転載元:公益財団法人豊橋文化振興財団情報誌(2023年11月~12月) vol.64「プラットニュース」より
思っていたこと、書きたいことをとにかく乗せて、言葉を疑う言葉の芝居をやりたい。
穂の国とよはし芸術劇場PLATの開館10周年を記念して、PLATプロデュースによる演劇作品第三弾の新作公演『たわごと』が、豊橋を皮切りに、京都・岡山・東京を巡演します。
本作の作・演出を務めるのは、PLATの芸術監督・桑原裕子。出演は、渋川清彦、田中美里、谷恭輔、松岡依都美、松金よね子、渡辺いっけいという世代を越えた実力派出演陣6名です。
寄る辺なき人々の生きづらさに焦点を当て、今を生きる人々を見つめ直す作風にも高い評価が集まる桑原作品。新作『たわごと』の世界に迫るインタビューをご紹介します。
矢作――PLATのプロデュースの演劇公演としては、『父よ!』『荒れ野』、そして今回は『たわごと』と、三つ目の作品になります。前回『荒れ野』で桑原さんの作・演出で作品作りをしていろいろな形で非常に高い評価を得られました。今回、首都圏の劇場ではなく、豊橋の劇場と作っていくにあたり、桑原さんの期待やお考えをお伺いできますか。
桑原――2017年の『荒れ野』は、まだ私が(穂の国とよはし芸術劇場の)芸術文化アドバイザーに就任する前で、劇団の作・演出家としてやらせていただいたんですけど、その時に印象深かったのは、東京での稽古期間の後、豊橋に滞在して、十日間ほどの劇場稽古の時間をもらったことです。それは、とても贅沢で濃密な時間でした。スタッフたちと話しあい、試行錯誤する時間を実際に利用する劇場でやらせていただけたこと。また、出演者の皆さんにとっては演劇のことだけを考えていい時間を本番以外に過ごしていただけたこと。
例えば映画などでブロードウェイの稽古現場が出てくると、劇場でずっと稽古してたりしますよね。それは日本ではなかなかできないことですが、本来はそれが理想なんです。豊橋で、その環境を提供していただけたことがとても新鮮だった。こういうクリエーションの仕方をもっと模索していけたらいいなと思って。今回も劇場でみんな一緒に共有する時間を大事にしたいと思っています。
矢作――今回の出演者6名は、どういう思いから選んだのでしょうか。
桑原――このところコメディを書くことが多かったので、PLATでやるなら、人間ドラマをやりたいという思いがありました。私はよく「色気がある俳優さんに惹かれる」と言ってしまうんですが、それはいわゆる“お色気”ではなくて。人間の中にある苦みとかちょっとした寂しさとか、それぞれに複雑な色気を匂い立たせる人たちが、いかにして結びついていくのかに興味があります。誰か一人、大スターがいて、そこに準じて物語を作っていくというより、一人一人造詣の深い人たちがぶつかり合ったときに生じる化学変化を描きたいんです。そこでもともと大好きな松金よね子さんや、田中美里さん、KAKUTAの谷恭輔というよく知る方々3人と、以前から惹かれていた渡辺いっけいさんと、渋川清彦さん、松岡依都美さんというお三方を組み合わせることを考えたのです。
渡辺さんは私が20代の頃からのファンで、自分がまさかお声がけできるとはみたいな感じでいました。渋川さんは映像の印象も強いし、色気のかたまりみたいな人ですが、以前舞台で拝見した時に、普段のイメージと全然違う役柄を演じていらして、すごくいいなと思った。いろんな表情をお持ちの方で、強さも弱さも見せられそうな方だなと思いました。松岡さんに最初にグッときたのは映画で、たまたま何本も立て続けに拝見したときに、いつかご一緒したいと思って密かに調べたことがあったんです。
以前共演したこともある美里ちゃんは、かわいさとサバサバ感をバランスよく持っていらっしゃる。知れば知るほど、このバランスを乱してみたいという欲望をかき立てられ、お声がけしました。松金さんは、私の劇団では重い苦しみを持った渋い役をやってもらったのですが、本来は朗らかでユーモラスで、両極端を共存できる方。ぜひ大きく支えていただけたらとお願いしました。そんな中で、劇団員の谷がきっと貴重な体験と刺激を受け、新しい魅力を発揮するのではと期待しています。
すごくいいメンバーだねとお声がけいただくことが多く、私もあまりにも理想的なキャスティングでプレッシャーが苦くのしかかっています。逆に重たがらないで、この人たちとできるワクワクする気持ちを持ってやれたらなと思います。『荒れ野』の時も最初ワクワクしていたのに、そのプレッシャーで、執筆中はまだ会ってもないのにもうみんな嫌いだみたいな気持ちになったのですが(笑)、稽古が始まったらまたすぐ好きになりました。またきっと、苦しんで書くことになると思うのですが。ちゃんと苦しみたいと思います。
矢作――『たわごと』というタイトルに込められた思いをお伺いできますか。
桑原――例えば政治家は、立候補するときに公約としてマニフェストを掲げますが、結局「目標でした」みたいな素人でもわかるようなごまかし方を平気でする。それを「また戯言(たわごと)か」と諦めるように聞き流してきた。今騒ぎになってもどうせ一週間もすれば忘れるだろうとごまかされ、私たちも慣らされている怖さがあります。個人的なことでも、果たされなかった約束とか、言葉によって動かされてきたものにどう決着をつけて来たかと考えるんです。若い頃は「俺たちずっと一緒だぞ、約束だからな」って言葉を本気で信じてたのに、いつから「人間って忘れちゃうもんだし」とか、「全部がほんとじゃないし」とか、直線的に信じることができずに手放すことばかりうまくなったのだろうと。戯言だと笑い流すにはあまりに苦しくて忘れられないようなことを一生懸命ごまかして忘れてきた経験は誰にでも、人生の中であったのではないか。
そういう未消化な思いや、言葉の呪縛のようなものを、6人の人間模様を通じて描きたいと思い、『たわごと』というタイトルにしました。
今、すごくスペクタクルな唐十郎さんの戯曲を役者としてやらせてもらっている最中ですが、観劇するお客さんがその場ではせりふやシーンの意味が難解でまっすぐ理解できなくても、後で自分なりに考察したり、その時心に響いたものをただ持ち帰るような見方もあっていいんだなと思ったんです。だから私も、つじつまだけをたどっていくような物語の書き方でなく、今、自分が思っていたこと、書きたいことをとにかく乗せたい。言葉を疑う、言葉の芝居をやりたいなと思います。
矢作――今回PLATとしても初めて京都と岡山の劇場にお伺いします。このことに期待することをお聞かせください。
桑原――一時期大阪の劇場がどんどんとなくなっていった頃の話を、ちょうどこの前、関西の俳優さんとしていたんです。劇場が閉鎖になったり文化予算が削られたりするたび、芸術を愛する日本の偉い人はいないのではないかと、いつも悲しくなって。だから、岡山に新しい劇場ができるという話を聞いて本当に嬉しかった。ピーターパン風に、岡山にはまだ妖精がいたんだ!みたいな。
自分の戯曲作品を上演させてもらうのは初めてです。東京でどれだけ舞台を上演しても、離れている方にお越し頂くことは大変で、好きになる以前に知ってもらうことさえできない。こうやって受け入れてくれる場所があって初めて出会える。この機会を本当に楽しみにしています。
ロームシアター京都は、昨年俳優として立たせて頂きましたが本当に素晴らしい劇場で。大阪の劇場がどんどんなくなるという話をしていたときに、関西の希望はロームシアター京都だねなんて話してたので、自分もその一助になれたらという思いです。
京都公演に向けて
昨年、俳優として初めてロームシアター京都に立たせていただいたとき、「ああ、やっと京都に来れた」という感慨を覚えました。東京の小劇場で劇団活動を始めた若い頃は、関西をはじめ他の地方で演劇公演を発表することが、はるか遠い夢だったことを思い出したからです。けれど今の演劇は、各地の公共劇場が交流を持ち、多くの地域が繋がっていくことで豊かに拡がりを見せています。関西の舞台芸術を支えてきたロームシアター京都で、穂の国とよはし芸術劇場PLAT発信の舞台を見て頂けることが嬉しいです。舞台『たわごと』、よろしくお願いします。(作・演出 桑原裕子)