ロームシアター京都がいちからプロデュースを手掛ける〈ロームシアター京都 レパートリーの創造〉。同シリーズの第6弾で、再創作『妖精の問題 デラックス』の発表をした市原佐都子が、2025年2月、最新第8弾にて『キティ』を発表する。ワールドプレミアに向け、市原による創作にあたってのテキストをお送りする。
*初出:「城崎国際アートセンター アーティスト・イン・レジデンス プログラム2024 / 2025レジデンス成果発表(2024年12月12日実施)」配布資料
ロームシアター京都という劇場で新作をつくることになり、そのリサーチのためにソウルを訪れた。
ソウルの永登浦駅から少し歩くと、タイムスクエアというハイブランドが並ぶデパートがある。ブランドのロゴがべったり印刷されているスウェットの上下の男性がショーケースの中の大きな時計を見つめていた。タイムスクエアの本当にすぐ隣に性売買の集合地帯がある。キムギドクの映画「悪い男」を見たことがある人ならその雰囲気を想像しやすいと思う。日本の飛田新地に似ている。一階にガラス張りのスペースがあり、女性はそこで客引きをする。客が捕まると階段を上がって二階の部屋で性行為をする。そんな二階建ての建物が隙間なく何メートルも並んでいる。すぐ隣のタイムスクエアとのギャップに驚きつつ、しかし、なにもギャップはないのだ。どちらもガラスの中に、欲望を刺激するものが入っている。まだ営業していなかった。営業するとけばけばしい赤いライトが灯り、ショーケースの中の女性達を照らす。キムギドクの映画でも女性たちは赤い光に照らされていた。キムギドクは俳優に性暴力をしていた。その罪を償うこともなく、逃げ続け、コロナウイルスで死んだ。性売買地帯の通りを抜けて行くと、貧しい人々が住む地帯がある。手作り感のある小さな家や炊き出しをするスペースがある。ネコが何匹かいた。
同行していた猫好きの通訳さんが「コヤニー」と言って近づいて行くと、猫はすり寄ってきた。少しの間猫と戯れた後、また歩き出す。振り返ると、リアカーを押してゴミを集めているおじいさんが、私達の触っていたネコを触っていた。ネコは忙しい。ふと見上げると数メートル先にタワーマンションが見える。この貧しい人たちの住んでいる地帯も、性売買の集合地帯ももうすぐ立ち退きになり、壊されて、新しいマンションが建つようだ。私はもうほんの少しで消えてしまう幻の景色を歩いていた。性売買の地帯に戻って来たが、店は営業していない。警察の取り締まりが厳しく、もう営業できないのかもしれない。近くをうろついていると、小道をみつけた。そこに赤い光が灯っていた。小さな数人座れるビニール製の四角い箱が何個かあり、その中に女性が三~四人ずつ座っている。年齢は40代くらいに見える。ビニールの外を見向きもせず、スマホを見たりタバコを吸ったりしていた。女性たちが座っている脇に恐らく性行為をするための部屋なのか、コンクリートで建てられた小さな部屋がある。部屋の様子を横目で見ると、カーテンのキティちゃんと目が合った。キティちゃんはどこにでもなんにでも張り付いて、その口のない顔で世界中の全てを見ている。後日、ホテルの近くを歩いていると同じけばけばしい赤い光が灯っているのが見えた。近づいてみると、動物の肉が売られていた。肉屋だった。韓国の肉屋はどこも赤い光を放っている。赤い光は、肉を新鮮に見せる効果があると言われているらしい。ニンゲンの肉も、動物の肉も、同じ赤い光に照らされて、売られている。
<公演情報>
ロームシアター京都〈レパートリーの創造〉
市原佐都子/Q『キティ』
2025年2月17日(月)~ 2月24日(月)