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ディミトリス・パパイオアヌー『INK』関連記事

ディミトリス・パパイオアヌー『INK』アフタートーク

聞き手:寺田貴美子(ロームシアター京都)、通訳:斎藤啓、構成:儀三武桐子(ロームシアター京都)
2024.6.15 UP

(左)司会・聞き手:寺田貴美子(ロームシアター京都)、(中央)ディミトリス・パパイオアヌー、(右)通訳:斎藤啓   写真提供:©Julian Mommert

本稿はディミトリス・パパイオアヌー『INK』公演後に行われたトーク(2024年1月19日)をもとに、再構成したものです。

2024年1月19日(金)公演終了後
ロームシアター京都 サウスホール


 

『INK』ができるまで

 

―この作品はコロナ禍のロックダウン中に創作されたとお聞きしました。

パパイオアヌー  はい。ロックダウンの時期は、前作「TRANSVERSE ORIENTATION」(2022年、ロームシアター京都でも上演)の創作中でもありましたが、同時期にイタリアの劇場から依頼されたインスタレーション作品もつくっていました。今作『INK』はそのインスタレーション作品が種となっています。

―インスタレーション作品になる予定だったものが、舞台公演になったということですか。

パパイオアヌー そうです。水を使ったインスタレーション作品をつくるなかで、しだいに物語として完成させたいと思うようになりました。そこからダンサーのシュカ・ホルンが加わり、舞台作品へとつながりました。

―今作では、レコードを聴くシーンなど、音が魅力的な要素になっていましたね。

パパイオアヌー レコードプレーヤーのシーンは、音楽を導入するきっかけとして演劇的にとりいれています。作品の最後のほうで流れる曲は、ギリシャの作曲家コルニリオス・セラムシスさんに依頼しました。とてもいいものになったと思います。

―クリエーション方法についてお伺いします。あらかじめ作品の目指すべきビジョンを想定してつくっていかれたのですか。

パパイオアヌー いえ、ゴールがない状態ではじめていきました。わかっていたことは水を使うことと、私自身が出演することという2点です。

―作品内にはテーブルやボール、ミラーボールなど、さまざまなオブジェクトがでてきますね。全編とおして使われる水は、どのシーンでも生き生きとしていて、物質というよりまるで生命を得たパフォーマーのようでした。作品をつくっていくうえで、どのようにマテリアルを決め、またその扱いを考えていかれたのでしょうか。

パパイオアヌー アイディアが思いつかないときには、いろいろなものを適当に床に転がしてみると、そのうちにおもしろいアイディアが見つかっていくんです。そうやって生まれたアイディアをくっつけたり離したりしていくうちに物語が展開し、最終的に作品になっていきます。
 今回の作品でいえば、はじめに水というアイディアがありました。そこから、水が飛び散らないようにシートで囲いをつくります。その囲いに光を当てるとシート自体がまるで水のように見えました。さらに、床に水が溢れないように敷いたシートのなかに体を潜らせていくと、まるで水中にいるかのように見えていきます。
 透明な球体とミラーボールの関係についてもそうです。たまたま透明な球体が惑星のように見えておもしろかったので使うことにしたのですが、形の重なるミラーボールを持ってきて光を当てると、おもしろい光の効果が生まれてきます。こんなふうにイメージを展開させながらクリエーションしていきました。

―さまざまな象徴的な意味が浮かびあがってくるようでした。

パパイオアヌー 水は生命にとってもっとも大事な元素でもあります。また、ふたつのボールには、精神的で高貴な天頂と地上という対比のイメージが、シートの下に身体が入っていく行為には、魚のイメージや、無意識に潜りこんでいくイメージが見えていきます。また濡れた黒い服が革に見えるところからSMの関係を想起するなど、どんどんとイメージが沸いていきます。すでにあるビジョンへ辿りつこうとするのではなく、マテリアル同士のつながりから喚起されるイメージをもとにつくっていきました。

―マテリアルが生きたクリーチャーのように見えてくるところは、まるでパパイオアヌーさんがモノに魔法をかけたかのようでした。

パパイオアヌー 魔法のやめ方については失敗することもあるんですけれどね(笑)。

ディミトリス・パパイオアヌー  写真提供:©Julian Mommert

 

『INK』について

 

―観客の皆様からもご質問を受けつけます。

観客1 「INK」という題名にはどんな意図があるのでしょうか。

パパイオアヌー タイトルはほかの作品と同様、友人がつけてくれました。蛸の墨に由来します。蛸の墨は絵を描くインクでもありますが、黒い精子のようにも見えてきたので、だんだんと精神的なものへ昇華していくイメージで捉えました。また、私はもともとデザインやコミックを描いていたこともありインクにはもともと馴染みがあります。今作は紙面ではなく舞台で黒と赤のインクを使っているかのような気持ちでいました。

観客1 使われていた水は常温ですか?

パパイオアヌー はい。モーターで温められてはいますが、濡れると服がすごく冷たくなるのでそれはつらかったですね。

観客2 理性的あるいは感情的など、作品を観客にどう受け取ってほしいとお考えですか。

パパイオアヌー 私は感情的な部分に重きをおきたいと思っています。今作のあまり好きではないところはやや理性的な部分があるところですね。

観客3 作中で、アンダーウェアを男が取りだしてもうひとりの男に渡すシーンがありました。

パパイオアヌー まさにそこが理性的な部分だと思いますが、あのシーンにはふたつの意味があると思います。ひとつはそれを履くことによって渡された側が狩人になる、すなわち文明化されるということですね。もうひとつは渡された側が、年齢のギャップなどを超えて渡した側と同一化するということです。

観客4 男が胎児に授乳したあとで胎児が死に、そののちホルマリン漬けになった胎児をふたりで食べるという、カニバリズムを思わせる演出についてお聞かせください。

パパイオアヌー 作品にとってのほんとうかどうかは別にして、私が心のなかで思うことをお話ししますね。ある見方をすれば、この作品はひとりの男が蛸を拾い、それを人間の男の子だと想像する話として捉えられます。蛸が子どものように、また自分自身が父親や母親、そして怪物になったように思えてくる。ギリシャの伝説で、クロノス(ローマ神話におけるサトゥルヌス)が自分の子を食べるという話がありますが、赤ん坊を食べようとするシーンはある種、古代のタブーでもありますし、次の世代を誕生させないという昔からの習わしとしての側面もあります。あくまで私の考えですが、愛を求めながらも受けとる瞬間に壊したり売り飛ばしたりしてしまう矛盾した幻想として捉えることもできると思います。

観客5 今作のクリエーションのアイディアがロビーに展示されていました。作品のストーリーは、ある程度舞台のシーンが出来上がってからつくっていくのか、またはシーンづくりと同時並行で膨らませていくのでしょうか。(編集註:公演会場のロビーにて、今作の創作にインスピレーションを与えた、絵画、映画、文化的風習などが盛り込まれた資料が展示された)

パパイオアヌー 作品におけるストーリーは、観客とどうコミュニケーションをとるかということにかかわると思います。展示した既存のイメージは、自分のなかにあるイメージとの類似点を伝える手段です。私は、物語を追いかけていくよりも、それぞれのイメージの類似性などを追求していくほうが豊かだと思っています。
 あの既存イメージのなかでとりわけ気に入っているもののひとつは、電気を発明したニコラ・テスラです。黒い服を着て稲妻のような電気の光を操っているシーンは、今作で男が水しぶきを起こすイメージと非常に似ています。どちらも人間が自然界を操ろうとする欲求があらわれていると思います。男と自然の関係性を描くことは、男と息子の関係よりも、男の人間性を強くあらわすことができるのではないかと思いました。

 

創作について

 

観客6 パパイオアヌーさんご自身と作品の関係についてお伺いします。作品をどのように考えていますか。自分の子ども、分身、鏡、医者など。

パパイオアヌー 愛憎入り混じった子どものように思っています。しかし、生みだした以上は責任を持たなくてはいけない存在です。

観客7 イマジネーションは限りなくひろがっていくと思いますが、作品が終わりを迎えるということについてはどうお考えですか。

パパイオアヌー つくっている途中からどのように終わるべきかがだんだんと見えていきます。試行錯誤しながら創作していくなかで、これが終わりに来てほしいというものが必ず見つかっていきます。それは始まりも同じですね。それらをジグソーパズルのように嵌めていきながら、ある種の全体性を持たせて作品に仕上げていきます。ほんとうに長いプロセスです。
 私の大好きな映画監督にデヴィッド・リンチがいます。彼の言葉に、創作というのは真っ暗でなにも見えない暗室で手探りに拾ったピースを隣の人に投げ、受け取った人がその人なりの順番で並べていくようなものだという言葉があります。私にとっての創作プロセスもまさにそうです。最初はどんなものになるのかまったくわからなくとも、作品が出来上がったときには、これが私がつくりたかったものだと思えるのです。

 

 

  • ディミトリス・パパイオアヌー『INK』アフタートーク

    ©Julian Mommert

    ディミトリス・パパイオアヌー Dimitris Papaioannou

    1964年アテネ生まれ。美術家として活動を始め、舞台芸術のアーティストとして知られるようになる前には、画家や漫画製作家として国際的に認められていた。NYでダンスを学んだのち、1986年にエダフォス・ダンス・シアターを設立。以後、フィジカル・シアター、実験的ダンス、パフォーマンス・アートを融合した独自の舞台創作を展開し、2004年アテネ五輪の開閉会式の演出を手がけ、世界的に注目を集める。その後も、ギリシャ国立劇場の杮落しを飾った『NOWHERE』(09年)、アゼルバイジャン・ヨーロッパ競技大会の開会式『ORIGINS』(15年)のほか、2019年に日本初上陸となった『THE GREAT TAMER』(17年)などを発表。2018年5月にはヴッパタール舞踊団の委嘱により『SINCE SHE』を振付・演出。ピナ・バウシュ亡き後、初めて新作を発表した振付家として大きな話題を呼んだ。2020年9月、コロナ禍で自身が出演するデュオ作品『INK』を創作発表。

  • 齋藤啓 Kei Saito

    東京生まれ。2006年、鳥取で鳥の劇場の立ち上げに参加。劇団公演から劇場運営、「鳥の演劇祭」、国際交流事業まで幅広い制作業務を担当。2017年よりフリーの制作者として活動。2018年3月から約11ヶ月、文化庁新進芸術家海外研修制度でスコットランドに滞在。2020年1月より2023年3月までロームシアター京都に勤務。舞台芸術制作者オープンネットワーク(ON-PAM)理事。

  • 寺田貴美子(ロームシアター京都) Terada Kimiko

    梅田芸術劇場やテーマパークにてダンサーとして活動後、東京・スパイラルホールでの勤務を経て、2015年ロームシアター京都 開設準備室に入り、以降、施設管理や事業制作に従事。ダンストリエンナーレトーキョー、KYOTO EXPERIMENT等の国際舞台芸術フェスティバルでも制作業務を担当。

  • 儀三武桐子(ロームシアター京都) Kiriko Gisabu

    市立公民館で社会教育主事有資格者として事業の企画運営に従事(2011~2018年)。広告代理店のプランナーとしてイベントや各種広報物の企画制作を担当しながら、並行してコミュニティスペースの運営、イベント企画、記事の執筆・編集を手掛ける。2023年よりロームシアター京都に勤務。

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