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「Sound Around 001」稽古場レポート&インタビュー 今村俊博(いまいけぷろじぇくと)、長井短

文:原塁 編集:中本真生
2021.7.10 UP

 2021年7月17日(土)-18日(日)に開催される、これからの音楽を考える新企画「Sound Around 001」。ホストをつとめる「いまいけぷろじぇくと」の今村俊博さんと、17日にゲストとして登場する「演劇モデル」長井短さんによるリハーサルが東京都内で行われた。その稽古の模様を見学させてもらった。

 この日の稽古は「いまいけぷろじぇくと」池田萠さんによる新作《いいのに 2人のための》から始まった。机をならべ、関西在住の池田さんとのオンライン通話をセッティング。作曲者を交えての練習は今回が初めてということで、コンセプトや演奏方法について池田さんから一通り説明をうける今村さんと長井さん。

 池田さんの説明が終わり、早速練習が開始される。《いいのに》は、希望や願望をめぐる作品。プレイヤー1(長井さん担当)の願望リストを、目隠しをして座るプレイヤー2(今村さん担当)が持っている。プレイヤ−2はプレイヤー1の分身のような存在なのだろうか。このリストには「明日涼しかったらいいのに」といった身近なものから、「この世の子供たち全員がお腹いっぱい食べてあったかい布団でぐっすり眠れて幸せな気持ちで毎日過ごせたらいいのに」といった世界平和を願うものまで、様々な願いが書かれている。

 長井さんはリストに書かれた願望をひとつずつ読み上げていくのだが、今村さんは椅子にじっとしてはおらず絶えず何処かへ行ってしまおうとする。長井さんは、そんな今村さんを懸命に椅子に繋ぎとめる。こうしたやりとりが、即興的な動きのヴァリエーションを伴いながら繰り返される。

 この日のリストは、池田さんが用意したものだったが当日は長井さん自身の願いのリストが用いられる。池田さんによれば「このリストには互いに矛盾するような様々な願いがあっても構わない」とのこと。長井さんの著書『内緒にしといて』[*1]のなかに、こんなフレーズがあったことが思い出された。「矛盾した、沢山の自分を丸ごと愛して生きていきたいと思って、この本を作りました。今の自分とは相入れない一年前の自分のことも、未来にちゃんと引きずって生きたいのです」。公演当日は、彼女のどんな想いが聞けるのだろうか。
 作曲した池田さんが持つイメージやニュアンスと、実演してみた今村さん・長井さんの感覚とをすり合わせ、作品の細部を調整した上で《いいのに》の練習は終了。

 続いて、かしやましげみつ作曲《声が聞こえる》のリハーサルへと移るお二人。今村さんが微かな声で読み上げるテキスト(たとえば「おーい」という呼びかけ)を、長井さんが反復してゆく。今回の公演のメインテーマとなる「声/言葉」について、声の肌理、その大きさ、伝わる速度、距離の感覚などなど、様々なことを考えさせられる詩的な作品に仕上がっている。
 「いまいけぷろじぇくと」が作曲し、進んで取り上げる作品たちは、ふだん私たちが「音楽」という言葉でイメージするような楽器や歌の演奏とは趣が異なるが、長井さんはそこに「原始のものを感じる」という。はるかむかし「まだ音楽という概念もないころに人々が音楽とは思わずにやっていたようなこと」。けれども「いまから振り返ってみると、そこにたしかに音楽を感じ取れるようなこと」。そうしたイメージを抱きながら、今回公演で取り上げられる作品たちに向き合っているというのだ。
 一時間半ほどの集中したリハーサルが続いたところで、しばしの休憩に入る。

 休憩のあとは、まず松平頼暁《Why not?》の練習。トランプや紙風船など様々な小道具を用いたダイナミックな身体の動きを伴う作品で、ダイナミックさのあまり机が倒れてしまうハプニングもあった。

 続いて、今村さんの作曲による《連鎖》のリハーサルが行われた。これは長井さんがソロをつとめる、「しりとり」をベースにした作品。ただし、単なる「しりとり」ではなく、「あ」から「ん」までの五十音のなかから任意の文字を小道具の代替音で置き換えるというもの。今村さんから「一人遊びのようにやってください」という指示を受けながら、長井さんは色々な音を試してみる。
 《連鎖》はこの日が初めての稽古であったというが、長井さんは五十音すべてを代替音で演奏するというハードモードに取り組んでしまう。見学している側からすると、どんな「しりとり」が展開されているのか想像もできない。にもかかわらず、それぞれの文字のイメージを音に換えようとする長井さんの集中力、そして音を探し当てていく間に流れる静寂の時間に、こちらもぐっと引き込まれてしまった。
 練習後に長井さんに話をうかがったところ「自分ひとりで完結できる、とても心地良くて安心できる時間だった」とのこと。長井さんは、自分は「心を閉じている人間」であり、だからこそ「決まった役柄のある演劇というジャンルはあっている」という。けれども「今回の公演では与えられた役柄はなく、もっとパーソナルな存在として舞台に上がることになる」、長井さんはそれが「楽しみ半分、不安半分」と語ってくれた。もっとも《連鎖》の集中力に満ちた練習風景を通じて、その凝縮された内なるエネルギーに触れたように感じた筆者にとっては、公演本番が唯々楽しみである。
 なお、練習後に今村さんと再度打合せがあり、当日は音へと置き換える文字の数を減らすことで、代替音と言葉とが入り交じったかたちで演奏されることに決まった。五十音すべてを代替音にするプランに比べれば「しりとり」の内容も察しやすくなると思われるが、実際にどんな演奏になるかは未知であり、期待が高まる。


 この日の稽古は、今村さんの新作《数える人X》の練習で幕を閉じた。縄跳びをモチーフに「数える」ことにフォーカスした作品で当日は長井さんと池田さんによって演奏される。「いまいけぷろじぇくと」がゲストを呼ぶときには、「この人のこういう動きがみてみたい」とか「この人がこういうシチュエーションでこんな言葉・声を発しているのを聞いてみたい」といったイメージが掻き立てられる人にお願いするそうだ。作曲もゲストそれぞれのイメージを出発点にして進められる。「いまいけ」の二人がゲストからインスピレーションを得てどんな作品を作ったのかも当日の見どころだ。

 

 練習のあとに、お二人にお話しをうかがった。「知らないことを知ることができる仕事が一番おもしろくて、ずっとそうした仕事と向き合っていきたい」と語る長井さんにとって、今回の「Sound Around 001」は「久しぶりに本当に知らない世界」との出会いだという。「この実感は、困惑混じりのものだけれども、その困惑を解消してしまわずにステージの上に持ち込みたい」と語ってくれたのが印象的だった。すっかり理解してしまうことでなくなってしまう感覚もあるからだろう。長井さんは「楽器が苦手、歌が苦手で音楽に抵抗がある人にも、ぜひ今回の公演に足を運んで欲しい」という。「困惑混じりの時間・空間をみんなで一緒に体験し、新しい世界との出会いを共有するために」。
 「いまいけぷろじぇくと」の公演では、必ずアフタートークの時間が設けられている。今村さんによれば、これは「ただコンサートを開催するだけでなく、作品とお客さんの橋渡しとなれば」という想いで取り組んでいることだという。今回の公演でも両日、批評家の佐々木敦さんがトークのゲストとして登場する。だから、私たちはおそれることなく「いまいけ」とゲストたちが繰り広げる未知の世界に身をゆだねることができるのだ。

*1 長井短『内緒にしといて』株式会社晶文社、2020年、7頁。

  • 「Sound Around 001」稽古場レポート&インタビュー 今村俊博(いまいけぷろじぇくと)、長井短

    Photo: Toshiaki Nakatani

    いまいけぷろじぇくと

    作曲家兼パフォーマーの今村俊博と池田萠によるユニット。「身体」に着目し、生での体験を重視し、「音楽」を再考する試みを続けている。2014年から続けている主催公演は東京・名古屋で開催。ジャンルに限定されない境界横断を目指して、作曲家に限らず、コンテンポラリーダンサーや劇作家に書き下ろし作品を委嘱するほか、ダンサー・俳優をゲストに招くなど意欲的な活動を続けている。これまでにトーキョーワンダーサイト(現TOKAS)オープンサイト2016-17参加企画に選出(第5回東京公演)。サウンドパフォーマンス・プラットフォーム2018(愛知県芸術劇場)、ホリデー・パフォーマンスVol.4(ロームシアター京都)等に出演。

  • 今村俊博 Toshihiro Imamura

    1990年大阪府生まれ。作曲家・パフォーマー。東京藝術大学大学院美術研究科修了。作曲を井上昌彦、川島素晴、古川聖の各氏に師事。第6回JFC作曲賞入選。「いまいけぷろじぇくと」ほか、藤元高輝とのパフォーマンスデュオ「s.b.r.」メンバー。「数える/差異/身体」をテーマに創作活動を展開。

  • 「Sound Around 001」稽古場レポート&インタビュー 今村俊博(いまいけぷろじぇくと)、長井短
    長井短 Mijika Nagai

    演劇活動と並行してモデルとしても活動する「演劇モデル」と称し、雑誌、舞台、バラエティ番組、テレビドラマ、映画など幅広く活躍中。ドラマ「賭ケグルイ双」『書けないッ!?~脚本家 吉丸圭佑の筋書きのない生活~』「家売る女の逆襲」をはじめ、映画「僕の好きな女の子」、舞台KERA×CROSS第2弾「グッドバイ」、「照くん、カミってる」などに出演。文章も人気があり、エッセイストとして執筆活動も行っている。

  • 原 塁 Rui Hara

    1989年仙台市生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。博士(人間・環境学)。専門は音楽学、表象文化論。現在、京都芸術大学非常勤講師、日本学術振興会特別研究員(PD・東京大学)。論文として「武満徹《閉じた眼》におけるモティーフの操作と「夢」の美学」『表象14』(2020)など。批評誌『エクリヲ』「音楽批評のアルシーヴ 海外編」などに寄稿。

  • 中本 真生(UNGLOBAL STUDIO KYOTO)

    撮影:井上嘉和

    中本 真生(UNGLOBAL STUDIO KYOTO) Masaki Nakamoto

    1983年、愛媛県生まれ。京都を拠点に活動。出版レーベル”EXCYC”共同主宰。文化芸術(舞台芸術・音楽・現代美術・映像・映画・漫画・漫才 他)に関する編集やインタビューを数多く手がける。近年の企画・監修・編集の実績として、関西の音楽家及び独立系レーベルからリリースされた音源のレビューを掲載した音楽批評誌『カンサイ・オルタナティヴミュージック・ディスクレビュー Vol.2: Since 2020』(2024)、現存するクラブでは日本で最も長い歴史を誇るCLUB METROの貴重な資料を収録したアーカイヴ・ブック『CLUB METRO ARCHIVE BOOK “DIGGING UNDERGROUND” VOL.1 1990-1994』(2023)など。また一方で、文化芸術に関するWEBサイト制作のディレクション、展覧会・コンサート・作品の企画・プロデュースなどを行う。近年の主なWEBディレクションの実績として、「オラファー・エリアソン展」(麻布台ヒルズギャラリー、2023)、「ミロ展──日本を夢みて:特設サイト」(愛知県美術館、2022)など。

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