ダミアン・ジャレの振付、名和晃平の舞台美術によるダンス作品『Planet[wanderer]』が今秋ロームシアター京都で上演される。2016年に同劇場で世界初演を果たした『VESSEL』に続く二人のコラボレーションで、コロナ禍の影響により映像のみが実現された『Mist』(2021)と合わせ、三部作の一つとなる作品だ。公演に先立ちアーティスト二人を迎えたトークイベントが開催された。司会は二人の出会いに関わりの深いジャーナリストでアーツ・プロデューサーの小崎哲哉氏が務めた。直前に行われた取材会の内容も一部引用しながら再構成してお伝えする。
文:竹田真理

撮影:堺俊輔
日本との関わりと二人のコラボレーションについて
ダミアン・ジャレ(以下ジャレ):2005年に京都を訪れて以来、幾度となく来日を重ねており、2011年には東京で東日本大震災を経験し、困難に対処する人々の姿に感銘を受けました。この国の文化をより深く知る手立てとして神話と儀式に着目し、修験道も体験しました。また小崎さんに教わった『古事記』は三部作の着想源となりました。名和さんとは2013年に出会い(*)、濃密で豊かな共同作業を行ってきましたが、そのきっかけとなった彼の泡のインスタレーション《Foam》は科学と想像力が共存していて衝撃的でした。名和さんの京都のスタジオ「Sandwich」のように、我々のコラボレーションは実験室であり、物質性とダンスの出会いの場です。
*:ジャレと名和の出会いとコラボレーションの経緯については以下を参照
https://realkyoto.jp/article/damien-jalet-nawa-kohei_vessel/
https://realkyoto.jp/article/damien-jalet-nawa-kohei/
「PLANET」(惑星)のアイデアはどこから?
名和晃平(以下名和):創作の過程で一つの契機となった重要なワークショップがありました。ダンサーや学生たちと被災地、石巻の海岸を訪れたのですが、そこで目にした光景は、津波の爪痕が残り、文明の破壊されたあとの痕跡のようでした。このサイトスペシフィックなリサーチでダンサーたちは場所に反応するように動きを生み出していきました。浅瀬に足を沈め、風に吹かれる植物のように倒れそうになりながらも耐えて起き上がる。この要素は作品の重要なシーンに繋がりました。

石巻でのクリエイション 写真提供:Sandwich
三部作を作る過程では環境問題や気候変動など、我々が置かれている状況に目を向けてきました。近代という一つの幻想が限界にきていることに建築界やアート界から危機の声が上がっています。これを舞台芸術で表現するとしたら、惑星という視点が有効ではないかと考えました。生命のバックアップを掲げて宇宙開発を進め、グローバリズムの一方で分断があり、AIが進化し、人類が岐路に立っている。僕は自身の彫刻表現において「セル」、「細胞」をテーマとしてきましたが、人間中心ではなく細胞から見た生命という視点で宇宙を捉え、どうサバイブしていくかを、身体表現であるダンスを通して考えてみたいのです。

撮影:堺俊輔
サブタイトル「wanderer」(ワンダラー)とは?
ジャレ:名和さんが「Planet」(惑星)という壮大な言葉を提案してくれた時は嬉しく思いました。語源は「さまよう人」(wanderer)を意味するギリシャ語です。惑星が一日ごとに移動するのをギリシャの人々は見ていたのでしょう。タイトルとしても美しいです。かたや大地に根を下ろすのが植物です。『古事記』には「高天原」と「黄泉の国」の間にある地上世界「葦原中国(あしはらのなかつくに)」への言及がありますが、我々は葦という植物をレジリエンスの象徴と捉えました。パンデミックの比喩であり、震災や津波による極限的な状況に対し驚異的な回復力を見せてきた日本の人々に重なります。一方、名和さんと私は頻繁に移動する放浪者(wanderer)、一か所に固定されないことでサバイブしてきた「さまよう人」です。作品中にダンサーたちが一つの場所に立ち、そこからさまよい始めるシーンがあります。直立二足歩行する唯一の存在である人類が歩き始める。そうしたコンセプトの全てが作品に埋め込まれています。
名和:補足すると、“惑う星”とは、観察者を惑わせるという意味でもあります。天体を観察していると恒星の決まった動きとは違う動きをするものがあり、正体がわからず、さまよって見える。そうした意味での「さまよう」をタイトルに重ねました。
流星塵――宇宙から降り注ぐ塵について
惑星そのものは流星塵、すなわち宇宙の塵が集まってできたものです。鉱物的な存在からガイアを呼び起こして生命が動き出し、葦という植物的な存在となって地面から立ち上がる力を得る。ここから次に動物になり、ようやく人として歩み始めるまで、生命誌を辿るようなセノグラフィー・ラインを実現したいと考えました。
流星塵は惑星間を移動する物質で、隕石や小惑星から飛来するもの、火球、流れ星などもそうですが、実は目に見えない塵も地球の表面全体に毎日大量に降り積もっています。その細かな粒が集まる力、これが惑星になり重力を生むわけです。生命と重力の関係は重要です。僕たちは泡でできた身体をもっていて、泡の一つ一つが細胞であり重力を感じている。地中の植物の種が発芽して伸びるのも上下が分かっているからです。本当に不思議なもので、この細胞という泡が環境に対応する能力を備え、生命体を維持しています。人間という単体で考えるのではなく、微生物、植物、動物、太陽からのエネルギーと植物の光合成、全てが共通のベースにある世界観について、哲学者のエマニュエル・コッチャ氏が植物をモチーフにして、我々の三部作の作品集(**)にテキストを寄せてくれています。
**:「VESSEL/Mist/Planet[wanderer]Damian Jalet | Kohei Nawa」大型本、2022、美術出版社
重力と素材、片栗粉の池
ジャレ:確かに名和さんと私、それぞれのアプローチを結び付けるものが重力の探求です。地球には重力があり身体は重力に抗して立っています。月面の歩行では重力が極めて弱いため跳躍する必要がありますよね。地球で経験する重力の感覚を改変する試み、それを素材によって試すべく、我々は片栗粉を使いました。特殊な水と混合して粘性のある素材を作り出し、重力に抗うような動きを発生させる。落下するスライムの反重力の感覚、水中にいるような身体感覚の開発、いずれも我々の膨大なリサーチの成果です。

Planet [wanderer] © Rahi Rezvani
名和:『VESSEL』の最後のシーンで出演の森山未來さんが中央のくぼみに沈んでいきましたが、ここに片栗粉で出来た池がありました。同じ素材と形で『Planet[wanderer]』には8個の池があります。『VESSEL』は死後の世界を描いており首のない身体がうごめいていた。『Planet[wanderer]』は現世を描こうとしていてダンサーは大きく動きます。これを植物から動物、動物から人間への進化に見立て、そこに木星探査機ボイジャーに載せたゴールデンレコードを重ねています。宇宙人に向けた人類のメッセージですね、挨拶とかいろいろな民族の音楽が録音されているレコード。この音の引用をダンサーが歩くシーンの音楽に挿入して、人類の歩行をスローモーションで遡っていくようなシーンを作りました。そうしたさまざまなメタファーを表現の中に少しずつ入れていくアイデアが、僕とダミアンの会話の中にどんどん出てくるのです。舞台を見ながら発見したり想像したりしていただければ何倍も楽しめるのではないかと思います。

「VESSEL」撮影:井上嘉和
キャストやスタッフの起用について
ジャレ:これまで原摩利彦さんや坂本龍一さんといった音楽家と協働してきましたが、今回はカナダの音楽家ティム・ヘッカー氏による既存のアルバムを元に製作しました。雅楽や古い楽器を電子音楽と融合させた環境的な音楽には『Planet[wanderer]』の世界観に非常に近いものがあります。照明の吉本有輝子さんは驚くべき仕事をしてくれました。完璧な暗闇が舞台を支配し、ダンサーの肌や輝く砂が強烈な対比を呼びます。彼女の仕事は極めて精密で、作品のドラマトゥルギーと連動しています。パフォーマーは湯浅永麻さん、ほか異なる地域から集まったダンサーたちです。ジェンダー、国籍の多様な彼女ら彼らはマテリアルに対してもさまざまな向き合い方を見せています。この素晴らしいコラボレーターの皆さんを本作にお迎えすることを大変に幸運に思っています。
2025年8月27日 ロームシアター京都 パークプラザ3Fにて
<公演詳細>
https://rohmtheatrekyoto.jp/event/133684/
2025年11月8日(土)~ 11月9日(日)
8日(土)19:00開演
9日(日)15:00開演 *託児あり
※上演時間:60分
会場:サウスホール