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#コラム・レポート#音楽#2021年度

「Sound Around 001」プログラムノート(曲目解説)

2021.7.10 UP

2021年7月17日(土)、18日(日)に開催する「Sound Around 001」のプログラム(曲目)とその解説です。


プログラム

■17日
鈴木治行:口々の言葉(2016)〈今村・池田〉
池田萠:いちご香るふんわりブッセ/うさぎのまくら(2018)〈長井・池田〉
山下残:無観客を想定したスポーツ (2021/新作初演)〈今村・池田〉
今村俊博:連鎖b(2014)〈長井〉
かしやましげみつ:声がきこえる(2016/2021改訂 いまいけぷろじぇくと委嘱作品)〈長井・今村〉
【休憩】
松平頼暁:Why not?(1970)〈長井・今村・池田〉
藤元高輝:そぼろ(2013)〈長井・今村・池田〉
池田萠:いいのに 2人のための(2021/新作初演)〈長井・今村〉
今村俊博:数える人Ⅹ(2021/新作初演)〈長井・池田〉
岩渕貞太:身体奏法/stick(2017/いまいけぷろじぇくと委嘱作品)〈今村・池田〉

■18日
鈴木治行:口々の言葉(2016)〈今村・池田〉
池田萠:いちご香るふんわりブッセ/うさぎのまくら(2018)〈茂山・今村〉
山下残:無観客を想定したスポーツ(2021/新作初演)〈今村・池田〉
今村俊博:きのう、きょう、あした(2014)〈山下・池田〉
松平頼暁:Why not?(1970)〈山下・茂山・今村・池田〉
【休憩】
池田萠:選択音楽No.03 あるいは どんつきのきつつき(2019/初演)〈山下・茂山・今村・池田〉
藤元高輝:そぼろ(2013)〈山下・茂山・池田〉
池田萠:ピアニストでない人のためのピアノ・コンチェルト群(2021/新作初演)〈山下・池田〉
今村俊博:数える人Ⅸ(2021/新作初演)〈茂山〉
岩渕貞太:身体奏法/stick(2017/いまいけぷろじぇくと委嘱作品)〈今村・池田〉

*各日、全プログラム終了後にアフタートーク(約30分)があります


プログラムノート(曲目解説)

◆鈴木治行:口々の言葉(2016)

この作品は2016年に松平敬、工藤あかね両氏のリサイタルのために作曲、初演された。 元を辿ると、この曲の前に『口と言葉』という声ソロの作品が存在し、『口々の言葉』はその同じコンセプ トの延長上にある、いわば続編というか拡張版のような音楽。元が「音響詩」というコンセプトで の委嘱だったことを受け、譜面には音符は一音もなく、言葉だけしか書かれていない。ここでの発声は「歌唱」ではなく「発話」が基本となる。90年代頭から今日まで続いている「反復もの」の典型的な作法で作られているが、言葉による分節とその変化が聴き取りやすいので、器楽作品よりもその作法の原理が明確にわかるだろう。今回で5度目となるいまいけぷろじぇくとでの再演が楽しみである。 (鈴木治行)

◆池田萠:いちご香るふんわりブッセ/うさぎのまくら クリーム金時(2018)

人が何かを食べる様子というのは、とても興味深いものである。中でも、甘いものを食べるという行為は、栄養や糖分の摂取というよりは何か特別な時間を過ごす行為であるし、官能的にさえ感じるのは私だけではないはずだ。 タイトルの「いちご香るふんわりブッセ」と「うさぎのまくら」は、2018年の春にシャトレーゼで販売していたお菓子の名称である。今回の演奏では、それらはすでに販売を終了しているため、その代わりに任意のコンビニスイーツを使用し、演奏する。 (池田萠)

 ◆山下残:無観客を想定したスポーツ(2021/新作初演)

小さな音や動きをいくら競い合ってもそれはなかなか無には至らない。相手の声と動きを全身全霊で観て聴く。他の一般的な競技と同じで、こちらが出て行かなければ相手からは出て来ない。だから少し観せながら多く聴く、適度に聴かせながら過度に観る。無である観客を熱狂させるために、プレイヤーは無を競う。メダルは胸に掲げられず、対する者の間に浮いている。(山下残)

◆今村俊博:連鎖b(2014)

なにもかもが、繋がる。繋がっている。それはどこからはじまり、どこへいくのか。それはどこかからはじまり、どこかへと続いていく。土地も、言葉も、血も、文化も、etc.
それでも、それらはすべてが繋がるわけではなく、どこかで途切れたり、また別のものと繋がったり。「ぷよぷよ」だって、何連鎖もできるときもあれば、全く繋がらず天井まで到達してゲームオーバー、なんてしょっちゅう。(今村俊博)

◆かしやましげみつ:声がきこえる
(2016/2021改稿版/いまいけぷろじぇくと委嘱作品)

いきなり余談ですが、最近、宇宙に興味があります。ぼくたちの一日は、地球が一回転すること。だから太陽が動いてるんじゃなくて、地球、つまりぼくたちの方が動いているんだっていうこと。ぼーっと家で一日すごしていても、からだはぐるっと一周地球を巡ってるんですね。当たり前のことなんですけど、考えてみると不思議じゃないですか?
そんな、当り前だけど考えてみるとなんか不思議、みたいに思ったことの一つが、声がきこえることでした。
ぼくたちにとって身近で、普段用いてる音である、声。ひとに書いたものを読んでもらうと、書いたときのイメージ通りに「音」として現れてこないことが、よくあります。
ぼくが用意したことばを、誰かが言う。そしてそれを、別の誰かが聞く。別にそんなまわりくどいことをしなくても、例えばこうして紙に書いて渡したって、ぼくのことばは届きます。なのにわざわざこうして「会って直接」っていうことをするのって、なんだか見方によっては不思議じゃないですか?そうでもないかな?
二人のひと(今回は日本語話者)による作品です。一人がことばを言います。それを聞いて、もう一人が、みなさんにそのことばを言います。みなさんには、それがきこえると思います。(かしやましげみつ)

◆松平頼暁:Why not?(1970)

トランプのカードの解釈を演奏する。カードのマークは演奏法や音色を指示するものとする。これは奏者が予め決定する。数字はその持続時間で単位も予め奏者が決めておく。ジョーカーは全くの即興である。(松平頼暁)

◆藤元高輝:そぼろ(2013)

この作品は、いまいけぷろじぇくとの今村、作曲者の藤元さん、俳優でダンサーの野田裕貴さんの3人により2013年に初演されました。副題に「3人の兄弟の為の」とあり、楽譜には長男、次男、三男 の3つのパートが書かれています。私がこの曲を演奏するのは3度目ですが、なぜそぼろなのか?ばらばらになっていく過程を書きたかったから?作曲者がそぼろになにか思い入れがあるから?といろいろ考えたのですが、どうやらそこは、この曲には重要では無いようです。(もし違ってたらごめんね) アンコールピース的作品、ということです。気軽に聴きましょう。(池田萠)

◆池田萠:いいのに 2人のための(2021/新作初演)

「~したらいいのに」「~だったらいいのに」など、プレイヤー1の希望や願望などをリスト化したテキストを持ち、プレイヤー2が舞台中央に座っている。彼/彼女はテキストを手にしながらフラフラとどこかへ行ってしまうので、プレイヤー1はこれを捕まえて元の場所に戻し、テキストを覗き込みそれを一つずつ口に出す。(池田萠)

◆今村俊博:数える人Ⅹ(17日)、数える人Ⅸ(18日)(いずれも2021/新作初演)

「数える人」シリーズは、単純な「数える」という行為を複数の負荷を与えられる中で演奏者がこなす。数え終わるまでの時間の中で、聴衆(観客)が演奏者の身体の微細な変化などを体験することを主眼としている。これまでは、計算しながらスクワットを150回したり、あずきをストローで吸い上げながら100粒運んだり、風船を膨らませるのを二人で競ったり、馬飛びや、反復横跳びなどを行ってきた。今回はいったいどうなるのか。(今村俊博)

◆岩渕貞太:身体奏法/stick
(2017/いまいけぷろじぇくと委嘱作品)

「身体奏法/stick」の2名は互いに”演奏者”であり”楽器”でもあります。棒という”道具”を使い演奏しあいます。身体の動きには外側に見える動きや形と、それを生んでいる内側の状態があります。歌を歌うとき、楽器を演奏するとき、音の響きや大きさ、質は身体の内側の状態によって変化しています。この作品は身体の動きや形と同時に内側の状態も変化していき、それを棒を通して相手の身体を操作(演奏)します。ここでちょっとしたエクササイズをしてみましょう。自分の手のひらを見て、グーとかパーとか、チョキとか動かしてみてください。そして動きを続けたまま手のひらから視線を外してみます。そうすると目で見ていなくても自分の指の動きの”感覚”が視えてきます。わたしはそれを身体の動きの感覚を”聴き取る”と呼んでいます。それと同じように他人の身体の感覚も聴き取ることができます。身体の動きは音色と同じように、内側の状態によって質感が変わってきます。カラダの内側の状態は目には見えないブラックボックスです。いくら目を凝らしても見えてきません。目に見える動きの変化とともに、内側の状態の変化にも耳を澄まして、聴いていただけたら幸いです。(岩渕貞太) 

◆今村俊博:きのう、きょう、あした(2014)

何かの指示通りに動くというのは、至極簡単だ。そこには思考も何もない。機械的に、指示通り身体を動かせばいい。懇切丁寧な解説(指示)に全てを委ねれば完成する。しかし、指示に素直にしたがっていたはずなのに、気が付くと全くの別物になっている、そんなこともまたしばしば起こり得る。
昨日出来たことが、今日はなぜか出来ない。全く同じことのはずなのに。すこし、どこかが違うだけで。順番が入れ替わるだけで。 起床、歯磨き、食事、着替え、仕事、帰宅、風呂、食事、全てがプログラミングされている。そんなはずはないのに、その方が楽だから。そうするんだ。思考を放棄すれば、楽だから。でも、やっぱり、それじゃあ、どこかが、なにかが、おかしなことになってこないか。(今村俊博)

◆池田萠:選択音楽No.03 あるいは どんつきのきつつき(2019/初演)

「選択音楽」とは、「演奏家による選択」のルールが楽譜に示されており、そのルールに従ってその場で音楽を生成し演奏していく作品の一連の名称である。この作品では、声を用いて表現をする者(舞台俳優、歌手、パフォーマー、声優、神主など)の演奏が想定されている。演奏をコントロールしようとする者(演奏家)と演奏家をコントロールする者とが攻防することで、舞台における演奏する身体(声を含む)の変容のコントロールされたさ/されなさをみる作品である。4人の出演者の中で唯一の「演奏家」として存在するVoice1(イスに座っている人物)は、それ以外の3人が作り出す(しかし相互にアンサンブル していくわけでない)音楽的音響構築および時間構成の中で、今ステージ上で我が身に起こる出来事を受け入れ、内省的には 少々反発しつつも、演奏行為を全うする。(池田萠)

◆池田萠:ピアニストでない人のためのピアノ・コンチェルト群(2021/新作初演)

いくつかのピアノ・コンチェルト(西洋芸術音楽史上で作曲された、ソロ・ピアノとオーケストラ等のための楽曲)において特徴的な身体の動きが発生する部分を抽出、その動きのみを非ピアニストがコピーし、それらを任意に組み合わせ構成されたタイムラインを作成する。それを、空間の中にあると仮定された88鍵のピアノを弾き、再現する。なお、空間の中のピアノは正規の正面の位置のみでなく、斜めになったり、ギリギリ手が届く上の方にあったりと、一定では無い。(池田萠)

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