としてゆっくり流れてくる『美しく青きドナウ』と随所に現れる無重力の動きから、キューブリックの映画『2001年宇宙の旅』を連想していると、舞台上に宇宙飛行士が登場する。出演者がスッと速やかに移動しては、舞台上にボッティチェリの『ヴィーナスの誕生』やレンブラントの『テュルプ博士の解剖学講義』といった名画が再現される(ヴィーナスは男だが……)。ギリシャの彫像風のものを破壊すると、中から美青年が顕現する。そしてある仕掛けによって、人の身体がバラバラになって漂う……  昨今のダンスや演劇は小さな世界観になりがちだが、この舞台では時間が自在に引き伸ばされ、時に圧縮されて宇宙規模のスケールで展開する。タイトルの『The Great Tamer(偉大な調教師)』を見るとき、そこには人類の歴史を司る時間の流れそのもの、あるいは神と呼ばれる存在が、独特のユーモアとともに浮かび上がってくるのである。

 1964年アテネ生まれ。コミックなどのビジュアルアーティストとして活躍後、アテネの芸術学校で舞台芸術に目覚め、1986年にNYへわたる。師事したエリック・ホーキンス(モダンダンスの巨匠マーサ・グレアムの元夫でもある)が、ギリシア文化や東洋文化に深く影響を受けていたこともディミトリスには親しみやすかったろう。NYでは田中泯の舞踏のワークショップを受けたり、小作品で踊ったりしたそうだ。  1986年アテネに戻り、友人と〈エダフォス(ギリシャ語で「大地」)ダンスシアター〉を設立し、2002年に解散するまで17作品を発表した。ロバート・ウィルソンの舞台の手伝いをしていたという。  ギリシア悲劇の古典『メディア』(再創作2008)では長テーブルの食堂のような部屋が水に浸され、自分の二人の息子を殺したメディアは、二つの赤ん坊の人形を粉々に粉砕する。『NOWHERE』(2009)は上下する大量のバトン、裸の男女の両脇に大勢の人間が腕をつなげて波打たせ、一体の大きな生き物のように絡む。『プライマル・マター』(2012)は全裸の男と黒づくめの男(ディミトリス自身)がからむ。布と照明で身体の一部が欠損しているように、さらにその欠損が移動していくように見える。淡々とだが身体の存在を根底から揺さぶる情景が紡がれる。  先述の『SINCE SHE』でも、やはり分断・拡張する身体が描かれる。繰り返す執拗な暴力性、人間の奥底の暗く熱いドロドロをつかみ出す腕力は、確かに若い頃のピナ・バウシュに通じるかもしれない。ピナはある時期から人格者のように語られたが、若い頃は相当に過激で痛みのある作品を作る人だったのだ。

 現代の舞台芸術は空間全体の設計と演出の時代に入っているため、強烈なイメージの提示によって長編の舞台を作るアーティストも出てきている。とくに西ヨーロッパを中心に発達したコンテンポラリーダンスは、成熟するにつれてある種の類型化が起こってきている。そこへ西洋文化の根源たるギリシャから到来した、新しくも超ド級の舞台芸術がディミトリスの作品だ。「次」の舞台芸術の形を予見する舞台。見逃してはいかんぞ。

  • 乗越たかお Norikoshi Takao

    作家・ヤサぐれ舞踊評論家。株式会社ジャパン・ダンス・プラグ代表。
    世界のフェスをめぐり、現代サーカスにも詳しい。『コンテンポラリー・ダンス徹底ガイドHYPER』(作品社)、『ダンス・バイブル』(河出書房新社)、『どうせダンスなんか観ないんだろ!?』(NTT出版)、他著書多数。現在、月刊誌「ぶらあぼ」で『誰も踊ってはならぬ』を連載中。

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