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ハンブルク・バレエ団 映像上映会/同時開催「いま」を考えるトークシリーズ 特別編 Vol.14レポート

コロナ禍に灯り続ける光。幸福の王子のように。

文: 関 典子(神戸大学准教授)
2021.5.28 UP

 やむなく中止となったハンブルク・バレエ団公演の代わりに開催された映像上映会。上演予定だった『ベートーヴェン・プロジェクト』と『ゴースト・ライト』の上映の間には、「いま」を考えるトークシリーズ特別編Vol.14として、宝塚歌劇団の演出家:植田景子氏を招いたトークが開催された(聞き手/ロームシアター京都プログラムディレクター:橋本裕介)。同シリーズは「複雑化し混迷する現代をいかに生きるべきか、その手がかりを探り共に考えていく」ことを趣旨としている。昨年来、未曽有のパンデミックの渦中にある今、「舞台芸術の灯りを絶やしてはならない」という強いメッセージが込められた新作『ゴースト・ライト』、そして、熱意と敬意にあふれる登壇者の語りは、アートや劇場の持つ力、今を生きる我々に必要なこととは何かを感じ考えさせられる、かけがえのない時間であった。

 植田氏とハンブルク・バレエ団、そして、芸術監督・振付家のジョン・ノイマイヤー氏との出会いは、宝塚歌劇団に入団した1994年の来日公演にさかのぼる。初めて観た舞台に「アーティストとして一個人として、運命的な出会いを感じた」という植田氏は、1998年に宝塚歌劇団初の女性演出家としてデビュー、2003年度の文化庁新進芸術家海外研修制度でハンブルク・バレエ団への留学を果たす。外部の人間が同団の稽古場に入ることは前例がなく、「私の人生の中で、宝塚歌劇団の演出家になれたことが一つ目の奇跡なら、ハンブルク・バレエ団に留学できたことは、まさに2番目の奇跡だと思う」(植田景子『Can You Dream?―夢を生きる―』SBクリエイティブ, 2010, p.204)。
 ノイマイヤー氏の創作過程を間近で見続けたこの留学期間は今でも彼女の支えになっており、特にこのコロナ禍、彼の存在、創作への前向きな情熱に勇気づけられていたという。トークでは、ハンブルク・バレエ団の公式Instagram(ハイライト「Season 2020/2021」他)を紹介しながら、『ゴースト・ライト』がいかにして生み出されたかについて、つぶさに語られた。時系列に沿って整理してみよう。

 2019年12月1日、新作『ガラスの動物園』初演。しかし新型コロナウイルス感染症の流行により、同作の上演は2020年1月31日が最後となる。2月9日、ヴェニスでの『ドゥーゼ』公演は無事に終えたものの、2月末に予定されていたマカオ・シンガポール公演は中止を余儀なくされる。ドイツは全面的なロックダウンに突入し、劇場は閉鎖、稽古はオンラインに(自宅で稽古を続けるダンサーの姿もハイライト「#stayathome」にまとめられている)。
 4月29日、ようやく稽古が再開。ただし、1度に稽古できるのは6~7人と少人数で、1日に10クラスまで。その合間には30分間の換気やバーと床の消毒が徹底された。ノイマイヤー氏は語る。「私は、まるで医者が回診をするかのように、稽古の様子を毎日見て回る中で、ダンサーたちのバレエに対する情熱や献身的なまでに稽古を続ける姿に感銘を受け、彼らが鍛錬を重ね、継承しようとしているモノを作品化したいと考えるようになりました」(『ゴースト・ライト』上映前のメッセージ映像より)。「世界中の劇場がキャンセルの連続で混乱するさなか、ノイマイヤー氏はいち早く新作のクリエイションに着手されたのです。いつどこで上演できるかの見通しがつかなくとも、とにかく創ろう。いつか舞台が開けられる時に、すぐにでも上演できるように!という覚悟で」(植田氏)。

 

 新作『ゴースト・ライト』に向けては、様々な制約の中、創作が行われた。橋本も述べる通り「この状況下、創り方そのものからクリエイトしていかなければならなかった」。ノイマイヤー氏が挑戦したのは、こうした制約そのものを前提として、新たな作品を生み出すことだった。「ソーシャル・ディスタンシングを尊重し、その構造を基本とする新たな創作」へと向かったのである。
 例えば、音楽。大編成の生オーケストラは使えない。そこで、シューベルトのピアノ・ソロを用いることを決定した。大人数での稽古はできず、接触も禁止。リフトなどの接触を伴う振付は同居しているプライベートカップルのみが行い、最大8名の少人数のシーンを断片的に構成しながら、団員60名が総出演するアンサンブル・バレエの形式がとられた。室内での会話を極力避けるため、ダメ出しはバレエ団の庭で行われたという。

❸ クラスとリハーサルは少人数で、距離を保つことが徹底された。 ❹ 夫婦などのプライベートカップルのみ、お互いの接触が許される。 ❺ カンパニー全体へのダメ出しは、密集を避けるため、屋外の庭で行われた。

  ある日、ノイマイヤー氏は「ゴースト・ライト」を灯し続けるニューヨークの劇場の記事を目にする。「演劇界の伝統であり迷信でもあるゴースト・ライトとは、劇場が閉まった夜中に、亡くなった俳優、歌手、ダンサーの亡霊たちが、夜通し演じられるように灯される光のこと。今の時代をとてもよく象徴していると思いました」。「舞台芸術の灯りを絶やしてはならない」という強いメッセージが込められた本作のテーマは、ほかでもない「私たちバレエ団そのもの、作品を演じるダンサーたちそのもの」。新しい衣装の制作も叶わなかったが、結果、過去の名作『くるみ割り人形』や『椿姫』などの登場人物が続々と踊る贅沢なシーンが生まれた。稽古着のようなレオタード姿もありのままのダンサー像を映し出し、離れたダンサー同士が見つめあうだけでも、芳醇なドラマが感じられる。ノイマイヤー氏の語る通り、「コロナ禍における彼らの生き様、人間模様、うごめく感情、そして不安。おそらく多くの人が共感できる」表現へと結実した。

Ghost Light – A Ballet in the Time of Corona by John Neumeier(2020/10/5)  9月6日、『ゴースト・ライト』はハンブルクでの初演を迎える。本来2000人収容の劇場に限定500席。待望の公演再開にチケットは即完売。10月のバーデン・バーデン公演も実現にこぎつけ、コロナ禍でいち早く公演を再開した例として世界的なニュースにもなった。しかし、10月末の『ヴェニスに死す』公演を最後に、劇場は再び閉鎖。長い長い冬に突入してしまった。2021年3月に予定されていた日本公演も中止となり、今なお、バレエ団の活動再開の見通しはつかない状況だという。

❻『ゴースト・ライト』初演、開幕目前。 ❼ 劇場再開。閉塞空間での参加者数は最大650席までに制限されているが、1.5mの距離の確保のため、集客は500名に。

❽ バーデン・バーデン公演の記者会見(2020/10/8)。「『ゴースト・ライト』はコロナの危機における我々の回答です。パンデミックの中、カンパニーの創造性がいかに生き続けるかを示すものです」と語るノイマイヤー氏。https://www.instagram.com/p/CGC_dVJorGt/

 植田氏は述べる。「劇場に行けない、稽古ができない、人と会えない……でも、そんな状況だからこそ、SNSが代用してくれることを実感した一年でした。カメラマン:キラン・ウェスト氏によるハンブルク・バレエ団の投稿を私も楽しみにしていたのですが、クリスマス恒例のお楽しみ、アドヴェントカレンダーの最終日12月24日に届けられたのは、ノイマイヤー氏による『幸福の王子』の朗読でした」。

❾ ノイマイヤー氏からのクリスマスプレゼント(2020/12/24)。オスカー・ワイルド作『幸福の王子』の朗読。

   

https://www.instagram.com/p/CJLJYmRgr8Y/ 『幸福の王子』を朗読するノイマイヤー氏。自宅、ワツラフ・ニジンスキーのコレクションに囲まれて。 Der glückliche Prinz – John Neumeier liest Oscar Wilde (2020/12/24)

 ……街の真ん中に立つ美しい王子の像。ふと降り立った渡り鳥のツバメに、「僕のサファイアの目を、身体中を覆う金箔を、街中の困っている人たちに届けてもらえないか」と頼む。王子の願いを聞き入れて飛び回るツバメ。やがて冬が訪れ、南の国へ渡りそびれたツバメは、宝石も金箔も失ってみすぼらしい姿になった王子のそばで息絶えてしまう……。自己犠牲と慈愛の物語。
 植田氏は語る。「今、このコロナの時代に必要なのは、この心だと思うのです。医療従事者、飲食業、観光業、そして舞台芸術、かつてないパンデミックに襲われた私たちの生活は一変し、多くの人が困難な状況にあります。でも、それは誰のせいでもない。いがみあったり誰かを責めたり争ったりしている場合ではなく、今だからこそ、少し余裕のある人が余裕のない人を助けるとか、自分のできることの中で、お互いを支えあい慈しみあう。そういう優しさ、他者を思いやる心がなければ、この危機は乗り越えられないのではないでしょうか。  そして、アートには、そういう力があると思うのです。確かに今すぐに必要なことではないかもしれない、不要不急かもしれない。けれど、苦難の中にある人を救い、導いてくれるのは、やっぱりアートだと思うのです。ノイマイヤー氏という方は、その使命のために生きていらっしゃる。本当に愛にあふれる方。ご自身も長期の劇場閉鎖の中、芸術監督としての社会的な重責を背負って、どんなに辛いクリスマスをお過ごしか……と案じていたら、こうして、舞台とは違った次元で、私たちに感動を届けてくださった。彼らしいプレゼントに、ますます尊敬し勇気をもらえた出来事でした」。
 幸福の王子とツバメの物語は、ノイマイヤー氏、植田氏、そして、ロームシアター京都の姿にも重なって感じられた。コロナ禍においても創造を止めないアーティストたち、そして、公演中止に追い込まれようとも、上映会とトークというかたちで、アートを通して今を考える機会をくれた劇場。
 未曽有のパンデミックが襲来した昨年の冬から早一年。季節は巡り、街にはツバメが飛び交う季節となった。折りしも今、東京・大阪・兵庫・京都の4都府県に3度目の緊急事態宣言が発出され [*1]、多くの劇場が公演中止を強いられている。しかし、以下の映像でも語られている通り、今回中止になってしまったハンブルク・バレエ団公演は、延期を目指して計画を続行中であるという。近い将来、それが叶うことを心待ちに、この苦境を乗り越えていこう。そんな勇気と感動と楽しみが贈られたひと時だった。

【ロームシアター京都】ハンブルク・バレエ団 ジョン・ノイマイヤー メッセージ(2020/12/14)


ロームシアター京都開館5周年記念事業 ハンブルク・バレエ団 映像上映会
(①『ベートーヴェン・プロジェクト』②『ゴースト・ライト』)
【同時開催】「いま」を考えるトークシリーズ 特別編 Vol.14
【日時】2021年3月20日(土)15:30~(40分程度)
【会場】ロームシアター京都 サウスホール 1階席ホワイエ
【登壇者】植田景子(宝塚歌劇団 脚本家・演出家) 聞き手:橋本裕介(ロームシアター京都 プログラムディレクター)

*1 本原稿は2021年4月25日に執筆された(編集部註)

  • 関 典子 Noriko Seki

    神戸大学准教授・兵庫県立芸術文化センター所蔵「薄井憲二バレエ・コレクション」キュレーター。幼少より宝塚市でバレエを学び、お茶の水女子大学進学を機にコンテンポラリーダンスに転向。日本ダンス評論賞、兵庫県芸術奨励賞、神戸市文化奨励賞など受賞。
    http://www2.kobe-u.ac.jp/~sekinori

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