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レパートリーの創造 関連プログラム 「シーサイドタウン」を振り返る レポート

記録映像と映画から『シーサイドタウン』を考察する

文:吉永美和子
2021.7.15 UP

 多彩なアーティストを招いて、ロームシアター京都の“レパートリー”作品をクリエーションするシリーズ「レパートリーの創造」。その第4弾として、2021年1月に上演された、松田正隆作・演出『シーサイドタウン』関連イベント「『シーサイドタウン』を振り返る」が、6月5日に「ノースホール」で開催された。

 第一部は、演出家・映像作家の村川拓也が撮影した、稽古場ドキュメンタリー映像を上映。引き続き、作・演出の松田正隆、出演者の田辺泰信・深澤しほ、ロームシアター京都の「リサーチプログラム」リサーチャーの朴建雄・松尾加奈、そして村川の6人が登壇したトークが行われた。

 稽古場を記録するに辺り、松田は「(本番の舞台と)別の形で言語化してほしい」とリクエストしたそう。そこで村川が選んだのは、作品が成長する過程をロングスパンで追うのではなく、あえて撮影を3日間に限定した上で、稽古の内容そのものよりも、稽古中の松田&役者たちの表情と会話を、細かくとらえていく……という方法だった。

 村川はその狙いを「演劇の稽古を見学する、その面白さを伝える手段として“(見学の)体験を持ち帰る”ということができないか、と。改めて観ると、劇中の言葉(セリフ)は舞台ではこう使われたけど、稽古場を(映像)作品として記録した時に、また別の響かせ方が生まれるかもしれない、とも考えました」と語った。

 村川が選んだ11月の3日間は、すでに9月の時点で形になった作品の、どこをブラッシュアップすればいいか? を、みんなが探しあぐねている、いわば稽古の「谷」と言える時期だったそうだ。 

田辺が「長編の舞台が久しぶりだったので、声を前に出すことを意識していたけど、映像で“抑えて”という指示があったように、そのバランスを探ってる時期だったなあ、と。もっと悩んでる姿が映っていると思ったけど、割と楽しそうでしたね(笑)」と語れば、深澤も「全員が“絶対まだ何かできるはずだし、それを見つけなければ”という闇の中にいた、一番いい時期を記録してもらったと思います。松田さんがメガネを拭いたりとか、全然本編(の舞台)に関係ない身振りや仕草が随所で映っているのが、演出で所作を細かく付けていく、松田さんの作品とすごくリンクしてるかも」と評した。

左から斎藤啓(ロームシアター京都)、松尾加奈、深澤しほ、田辺泰信、松田正隆、村川拓也

 一方、作品の創作過程を、報告書の形で記録するために現場に付いていた朴と松尾。松尾は「何を作るかの前に、いかに作るかというのが大切だと思う。というのも、自己流で集団を統制したために、作品は作れても、人間関係で失敗する稽古場は多いんです。演出家が怒鳴らなくても(笑)、作品はできるという選択肢を共有したいし、創作プロセス(の記録)も共有財産になるという認識が生まれました」と、稽古を記録する意義を発見したと語った。

 またオンラインで登壇した朴からは「私は報告書で、20~30分集中して演技する時間が多い“静かな稽古場”と表現しましたが、村川さんとはいい感じに視点が違い、補いあう感じになったと思います。松田さんの稽古は、わかりやすく作品が変化するのではなく、植物が育つようにゆっくりと、でも微細な所ではっきり変わっていくことがとても多かった、という発見もありました」という気づきを述べた。

 松田はここまで「記録」にこだわった稽古プロセスを経験したことで「稽古って何だろう? と、改めて感じた」と言う。「最初にだいたいの演出プランは立てるけど、やっぱり俳優のアクションがなければ加工できない。稽古場で出てきたアイディアとリアクションを、微妙かつ交互に対応させて、何度も往復するような作り方を、実際にやってたんだなあと。見ててつらい部分もあるけど(笑)、“その場”でないと全然できないことが記録されているのは面白いと思いました」と感想を述べるとともに「外部をシャットアウトすることで強力な集団性ができて、秘教的になったものを、僕は信用していない。ちゃんと外に開いているけど、開けば開くほど意味がわからないものが生成される方がいい。そういう意味では、稽古場に記録する人が入るのは、また新しい価値観と出会えるかもしれないから、いいことかもしれませんね」と、“記録者”という第三の目が、稽古場に加わるメリットを語った。

 

第二部では、幅広いジャンルの評論活動を行っている思考家・佐々木敦と、松田と村川の3人で「『シーサイドタウン』から考える演劇と映画表現の関係について」というトークを展開。

 佐々木が「松田さんは演劇を作りながら、映画にも強くベクトルが向いていると思います。演劇の可能性を、ほかとは違う所に向けているように思えるし、一体何をやりたいのか? というのに、すごく関心がある」と口火を切ると、松田は「ここ10年ぐらいは会話劇を作りたいと思ってますが、その中で(ロベール・)ブレッソンみたいな映画監督が、どうやって映画の中で会話を成立させようとしたか? が気になって。俳優がここ(劇場)にいるというプレゼンスがないからこそ、身体があると邪魔になる、魂や精神の領域みたいな所まで行けるのでは……とか。今やっていることは、かなり映画から影響を受けています」と答えた。

 また『シーサイドタウン』に影響を与えた映像作品の例として、カール・ドライヤー監督『ゲアトルーズ』から、冷え切った夫婦の会話の場面を紹介。松田が「動きは緩慢で、熱を帯びてないけど、実は暴力や激情や因習などがそこにある、という会話の成り立たせ方をしている。暴力への抵抗の仕方とは何か? を考えるのにも、すごく指針となりました」と語ると、佐々木も「非常に淡々と、客観的な感じで作ってるけど、全体はむしろエモーションが充填されている。(作品で)何を見せていくか? という点でも、これが『シーサイドタウン』のモデルと言われたら明確になる」と納得した様子だった。

松田正隆、佐々木敦

 『シーサイドタウン』は、今後劇場のレパートリーとして再演されていく予定だが、その前に、第三者の記録を通して創作過程を客観視したり、作品を構築する上で参考にしたものは何か? を言語化することで、再発見できたことがあるはずだ。それは作り手にも観客にも、今後の指針や解釈を考える上での、大事な地図のような存在になったと思う。次にこの舞台に出会う時、作品がいかなる成長を遂げ、私たちがどのようにその世界を理解するのか。再び舞台で会える日が、楽しみでならない。

  • 吉永美和子 Miwako Yoshinaga

    大阪在住のフリーライター/エディター。「演劇情報誌JAMCi(じゃむち)」「エルマガジン」演劇担当を経て、1999年よりフリーに。現在「Meets Regional」「えんぶ」「Lmaga.jp」「SPICE」などで、関西の演劇シーンを紹介する記事を多数執筆。関西以外のエリアの演劇や、映画や音楽など他ジャンルの記事も手掛けるほか、維新派などの公演パンフレットの編集も行っている。「朝日新聞」関西版夕刊の劇評担当。

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