Column & Archivesコラム&アーカイヴ

#コラム・レポート#舞踊#2022年度

ディミトリス・パパイオアヌー「TRANSVERSE ORIENTATION」関連コラム

振付家パパイオアヌーはギリシャ神話と自然界の威力を混交する

文:フィリップ・ノワゼット(ジャーナリスト)
翻訳:岡見さえ
2022.4.1 UP

2022年6月23日(木)~25日(土)公演予定のディミトリス・パパイオアヌー「TRANSVERSE ORIENTATION」に先立ち、2021年6月フランスでの初演後に収録された現地のジャーナリストによるレポート記事を転載します。

転載元:2021年8月執筆/ 埼玉アーツシアター通信第95号、 発行:公益財団法人埼玉県芸術文化振興財団(彩の国さいたま芸術劇場)


「TRANSVERSE ORIENTATION(トランスヴァース オリエンテーション)」において、振付家パパイオアヌーはギリシャ神話と自然界の威力を混交する。

©Julian Mommert

長い間、この新作は待望されていた。初演の予定は2020年だったが、パンデミックのため計画は変更を余儀なくされた。「当時、私は新作のさまざまな要素の配置を実験する時期にいました。作品の登場人物やありかたが明確になっていく、最も混沌とした、しかし最も重要なところです。リハーサルの中間地点、初演前の最後の追い込みに入る直前でした」。最終的に、作品は2021年6月にリヨン・ダンス・ビエンナーレで世界初演され、大成功を収めた。

思いもよらぬ出来事に直面しても、パパイオアヌーは動じなかった。「時には芸術も小休止する必要があるのです。でも、人間が生き延びるのに芸術は必要なのだから、芸術は再起動の方法を見つけなければなりません。好きなことを再び始められるようになったとき、今回失われたものがどれほど自分を豊かにしてくれたのか、私たちは気付くのです」。

パパイアオヌーは数年前から一躍、寵児となった。予想を上回る『STILL LIFE』の成功は、生活を一変させた。ツアーが連続し、共同製作が増え、彼は名声の渦に巻き込まれていった。家で過ごすより、旅に時間を費やすこととなった。コロナ禍は、彼に休息をプレゼントしたのだった。

©Julian Mommert

彼は長期間にわたり『TRANSVERSE ORIENTATION』に取り組むことになった。アテネの稽古スタジオでダンサーに囲まれて、時には一人で。逆説的だが時間の表象、歴史の時間と戯れ続けるこの作品は、やり方は異なれど、『THE GREAT TAMER』の後継に相応しい。男女半々のハイブリッドな身体があり、セイレーン(半人半魚の魔女)のごとき男性ダンサーが氷の粒の奔流にのまれる。現代のミノタウロスたる雄牛も現れ、一組の男女を産み落とす。これはパパイオアヌーが構想し、ディミトリス・コレス、ネクタリオス・ディオニュサトスが制作した彫刻だが、舞台の上で命を与えられる。それは目覚めて見る夢、時に悪夢に転じる夢である。小さな扉から、崩落した石の山が舞台を浸食する。作品は鳴動し、しまいに劇場という皮膜を「破り」、水と岩をあたり一面に露呈させる。「劇場とは、私たちの最も暗い影の部分が何かを明らかにするのに、格好の場所なのです」とパパイオアヌーは言う。画家の教育を受けたこの振付家は、制作の初期からアプローチを刷新し続けてきた。その手にかかれば、舞台は生きた絵画になる。彼は観客を驚かせる名人だが、本作ではヴィヴァルディの楽曲を効果的に使っている。子を抱く聖母マリア、もしくはダンサーたちが涼を求めて集う泉といった風情の女性の姿が忘れ難い。ピナ・バウシュの世界を思わせるが、実際、この女性ダンサーはヴッパタール舞踊団のブレアンナ・オマラだ。彼女は同舞踊団が2018年にパパイオアヌーに委嘱した『SINCE SHE』で配役されたが、今回も近寄りがたいヴィーナスを演じ、男たちを鼻であしらう。パパイオアヌーは物語の語り手と言うよりむしろ、身体の風景画家だ。そして『TRANSVERSE ORIENTATION』は、この野心作のために集結したダンサーたちのヴィルチュオーゾへの賛歌である。ほぼ裸で、ずぶ濡れでも、全力で牡牛に生命を吹き込み、いくつもの装置を組み立てる……。彼らの献身なくして、作品は成立しないだろう。

©Julian Mommert

コロナ禍でのフランスの劇場

 2020年春、新型コロナウイルスは多くの国でダンサーの生活を一変させた。彼らは観客、レッスン、仲間を奪われたが、健康を維持しながら孤独と折り合わなければならなかった。フランスでは、多くの人がSNSで世間や近親者との繋がりを保っていた。2020年3月中旬から、パリ、そして地方の劇場は扉を閉ざした。数百の公演が中止され、再調整できず消えた企画もあった。数カ月すると、テレワークで劇場ディレクターや企画担当者とダンス・アーティストが連絡を取り始め、次のシーズンについて考えられるようになった。ダンサー、振付家は、Zoomでダンスのレッスンを行ったり、受講したり、自宅の台所や庭でトレーニングやリハーサルを行う者もいた(あの春は見事な好天だったのだ)。外出禁止は続き、モンペリエ・ダンス、アヴィニョン等のフェスティバルは中止になった。パパイオアヌーも犠牲者だった。2020年9月、パリ・オペラ座やリヨンのメゾン・ドゥ・ラ・ダンスなど各地の劇場は再開したが、10月末に再び外出禁止令が発令された。劇場から観客はまた消えたが、関係者は新作を観覧し、コメントすることができた。劇場は6 カ月の間、ごく少数の観客(企画担当者、ジャーナリスト)を新作の客席に入れて存続していた。多数の観客には、上演の録画がネット配信された。あれほど長く公演のなかったダンサーたちにとって、これは真の慰めだった。

『TRANSVERSE ORIENTATION』は2年間の長い世界ツアーに出発し、2022年6月には京都、埼玉にやってくる。古代の神話と私たちの未来が育むこの現代のオデュッセイアに、誰も無関心ではいられないだろう。

©Julian Mommert

関連事業・記事

Turn your phone

スマートフォン・タブレットを
縦方向に戻してください