「ロームシアター京都×京都市文化会館5館連携事業」は、ロームシアター京都が 2019年度から実施しているプログラム。2021年度は、月齢2〜14か月の赤ちゃんを対象としたパフォーマンスと演劇ワークショップを開催し、世界的に注目され始めている「ベイビーシアター」を紹介した。
本稿では、本事業でパフォーマンス『風のみた夢』(2021年10月8日/京都市呉竹文化センター ホール)を開催した「to R mansion」と、演劇ワークショップ『物語を旅する ~お空のせかい~』(2021年10月28日/京都市東部文化会館 創造活動室)を開催した「BEBERICA theatre company」へのインタビューをお届けする。当初は、開催日にアフタートークを行い、ベイビーシアターへの理解を深める機会を設ける予定だったが、コロナ禍の影響などにより変更して、オンラインで行ったインタビューを掲載することとした。
最もちいさな観客のための作品
――to R mansion『風のみた夢』
―to R mansionは、大道芸をはじめ、さまざまな視覚的表現とダイナミックな身体表現で描く舞台が国内外で高く評価されています。今回、「ベイビーシアター」という乳幼児向けのパフォーマンス作品に取り組んだきっかけを教えていただけますか?
to R mansion 上ノ空はなび(以下、上ノ空) to R mansionでは未就学児童から高齢の方まで、どんな世代の方でも鑑賞いただける作品作りをこれまでずっとしてきたのですが、赤ちゃんに対しては「入場しても良い」とウェルカムしているけれど、観客の対象とはしていませんでした。そこで、「赤ちゃんから見えている舞台芸術って、どんなものだろう?」と疑問に思ったことが出発点です。そういった赤ちゃんの芸術体験への疑問からリサーチを進めて「ベイビーシアター」の存在を知りました。ヨーロッパや北欧などではメジャーなものですが、日本では事例そのものが少なかったんです。
それなら実際に本場で鑑賞してみよう!とスウェーデンに行きました。なぜスウェーデンかというと、リサーチの中で特に興味を惹かれたのが、スウェーデンで活動するダリア・アチン・セランダー(Dalija Acin Thelander)さんの手がける作品でした。彼女は、ベイビーシアター界の先駆者として知られる方で、パフォーマンスとインスタレーションを融合させた乳児向けの舞台芸術作品を数多く創作しています。
―すごい行動力ですね! 今回上演されたパフォーマンス作品『風のみた夢』は日本×スウェーデンによる国際共同制作作品ですが、制作にはダリアさんも関わっているのでしょうか? どのように制作プロセスを進めたかも簡単に教えていただけますか?
上ノ空 運が良いことに、ダリアさんの手がけた「赤ちゃんのためのオペラ」が上演されるタイミングでスウェーデンに行くことができ、生で鑑賞できました。ダリアさんの作品は、赤ちゃんが全身で体験できるように作られていて、空間全体を使ったインスタレーションのような表現が特徴です。そのオペラ作品でもオペラ歌手が歌い、コンテンポラリーダンサーが踊る中、赤ちゃんが自由にすごしていて、赤ちゃんの好奇心、自由、多様性を大事にする構成になっていたのが印象的で。「赤ちゃんの最初の芸術体験は、自由なところから出発するべき」というダリアさんのお話にはとても感化されました。彼女との対話を通して信念にふれるうち、この方とは“肌が合う”と感じて、「日本でもベイビーシアターを作りたい。共同制作をしてみたい」と伝えたところ、ダリアさんが大の日本好きということもあって、快諾いただきました。
今回の共同制作でダリアさんは、コーチのような「作り方を導く」役目を果たしてくださいました。ベイビーシアターの作品は赤ちゃんのために作るとはいえ、「赤ちゃんに良さそう」とふんわりとしたイメージや雰囲気で内容を決めていくのでは、「芸術として成立しない」とダリアさんの厳しい言葉が飛んできます。「赤ちゃんは自分の感想をあらわせないからこそ、作り手側があいまいにせず、はっきりと説明しないといけない。すべてのシーンにタイトルをつけ、観客にどんな効果を与えたいのかを先に考えて作り込むように」と教わりました。今回は日本の美意識の「わびさび」をテーマに9つのシーンを作りましたが、そのようにくっきりとしたテーマや目的を設定して作り上げていくアプローチはこれまでの制作方法とは違うもので、とても勉強になりました。
―実際の公演では、どのような手応えがありましたか? また、今後展開していきたいことはどんなことでしょうか?
上ノ空 『風のみた夢』は本来2時間半の作品ですが、ステージと観客席をわけないスタイルの作品であることと、赤ちゃんが自由に動き回って鑑賞するという点で、コロナ禍ということもあって今回は1時間の短縮版での公演となりました。赤ちゃんは視覚だけに頼らず、大人以上に全身と全神経で、すべての物事を感じとろうとしています。だからこそ、日常では得られない五感を刺激するスペシャルな芸術体験を用意したいと考えていますし、できるだけゆったり味わってもらいたい。一緒に会場に来ている保護者の方には「上演時間内は入退場が自由で、いつ来ても大歓迎。上演時間はたっぷりあるので、赤ちゃんの気持ちに合わせて、急がずゆっくり、アートを楽しんで」と事前にアナウンスしています。また会場でも、赤ちゃんの満足度を最大限にすることを重視しながら、保護者の方がリラックスできるような声かけも大切にしています。「上演中に演者側がパフォーマンスを中止してでも、個別に適切な声かけをするべき」というダリアさんの教えは目からウロコで、今回も積極的に実践することで、リラックスして体験していただけたと実感できました。
今後は、ベイビーシアターが体験できる機会そのものを、もっと増やしていきたいと考えています。ただ、360度すべてで空間インスタレーションを展開できる理想的な劇場空間は、日本国内では数が限られてしまうこと、また、1回の公演で体験できる観客数が限られてしまうため、資金面でサポートが必要になることが課題です。パフォーマーの技量をもっと上げて、より満足度の高い芸術体験を多くの赤ちゃんに届けたいと考えていますし、ベイビーシアターがすべての赤ちゃんにとっての芸術体験の入口になる未来を目指して、これからも活動していきます。
あかちゃんと一緒にせかいをつくる
――BEBERICA theatre company『物語を旅する〜お空のせかい〜』
―ベイビーシアターを専門に制作する「BEBERICA theatre company」を2016年に立ち上げる前から、弓井さんは俳優として活動されています。「ベイビーシアター」との出会いや、カンパニーを立ち上げたきっかけについてお聞かせいただけますか?
BEBERICA theatre company 弓井茉那(以下、弓井) きっかけとなったのは、2015年に「りっかりっか*フェスタ(国際児童・青少年演劇フェスティバルおきなわ)」で制作のお手伝いをしたときに、オーストラリアの「Polyglot Theatre」というカンパニーのベイビーシアターのダイジェスト映像を見たことでした。観客席と舞台がわかれてなく、彼らのインタラクティブな表現に赤ちゃんがさまざまな反応をすると、即座にパフォーマンスに反映していかす、という双方向のコミュニケーションが印象的でした。
私自身、これまで10年ほど現代演劇の俳優として活動してきた中で、「これから演劇をどう探求したいのか」を考えていたタイミングでもありました。その「Polyglot Theatre」のパフォーマンスを観てから、赤ちゃんとパフォーマーの関わりに一層興味をもち、演劇を一緒に探求していく人(コラボレーター)として私は「赤ちゃん」を選びたいと思うようになり、カンパニー立ち上げに至りました。
―これまでの作品作りで大切にしてきたことや、今回実施したワークショップについて教えていただけますか?
弓井 「BEBERICA theatre company」では、そのとき関心のあることをベースとして「赤ちゃんと一緒に考えたいことは何か、探求したいことは何か」をテーマにベイビーシアターを作ってきました。いろんな年齢の子どもがいる中でも2歳くらいまでの乳児を対象としようと思ったのは、赤ちゃんは「反応しない・表現しない」ということがないのが一番大きいですね。その場でそのとき、目の前で起きていることだけを感じ取って、反応するように思います。
その分、パフォーマーにも即興的なことや現場でのハプニングを許容できるかといった資質が求められます。メンバーは赤ちゃんと一緒に演劇をつくることに興味がある俳優ばかりですが、全員が日頃から赤ちゃんと関わったり接したりしているわけではありません。赤ちゃんと接する機会が少ない俳優には、最初にベイビーシアター講座を受講してもらって、抱っこの仕方から、赤ちゃんの内面にふれるようなアプローチなどを学んでもらっています。
今回実施した『物語を旅する 〜お空のせかい〜』は活動初期の作品です。このベイビーシアターは赤ちゃんのため?大人のため?という問いにどう答えるかを探求する中で作っていきました。60分という上演時間の中で、最初は大人に意識を向けて、明確な物語を受け取ってもらい、時間が経つうちに赤ちゃんがその物語に引っ張られていくのを狙った構成としました。ですが、実際にやってみると、大人と子どもの立場は「逆」で、赤ちゃんがのびのびとする様子に大人が引っ張られていくんですよね。そうやって、赤ちゃんに連れられて、大人も新しいものと出会って、物語の世界を旅してもらえたらうれしいです。
―これまで劇場だけにとどまらず、保育園・こども園でも上演やワークショップを実施されています。これから取り組みたいことや、目指していることについて聞かせてください。
弓井 「保育士とのベイビーシアター創作」は、いま特に力を入れていることで、今後も可能性を探求していきたい取り組みです。2022年2月には初めての試みとして、大阪の「茨木市市民総合センター(クリエイトセンター)」で上演しました。カンパニーとして自主制作作品を上演することとは違う、もう一つの可能性を探りたくて取り組んだんです。全国的に潜在保育士はかなりの数いるそうで、「出産後に保育の現場から遠ざかってしまった」という茨木市の保育士経験者と話す機会がありました。そのとき、そういったアートが好きな方、演劇やダンスをしていた方たちにベイビーシアターへ出演してもらえたら!とひらめいて、「保育士とのベイビーシアター創作」プロジェクトを始動しました。
やってみてわかったのは、保育の専門性がすぐにベイビーシアターに活かせるわけではないし、演劇の俳優の専門性もそれは同じです。ベイビーシアター特有の、「人間として、目の前の赤ちゃんにどのように接していくか、どうやって届けていくか」ということに専門性があると感じました。公演の最後には、保育士さんだからこそできる、ベイビーシアターの中での赤ちゃんへの接し方が見つかりました。
一方で、ベイビーシアターに出演した保育士からのフィードバックも得るものがあり、園の仕事の中でも赤ちゃんの変化に気づきやすくなって、保護者へのおたよりに書けることが増えた、という話もありました。
「赤ちゃん」を通して、保育、教育、地域とつながることができるという点で、ベイビーシアターにはたくさんの可能性があると感じていますし、ベイビーシアターを通して社会づくりに関わる方法を考えていきたいです。