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10人のレジ係、スーパーマーケットの音、ピアノのためのオペラ

リトアニア現代オペラ・パフォーマンス『HAVE A GOOD DAY!』に寄せて

文:橋本裕介(ベルリン芸術祭)
2026.8.16 UP

Photo by Simonas Svitra

 現在のリトアニアには政府による文化政策の後押しもあり、美術・音楽・パフォーミングアーツいずれの分野にも注目を集めるアーティストが現れ、独特の磁場が形成されている。さらにそれを特徴づけるのが領域横断的な実践であり、そうした実践を促進する体制も整いながら先進的なシーンとして存在感を放っている。具体的な例を挙げるなら、NOA(New Opera Action)という現代オペラ・音楽劇のフェスティバルが首都ヴィリニュスで2008年から開催されている。そこで制作された作品のひとつが本作『HAVE A GOOD DAY!』であり、その流れで3人が制作した『Sun & Sea (Marina)』でヴェネツィア・ビエンナーレ2019金獅子賞を獲得したことは、近年の文化政策の一つの果実と言ってよいだろう。

左からルギーレ・バルズジュカイテ、ヴァイヴァ・グライニテ、リナ・ラペリテ

 ところで日本と違いヨーロッパのスーパーのレジでは、店員は座って仕事をしている。「お客様は神様」ではないので、客側がちゃんと挨拶しないと(挨拶したとしても)、愛想の良い対応は望めない。多少偏見が入るかもしれないが、私の住むベルリンでは、同じ系列のスーパーに行ったとしても、元ベルリンの壁の西側か東側かで、店員の雰囲気はやや異なる。旧共産圏だった東側のスーパーの方がどちらかと言うとぶっきらぼうだ。その雰囲気の違いが、国全体が旧共産圏だった地域に行けばさらに明確になるかというと、2010年代以降私がいくつもの場所に訪れた限りの印象では、必ずしもそうではない。ポーランドそしてリトアニアを含むバルト三国は、むしろ大国ロシアと距離をとろうとする関係の中で、それまでと正反対の自由主義経済へと舵を切り、国全体として「西側世界」にキャッチアップしようとしているようにも見えるのだ。

 しかし人間の身体には歴史の中で染みついた惰性のようなものがあり、それが言葉遣いや振る舞いにどうしても影響を与える。社会の制度が急激に変化すれば、それによって生じるひずみは、当然人間の身体に葛藤となって現れてくる。他愛ない日常を「歌い」ながら淡々とレジ打ちを「演じる」オペラ『HAVE A GOOD DAY!』を社会的背景から解釈しようとするなら、単に資本主義への批評ということ以上に、この地域固有の歴史的背景と現在のグローバルな地政学も織り込んでおくべきだろう。

 横堀氏のコラムで「フラットでミニマルな日常のオペラ」と的確に言い当てられた本作だが、このキーワードを借りつつ、別の角度からもその特徴を述べてみたい。

 10人の「レジ係」を演じる歌手たちは、白い台上に設置された椅子に座りながら演じるが、その台は現実のレジがそうであるようにそれぞれ独立しており、台と椅子は同じ規格で完全に均等に配置されている。同様に均等なグリッド状に設置された蛍光灯の灯りが、空間と人々を均一でフラットなもの、もっと言えば無機質で冷たい印象に照らし出し、現実よりもさらに孤立感を際立たせている。彼女たちの身体は、スーパーの陳列棚に並ぶ商品のメタファーでもあり、生産手段を持たない人々の労働そのものが商品として差し出されるという、資本主義の命題を提示していると言えるだろう。そして歌詞の感情的な手触りとは裏腹に、実際の身体は、商品のバーコードをひたすら読み取る必要最小限のミニマルな動きしか見せない。デジタル技術の発展によって労働の管理と細分化が進んだ現状を示していると見て良いだろうし、AIや監視ツールによって人間の労働がさらに疎外されていく未来を予見しているようにも思える。

Photo by Modestas Endriuška

 反復を多用した音楽もまた、実際の歌詞の内容に反して感情を排したミニマルなものだが、同じことを繰り返す「とるに足らない」日常を描いているとも言える。日常の時々に起こる出来事は感情を揺さぶり、昂る気持ちを歌い上げる瞬間もある。しかしそこにカタルシスはなく、再びもとの繰り返しに戻っていく。私たちの人生がそうであるように。

 揃いの制服を着た、英雄とは言えないレジ係の女性たちの身体には、私たち自身を駆り立て、操縦する現代の社会システムと、ひとりひとりの人生の主人公として心に宿る感情  –喜び、期待、落胆、怒り– との間で生じる葛藤が微細に立ち現れる。その葛藤に引き裂かれるような姿を通じて作品が提示するものは、私たちに今必要な「抵抗の身振り」だと言っても差し支えないだろう。

  • 橋本裕介 Yusuke Hashimoto

    1976年福岡生まれ。京都大学在学中の1997年より演劇活動を開始、2003年橋本制作事務所を設立後、京都芸術センター事業「演劇計画」など、現代演劇、コンテンポラリーダンスの企画・制作を手がける。2010年より京都国際舞台芸術祭を企画、2019年までプログラムディレクターを務める。2013年から2019年まで舞台芸術制作者オープンネットワーク理事長。2014年から2022年までロームシアター京都所属。2022年よりベルリン芸術祭チーフ・ドラマトゥルク。文化庁「新進芸術家海外研修制度」にて、2021年3月〜2022年3月ニューヨークに滞在。

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