「芸能が生まれる場所」をテーマに、木ノ下歌舞伎主宰の木ノ下裕一氏が案内人を務め、2021年度からロームシアター京都で毎年開催してきた【伝統芸能入門講座〜芸能の在る処〜】。2024 年度は劇場を飛び出して「芸能の舞台となった土地をめぐるバスツアー」をメインプログラムに、「学ぶ編(講座)」「旅する編(バスツアー)」「考える編(旅の振り返り)」の3回シリーズで開催された。今回は、2025年3月29日(土)に開催された最終回「考える編」のレポートをお届けする。
今回、2025年3月15日(土)に開催されたバスツアーの約30名の参加者には、事前に木ノ下氏から「ツアー参加後にレポートを提出する」という宿題が課されていた。各自が旅の中で感じたことや新たな発見、そこから生まれた思索などを、自由形式のレポートにまとめて提出していたのだ。最終回では、そのレポート一つひとつに木ノ下氏が愛情あふれる講評を寄せるという、なんとも贅沢な企画が実現。講評を聞きながら、共に旅をしたメンバーのレポートをじっくり味わうことで、他者の視点を通して旅を振り返る機会にも。ひとつの旅体験が何倍も豊かに広がっていく、多幸感あふれる時間となった。
☞ 3月8日開催「学ぶ編」レポートはこちら
☞ 3月15日開催「旅する編」レポートはこちら
白熱の講評は3時間超え!
自由形式のレポートは着物あり、切り絵あり
ツアー終了からわずか1週間後という締切にも関わらず、レポート提出率は8割以上。それもエッセイから評論、詩歌、アートまで、創意工夫にあふれた百花繚乱の内容がずらり。それほどまでに源義経の逃亡ルートをたどった3月15日のバスツアーが、参加者一人ひとりにとって深く心に残る体験となっていたということだろう。この日は「どれも力作揃いで、本当に素晴らしかったです」と語る木ノ下裕一さんによって、講座に出席した25名それぞれのレポートに対して講評が行われた。それも各作品の良い点、独創的な視点に光を当て、褒めつくしてくださるのだからたまらない。
【レポート】【評論】【詩歌・俳句】【小説・台本】【その他】のカテゴリーごとに行われた講評で、最初に紹介されたのはユニークな創作物たち。N.Y.さんが手がけたのは、木ノ下さんも「斬新な発想に驚かされた」という羽織風の創作コート。能『蝉丸』をテーマに、Nさんのお母様がご自身で絞り染めされた着物をリメイクされたとのことで、「白黒の色彩が寂寥感を感じさせ、亀甲柄が元皇子だったという蝉丸の高貴さに合っている気がいたしました。裏地は漆黒の喪服生地を選びましたが、金鎖と金時計を付けることで蝉丸の出自の名残、華やかさも表現してみました」とYさん。時計の時刻は12時1分前にセットされ、動かぬまま。「蝉丸にも私にも、地球にも命の限りが近づいているという想いを込めました」。
一方、K.M.さんが作成したのは「きんし丼(鰻丼)」をモチーフにした切り絵作品。驚くほどのボリュームとインパクト、味わいで私たちを魅了した旅の昼食が、センスあふれる切り絵で表現されていた。卵をめくるとレポートをしたためたごはんがあり、その下にはチャーミングな和歌がひとつ(きんしどん これに誘われきたなんて 知るも知らぬも逢坂関)。「一日の旅を見事に凝縮し、斬新な発想の作品に仕上げされていて楽しいですね。今後も旅するごとに、このシリーズの作品を増やしていくのをおすすめしたいです!」(木ノ下さん)。

考察からコラージュまで。
「レポート部門」は形式も着眼点も独創的!
続いて個性あふれる11本のレポートの講評へ。鋭い考察の数々にスケッチ、雑誌風まとめなど、独創的な切り口が光る作品がぞくぞく登場。ここでは、各レポートの概要と木ノ下さんの絶賛コメントをご紹介。
▶︎T.C.さん
映画や映像作品がお好きなTさんは、これまでNHK大河ドラマで3人の俳優(尾上菊之助[七代目菊五郎]、滝沢秀明、菅田将暉)が演じてきた源義経像を振り返りながら、今回の旅を通して義経のイメージがどのように変わったかをレポート。「既存のイメージを越えた義経像がご自身に迫ってきた瞬間が、説得力を持って描かれているのが見事だと思いました。Tさんと古典との距離が一段階縮まった体験そのものを描いてくださいました」(木ノ下さん)。
▶︎F.M.さん
Fさんは、今回の旅をしながら頭によぎった思いや、旅の直前に宮城の松島を旅した思い出を綴った散文的なテキストを発表。「絶妙な感覚だと思いました。あえて結論に落とし込まず、文章未満のように綴る手法は現代詩としても読むこともできると思います。添えられた写真が全部旅のおみやげ、というのも面白かったです(笑)」(木ノ下さん)。
▶︎N.F.さん
共に30歳で非業の死を遂げた木曽義仲と源義経の生涯について、比較を交えたレポートを発表したNさん。「史実と物語における義仲のイメージの違いへの言及、田舎者で無邪気な義仲と威勢厳粛な頼朝の比較も加えることで、重層的に論じている点が秀逸だと思いました」と木ノ下さん。続けて「二人の関係は“勝者と敗者”なのですが、今回の旅を経てわかったように、実は二人の最期は似ているところがありますよね。義仲の敗走ルートが奇しくも義経の都落ちルートと同じであるように、このレポートでもそうした二人の共通点に繋げている点も見事だと感じました」。
★N.T.さん
「私の趣味は琴と三弦」と題し、今回の旅とNさんの趣味である音曲(おんぎょく・音楽を用いた芸能)をリンクさせたレポートを書かれたNさん。盲目で琵琶の名手であった蝉丸と、目が不自由でいらっしゃったNさんの琴の先生を重ね合わせながら、中世・近世の「検校」という役職(目が不自由な人の最高位の名称)についてまとめ、さらに今回の旅や謡曲と関連する3つの音曲と歌詞の一部が紹介された(①源平合戦を描いた「屋島」、②光源氏にちなんだ「夕顔」、③琵琶湖にちなんだ「竹生島」)。「どの曲も自分で唄い、演奏できる作品ですが、今回の旅を通して主人公たちの想いにふれたことで、あらためてこれらの作品の魅力と出会い直すことができた気がします」とNさん。「古典を一度目に読んだ時に難しいとか、ハマらなかったと感じたとしても、気長につきあっているといろんな偶然が重なって、自分にぐっと近づいてくることがある。自分が古典を選んでいるつもりでも、古典の方が私たちの気持ちに寄り添うタイミングを選んでいるのかもしれませんね」(木ノ下さん)。
▶︎M.M.さん
旅のしおりを表紙でコラージュし、中面で写真と詩歌を添えたレポートに仕上げたMさん。「シンプルな構成がうまく作用している作品だと感じました。詩歌も言い回しをひねらず、素直に詠むことでMさんの新鮮な感動や気持ちがダイレクトに伝わってきました。写真と詩歌が互いを補完しあっているのもいいですね。写真にはすべてが映るけれど、それゆえに大切なものが見えづらくなることもある。それを言葉がうまく補っていると感じました」(木ノ下さん)。 
▶︎Y.N.さん
訪ねた場所で見た石碑や墓石を色鉛筆で丁寧にスケッチし、感想や物語の引用を添えたYさん。「苦手な絵にあえて挑まれたとのことですが、独自のスケッチの風合いを楽しめる素敵な作品に仕上がっていますね。碑文の文字が薄れている様子なども丁寧に描かれていて、それゆえに物悲しさを感じる部分も。ただ写実的に描くのではなく、ご自身のフィルターを通して感じた印象が投影されているのもいいですね」(木ノ下さん)。

▶︎T.M.さん
「とびきり楽しい修学旅行のような1日だったので、その楽しさを全部盛り込みたいと考えました」と、旅のしおりや撮影した写真、あいうえお作文を絶妙にコラージュし、雑誌のような魅力がぎゅっとつまった楽しいレポートに仕上げたTさん。「旅先ではさまざまなものを見聞きしますが、その雑多な情報をあえて豊かなまま、鮮やかに刻印された点が素晴らしい。ミシガンクルーズに添えた“あいうえお作文”も力作です」と木ノ下さん。聞けば、雨のミシガンクルーズでの体験はTさんにとって印象的な体験だったそう。クルーズの終盤、墨絵のような陰鬱な風景に明るい光が差した瞬間に、人生の来し方行く末に思いを馳せ、新しい希望を感じたとのこと。楽しさだけでなく奥行きがある点でも見事なレポートに。
▶︎S.S.さん
岐阜出身のSさんは、2回目の訪問となる義仲寺で新たに感じたことをレポートに。「ご自身のなかで物語の場面が生き生きと立ち上がり、あらためて物語に出会い直した瞬間が綴られているのが素敵だと思いました」(木ノ下さん)。
境内を参拝中、学ぶ編に於いてお聴きした、田茂井廣道氏の謡の録音が境内に流れ、その後、馬場精子氏の平家物語「木曽殿最期」の朗読を聴かせていただきました。お聴きするあいだ、義仲公のお墓をじっと見つめていました。31歳の己れの生涯がこうして物語になり語り継がれるのをどのように感じておられるだろうか? どこかから馬に跨る義仲公や巴御前が現れるのでは…と思いながら、平家物語の朗読を聴かせていただきました。(中略)木ノ下先生のお話にもありましたように、どこまでが本当でどこからが作り話なのかわかりません。けれど「源氏物語」の「まことと偽りて」の文章にありますように「作り事にみえる話の中にこそ真実が隠されている」ことに気づき、「人は物語の中にこそ偽りのない言の葉を聞く」のもそのとおりだと思います。
▶︎T.T.さん
Tさんは、今回の旅を「紀行文」として発表。「訪ねた場所と自分の現在と過去、物語が生まれた時代(大過去)の“3つの時空”を行き来する語り口がユニークだと思いました。時間の厚みが生まれますし、文章のリズムがとてもいいので惹きつけられました。浄瑠璃ではリズムを「足取り」といいますが、まさに足取りのいい作品だと思います」(木ノ下さん)。
蹴上山科ルートは、私が社会人になって、車で通勤に使っていた。仕事場への道なのでうれしい気分はなかったが、天智天皇陵のある御陵もあり、歴史が感じられ、四季の変化も感じられる道だった。蹴上の坂道もアクセル全開で上がったな。湖西に母の実家もあり、小さいころから30年前くらいまでは盆と正月には湖西線に乗った。古めかしい車両、駅に着いたら寒いときは自分でこじ開けて降車した。
(中略)
私たちは、あとはバスに乗って都に戻るだけとなるが、もう戻れない人はどう思ったのか。暗くなり寒く雨が降ってくる。追手に追われ、都落ちという義経や義仲。都へようやく戻ってきた空蝉。暗黒の世界で都の端にいる蝉丸。琵琶湖の明るさ便利さにあこがれを持った芭蕉。我が道を行く成瀬の小気味よさ。様々な物語の主人公が交錯する。
▶︎W.S.さん
今回のバスツアーを「どこまでが現実の旅で、どこからが虚構なのかわからなくなるほどに没入感のある旅でした」と振り返ったWさん。旅のレポートもご自身が体感した虚実ないまぜの様子が綴られた魅力的な作品に仕上げられていた。「冒頭はご本人の感想ですが、5文目になると義経の心情が混ざってきているように読めるのが面白い。後半ではさらに現在と過去が入り混じり、まるでお能の「ワキ」のように、Wさんという入れ物の中に、義経や義仲、巴が代わる代わる憑依しているような語り口になっていくのもいいですね。冒頭の一文も魅力的です。ろうどく、ようきょく、よくよう……と、1行に朦朧とした響きの韻が重ねることで、その後の幽玄の世界へ続く見事な導入になっている気がしました」(木ノ下さん)。
朗読による語りが、謡曲の抑揚が、人の声が千年近く前の土地の記憶を呼び起こす。紙に書かれた文字だけでは立ち上がらない世界に、日帰りで出かけた。
聞法会館の北、堀川通を挟んでロイヤルホストの向かい。雑草が適度に生えるこの場所からどうやって東北に逃げよう。とりあえず、急いで京都から脱出しなければならない。弁慶と出会った五条大橋(松原通)にさしかかる時、弁慶との離別が刻々と迫っていることを義経は覚悟した。バスの速度に身を任せ、車窓の眺めを楽しんでいるとあっという間に逢坂山。露出した山肌を見上げ、上空で大量に行き交う人々を観察する。駕籠に乗った人もいる。別れや擦れ違いを惜しむ空気をじとじと感じていたら、蝉丸神社に空蝉の雨が降って来た。
▶︎K.N.さん
「木ノ下演出満載の移動演劇」と題し、旅を計画した木ノ下さんとロームシアター京都によるバスツアーの演出についてのレポートを発表したKさん。「若干褒めすぎなところはあるのですが(笑)、短いテキストながら、演出という独自の視点によるバスツアーの批評になっているところが見事です。バスツアーを移動演劇と捉えている点もユニークですよね。批評はただの緻密なレポートだけでなく、作り手がどういう意図のもとに創作したかを、独特の視点や切り口、深い考察で掘り下げるもの。より作品の特徴や魅力を捉え、アーカイヴとしての役割も果たすものになります。Kさんのレポートでも演出がどのように組み込まれ、それによってお客さんが目にする景色が変わったかを緻密に書いてくださった。実は僕らはツアーの下見を2回していて、2回目はストップウォッチを持って、この角を曲がったところでこの曲を流せば、この景色を見る瞬間と重なる……などあれこれ計画したので、そこを取り上げていただいたこともうれしく感じました」(木ノ下さん)。
こんな独創的なバス旅行は初めての体験でした。
いきなり小沢健二の「ぼくらが旅に出る理由」が流れ、曲が終わるとちょうど松原橋にさしかかり、「牛若丸」を聴きながら五条大橋を通過するという完璧な演出。あとで木ノ下先生にお聞きすると、同じルートを車で二回走ってリハーサルをされたとのこと。まるで一つの移動する芝居を見ているような感覚でした。
さてはこの曇り空も木ノ下先生の演出プランなのか、ではどのタイミングで雨を降らすのかと内心楽しみにしていましたら、なんと蝉丸神社での源氏物語の朗読で、空蝉が涙を流すくだりで雨が強くなり、読んでいたしおりが空蝉の涙で点々と濡らされたかのようになるではないですか。その後も、ミシガンの甲板から義経主従も見たであろう同じ景色を眺めながら感慨にふけりましたが、墨絵のように霧雨に煙る山並みが効果満点でした。恐るべし、木ノ下マジック!
研ぎ澄まされた言葉に、旅の情景が宿る
「俳句・和歌・詩歌」部門
俳句や和歌、詩などの形で旅のレポートを提出したのは5名の方々。理系の仕事をされてきて今回初めて俳句を作られた方、旅先で感じたことを連作の和歌で表現した方など、アプローチは多種多様。「歌にすることで抽象度が増すので、旅の思い出としてはもちろん、ひとつの作品として読み手が自由に鑑賞する楽しみも生まれるのも大きな魅力。さまざまな角度から楽しませていただきました」(木ノ下さん)。
▶︎H.K.さん
旅で訪ねた5つの場所を連作の俳句で発表したHさん。「初めての創作とは思えないほど、季語の選び方が秀逸。“夏燕”からは、ピュンピュンと素早い立ち回りを見せる牛若丸の様子が目に浮かびますし、義仲の墓所に対して“亀鳴く”を選んだセンスも素晴らしいと思いました」(木ノ下さん)。
夏燕五条の欄干牛若丸(五条大橋)
荒涼と蝉泣き思う館跡(六条堀川館跡)
春深し関の賑わい山桜(逢坂越え)
蝉丸を謡う涙の春の雨(蝉丸神社)
街道のなぜに名物鬼の念仏(大津市歴史博物館)
漕ぎ出でる水鳥揺れる湖の灯り(大津港・ミシガンクルーズ)
亀鳴くも巴恋う首死に別れ(義仲寺)
▶︎ H.S.さん
H.S.さんは訪ねた7つの土地を連作の和歌で発表。「読む、聴く、歩く、風の触感を感じるなど、ご自身の五感にフォーカスした句が展開していくなか、最後の二首で変調するのが見事です。「見なかったもの」「眠って消える」で終わるのも印象的ですし、連作を通して、生き死が感覚的に表現されている点が秀逸だと思いました」(木ノ下さん)。
義経の屋敷跡だと教えらる 案内の文字も薄れて読めず
朗読の声心地よく耳に入る 蝉丸神社の時雨の下で
逢坂の関は はるかな上空に見上げて思ふ 道の厳しさ
スズガモに キンクロハジロ ユリカモメ カワウは低く トビは高く舞う
義経が打出の浜を出た頃は 岸の葦原風に揺れたか
大津浜 岸にそびえるメタセコイア 義経たちは見なかったもの
千年の恨みも悔いも時にとけて 皆ひととこに眠りているか
▶︎S.M.さん
「今回の旅をテーマに講談を作る予定でしたが、締め切りまでが短かったため断念し、印象的な要素を歌にしました」とSさん。2句目の“天政会”とは、映画『仁義なき戦い』に出てくる架空の組織名で、現・五条サイクルがロケ地とのこと。「前半は現代人の感覚や俗な面白さが際立つのに対して、旅が進んでいくとどんどん物語の世界に引っ張られていく、そうした変化も魅力に感じました」(木ノ下さん)。
普段とは違って見える三条駅 旅のしおりに 高まる車中
完結編 牛若丸を超えてすぐ 天政会は五条サイクル
都落ち 義経あはれ逢坂山 鰻の匂いに食欲が勝ち
義経も船中で見たか琵琶湖波 壇ノ浦おもう逃げる道行き
朗読が進むと時雨強くなり 源氏物語 空蝉の涙
巴御前 長く二人で過ごしたし こちらにおいでと山吹を呼ぶ
うれしくて何度も見返すしおりのシオリ 道行きなぞる旅の思い出
▶︎S.M.さん
「薄墨絵旅詞(うすずみえたびのことば)」と題し、雨に霞む近江での一日を歌に詠んだSさんは、「思いがあふれて文章で書ききれなかったので、道行をイメージした歌にしました。字数や形式に制限があったことで、思いや体験を凝縮することができたように思います」とコメント。「義仲の墓を“背中に眺める”という表現がいいですね。次の句で芭蕉が掛詞になっているのも上手いなあと思いました」(木ノ下さん)
(一部抜粋)
打出が浜からミシガンに乗る。帰港してから義仲寺へ向かう。
義仲の塚を背中に眺めつつ 漕ぎいだしたる小雨のミシガン
さざなみの近江の浜の庵にて 芭蕉の葉陰に休める塚々
義仲寺の浜は遠くになりけれど なお聞こえける水辺のさざなみ
街道も景色も今は変われども 恋うる気持ちは千代に続かん
▶︎H.S.さん
川柳と短歌を交互に挟みながら、10首を詠んだHさん。「重さ軽さのバランスが絶妙です。今回の旅は歴史の敗者ばかりを訪ねる旅なので、いわばダークツーリズムといえるかもしれない。にも関わらず、みなさんすごく楽しかったでしょう? しんみりしたはずなのに、昼食の鰻にすごくテンションが上がったりして(笑)。旅のウキウキとした高揚感と、悲劇の物語世界へ潜り込んでいく下向感と。皆さんの心持ちを見事に表現している点がいいなと思いました」(木ノ下さん)。
(一部抜粋)
六条堀川館跡
空蝉の義経館に来てみればあれはて虚家来のようす (短歌)
壇の浦戦い勝って憎まれて(川柳)蝉丸神社
謡曲と朗読三昧パラダイス(川柳)大津港・ミシガンクルーズ
ささなみの大津の港雲かかり雨が降れども泳ぐ水鳥(短歌)
▶︎H.H.さん
感想文と大正6年に生まれた学生歌「琵琶湖周航の歌」の替え歌で旅を振り返ったHさん。「替え歌では下の句を変えることが多いのですが、上の句を変えて意味が通っているのが面白い。2番、3番の替え歌もできたら、この旅のテーマソングにしたいですね!」と木ノ下さん。また、Hさんが感想でふれた“史跡の政治利用”についても、次のように語った。「義経伝説と歴史修正主義は紙一重にも思えるけれど、天と地ほどの違いがあるように思います。“あったことをなかったこと”にする歴史修正主義に対して、義経伝説地のような史実かどうかわからない場所は、歴史のなかで〈なかったことにされた人たち〉の足跡を残したいという思いの表れだと思います。その意味で今回の旅はまさに〈なかったことにされた人たち〉の気持ちに寄り添う旅だったように思います。一方で、あくまで伝承ですから、やみくもに信じて全体重を乗っけるのではなく、「虚構かもしれない」と頭の片隅に置いておくことも大切。義経は通っていないかも、蝉丸はいなかったかもしれない、でももし本当なら……くらいの距離感がよい気がします。Hさんの文章に導かれ、しばしもの思いにふけってしまいました」。
義経は、自分が追われた苦しい旅で、自分たちが追い詰めて討った義仲を思いながら同じ景色を見ていたのではという木ノ下先生のお話が印象に残っています。また、史実で明らかなのは、義経が都から平泉に逃亡したことだけなのに、道中と思われるあちこちに史跡がたくさんのこっているというお話も。史跡の「創造」は近現代史では政治的に利用されたりするおそれのある警戒したいことですが、1000年近くも前のことだと、昔も今も人は同じだなあと笑ってしまいます。
琵琶湖周航の歌より [カッコ内が元の歌詞]
追われて逃げて(我は湖の子) 放浪の
打たれしこの地で(旅にしあれば) しみじみと
無念と嘆き(昇るさぎりや) さざなみの
かなたに届け(滋賀の都よ) いざさらば
「短編・台本」部門では
“義仲と巴御前”の二次創作が登場
今回の旅をテーマに、新たな物語を創作したのは2名。偶然にも二人が選んだ題材は、粟津の戦いで死を目前にした木曽義仲と巴御前だった。『平家物語』や能『巴』で語られるように、二人の別れの場面にはやるせなさが残り、巴御前の立場に立てば、割り切れない思いも募る。この読み手の感情のくすぶりこそが、執筆者の創作意欲をかき立てたのかもしれない。Uさんは二人が最後に交わした会話を「過去」と「現在」という二つの時間軸で対比させ、Tさんは二人の会話を徹底した口論へと発展させていたのが印象的だった。
▶︎U.C.さん
義仲と巴御前の関係性を、「過去(二人が生きた当時)」と「現在(創作)」という二つの時代で対比させた作品について、「どちらの時代が幸せなのかを問いかけている点が秀逸」と評した木ノ下さん。「現代ではジェンダーギャップは解消されつつあり、巴が生きる上での選択肢は確実に増えていることでしょう。一方で戦争については、AIが戦争を担い、罪悪感なく人を殺すことのできる現在のほうが人間の凶暴さが増しているのかもしれません。能『巴』で救われていないのは巴御前でしたが、Uさんの作品からは「救われていないのはむしろ義仲なのではないか」とも考えさせられました。歴史を単純化しない視点も非常に良かったと思います」。
戦乱の世の無情、親ガチャの関係で武将となり、芥川龍之介に「彼の一生は失敗の一生也……然れども彼の生涯は男らしき生涯」、他の人は「義仲は野生の心を持って彼は情熱の寵児だった」と。野生の心って言い方変えれば田舎ものっていうことでしょうか?
当日の二人の会話
義仲「木曽に帰り、これまでのことをしかと伝えて弔ってほしい」
巴御前「共に戦って死にとうございます」今現在(2025年)
義仲「男のプライドがあるので君とは一緒に死ねないんだ」
巴御前「いいですよ。分かりました。義仲さんの好きなようにして下さって結構です。
私は今から平穏な日々の幸せを自分の手でつかんで生きてゆきます」
(つづく)
▶︎T.Hさん
巴御前の心残りを吐き出させるかのように、2600文字に及ぶテキストで義仲との圧巻の会話劇を展開させたTさん。本編には「後書き(作者の弁)」も添えられており、「こちらも面白かったです」と木ノ下さん。「当初は二人の会話を往復書簡にする案もあったそうですが、この案もいいなと思いました。テンポが悪くなるのが心配とのことですが、たとえば「出した手紙の一部しか残っていない」「書簡の半分は燃えている」という設定にして、存在しない部分は読者の想像にゆだねてもよいかもしれません。会話をすべて書くと面白みが減ることがあるので、そのバランスの舵取りも大切。それから、名作といわれる往復書簡の形式を借りて、物語を紡いでも面白いかも? 今後の展開を楽しみにしています」。
「主従喧嘩」より(部分)
巴「私を『⼥』と決めつけた、その浅はかな⼼が憎い!」
義仲「…くっ」
巴「あなたが私から奪ったのは、武将としての誇りです」
義仲「……………」
巴「あなたの『⼥ゆえ』は、呪いの⾔葉です。
私は、それを背負って、これから⽣きてゆくのです」「作者の弁」より
さて、旅のラストであり、管理の⽅のご解説、朗読も素晴らしかった『義仲寺』は創作意欲をそそられました。何百年も時を経ているのにお寺があることも、芭蕉が義仲を愛したことも皆さんがお墓に⼿を合わせていることも。全てが、⼈間・⼈々の「思いを馳せる⼒」を⽬の当たりにして感慨深かったのです。私が未練や叶わなかったものに遭遇すると、それが例え受取り⼿の⾝勝⼿な解釈や妄想とわかりながらもついなんとかしたいとお節介が顔を出します。
旅で見えたもの、見えなかったものとは?
バスツアーを見事に総括した「評論部門」の力作たち
最後に講評されたのは、今回のバスツアーの価値や魅力を多角的に論じた4つのレポート作品。今回のバスツアーの醍醐味、旅を経て変化した自身の意識の変化を描写した作品もあり、まさに講座の締めにふさわしい作品揃い。また、全作品の講評後には、木ノ下さんから今回の企画を締めくくるコメントも寄せられ、全3回シリーズで開催された2024年講座は晴れて大団円に。
▶︎W.N.さん
「近江への懺悔」と題して、近江の歴史や個人的な思いについて綴ったWさん。「旅で出会ったものをあえて描かず、旅からこぼれ落ちたものについて書いている点が秀逸だと感じました。今回の旅を経てこれまで知らなかった、気にも留めていなかったことが見えてきたという心境や視点の変化が綴られているのもいいですね。Wさんの文章を読んで、おそらく未来の自分たちから見たら、今回の旅でも見えなかったこと、こぼれ落ちたものもたくさんあるのだろうと感じました。続きが読みたくなるような独特な筆致もいいですね」(木ノ下さん)
「近江への懺悔」より(部分)
今回の旅を通して、これまで近江は私には遠い場所であったことに気づいた。⼤阪の郊外の⼩学校からの遠⾜では奈良のお寺はいくつか訪れたが、近江にはスキー場に連れて⾏かれたぐらいであった。⻑じてからも、「古都」と称される京都や奈良にはよく⾜を運んだが、近江を訪れたのは数えるぐらいしかなかった。
難波宮のあった⼤阪同様に、近江も中世の終わりから近世・近代にかけて商業都市として栄えたイメージが根強い。いつからか新しいアイデンティティの拠り所として遥か昔の古代が選ばれ、⼤阪が「⽔都」、近江は「湖都」と⾃称するようになったが、近江にはかつて⼤津宮と呼ばれる都があった。あかねさす 紫野⾏き標野⾏き 野守は⾒ずや 君が袖振る
この歌は『万葉集』に収められているが、百⼈⼀⾸には選ばれておらず、⾼校の古典の授業で初めて出会った。額⽥王と天智天皇と⼤海⼈皇⼦の三⾓関係に想いを巡らせるとともに、紫野にも興味を持った。私が育った⼤阪の郊外にも禁野という地名が残っており、そこでも恐らく貴⼈のみが着⽤することを許された紫⾊の染料となる紫草が栽培されていたのではないかと教わったからだ。
▶︎M.Y.さん
「これやこの道行」と題して、能のワキが語るようなスタイルで、ある男の一人語りで旅の道中を紹介したMさん。「ワキの語りだけで完結していて、シテ(主役)が出てこないのがユニークですね。一歩引いた距離感や温度感が終始保たれていますし、この男がツアーを遠巻きに見ている様子、全体に群れない孤独感が感じられるのも面白いと思いました。あえてツアー客の描写を加えてみると、男との対比が際立ってまた違った魅力が出るかもしれませんね」(木ノ下さん)。
石段をのぼって蝉丸神社に
男 関跡から200メートル程歩いて蝉丸神社に。石段をのぼってつきました。この石段かなりきついですね。その昔もこの急な石段くらい、坂も急だったのでしょうか。蝉丸が詠んだ『これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬも逢坂の関』がこのあたりと思うと、イメージでは、宿場町の関所でお店などがたくさんあって賑やかな感じだったのですが、実際に来てみるとまさに山中で全然ちがう雰囲気です。蝉丸の物語でもこんな山中に置いていかれたと思うと、心細かったでしょうし、京に上る人、京から下る人でまた気持ちも全然違ったのかなと、しばし思いを馳せました。
▶︎S.H.さん
Sさんは旅の出来事を、ポップな詩にまとめて発表。「リズムやテンポが最高です! バス旅行のBGMで流した小沢健二さんの『僕らが旅に出る理由』も彷彿とさせる文体模写感もあるのも面白いと思いました。よくぞ昼食で、ご婦人がお茶を注ぎ間違えてくれたという(笑)。 ほうじ茶と桜茶、昔と今の対比も絶妙だと思いました」(木ノ下さん)。
京都旅
そう、今日は久しぶりの旅なのさ
待ち合わせ場所に集う、ツアー客
それに混じって、久しぶりの旅なのさ行き先は義経逃亡ルート
逃亡しよう日常から
日常の仕事を潜り抜け、理由は明かさず
そうさ、僕は仕事から逃亡する
(中略)
昼はかねよでうなぎを食べる
こんなみんなで食べるの学生以来
未来わかんない
こんな座敷にやってくるなんて
わかんない未来綺麗な桜茶
桃色の桜茶
おいしいな隣のご婦人気をきさせ
僕にほうじ茶注いでくれた
いやいやそれは桜茶の碗
気づいた時にゃ遅かった
桃色、茶色に混じってく茶色に浮かぶ桜花
都会に埋もれた歴史のよう
茶色に浮かぶ桜花
ほうじ茶ブレンド桜花
ちょとしょっぱい
(つづく)
▶︎M.S.さん
非日常の世界へ深く潜り込んだ濃密な一日を、「まるで冥界下りをしてきたかのようだった」と例えたMさんは、旅を終えた後の自身の不思議な感覚を綴ったレポートを発表。木ノ下さんも「熱量がこもっていて、説得力もある素敵な文章でした」とコメント。「今回のような旅はもちろん、読書や演劇鑑賞などのちょっとした非日常を体験したあとに戻る日常は、今までと同じはずなのに世界が少し違って見えますよね。これこそが文化や芸術の魅力だと思いますし、そうした体験をされたご自身の心情の変化を “円環”という例えを使いながら表現されているのも見事だと思いました。今年の講座でご紹介してきた能作品をはじめとする舞台芸術は、まさにこうした豊かな円環の時間を紡いでいくもの。今回のバスツアーをこのように評していただきうれしく思いましたし、まさに講評のしめくくりにふさわしい作品だと思い、最後にご紹介させていただきました」。
「異界へつながる穴を求めて」(部分)
義経逃亡ルートを辿って、京〜⼤津の旅に出かけたあの⽇。⼣刻、岡崎に帰り着いてバスを降り、⼩⾬の中を歩き出したとたん、なんだか不思議な気持ちになった。⾏く先々で⽬にしたもの、⽿にしたもの。それらの残像はまだ⽣き⽣きと鮮やかで、その濃密さに知恵熱が出そうなのに、どこか夢でも⾒ていたような感じ。⼀緒に参加した友だちと、「楽しかったね」と繰り返し⾔い合うのだけれど、⽬の前に広がる現実との連続性が、うまくつかめない。わたしは、どこへ⾏っていたんだろう? わたしは順ぐりに思い出す。
(中略)
いろんな情景が断⽚的に⼼をよぎる。かつての逢坂⼭の険しさと、そこに庵を構えた世捨て⼈・蝉丸の実存を想像した時、これまではなんとも思っていなかった「これやこの」の歌が、初めてしみじみ胸に迫ってきた。義仲寺の境内に⽴ち、「芭蕉たちの時代は、ここから琵琶湖が⾒えたんですよ」と聞いた時、視界を遮るマンション群を透視するように、わたしの⽬には⼭⾨の向こうで光る湖⾯が映った。そして⾺場さんの語る平家物語を聴いた時、ボロボロになりながら敵陣を切り抜けてゆく義仲らの姿が、映画のワンシーンのように脳裏に浮かんだ。ふと⾃分が、まるで映画「千と千尋の神隠し」の千尋になったように感じた。物語の最後、⻑い⻑い冥界下りの旅を経て現実に帰ってきた、あの場⾯の千尋に。
旅の始点と終点が輪状に閉じて、あいだに存在したはずの時間が、その円環の中に封じ込められてしまったあの瞬間。時空に⽣じた裂け⽬に、千尋以外の誰も気づいていない。⼀⾒すると、周囲の景⾊も、のんきな両親の様⼦も、物語のはじまりと何も変わっていないように⾒える。けれど千尋は、もう元の彼⼥じゃない。異界へ旅して、⾃分という個を超えた⼤きなものとつながること、彼⼥の中で何かが変わったのだ。
ああ、そうか。もしかしたら、わたしもそうだったのかもしれない。
おわりに——木ノ下裕一さんの総括
皆さん、あらためまして課題作成おつかれさまでした! どの作品も本当に素晴らしく、この企画を実施して本当に良かったと心から感じています。皆さんの方も、ご自身の感情を作品に落とし込むなかで、今回の旅を二度、三度と味わい直すことができたのではないでしょうか? 旅から帰って一言書くだけでも、線を一本引くだけでも立派な作品になります。何かひとつ形に残しておくことで、その旅をいつでも何度でも味わい直すことができるはず。ぜひ今後も旅に出たり、気になる古典作品に出会った際に、こうした作品づくりを続けていただけたらうれしく思います。ちなみに、作品づくりは“自分探し”でもあります。「自分はこんなものが好きだったのか」「こんなことに心を動かされるのか」など、自分自身がまだ気づいていない「興味のありどころ」を知っていくプロセスでもあります。作品を通して新しい自分をどんどん発見してみてください。