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#コラム・レポート#2020年度

シンポジウム「劇場におけるハラスメントを考える —個人が尊重され、豊かな対話が生まれるために—」第1部抄録

2021.5.21 UP

◾︎開催日時:2021年2月14日(日)
◾︎主催:ロームシアター京都
◾︎内容:シンポジウム「劇場におけるハラスメントを考える —個人が尊重され、豊かな対話が生まれるために—」


本稿目次
●本シンポジウムの概要
●はじめに:シンポジウムの開催にあたって
●第1部 発表とディスカッション「劇場におけるハラスメントについて」発表1「劇場運営の今~多様な人材、雇用の場~」
●発表2「舞台芸術の創造環境」
●発表3「ハラスメント防止のためのガイドラインの策定の取組み」
●ディスカッション「これって演出?それともハラスメント?」


本シンポジウムの概要
 本シンポジウムは、ここ数年、舞台芸術や現代美術における創造現場、及び組織内で問題化されてきたハラスメント事案、及び2020年度のロームシアター京都館長に、ハラスメント事案を抱える演出家を任命しようとした問題によって、公共ホールとして改めてハラスメントに対する認識を問われたことが契機となり、開催を企画したものである。
 この機会を活用し、ハラスメントについての認識をロームシアター京都に関わる皆さんと劇場スタッフとの間で共有し、さらに当劇場のみならず、京都の舞台芸術の上演、創造環境において、ハラスメントのない環境づくりを行っていくために、共に議論を深める場にしたいと考えている。

 シンポジウム第1部では、「劇場におけるハラスメントについて」と題し、ロームシアター京都の劇場としての組織構造、創造環境について、劇場担当者より説明をさせていただく。その上で、舞台芸術の創造現場において起こりうるハラスメントの事例を、専門家の意見をいただきながら考えていく場としたい。
 第2部では、「すべての人々が尊重される上演・創造環境を目指して」と題し、京都市で舞台芸術の創造現場で活動する3名の方から、ハラスメント防止に関する取り組みを紹介いただいた上で、ロームシアター京都を含む舞台芸術の上演・創造現場において、ハラスメントのない環境づくりを行うために何が必要なのかを議論していく場としたい。

●はじめに:シンポジウムの開催にあたって
京都市文化芸術政策監・ロームシアター京都館長  
北村 信幸

 ロームシアター京都は、2021年1月10日で、前身の京都会館から生まれ変わって5周年を迎えた。この間、3つの公共ホール及びロームスクエア、パークプラザを含めた施設を年間200万人を超える方々にご利用いただき、京都に劇場文化を作る拠点として、また地域のにぎわい創出の場にふさわしい貢献をすることができた。多くの皆様のこれまでのご愛顧に、厚く御礼を申し上げたい。
 本日のシンポジウムは、「劇場におけるハラスメントを考える」をテーマに掲げている。開催に至った経緯は、多くの方がご存知のとおり、2020年度のロームシアター京都の館長選定における問題 がきっかけとなっている。本件に関して劇場関係者はもとより、多くの皆様にご心配とご迷惑をおかけしたことを、この場を借りて改めてお詫び申し上げたい。
 本日は本件について詳細な説明をすることはできないが、当時、ハラスメントについて係争中の事案を抱える方を館長に指名したことに対して、「京都市及び京都市音楽芸術文化振興財団、そして当劇場は、ハラスメント問題を軽んじているのではないか」と、多くの方から厳しいご批判、ご意見をいただいた。この点について真摯に受けとめ、現在も反省や改善に取り組んでいるところである。2020年3月には、信頼回復の取り組みを進めるため、館長就任の1年延期を発表し、同時に京都市と財団、ロームシアター京都職員による「信頼回復プロジェクトチーム」を立ち上げた。外部有識者の意見もいただきながら、これまで通算19回の意見交換・検証を重ねてきたところである。
 その成果の一つとして、2020年8月に京都市音楽芸術文化振興財団として「ハラスメント防止指針」を策定した。これに加えて、劇場の最前線に立つスタッフから「財団だけでなく、公共劇場として独自の指針を作ることが必要ではないか」「その指針を公開プロセスの中で公正に、市民の方々と一緒に作っていきたい」という提案を受け、財団と劇場でプロジェクトチームを編成し、独自のガイドラインづくりを進めてきた。その一環として、経過報告を兼ねたシンポジウムを開催することが決まり、本日を迎えている。
 本日はその案を発表させていただくが、この日に向けて現場のスタッフが議論を重ね、「ロームシアター京都はハラスメントが起きたり、容認したりするような劇場では決してない。むしろ劇場が先頭に立ってハラスメント問題に立ち向かっていきたい」という強い意志の下、指針策定をリードしてくれたことについても、一言申し添えておきたい。
 新館長については、本人からの申し出もあり、2020年12月に就任の見送りを発表する決定を行った。同時に、これまでの信頼回復に向けた取り組みの経過報告及び今後の改善策を、個人情報に十分留意した上で、ロームシアター京都及び京都市のホームページで公開を行った。詳細についてはそちらをご参照いただきたい。
 当劇場の設置者である京都市、そして指定管理者である京都市音楽芸術文化振興財団は、ロームシアター京都の使命が、京都の劇場文化及び交流の拠点として、「すべての方の人権を大切にする共生社会」を実現していくことにもあると考えている。一朝一夕の取り組みで実現できることではないが、本シンポジウムをひとつの機会として、これにとどまらず、誰もがお互いを思いやり、対等のパートナーとして仕事をしていく環境づくりを推進し、ハラスメントのない社会を実現していく一歩にしていきたい。そのために、本日の場をご参加の皆様と共に実りある場にしていければ幸いである。私自身もまた、京都市の責任者及びロームシアター京都館長として、誠心誠意この取り組みを実践していく所存である。

第1部:発表とディスカッション「劇場におけるハラスメントについて」
【発表①】
「劇場運営の今~多様な人材、雇用の場~」
宮崎刀史紀(ロームシアター京都 管理課長)

はじめに
この発表では、公立劇場であるロームシアター京都について、運営体制や組織構造を中心に紹介する。アートという領域を扱い、多様な価値観・専門性を持つ人々が関わり、かつ非営利組織である当劇場は、一般の職場環境と比べて特異的な点が多く存在する。様々な要素が複雑に関わる現状を知ることで、知らず知らずのうちにハラスメントの萌芽となる認識や関係性が生まれたり、予期せぬトラブルが起こることを防ぐ一手としていきたい。

劇場及びロームシアター京都の特性
<機能・組織面から>
◾︎京都市が設置した公立文化施設
◾︎自主事業と貸館事業を実施している
◾︎メインホール、サウスホール、ノースホールを有する
◾︎俳優や演奏者といった実演家は擁さない
 (主たる創作活動を外部に依存している=オープンシステム)
◾︎指定管理者制度により、公益財団法人京都市音楽芸術文化振興財団が運営を担う
◾︎「非営利組織」としての運営

<人的側面から>
◾︎多様な人が、同じ場を共にしている
 − 異なる職能を持つ人々による協働が行われる
− 貸館:催しの特徴により日頃の関係性が持ち込まれる
  (例:講演会、学会、発表会、学校行事)
◾︎様々な雇用形態の人が場を共にしている
 −フリーランス、正規、非正規、委託
 −ボランティア、インターン、研修生

◾︎「専門家(プロフェッショナル)」の存在がキーとなる

 ロームシアター京都を含む公共劇場の特徴のひとつに「外部依存性が高い」ことがあげられる。日本の文化施設は公会堂・集会施設から始まった経緯があり、そこに上演機能が加わっていったため、「市民が芸術活動を行い、行政が上演の場を提供する」という構造が長く続いてきた。そのため、劇場自らは創造活動を行わず、外部団体に施設を貸し出したり、自主事業を行う際も外部の団体に創作・上演を委託する状態が長く続いてきた。
 そのため、劇場で舞台作品の上演を行う場合、劇場スタッフのみならず、様々な専門性を有する外部スタッフが参加し、上演活動を行うこととなる。それを図式化したのが【図①】である。一見しただけでは、誰がどの団体に属し、誰の指示の下で業務を遂行しているかがわかりにくい。また、ここでは正規職員や非正規職員、フリーランス、委託業者、インターンなど、異なる雇用形態や立場の人々が場を共にしている。こうした多様で複雑な関係性が存在している場では、全体を俯瞰する客観的な視線やルールといったものがなければなおさら、ハラスメント等にもつながる認識や関係性、力関係といったものが無意識のうちに生まれる可能性がある。

【図①】様々な専門性や立場の人が場をともにしている

【図②】ロームシアター京都の運営体制

また、文化・芸術を創造する劇場には、専門家(プロフェッショナル)の関与が欠かせない。専門家には、俳優・演出家・劇作家・舞台監督などが含まれ、彼らは長期的訓練により獲得された体系的知識・技術に優れ、一定の独立性・排他性を有していることが特徴である。また、創作・上演を通してアートの領域を扱うため、人々の「価値観」や「考え方」、表現手法によっては「身体」「感情」「個人の存在」に対してアプローチを行う。こうした特異性を背景に、組織内で優位性を感じる人が生まれたり、あるいは「何かがおかしい」と感じても、アートであることを理由に容認する慣習が根付いてきた可能性もあるだろう。
 加えて、公共劇場は非営利団体として、その社会的意義を理解してくれる様々な外部の主体から支援等も受けて運営されている。こうした運営形態が、現場での意思決定など、多くの側面で影響を与えることもあるだろう。

【図③】プロフェッショナルの存在

【図④】非営利組織としての運営

まとめ
 上記で紹介してきたとおり、公共劇場は「多様な人材が同一の事業、同一の空間にいる場所で、常に多様な価値観、専門性、関係性が交差する場」である。また、「非営利組織」であるため、営利組織とは異なる多様な人や要素が複雑に関係しており、こうした場を適切にまとめ上げるリーダーシップも求められる。また「公共の存在」として、常に社会活動の中で自律・倫理が求められている。
 近年は、雇用機会均等法、育児休業法、労働施策総合推進法などの法改正・法整備を通して、ハランスメントのない社会づくりが推進されつつあるが、一般の職場や学校などの環境に向けた政策が多く、公共劇場のような特殊な環境にそのまま適用することは難しい。そのため劇場独自の指針を持ち、常にどういった立場の人が劇場で働き、どんなトラブルやハラスメントに巻き込まれるリスクがあるのかを的確に把握しながら、日々運営していくことが求められる。

【発表②】
「舞台芸術の創造環境」
橋本裕介(ロームシアター京都 プログラムディレクター)

はじめに
 「舞台芸術の創造環境」とひと言でいっても、舞台芸術には演劇からダンス、音楽など様々なジャンルがあり、かつ創作の主体が劇場にあるのか、劇団にあるのか、あるいはプロデュース会社にあるのか、といった制作体制によっても大きく異なるため、一般化して伝えることが難しい。しかし、どんな創造環境においても集団創作である以上、様々な力関係が発生しており、力の働き方によっては、ハラスメントを生む可能性がある。ここでは、舞台作品の創造環境及びプロセスの中で特に「力関係が発生しやすい場所」について指摘していきたい。

力関係が生まれやすい「3つの場」
 ひとつの舞台作品を完成させるためには、脚本家や演出家、指揮者、演者などに加え、衣装、ヘアメイク、舞台美術、音響、照明、宣伝担当、運営スタッフ、協賛会社など、実に多様な人々が関わっている(【図A】参照)。こうした、舞台に携わる人々の複雑な関係性を整理する際、【図B】で示すように「3つの場」が生まれていると考えられる。

【図A】ロームシアター京都 開館5周年事業「京都市交響楽団×石橋義正 パフォーマティブコンサート」クレジット

 ひとつは「演出家を起点とする場」。作品のジャンルによって、この場の中心となる人は振付家や指揮者などに代わるが、作品が持つべきメッセージ、クオリティを最終的に決定するリーダーのことを指す。2つ目は、舞台装置などの技術部門を統括する人を中心とする場である。ここでは便宜上、中心人物を「舞台監督」と呼ぶこととする。3つ目の場は、運営や宣伝、スポンサー集めなどを手がける「制作担当者を中心とする場」である。外部組織との折衝を手がけることも多く、金銭のやりとりなども発生する場である。

【図B】劇場で力関係が生まれる「3つの場」の例

 

 いずれの場でも、起点となる中心人物が一方的な力を持つわけでなく、関わる人との関係性やキャリア、年齢などの様々な要素に基づき、逆のベクトルでの人間関係が生じることも多い。例えば、若い演出家がベテラン俳優を起用した場合、ベテラン俳優が強い力を持って、現場を動かすこともあるだろう。この3つの場の中では、常に様々なベクトルで力が働いていることを意識しておく必要がある。

舞台制作のプロセスから
 【図C】は、一般的な舞台制作のプロセスを表にしたものである。企画→準備→宣伝→制作→当日運営の順で計画されるが、状況に応じて複数のステップが同時進行で進んでいく。ここに【図B】で示した人間関係が加わることによって、「明らかな力関係」が発生する場合がある。特に発生しやすい部分を赤字で示している。

【図C】舞台作品の制作プロセス

 最初の例が「キャスティング」及び「キャスト・スタッフとの契約」である。オーディションなどを通じて、演出側・制作側が出演者を「選考する」行為において、明らかな力関係が発生する。また、キャスティングが決定した時点で、本来は書面で契約書を交わす必要があるが、慣習的に後回しされることも多く、これが後々のトラブルにつながることも多い。
 作品制作と並行して、広告やポスター、SNSなどを通して宣伝活動がスタートするが、演者が事前の合意なしに、無償で「販促イベント」に駆り出されることも少なくない。演者が泣き寝入りをすることがないよう、どこまでPRに協力するかを事前に書面などで合意をとっておくことが必要とされる。「リハーサル」の現場は密室性が高く、外部の目が届きにくいため、力関係が大きく働く現場である。物理的・心理的にも閉ざされた空間であり、ハラスメントも非常に起きやすい。具体的な防止策については、第2部で議論が行われる予定である。
 また、舞台制作を学びたい若者を「インターン」として制作現場に参加させること、当日の運営の一部を「ボランティアスタッフ」に手伝ってもらうことも多い。しかし、彼らの好意・熱意を利用した”やりがい搾取”にならないよう、適正な範囲での業務の量と内容のコントロールが必要である。なお、舞台終演後の「打ち上げ」も密室性が高く、トラブルやハラスメントが起こりやすい現場である。参加者が対等に労をねぎらう場になるよう、努力が必要である。
 ハラスメントのない劇場を作っていくためには、それぞれのプロセスにおいて関係者間の意識を高めていくことはもちろんだが、予定とおりに作業が進まないときに、構造的な力関係が悪く働き、ハラスメントを含めた衝突が発生することも多い。そうしたことに気をつけながら、業務そのものの負荷が偏らないよう、良いチームをつくり、良い作品を作っていくことが重要である。

【発表③】
「ハラスメント防止のためのガイドラインの策定の取組み」
小倉由佳子(ロームシアター京都 事業担当係長)

独自ガイドライン策定までの経緯
●2020年8月に、ロームシアター京都の指定管理者である公益財団法人京都市音楽芸術文化振興財団が、「ハラスメント防止に関する指針」*1 を策定し、それを踏まえた「職員向け手引き」を発表した。策定にあたり、葵橋ファミリー・クリニック 首席カウンセラー山本陽子先生に専門家の観点から監修いただいた。これは所属職員むけのものである。

●財団による「ハラスメント防止に関する指針」「職員向け手引き」の発表後、内容理解を深めるため、財団の全職員を対象とした研修及び管理職を対象とした研修を実施した。合わせて、ハラスメントに関する内部相談窓口及び外部相談窓口も開設。後者は、葵橋ファミリー・クリニックに委託している。

●上記の指針及び手引きを参照しながら、ロームシアター京都のスタッフにより独自のガイドラインづくりに着手。劇場職員を対象にしたハラスメントに関するアンケートや、京都舞台芸術協会やKYOTO EXPERIMENT事務局などの外部団体へのヒアリングも行いながら、策定を進めた。

●他の劇場・劇団のガイドラインを先例として参考にしたいと考えたが、なかなか公式に公開されているものを見つけることができなかった。(劇団青年団には独自規定があると主宰者の平田オリザ氏がインタビューで述べている)。一般社団法人日本劇作家協会が公開している「セクシュアル・ハラスメント事案への対応に関する基本要綱」、美術雑誌『美術手帖 2021年2月号』に掲載された「芸術分野におけるハラスメント防止ガイドライン」、各大学が定めているハラスメント防止ガイドラインなどを参考にさせていただいた。海外までリサーチを拡げられていないので、課題はある。何か情報があれば教えてほしい。

●本日のシンポジウムで、現時点でのガイドライン案を配布した。本日(2021年2月14日から)から2021年3月7日までの期間で、広く市民の意見を募った上で、内容を精査し、今年度中の発表を目指している。*2 ハラスメントに当たる行為は、その時々の社会状況によっても変化し、現状で予期できないことも多いため、必要な変更や見直しは随時行っていく所存である。

ガイドラインの構成 及び 解説
本ガイドラインの構成は下記のとおりである。
—————————————————————-
<タイトル>
ハラスメント防止ガイドライン
~ロームシアター京都で過ごす全ての人のために~
<構成>
1.はじめに ~目指すべき姿~
2. 目的
3.基本的な認識、考え方
(1)基本的な認識
  ①ハラスメントとは
  ②劇場とは
 ③舞台芸術の創作・上演
(2)ロームシアター京都としての基本的な考え方
 ①劇場スタッフについて
 ②自主事業について
 ③貸館利用について
4.劇場において生じうるハラスメント
5. ハラスメント防止に向けて
6.ハラスメントが起きたときの対応
—————————————————————-

(タイトル及び目的について)
 タイトルは「ハラスメント防止ガイドライン ~ロームシアター京都で過ごす全ての人のために~」とした。”ガイドライン”(指針)としており、具体的な罰則や稽古場での厳密なルールを盛り込んだようなものでない。あくまで啓蒙的な内容として、劇場において生じうるハラスメントを例示し、理解を促すことで、ハラスメントのない環境を形成することを目的としている。
 サブタイトル「~ロームシアター京都で過ごす全ての人のために~」を入れたのは、当施設は主に舞台活動に使用する3つのホール以外にも、書店や広場など日常的に市民が立ち寄って過ごせる空間があり、「この施設で過ごされるすべての人のことを考えて作成していきたい」という気持ちを込めた。「過ごす」に代わる言葉として「関わる」「集う」なども検討したが、現状では「過ごす」がふさわしいと考えている。
 「1.はじめに ~目指すべき姿~」でも、ロームシアター京都は舞台芸術や集会などの催し以外に、「憩いの場を提供する事業」を行うという目的があることを記し、当施設で過ごす全ての人を対象とした3つのビジョンを示している。

(3.基本的な認識、考え方)
劇場や舞台芸術の特異性について触れている項目である。劇場スタッフに向けて、アーティストや利用者などに対して優位的な立場での言動を行うことで、ハラスメントの加害者となってしまう可能性があるという意識のもと、自分自身の業務の特徴を理解し、言動に責任を持つ必要があることを明文化している。また、ロームシアター京都は「自主事業」と「貸館事業」の2つの事業があるが、それぞれで劇場スタッフの関与の割合や度合いが異なるため、各事業に合わせた内容とした。

(4.劇場において生じうるハラスメント)
本項目では、財団の指針が例示するハラスメントの種類及び行動類型を参考に、劇場や舞台芸術で起こりうるハラスメントを具体的に例示した。厳しい指導や演出が直ちにハラスメントになるわけではなく、個人の尊厳を傷つけること、嫌がらせ、理由なく不利益を与える行為を「指導や演出に見せかけて行う」ことがハラスメントにつながると考える。劇場において生じるハラスメントは、その状況や業務上の必要性をふまえて慎重に考えていく必要があることも記載している。

(5.ハラスメント防止に向けて)
本項目で、具体的なハラスメント防止策を定めた。最も重要なパートになるが、防止策を具体的に定めている先例が少なく、試行錯誤しながらの制定となった。最終的なガイドライン発表後も、防止策については引き続き議論を続けていきたい。なお、【ロームシアター京都がプロデュースし、創作過程を含む全般に責任を持つ事業】においては、具体的な防止策を定めており、さらに、当劇場と創作に関わる主たる者との間で「ハラスメントに関する確認書」を交わすことを記している。

(6.ハラスメントが起きたときの対応)
「ハラスメントを受けたと感じた人」「周囲の人が不快な言動を受けているのを目撃した人」に対し、財団の指針を元に対応策を明記している。【ロームシアター京都がプロデュースし、創作過程を含む全般に責任を持つ事業】については、より具体的な手順を明記している。合わせて、「7.おわりに」で、今後も本ガイドラインは、施設利用者、舞台関係者などの多くの方からの意見を参考に、また社会状況に応じて、常に見直しを行い、必要な改訂を行っていくことを入れた。

ガイドライン策定を通して
 本ガイドラインの案を策定する中で、舞台芸術の創作環境には、一般の職場環境に比べ、ハラスメントの温床になりやすい特有な状況が多いと痛感した。ただし、具体的な防止策、ハラスメントが起きた場合の対策は、一般的なガイドラインと大きく変わらないと感じた。一般的なガイドラインを参照した上で、そこに「舞台活動の特異性」をいかに盛り込んでいけるかが重要になると認識している。
 芸術及び舞台芸術の現場でハラスメントが多く発生している事実は、近年の調査により明らかになってきている。創作時の指導・演出に対する容認度が、慣習的に高かった結果であろう。私自身もロームシアター京都に勤務する以前から長くこの業界にいるが、本ガイドラインを策定して改めて、「あの時声に出せばよかった」「あのときの行為が容認やエスカレートな行為につながった可能性もあったのではないか」と自問自答することがあった。
 ハラスメントと思われる行為に対して、その場で勇気を出して声を上げることは容易なことではない。そのためには、普段から客観的な視点を育て、ハラスメントに気づいた時にとっさに発言できる「反射神経」のようなものを育てていくことが必要である。「反射神経」は、訓練しないと身につけることはできない。本ガイドラインの活用や、普段から創作現場での意識を高めていくことが、ハラスメント抑止力や防止につながるのではないだろうか。できるだけ多くの方にこの案を読んでいただき、ご意見をお伺いできれば幸いである。

【ディスカッション】
「これって、演出?それともハラスメント?」

▪︎登壇者
・山本陽子(公益財団法人葵橋ファミリー・クリニック 首席カウンセラー)
・丸井重樹(ロームシアター京都 管理係長)

▪︎プロフィール
山本陽子(公益社団法人 葵橋ファミリー・クリニック首席カウンセラー)
奈良女子大学大学院を卒業後、昭和61年に(現公益社団法人)葵橋ファミリー・クリニックにカウンセラーとして勤務。(心の傷・精神的症状に苦しむ個人・家族に対してカウンセリングを実施してきている)。現在クリニック首席カウンセラー。葵橋ファミリー・クリニックは公的機関、大学、企業から「ハラスメント相談」委託先として相談を受託している。立命館大学、奈良女子大学の非常勤講師を兼務。http://kyoto-afc.jp/

はじめに
・本ディスカッションでは劇場、及び舞台芸術の創造現場で起こりうる「ハラスメントかもしれない」という事案の例を取り上げ、臨床心理士による対人援助の相談機関「葵橋ファミリー・クリニック」の首席カウンセラー 山本陽子氏より、専門家としてのコメントをいただいた。同クリニックは、公的機関や大学、企業など多くの団体のハラスメント相談委託を受託されており、ロームシアター京都を運営する京都市音楽芸術文化振興財団も、「ハラスメントに係る外部相談機関」の委託を行っている。

・本事例は、実際に寄せられた相談、実際に起きた事例ではなく、世間一般にグレーゾーンにあたると論じられている例を舞台芸術の現場に置き換えて、事例としたものである。

例1:「その指示はハラスメント? —その①」
——小劇場の俳優です。今回の私の役は性に奔放な女性で、そういう女性を演じることに抵抗はないのですが、<友人の夫を誘惑する>ようなシーンで演出家から「もうちょっとエロくやってみて」と言われました。意図はわかるのですが、なぜか不快になりました。これはセクシャル・ハラスメントにあたるのでしょうか。

山本:この場合は、「もうちょっとエロくやってみて」という指示が適切だったのか、という点が論点となる。発言だけを切り取れば、世間一般にいうセクシャル・ハラスメントに値する事例であろう。しかしこの発言が、演劇制作の場で行われたもので、かつ、「演出家がなぜこの発言をしたか」という意図がはっきり俳優側に伝わっていれば、セクハラ発言ではあるが、セクハラ問題にはならないと思われる。
 この例に限らず、発言の一部分を切り取れば「セクハラ発言と思われる」事例は様々な場面で起こりうるだろう。もし、俳優側が発言に対し不愉快だと感じたら、その場で「その発言は私には不愉快に感じました」と声に出して発言してほしい(そうした発言ができる環境づくりが必要である)。
 今回の例とは異なるが、もしこの演出家が、俳優に対して個人的な下心があり、明らかにそれが垣間見える状況で発言した場合は、セクシャル・ハラスメント問題に発展していく可能性はあるだろう。

例2:「その指示はハラスメント? —その②」
——小劇場の俳優です。ある女性と恋仲になる役を任されているのですが、演出家に「男としての色気がないんだよなあ」と言われています。他の舞台や映画などを観て一生懸命イメージに近づこうとしていますが、最近は、「君はこれまでにどんな恋愛経験をしてきたのか」とまで言われるようになりました。いい作品にするためのアドバイスであることはわかるのですが、これはハラスメントにあたるのでしょうか?

山本:「男としての色気がない」という発言は、俳優の演技に対して感じたままを述べたものであり、問題にはならない。しかし、「過去にどんな恋愛経験をしてきたのか」という発言は、明らかに不必要な発言である。ここで問題となっている演技の改善に対し、直接関係するものではないからである。その意味で、俳優自身が「演技とは関係がない文脈で、過去を詮索されることが不快だ」と感じて訴え出た場合、ハラスメントに認定される可能性は高いだろう。
 今回の場合は、演出家は「こうすれば、男としての色気が出るのではないか」など、より具体的なアドバイスを行えばよい。または「過去の経験を思い出してみてはどうか。その中に演技に役立つものはないだろうか?」という問いかけなら、良いアドバイスになる可能性はあるだろう。

丸井:俳優が演技を行う上で、個人のプライベートな経験を参考にすることは日常的にある。しかし、それを演出家が強制することは不適切な行為にあたるといえる。

例3:「役を降ろした俳優から、責められてしまった」
——演出家です。私が特に才能を感じ、本人もやる気だった若手の俳優をオーディションで主演に抜擢しました。その俳優は大きな役に挑戦することにやりがいを感じており、とても熱心に練習を重ねていましたが、どうしても制作側が目指している役のイメージに近づけず、プロデューサーを交えた俳優との話し合いの末、役を降板させることになりました。その後、その俳優が「あんな大役を新人に任せるなんて」と私に対して、陰でクレームを言っているようです。

山本:作品を完成させるためには、俳優の交代・降板がやむを得ない場合がある。その際に大切なのは、「なぜその俳優に、役を降りてほしいのか」を、俳優が納得するまで何回も話し合いを行うことである。話し合いでは、俳優個人の個性や能力を全面的に否定するのはなく、「今回の役柄において、(俳優の)どの部分が合わなかったのか」を明確に説明するべきである。その後の俳優の成長を見据えたアドバイスもできるならなおよい。
 一方、納得して俳優が降板したにも関わらず、陰で制作陣に対する悪口やうわさを流し、風評被害が起きた場合は、その行為自体がハラスメントになる可能性もある。ハラスメントは一般的に、立場の強い側から弱い側へ行われることが多いが、決してそれだけでない。対等の立場の同業者同士で起こりうるし、下の立場から上の立場の人に対して行われる場合もある。
 どちらの場合にせよ、降板時に、制作側が俳優に対して十分な話し合いの機会を設けたかどうか、俳優の将来の成長の萌芽をつぶさない配慮ができたかどうかの2点が、ハラスメントかどうかを問う際の論点になるだろう。

例4:「自分が納得できない役柄を与えられた」
——とあるオーディションに参加し、演劇作品の出演者に選ばれました。ただし、オーディションの時点では脚本ができておらず、選抜した俳優の様子をふまえて書き進めると伝えられました。その後、私の役は<飛行機事故で両親を失った女性>という設定となりましたが、実際に私は幼い頃に飛行機事故で両親を失っており、そのことは私にとって大きなトラウマです。「その設定の役はどうしてもできない」と申し出て、設定を変更してもらうようにお願いしたのですが、かなえられず、話し合いの末、出演を辞退することになりました。せっかくの機会を失ってしまってとても残念です。これは私のせいなのでしょうか?

山本:論点は、この設定が「俳優の経歴を知った上で書かれた脚本だったのかどうか」になる。経歴を知った上で書かれた場合、次の2つの状況が考えられる。ひとつは、「実体験を生かし、よりリアルな演技をしてくれるだろう」という前向きな意図、期待がある場合。これはハラスメントにならないと考えられる。一方、経歴を知った上で、「実際に体験した人の演技を見てみたい」というような、制作側の悪意や下心をもって執筆された場合は、問題になる可能性がある。
 一方、制作側が俳優の過去を一切知らなかった場合は、ハラスメント問題には該当しない。人間には誰しもトラウマはある。俳優という職業選択をした以上は、様々な背景がある人物を演じる必要があり、ある程度は自分の体験を糧にしたり、演技に生かすことで成長していくことを選ばざるをえないこともあるだろう。

丸井:この例は、脚本が事前にできていれば防げた可能性がある。本件に限らず、脚本の完成が遅かったゆえに起こるトラブルも多いので、参考にしていただきたい。

例5:「スタッフの落ち度に対して叱責をしたら、ハラスメントだと言われた」
—— 映画の主演俳優兼制作総指揮をしています。新型コロナウイルス感染症の影響で映画撮影が滞る中、感染症対策を万全に撮影を再開したところ、スタッフの中に指示していた対策を怠っていた者がいました。その者たちの責任のみならず、この映画のために働いてくれている数百名の生活や、何億という映画興行収入に関わる、あってはならない行為だと判断したため、かなり厳しく注意しました。同じようなことが2度にわたって起こり、結果的に5人のスタッフが現場を去ることになったのですが、その叱責している様子が報道されるにあたり、パワーハラスメントではないかとの意見が寄せられています。一方、映画製作に関わるプロからは、当然の行為だという好意的な意見もあるのですが、果たしてこれはハラスメントにあたるのでしょうか。*3

山本:この場合、叱責は必ず必要なことだと判断される。作品制作のみならず、多くの人を健康被害から守るために必要な行為であるからである。ただし、その叱責の方法が適切なものであったかは、しっかり振り返る必要があるだろう。物が投げ飛ばされたり、手が出たりするような暴力行為があれば問題外だが、そうでなくても、客観的に見て明らかに行き過ぎた糾弾や罵倒があったり、「自分が同じ立場なら、精神的に立ち直れない」と感じるような、明らかに叱責というコモンセンスから逸脱している場合は、問題になる可能性がある。(叱責の理由が正当であるため、)叱責の事実をもってハラスメントには認定されることはまずないと思われるが、「不適切な発言であった」と判断されることになるだろう。

例6:「チケットの売り上げを毎日報告しなければならない」
——舞台公演が2週間後に迫りましたが、新型コロナウイルス感染症の影響もあって、チケットの売れ行きが芳しくありません。そのため、制作担当から俳優を含めた関係者に、友人や知人に連絡をとり、チケットの予約を取るよう依頼がありました。その予約の結果を、毎日の稽古の後に全員の前で一人ずつ報告をしているのですが、獲得した予約数が芳しくない自分はとても肩身が狭いです。予約が取れていなくても全く平気な人もいるので、私の問題ですし、たくさんのお客さまに来ていただきたいので、必要なこととは分かっているのですが……。

山本:まずはこの俳優の方に、予約数が少ないことについて、特に何も言われていないのであれば、「気にする必要はない」というアドバイスをしたいと思う。その一方で、全員の前で売り上げを報告させることは、ある種の圧力場面を作り出しているともいえる。どれくらい販売したかは担当に報告すればよいことであり、全員の前での報告が適切だったかどうかは問題になる可能性がある。この状況をもってハラスメント構造があるとは言えないが、不愉快に感じるようなら上席に伝え、話し合うことが大切である。

丸井:ここで紹介した例以外にも、グレーゾーンにあたる事例が舞台芸術の分野には非常に多い。価値観や判断基準は時代によって変わるため、以前はグレーであったことが、現在、またはこの先にハラスメントと認定されることもありうる。今日の例を参考に、皆さんの制作現場で考える機会を持っていただきたい。

 

シンポジウム第2部抄録はこちら

*1 本内容は、ロームシアター京都のウェブサイトで公開を行っている。
*2 シンポジウム終了後、多くの意見が集まったため、発表を延期している。
*3 本例のみ、実際に2020年にハリウッドで起こった事例を取り上げた。

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