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#公演評#演劇#2022年度

村川拓也「ムーンライト」公演評

『ムーンライト』について、いくつかのメモ 

文:福地リコ
2023.4.2 UP

©麥生田兵吾(umiak)

不在を巡って

 そこにはいない人を存在させるためには何が必要なのか、考えてみたい。写真や遺物か、住んでいた家などの物を介したアプローチか?身近にいた人の肉声の証言だったらどうだろう?
 それとも、そもそも不可能なのだろうか。演出家、村川拓也氏の演劇作品『ムーンライト』をロームシアター京都で観劇したあと、ぼんやりとそんなことを考えながら見慣れない京都の道を歩いた。わたしは演劇をたくさん見てきたわけではなく、演劇に関わっている者でもない。舞台芸術からは遠い、映画というメディウムを選んだ人間だけれども、それでも、<既に無いもの>や<亡くなった人>と対峙する時に立ちあらわれる問題はどんな場合でも、そしてどこへ向かっていても生じてくる。
 映画においても<不在>を巡る作品は数え切れないほどあるが、そもそも映画自体が実体のないもので、かつモンタージュに代表される不条理な側面があることを踏まえると、やはり一回性の性質を持つと言われる演劇は特別に感じられる。『ムーンライト』は何度か札幌や京都、東京で公演されてきた歴史があり、わたしが実際に見ることができた舞台は2023年1月12日に上演された、たった一つだ。2018年度に上演された本作には、今は亡き「中島昭夫(なかしまあきお)」という人物が実際に出演し、舞台上に”いた”。わたしや、おそらく多くの観客にとっては、彼の生前の姿を一度も見たことがないまま、もちろんどんな人物なのか、声だって知らないまま、不在の彼を想像するしかない。”亡くなった人を舞台上で表象する”、そんな無謀なことをするなんて、というわたしの不安を他所に、『ムーンライト』は現在はもういない、かつては存在した、一人の人間の<不在>を巡って、様々な再考をうながしてくれた。

投影される映像と粒子

-目はいつ頃から悪くなられたんですか?
-えーとですね、あの、悪くなったというのは最近というか、いい歳になってからですけれども、網膜色素変性という、だんだん鳥目みたいなったりして。
-はいはい。
-えー、それから視野も狭まってきて、
-はい。
-それで、まあ、機能を失った細胞が脳へですね、えー、白い、なんちゅうんすか、光なんですけども、こまかいものが、脳へ、その伝えるもんですから、目の前が白っぽくなってきて。
-うん。
-それであの、あたかも飛行機に乗った時の、えー、えっとなんて言うんですか。雲海の中へ入ったり、冬の猛吹雪や粉雪の。
-はい。
-すごく舞っているところにいるような、そういう視野に今はもうなってしまったんですけど。

―――――――『ムーンライト』2018年度公演より
(村川拓也氏から、中島昭夫さんへの質問抜粋)

 2018年度の『ムーンライト』では、二十歳の時に病院で宣告された網膜色素変性症について語るシーンがある。2023年度版では、誰もいない椅子と、ピアノの背後に掲げられたスクリーンに、数回に渡って中島さんの過去の写真が映し出される。返ってこない質問をし続ける演出家(村川拓也)と一緒に、観客はそのスクリーンに投影される映像を見る。林間学校で過ごした幼少期の写真から、大学時代など、写真に映る中島さんの年代も多様だ。初めは無音で映写され、スクリーンを眺めるわたしたちの耳に、ほぼ完全とも言えるタイミングでピアノが単音から入ってくる。一枚の静止映像が、通りすがりのような、様々な年代のピアニストたちの演奏によっていくつかの記憶を開いていく。二度と同じ演奏はできないように、毎回数コンマ違ってくる状況でのモンタージュ(即興編集)は、映し出された写真の時間が最高潮に達した瞬間に見事に切り落とされ、消えた図像/肖像こそが焼き付けられるべきたったかのように、目に残像としてあらわれる。粒子の荒く、いま見慣れた写真とは全く異なるそれらのフィルム写真群を成しているのは文字通り粒子であり、ちらちらと、それこそ舞っている雪のようにわたしたちの脳裏に残る。

©麥生田兵吾(umiak)

終わらない質問と旋律

 後半では、村川拓也自身による<中島さん>への質問が立て続けに行われる。「中島さん、」「中島さん、」と真摯に発せられる質問に答える人はもちろんおらず、わたしたちは<中島さん>という人間を想像し、そして更に過酷なことに、<中島さん>という人物が何と返答するかを想像して見続けなければならない。もしかすると、以前の公演(中島さんが実際に出演していた2018年度以前)を見たことがある人は、その時の記憶が蘇っていたのかもしれない。また、人によっては彼の輪郭すら見えていたのかもしれない。しかし何度も書いたように、わたしは一度も生前の<中島さん>を目にしたことはなく、この演劇に出会うこと自体が初めてである。わたしの目には、執拗に、そして切実な応答を求めて何もない空間に言葉を投げ続ける村川氏と空っぽの椅子とピアノだけが映っていた。中島さんの返答が想起できないということは、村川氏の存在とその身体から発せられる音声とが視覚と聴覚の情報としてやってくる。そして、なかなか終わらないのは村川氏の質問だけでなく、録音された過去のピアノ演奏の冒頭も同じである。2018年度の『ムーンライト』上演の際に録音されたという演奏音源は、ベートーベン作曲「月光」の第一楽章であり、第二楽章、第三楽章に向かうことはなく、第一楽章の冒頭を何度も何度も弾き直す。繰り返し流れる旋律は、この演劇が場所やかたちを変えて、幾度も上演されてきたことを思い返す時間でもあるかもしれない。
 ふと、考えたのは、もし<中島さん>の記憶をわたし自身が持っていたら、どうなっていただろうか、ということだ。もしかしたら、記憶する行為とは”反復する”ことだけではないかもしれない。追悼というスタートラインに立つことではなく、わたしが追体験の亡霊となって背を向けている村川氏にとり憑くことでもない。「ただ繰り返すこと」と「個人的記憶」をやんわりと拒絶した先にある、極めて困難な場所にたちあがってくる何かを垣間見たような気がした。

入れない空間、わたしたちを見る

 終盤では、東京のスタインウェイ代理店にて、ピアノを試演奏する中島さんの長めの映像がスクリーンに投影される。またモノとしてのピアノは舞台上にあり、それとほぼ同質な存在にも見えてくる演出家がいる。美しく調光された舞台照明から転じて、異様に白飛びした、若い世代はすでに日常では見ないビデオカメラのフラットな質感がスクリーンに映し出される。決してドラマチックとは言えないこの映像の本当に驚くべきところは、おそらく意図せずたまたまそこにいた、キャストでもエキストラでもない男女の存在だ。はじめは中島さんをおさえた映像とすぐわかるフレームだけれども、演奏を全く気にかけない様子で話し続ける二人は、時々フレーム内にもその姿が映っていて、見れば見るほど気になってくる。まるで、中島さんとカメラの存在を知らないかのように振る舞う二人に少なからずショックを受け、目を奪われてしまうのは、彼らがわたしたちであると錯覚させる何かがあるからかもしれない。この映像内にわたしの居場所がもしあるとしたら、この男女である可能性の方がずっと大きい。
 わたしたちが、あるいは社会が、なるべく見ないようにしてきたもの、日々の生活の中で大きな流れから無視されてきたもの、排除されてきたもののは多くは記録として残りにくい。『ムーンライト』は、記録と記憶、記憶を記録することと同時に、他者について表現することとはどういうことなのかを再度突きつけてくる。それはまた反射して、わたしたち自身についてはどうなのか?という疑いも投げかけられる。最後、スクリーンに投影されている記録映像は、遠巻きに話す男女二人組とわたしたち観客との真ん中に<中島さん>が確かに存在していて、また対象者(他者)とその周辺(表現者、観察者、観客)がそれぞれ立っている”場所”も、複数の層を成して浮かび上がってくる。

©麥生田兵吾(umiak)

  • 福地リコ Rico Fukuchi

    映画監督、ライター。1993年沖縄県恩納村出身。東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻修了。沖縄を拠点とし、現在は映像作家・ライターとして活動。「沖縄戦記録1フィートフィルム運動の会」元会長、福地曠昭を祖父に持つ。初監督作品『クリア』(2016)タイディープサウス映画祭及び沖縄県立美術館にて上映。短編映画『BOUNDARIES』(2021)大阪国際アジアン映画祭にて上映。過去の沖縄人が撮影した、個人記録フィルムをモンタージュした短編映画『Childhood’s end』(2022)は那覇文化芸術劇場なはーとにて上映。

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