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【市民寄席】演目解説(第365-369回)

文:佐田吉(小佐田定雄)
2023.5.29 UP

1957年にスタートし、京都では恒例の落語会として長く親しまれてきた「市民寄席」。 京都会館がロームシアター京都としてリニューアルオープンしてから最初に開催された市民寄席は、第325回(2015年5月15日)の市民寄席です。第325回から今日まで、市民寄席は30回以上開催され、130以上の演目が上演されました。

市民寄席では、ご来場いただいたお客様に配布するパンフレットに、小佐田定雄氏による演目解説を掲載しています。Spin-Offでは、ロームシアター京都版・上方落語演目のミニ辞典として、また、これからも続く市民寄席の歩みのアーカイブとして、本解説を継続して掲載していきます。

第365回

日程:2023年5月23日(火)

番組・出演
「御公家女房」 桂 九ノ一
「過去のないワイン」 桂 三四郎
「お見立て」 笑福亭 円笑
「ねずみ穴」 桂 福団治

◆御公家女房 おくげにょうぼう
 九ノ一さんの師匠の九雀さんが古典落語『延陽伯』(東京では『たらちね』)を改作して、演じるようになった一席です。原形とどこが違うかは聞いてのお楽しみです。「公家」というのは元々「朝廷」を指す言葉でしたが、鎌倉時代に帝を武力で護る「武家」が台頭することで、主に儀式を司る貴族階級を「公家」と呼ぶようになったのだと申します。

◆過去のないワイン かこのないわいん
 今から四百七十年前、キリスト教布教のために来日したフランシスコ・ザビエルが長州の豪族・大内義隆に献上したのがわが国で最も古いワインの記録だと言われています。日本で国産のワインが醸造されるのは、それからおよそ百五十年後の江戸時代初期になります。豊前小倉のお殿様が家来にワイン造りをお命じになったのだそうですが、本格的にワインを造りはじめるのは明治時代になってからのこと。今は国産だけでなく、世界中のワインが飲める時代になりました。

◆お見立て おみたて
 江戸時代に大坂で出版された随筆に「京の遊女に江戸吉原の張りを持たせ、長崎丸山の衣装を着せて、大坂新町の揚屋で遊びたい」と書いてあるそうです。つまり、京美人に江戸っ子の心意気を持たせて、丸山の豪華な衣装を着せて、新町の贅沢な揚屋で遊ぶのが理想だというわけです。揚屋とはお客様が酒や料理を楽しむお店のこと。そこへ遊女の所属しているお店…「置屋」から遊女が送られて来るわけですね。そんな色町を舞台にした落語を上方では「お茶屋噺」というのに対して、江戸では「廓噺」と申します。

◆ねずみ穴 ねずみあな
 土蔵というのは木の枠組みに二、三十センチの厚さに土を塗り、表面を漆喰で固めた建物で、防犯、防火、保温、除湿にすぐれています。大事な商品や家具などを収めておくのに最適の場所なのですが、時には遊びのすぎた若旦那などがこの中に「保管」される「蔵住まい」というお仕置きにも使われていました。耐火建築としては最強だったのですが、どこかに穴があいているとそこから火が中に入ってしまい、ついには焼け落ちるこということもあったそうです。その穴をあける犯人は主にネズミでした。

 

第366回

日程:2023年7月25日(火)

番組・出演
「普請ほめ」桂 りょうば
「ちりとてちん」笑福亭 喬若
「洗足」桂 枝三郎  
「崇徳院」桂 米団治

普請ほめ ふしんほめ
 家を建てたり改装したりすることを「普請」と申します。もともとは仏教の言葉だそうで、禅宗の信者たちが普(あまね)く人々に請(こ)う…つまりもれなくすべての人に声をかけてお願いして、力を合わせて作業することなのです。それがいつの間にか建築関係の言葉になってしまいました。家を褒めることが小遣い稼ぎになったのどかな時代のお話です。

◆ちりとてちん
 名物にうまいものなし…なんて申しますが、これは日本だけのフレーズではないそうです。英語にもちゃんと「名物も評判ほどのことない」という意味の諺があるそうです。名物、名産品となると過大評価されることになり、実際に口にしてみると「期待したほどのことはないやないか」と言われることもあれば、大量生産するために手作りの味が失われて品質が落ちるから…という説もあります。さて、この噺に登場する長崎名産は…。

◆洗足 せんぞく
 新しい言葉、難しい言葉を使うのが恰好がいい、賢そうに見えるという風潮があるように思います。最近では「インフルエンサー」とか「エビデンス」などというカタカナの言葉をよく耳にします。私など「インフルエンサー」は流行り風邪のことだと思っていました。時代が古くなると、カタカナではなく漢字にするのが流行った時代がありました。その代表例としては、明治時代にそれまでは「おとしばなし」という平仮名六文字で呼ばれていた芸能が「落語」という漢字二文字になりました。

◆崇徳院 すとくいん
 一九三七年十一月に発行された「上方はなし」第十九集に当時の落語通のこんな対談が載っていました。「米之助君の『崇徳院』、あれはどうだった?」「『崇徳院』とは珍しい出しものだった。今頃はめったに聴けない噺だし、やっても客が喜ばないだろう」。米之助君というのは後の四代目桂米団治師匠。現・米団治師の師であり父である米朝師の師匠にあたるお人です。八十六年前の落語通の予言はみごとに外れて、『崇徳院』は現在でも人気のある噺として、当代米団治さんをはじめとする多くの落語家によって上演されています。

 

第367回

日程:2023年9月24日(日)

番組・出演
「ん廻し」桂 弥っこ  
「天狗さし」桂 二葉  
「猫の災難」露の団四郎 
「下町の散髪屋さん」桂 三風 
「芝浜」笑福亭 鶴瓶  

◆ん廻し んまわし
 最近の子供は、カードやゲームなど、お金が要る遊びをするようになりました。昔は子供だけでなく、大人もお金を使わない遊びを工夫して楽しんでいました。例えば貴族など風流を好む方々の間では「連歌」が、庶民の間では寄席の「大喜利」でおなじみの「謎かけ」で遊んでいたと申します。今日お聞きいただく「ん廻し」も、そんな言葉遊びのひとつです。

◆天狗さし てんぐさし 
 ご当地の鞍馬山が舞台になる一席です。二葉さんの大師匠にあたる米朝師匠が復活させた噺で、どちらかと言うと「珍品」と呼ばれる、めったに上演されない噺でした。それをわかりやすくておもしろいネタにしたのは、桂雀太さんと、彼から教えを受けた二葉さんのお手柄だと思います。この噺を演じて、一昨年のNHK新人落語大賞を獲得しました。そのお礼参りに鞍馬寺を訪れた時の様子は現在絶賛発売中の「桂二葉本」(京阪神エルマガジン社)に掲載されています。

◆猫の災難 ねこのさいなん
我が国に猫が住みだしたのは弥生時代のころだと言われています。穀物の栽培が始まったころ、収穫物を食い荒らすネズミを退治するために人間が飼い始めたのだそうです。平安時代になりますと、御所で貴族たちが飼う高級なペットに出世しました。そして、安土桃山時代から江戸時代になると、ネズミの天敵として各家庭でも飼われることになりました。近年の猫ちゃんは、ネズミをとるというような野蛮な行動はせず、上等のペットフードを味わいながら優雅な日々を送っているようです。さて、この噺の猫ちゃんは…。

◆下町の散髪屋さん したまちのさんぱつやさん
 理髪店のことを「散髪屋」と呼ぶようになったのは明治維新で、それまでの男のスタンダードな髪型だったちょんまげを廃止して、西洋式の髪型にするという「散髪脱刀令」が明治四年に出されたことによります。この西洋式のヘアースタイルのことを「ざんぎり」あるいは「散髪」と呼びました。そこで、それまで「床屋」と呼ばれていた理髪店のことを「散髪屋」と呼び始めたのだそうです。日本初の西洋式理髪店は横浜の居留地で明治二年に開店しました。それを記念した「西洋理髪発祥の地」の碑が山下公園にあるそうです。

◆芝浜 しばはま
 元々は東京の三遊亭圓朝が「酔っ払い」「芝浜」「財布」のお題で三題噺としてこしらえた作品と言われています。東京では古今亭志ん朝師、立川談志師をはじめとする多くの演者が、さまざまな演出で演じています。また、近年では上方でも「夢の革財布」というタイトルで演じられるようになりました。鶴瓶師はそのどちらの型でもない、新しい鶴瓶版「芝浜」を披露いたします。落語の世界だけでなく、「芝浜革財布(しばはまのかわざいふ)」のタイトルで歌舞伎にもとり入れられた夫婦のドラマをじっくりとお楽しみください。

 

第368回

日程:2023年11月14日(火)

番組・出演
「七度狐」森乃 阿久太
「風呂敷」露の吉次  
「永田町商店街懐メロ歌合戦」桂 勢朝  
「鰻の幇間」笑福亭 仁福 

◆七度狐 しちどぎつね  
 キツネやタヌキが人間を化かすという話は、今や落語か昔話の世界だけのことになりました。私の子供のころ…今から六十年ほど前の日本には、まだ「キツネに化かされて夜通し歩きまわってたことがある」などという体験を話してくれるお年寄りがいらっしゃいました。たいてい、お酒の好きなお爺さんだったので、キツネというよりお酒のせいかもしれません。

◆風呂敷 ふろしき 
 商店でレジ袋が有料になったこともあって、トートバックという持ち手が二つある、口の大きな袋を持ち歩く人が増えてきました。一方で、日本の「包むもの」の代表だった風呂敷が復権しているとうかがいました。もともとは室町時代の大名が、当時の蒸し風呂に入る時に、着ているものを包むために使った大きな布が語源になっているとうかがいました。落語家さんも自分の衣装を包むのに風呂敷を愛用しておられます。いろんな物が包めますが、中にはこの噺のように…。

◆永田町商店街懐メロ歌合戦 ながたちょうしょうてんがいなつめろうたがっせん
 そもそもは勢朝さんが「とにかく理屈抜きで、ただただ歌いまくる落語を演じたい」と希望してこしらえられたオーダーメイドの一席です。原作では町内会のバス旅行の車中での物語で、タイトルも『ハイウエー歌合戦』というものでしたが、聞いていた先輩落語家の「これ、バスの中という設定にする必要はあるの?」というアドバイスで、バスから降りて町内の歌合戦の一席となりました。昔の寄席では喉が自慢の落語家が、音曲噺という歌がメインの落語を演じていましたが、この噺も音曲噺の仲間に入るのでしょうか。

◆鰻の幇間 うなぎのたいこ
 お茶屋のお座敷でお客の機嫌を取り、遊びを盛り上げる男芸人を「太鼓持ち」…「幇間(ほうかん)」と呼びました。「太鼓持ち」の語源としては、戦の時に合図のために打つ陣鐘のそばには太鼓を打つ役の人がくっついていたところから、「鐘(金)持ち」のそばにくっついているので「太鼓持ち」と呼ばれるようになった説と、豊臣秀吉のお伽衆だった曽呂利新左衛門が、いつも「太閤殿下、ご機嫌はいかがで?」と機嫌を取っていたので「太閤持ち」と言われたのが「太鼓持ち」のルーツだ…という落語のような説がございます。

 

第369回

日程:2024年1月14日(日)

番組・出演
「牛ほめ」桂 枝之進  
「強情」桂 吉の丞  
「兄貴の頭」笑福亭 仁智 
壱之輔改め二代目桂春之輔襲名披露口上  
「腹話術」笑福亭 学光 
「ねずみ」桂 春之輔 

◆牛ほめ うしほめ  
 現代の家庭用防火システムというと火災報知器やスプリンクラーなどがありますが、古典落語の時代には「火之要慎」と書いたお札くらいのものでした。お札を発行していたのは、関西地区ではご当地の愛宕神社が有名ですが、全国的には静岡県浜松市に本宮がある秋葉神社が代表だったようで、全国各地の家庭の台所には秋葉さんのお札が張られていたと申します。

◆強情 ごうじょう 
 この噺のタイトルの「強情」と似た言葉に「頑固」というフレーズがあります。いずれも、かたくなに意地を張って自分の意見を変えない人のことを指し、「片意地」とか「意固地」と呼ばれることもあります。「強情」と呼ばれるのは悪い意味で言われる例が多いようですが、「頑固」には「昔堅気の頑固な職人」などと少しいい意味でも使われることがあるようです。また「頑固」は「頑固な汚れ」と人間以外にも使われることがあるのが大きな違いだ…と辞書に書いてありました。

◆兄貴の頭 あにきのあたま
 任侠映画が大流行した時代がありました。一九六〇年代の中ごろから、当時の東映で鶴田浩二、高倉健、そして藤純子が主演を務める名作が世に出され、多くのファンの魂をつかみました。それ以前の任侠の世界を描いた作品は講談や浪曲のレパートリーで、清水の次郎長、森の石松、国定忠治などというスターが活躍していました。落語の世界では桂音也作『昭和任侠伝』を先代桂春蝶さんが十八番にしていましたが、主人公は任侠道に憧れている素人でした。さて、これからお聞きいただく一席では…。

◆壱之輔改め二代目桂春之輔襲名披露口上
 四代目春團治門下の一番弟子・桂壱之輔さんが師匠の前名である「春之輔」を二代目として襲名したのは今年の五月のことでした。新しい「春之輔」を京都の皆様に披露申し上げるご挨拶の一幕です。師匠の弟子…春之輔さんにとっては芸道上の叔父さんにあたる桂春若さんが司会を勤めます。

◆腹話術 ふくわじゅつ
 学光さんは東京で活躍している鶴光師匠の一番弟子。徳島県出身で、夏場になると阿波踊り「はなし家連」のリーダーが本職となります。本日は余芸の「腹話術」を披露いたします。「腹話術」というと、今ではいっこく堂さんがおなじみですが、我らの昭和の時代には川上のぼるさんと相方(?)のハリス坊やのコンビがおなじみでした。さて、学光さんの相方は…。

◆ねずみ
 ネズミが「福ねずみ」と呼ばれて縁起のいい動物とされるようになったのは、俗に「ねずみ算」と例えられる繁殖力の強さから子孫繁栄のシンボル扱いされたからだと申します。また、白ねずみが大黒天のおつかわしであることから、商売繁盛の象徴ともなったのだそうです。昔の商家ではお店に繁栄をもたらす忠義な番頭さんのことを「白ねずみ」と呼んでいたともうかがいました。いろんなネズミが居ますが、世界で一番有名なネズミは、アメリカの遊園地を本家にしているあのマウスさんだと言われています。

  • 小佐田定雄 Sadao Osada

    落語作家。1952年、大阪市生まれ。
    77年に桂枝雀に新作落語『幽霊の辻』を書いたのを手始めに、落語の新作や改作、滅んでいた噺の復活などを手がけた。つくった新作落語の数は250席を超えた。近年は落語だけでなく、狂言、文楽、歌舞伎の台本にも挑戦。著書に「5分で落語のよみきかせ」三部作(PHP研究所)、「落語大阪弁講座」(平凡社)、「枝雀らくごの舞台裏」、「米朝らくごの舞台裏」「上方らくごの舞台裏」(ちくま新書)などがある。2021年第42回松尾芸能賞優秀賞受賞。

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