満員御礼での公演となったノエ・スーリエ 『The Waves』と『Passages』。ヨーロッパで最注目の新鋭振付家スーリエ氏のこれまでの来歴と創作の神髄を探るべく、公演に先駆けて開催した作品上映+トークイベントの模様をお届けする。対談相手は、ダンサー、振付家、研究者としても活動する児玉北斗氏。アカデミックな視点をたずさえ越境的に身体表現への探求を重ねてきた双方の話は、これまでの舞踊史にたいする姿勢から、スーリエ氏が長年取り組んできた4つの動き、創作へのインスピレーション、そして今回の『The Waves』、『Passages』の創作過程まで多岐にわたった。
映像作品上映会+トーク『振付家ノエ・スーリエの映像的アプローチ』
2024年4 月 3 日(水) 関西日仏学館(京都)
主催:ロームシアター京都(公益財団法人京都市音楽芸術文化振興財団)、京都市
共催:関西日仏学館
協力:Cndc – アンジェ
ノエ・スーリエ Noé Soulier
1987年パリ生まれ。 パリ国立高等音楽・舞踊学校やベルギーのP.A.R.T.S.でダンスを学び、ソルボンヌ大学で哲学の修士号を取得。2010年パリ市立劇場とミュゼ・ドゥ・ラ・ダンスが主催するダンスコンクール「ダンス・エラルジー」で最優秀賞を受賞。 2020年よりアンジェ国立現代舞踊センター(Cndc-Angers)のディレクターを務める。 ラン国立バレエ団、バレエ・ロレーヌ、L.A. Dance Project 、リヨン・オペラ座バレエ団、ネザーランド・ダンス・シアター2(NDT2)の委嘱で振付を提供するほか、劇場や美術館、屋外などにおいて身振りと身体経験との関係、ダンスへの様々なアプローチを探求する、今注目のアーティスト。
児玉北斗 Hokuto Kodama
2001年よりダンサーとして国際的に活動、ヨーテボリオペラ・ダンスカンパニーなどに所属しマッツ・エックらの作品にて主要なパートを務めた。振付家としても『Trace(s)』(2017)、『Pure Core』(2020)、『Wound and Ground (βver.)』(2022)などを発表。現在は芸術文化観光専門職大学(兵庫県豊岡市)の専任講師としてダンスや振付をめぐる研究・実践・教育に取り組んでいる。www.hokutokodama.com
司会:寺田貴美子(ロームシアター京都)
通訳:山口惠子
映像作品『Fragments』 *1上映後、ノエ・スーリエ氏と、児玉北斗氏による対談がはじまった。
『Fragments』 *1
舞踊史をリフレーミングし新たな視座を
―ノエ・スーリエさんの映像作品『Fragments』(2022 年)をご覧になっていかがでしたか?
児玉 とても興味深く拝見しました。感想の前に、彼の作品との出会いをお話すると、8年ほど前に映像でみた舞台作品『The Kingdom of Shades』(2009-2012) *2と『Movement on movement』(2013) *3がはじめてでした。既存の素材をリフレーミングすることでまったく新たな見方を提示していて、当時だいぶ影響を受けました。
内容をすこし紹介すると、『The Kingdom of Shades』はバレエの動きを解体して再構築した作品です。バレエの動きにはすべて名前がついているのですが、それをABC順に並び変えたりして、通常ならぜったいにやらないような流れで踊っているんです。ふだんのバレエに慣れていると一見めちゃくちゃに見えるのですが、コメディ的にもみえておもしろい。
『The Kingdom of Shades』*2
児玉 それと同時期に観たのが『Movement on movement』で、ウィリアム・フォーサイスが自身の即興技術を解説した映像を、ノエさん自身がリエナクトメント(再現)した作品です。動きについて解説しながら体を動かすこと、それ自体が振付になっていて、それをあらためて上演してみせるという趣向が大変コンセプチュアルかつクレバーな印象を受けましたね。
『Movement on movement』 *3
スーリエ その2作をつくった当時は、ヨーロッパ、特にフランスのトレンドはコンセプチュアルなものばかりでした。パフォーマンスの限界を探っていく傾向に対してわたしなりに回答したのがその2作です。
児玉 きょう上映された『Fragments』は、そういった初期作にも通じるアイデアがカメラのフレーミングを用いておこなわれているように感じました。ダンサーの胴、トルソのあたりに固定されたカメラが、身体全体ではなく一部のみ映しだすのが特徴的ですね。
ノエさんもぼくもバレエのバックグラウンドを持っていますが、バレエをはじめとした西洋の舞踊史では、手足というものがつねに重要です。舞踊譜に記録されてきた動きの部位も中心は手足でした。その点から考えると、『Fragments』は西洋の舞踊史でこれまで見落とされがちだった胴、トルソの部分にフォーカスがあたっているのが興味深い。
スーリエ バレエは手足の動きが中心で、トルソの部分は記録からも抜けおちがちだという点は、指摘されてはじめて気づきました。実際には、胴の部分は呼吸もしますし、緊張したり弛緩したり、とても豊かな表現をしていますね。
それぞれの身体経験から作品鑑賞へ
スーリエ 私はダンスをバレエからはじめたので、動きのボキャブラリーをつくるときもバレエが起点でした。舞踊史をふりかえってみても、バランシンやウィリアム・フォーサイス、マース・カニンガムなど、みんなバレエの要素を発展させてみずからの動きを生みだしてきました。バレエの幾何学的な要素を発展させていく流れののち、トリシャ・ブラウンが現れて、形よりも重力や体の力のほうへとフォーカスが移っていって。舞踊史をどう解釈し引きうけていくかという目線は、初期からずっとわたしのなかで一貫しています。
児玉 そういった歴史や知識など、作品の背後にある文脈は、ノエさんの作品を鑑賞するにあたってどれくらい重要だと思いますか。というのも、『The Kingdom of Shades』は、出演するノエさん自らがこれから行うことを説明するなど、作品の参照項とのズレを認識することも鑑賞の重要な点になっていました。対照的に『Fragments』も今回上演する『The Waves』も、エステティック(美学的)な部分がつよく、より感覚的に受容できるダンスになっていると感じました。
スーリエ 美術館や劇場、あるいは映像メディアなど、上演の場にあわせたアプローチをとってきたので、その違いはあると思いますが、エステティックとコンセプチュアルでいえば、どちらのアプローチもいまだにやっているつもりです。願わくはダンスの文脈を知らない方にも作品を楽しんでいただきたいと思いますね。
でも、どんな方でも身体に関してなんにも知らないということもないと思うんです。わたしたちはつねに身体を伴っていますし、身体を見てもいますよね。舞踊史ではなくとも、それぞれが積みかさねてきた身体経験を通して作品を鑑賞できると思います。もちろん舞踊史の知識がある方はまたちがった見方で作品を楽しめると思いますし。
児玉 『Fragments』での特徴的なフレーミングは、不思議とだんだんと観ていくうちに、カメラに映っていない手足の動きもみえてくるかのように感じられました。
スーリエ ミロのヴィーナスなど手足の欠けた彫刻を想起しました。欠けているからこそ想像が促されていきますね。
4つの動きの探求がみちびく関係性と創造性
児玉 スーリエさんが長年取り組まれている4つの動き「Hit-打つ」、「Avoid-よける」、「Throw-投げる」、「Preparation-準備する」についてお聞きします。
スーリエ 舞踊史の系譜をふまえて、わたしが自分のダンスをつくっていく際に試みたのが、想像上の物質にたいしてどう身体をつかっていくかということでした。そこでその4つの動きから作品をつくっていきました。
児玉 『The Waves』出演のダンサーである船矢祐美子さんが、インタビュー[1]で4つの動きを徹底的に探求されていると話されていました。それだけ長い期間やりつづけるには相当なパッションがないとできないと思います。なにかきっかけはあったのでしょうか。
スーリエ この動きの探求にはもう14年間ぐらい取り組みつづけていますが、全然終わりがないですね。なぜこの4つかというと、まず身体全体を使うという点があります。例えば「縫う」だと手だけしか使いませんよね。それと、いろんなバリエーションや関係性が生まれるということですね。「打つ」も「よける」も、外にある物体と自分の身体との関係性が生じる動きです。そこにさらに「加速」と「減速」で遊ぶこともできます。わたしは動きの形ではなく、どうエネルギーを使うかということを重視しています。
―「Preparation-準備する」と聞くと、バレエの大技の前の「行くぞ行くぞ…」という動きを想像しますが、大技ではなくその手前の動きに注目するところがおもしろいですね。
児玉 「行くぞ行くぞ…」ってなるけれど、急に中断する動きですね。
スーリエ 誰かがジャンプしようとすると、見ている人はその先の動きを期待します。「Preparation」は、思考ではなく体が思わず反応してしまうような効果を狙っています。
児玉 ノエさんの作品は、実際にはみえない部分を、観客が自らイメージして補完することで作品が完成されていくところがあるように感じます。欠如の感覚を作品にとりいれ、観客の想像力を喚起し、既知のイメージとのずれを生みだしていく方法がすごくお上手ですよね。
スーリエ わたしの作品は、動きのすべてを見通せないものが多いです。「投げる」という動きも、実際のモノを投げるわけではありません。それをしようとする人間の身体こそを見ることになります。
目的に向かう身体というのは、一回一回ちがう形になるのであいまい性が生まれます。そういう意味で、私の動きはバレエやカニンガムの精確な動きとはちがいますね。もちろんある意味ではわたしのダンスも精確ですが、バレエとは別ものです。絵画に例えるなら、わたしのダンスはブラシを振ってできた模様を絵画とするような感じです。対称的に、バレエは描いた正確な線にきっちりと色を塗っていく感じでしょうか。わたしのダンスは、方向は決まっていても生まれてくる動きは多様になる。すると想像力が掻きたてられますし、表現も豊かになる。トリシャ・ブラウンのダンスはわたしのと似たあいまいさを含んでいると感じますが、カニンガムはちがいますね。
哲学や言語学からのインスピレーション
児玉 これまでのお話を聞いていると様々な人の名前がでてきましたが、ご自身ではどんなアーティストから影響を受けていると感じますか。フォーサイスやケースマイケル、昨年カンパニーの振り付けを担われたトリシャ・ブラウン、また個人的にはグザヴィエ・ル・ロワやジェローム・ベルの仕事とも共通するものを感じています。ノエさんはソルボンヌで哲学を研究していたこともありますし、ダンスに限らず影響を受けた人がいればぜひ。
スーリエ 哲学者だとアリストテレスですね。彼は動きについてかなり細かく論じていて、わたしはそこからダンスに対する言葉の姿勢を学びました。ほかには分析哲学からも影響を受けています。
児玉 分析哲学はぼくも関心があるのですが、主に言語的な分析をとおして哲学を探求していく学問ですね。この領域では例えばシンタックス(統語論)といって、語順によって文の意味が変わってしまう仕組みに着目したりします。
スーリエ その考え方を、動きのボキャブラリーが強固に保たれているバレエに応用したのが、『The Kingdom of Shades』でした。でも、やってみたらわりと自然に見えたのでがっかりして(笑)。あと、前置詞のような、それだけを並べても意味をもたない言葉にも興味をもっています。
―観客の皆様からもご質問をお受けします。
質問者1 『Fragments』を見て、空手の動きのようにみえるところがありました。闘いのイメージなどがあるのでしょうか。また、吐息も聞こえてきましたが、あれは動くことで自然と声が漏れているのか、意図的なのかどちらですか。
スーリエ 空手は詳しくありませんが、エネルギーを重視する点や、空手の型にみられる想像上の物体への動きなどは、共通しているかもしれませんね。
声は自然に出たものです。マイクをダンサーの近くに設置したので小さな吐息も記録されています。
カメラについて補足すると、カメラがどこを撮っているかをダンサーが身体的に理解できるように、映る部分を示すフレームをカメラの前に設置しました。それによって、ふつうはカメラが動いて対象をフレーミングするところ、ダンサーのほうがカメラに自分をどう映したいか決めることになり、「見る」ことの力関係を逆転させることができてよかったと思っています。
また、空手ではないですが、ふたりのダンサーがからむデュエットのシーンでは、ブラジリアン柔術をイメージしていました。ブラジリアン柔術の締め技が、他者と関わるときの身体のあり方として、とても親密でうつくしく、官能的に感じたんです。実際にやっている方からするとそんなことないかもしれないのですが、そういったパラドックスもふくめて興味深く感じます。バレエだと、他者と関係するときにはたいてい手を使うので、それ以外の部位をつかって相手の身体とかかわることを試みました。
質問者2 『The Waves』は、現代音楽アンサンブルのイクトゥスとコラボレーションされています。ミュージシャンとダンサーの身体性に共通するものはありましたか。
スーリエ イクトゥスは、ふだんすでに完成された譜面をもとに演奏するスタイルだったので、『The Waves』での作曲家が不在でいちからクリエイションしていく過程は珍しかったようです。わたしがダンスをクリエイションするときには、ダンサー自身が動きをつくっていけるようにしていきますが、それと同じことをミュージシャンにもやってもらいました。音楽でも大事にしたい点はエネルギーでありメロディーではありません。どう音楽で4つの動きを表現し、エネルギーをフレージングできるのか、イクトゥスに問いかけました。もちろん実際に楽器を「投げる」とかではなくですね(笑)。
創作はまるで音楽をジェスチャーとして捉えていくような過程でした。つくっていくうちに、ダンサーとミュージシャンの共通語ができていくんです。動きとおなじように、音もクラシックなどとは異なる枠組みでつくっていったので、音楽の聞き方自体にも変化が生じるのではないかと思います。
―『The Waves』の公演に向けて、ノエ・スーリエさんのこれまでのご活動や創作への思想を垣間見ることのできる充実した時間となりました。ありがとうございました。