Column & Archivesコラム&アーカイヴ

#コラム・レポート#舞踊#2023年度

「バラ色ダンス 純粋性愛批判」関連コラム

《バラ色ダンス》についてのノート

文:呉宮百合香(「バラ色ダンスプロジェクト」ドラマトゥルク)
2023.7.20 UP

 川口隆夫は、舞踏の外から《舞踏》を眼差す。
 80年代後半から活動を始め、演劇・ダンス・美術・映像を越境してパフォーマンスの可能性を追求してきた川口にとって、舞踏はずっと視界のどこかにありながらも、自らが直接関わることはない表現であった。そんな舞踏と改めて向き合うのは、2010年代に入ってからのことだ。2012年に舞踏の始祖・土方巽の著作を題材にした『ザ・シック・ダンサー』(田辺知美との共作)を、2013年にはもう一人の始祖・大野一雄の踊りを映像から完コピする『大野一雄について』を発表。日本発の舞踏についてのコンセプチュアル・パフォーマンスは、世界を大いに驚かせた。そして2021年には、ダンスフェスティバル「TOKYO REAL UNDERGROUND」のアーティスティック・ディレクターとして、舞踏を批評的に考察するパフォーマンス・シリーズの企画を手掛けている。
 この度ロームシアター京都で上演される最新作『バラ色ダンス 純粋性愛批判』において川口が目を向けたのは、舞踏が舞踏と名付けられる前の時代。1960年代における土方巽の代表作『バラ色ダンス——A LA MAISON DE M. CIVEÇAWA(澁澤さんの家の方へ)』である。

錚々たる前衛芸術家が集った『バラ色ダンス』

 『バラ色ダンス——A LA MAISON DE M. CIVEÇAWA』は、1965年11月に東京信濃町の斎場・千日谷会堂で上演された。盟友・澁澤龍彦の名を副題に掲げた本作には、大野一雄、大野慶人、石井満隆、笠井叡、玉野黄市らダンサーに加え、中西夏之、加納光於、赤瀬川原平、横尾忠則、刀根康尚、加藤郁乎など、時代の最先端をゆく芸術家たちがジャンルを超えて参画した。かの有名な横尾デザインのポスターの他にも、開くと金箔が飛び散る案内状や、砂糖菓子製のなめられるプログラムなど、舞台上に留まらない仕掛けが様々に用意されていた。

加納光於「砂糖菓子のプログラム」(1965)

 実際どのような舞台だったのか? 視聴覚資料としては、飯村隆彦による約10分の映像フィルムと複数の写真家による記録写真が残っているが、その全貌はとても計り知れない。舞台奥にオブジェのように背中向きに佇む10名の男とビクターの犬、旭日旗を纏ってバリカンで頭髪を刈られる男たち、背中に女陰が描かれた玉野、同じく背中に「宣長」の文字を貼り付けた大野一雄、ホースをくわえて絡み合う白塗りのダンサー、易占図の前でフェンシングの構えを取る土方、徐に登場する女形の巨大な写真パネルや人力車、白いロングドレスでの優雅なダンス……どのように接続するのか見当もつかない雑多な要素が、溢れんばかりに詰め込まれている。関係者の証言によれば、ギャラリーから落とした水滴をバケツで受け止めていたとか、岡本太郎から借りてきたカラスがロビーで鳴いていたとかいう話もある。
 同時代の先鋭的な芸術家たちとジャンルを超えて活発に交流し、彼らとのコラボレーションから数々の作品を生み出した土方だが、『バラ色ダンス』における協働は、その中でも特に華やかで、密度濃いものであったようだ。舞踊家・美術家・音楽家・文学者が寄り集まって、名付け得ぬ表現の渦を創り出すエネルギーは、何よりも——もしかしたら内容以上に——この作品の肝であったに違いない。

『バラ色ダンス——A LA MAISON DE M. CIVEÇAWA』(1965) 撮影:中谷忠雄

赤瀬川原平「易断面相図幕 肋膜判断」と土方巽
『バラ色ダンス——A LA MAISON DE M. CIVEÇAWA』(1965) 撮影:中谷忠雄

 では、『バラ色ダンス』という作品を貫く感性はどのようなものだったのだろうか? この点を考えるにあたっては、2つの言葉が手掛かりになりそうだ。第一に、『バラ色ダンス』の描写で頻出する「明るさ」という形容。第二に、そのものずばりタイトルになっている「バラ色」という言葉である。

「バラ色」という感性 そのシンボリズム

 「バラ色ダンスも暗黒舞踊もなべて悪の体験の名のもとに血をふき上げねばならぬ」¹

 1960年の初リサイタル「土方巽DANCE EXPERIENCEの会」のパンフレットで、土方は既にこのように書いていた。さらに1968年の『土方巽と日本人——肉体の叛乱』のポスターには、「配給:暗黒舞踏派、バラ色ダンス派」という記載もある。これらの事実から推測するに、どうやらバラ色ダンスという語は、単なる1作品のタイトルには留まらない象徴性を帯びていたようである。「暗黒」や「闇」という言葉で語られることの多い土方の舞踏だが、その裏には「バラ色」という明るさへの志向もあったという点は、非常に興味深い。実際65年の『バラ色ダンス』は明らかにポップで色彩に溢れており、前後の作品とは随分異なるトーンであったことは、資料からも感じ取れる。

雑誌『血と薔薇』

 同時にバラは、当時の文化人の間ではなかなかにホットなモチーフであったようだ。主立った出来事を挙げてみると:

 1956年、ジャン・ジュネの小説『薔薇の奇跡』の邦訳刊行。
 1963年、細江英公が三島由紀夫を写した写真集『薔薇刑』刊行。
 1964年、高橋睦郎が詩集『薔薇の木 にせの恋人たち』刊行。
 1968年、澁澤龍彦が責任編集を務める雑誌『血と薔薇』創刊。
 1969年、松本俊夫監督映画『薔薇の葬列』公開。
 1971年、日本初の男性同性愛者向けの商業誌『薔薇族』創刊。

 そして土方とも親交の深かった三島由紀夫の著作には、薔薇のメタファーが執拗なまでに繰り返し登場する。
 古来より、こと西洋において様々な意味を付与されてきたバラだが、60年代日本の文化芸術界隈では、肉体、性愛、あるいは死を連想させる記号としても機能していたことが窺い知れる。土方のバラ色観もまた、このような文脈とは決して無縁ではなかっただろう。

舞踏 × キャンプ

 さて、川口隆夫の『バラ色ダンス 純粋性愛批判』は、土方巽の『バラ色ダンス』を忠実に再現する作品ではない。むしろその目論見は、2023年の世界に訴えうる新しい《バラ色ダンス》を描き出すことにある。
 舞踏と共に、本作のもうひとつの軸をなすのが《キャンプ Camp》だ。元々はゲイカルチャーに由来するこの言葉は、アメリカの批評家スーザン・ソンタグが1964年に発表した「《キャンプ》についてのノート」²というテキストがきっかけとなって、広く世に知られるようになった。過剰な装飾や歪な不自然さを愛し、内容よりも様式を押し出し、喜劇的でどこか泥臭くて、常軌を逸している。そこには、意味も文脈も、時代の常識や規範までをも脱臼させて無効化してしまう反抗の力がある。川口隆夫流に言うなら「膝カックン」の力である。
 カウンターカルチャー真っ盛りの時代を象徴するような《キャンプ》の感性は、同時代に生まれた《舞踏》、とりわけ『バラ色ダンス』に表れている感性と響き合うものがある。このふたつを今再び交差させる——すなわち、キャンプという切り口から舞踏を再解釈する——ことで、創成期の舞踏が有していた爆発的なエネルギーに新たな光を当てることができるのではないか?
 ちなみにこれは余談ではあるが、アングラ映画の巨匠・岡部道夫が1970年に発表した映画『貴夜夢富(キャンプ)』には、『バラ色ダンス』に参加していたダンサー・石井満隆も出演している。ソンタグのキャンプ論の邦訳が刊行される1年前のことだ。そしてこの『貴夜夢富』は、本公演の映像プログラムとして、現代美術の領域で活躍する高田冬彦の映像作品と同時上映される。その魅力は、ぜひ劇場にてご覧いただきたい。

岡部道男『貴夜夢富(キャンプ)』(1970)

 川口隆夫が常に活動の核に据えてきたアイデンティティやジェンダーに関わる問題意識と、近年集中的にリサーチに取り組んできた舞踏というテーマを掛け合わせた『バラ色ダンス 純粋性愛批判』。歴史を肌で知る80余歳の舞踏家から、Z世代の若きダンサーまで、世代も出自もごちゃ混ぜの個性派コラボレーターたちと共に妄想=妄創するのは、今の世を覆う閉塞感を明るく愉しく打ち破る「明日の舞踏ダンス 」だ。
 あまり硬くならず、まずは全身どっぷりと、めくるめくバラ色の世界に浸っていただけたらと思う。そう、「解釈学の代わりに、われわれは芸術の官能美学エロティックス を必要としている」³のだから。

1:土方巽『土方巽全集 Ⅰ(新装版)』、種村季弘・鶴岡善久・元藤燁子編、河出書房新社、2016年、191頁。

2:コム・デ・ギャルソンのショーやメットガラで取り上げられたことで、近年再び注目を集めるソンタグの《キャンプ》論の概要は、松本理沙「悪趣味なものを楽しむ:スーザン・ソンタグの《キャンプ》論」(2021)にわかりやすくまとめられている。

3:ソンタグ,スーザン『反解釈』、高橋康也・出淵博・由良君美・海老根宏・河村錠一郎・喜志哲雄訳、筑摩書房、1996年、34頁

加納光於「砂糖菓子のプログラム」(1965)、『バラ色ダンス——A LA MAISON DE M. CIVEÇAWA』(1965)の資料画像は、慶應義塾大学アート・センター/NPO法人舞踏創造資源よりご提供いただきました。ここに記して御礼申し上げます。

  • 呉宮百合香 Yurika Kuremiya

    1991年東京生まれ。フランス政府給費留学生としてパリ第8大学で舞踊学を学ぶ。早稲田大学文学研究科博士後期課程単位取得満期退学。現在はダンスを中心に、現代舞台芸術の研究と現場の境界で活動。国内外の媒体に公演評や論考を執筆するほか、フェスティバルや公演の企画制作、作品のクリエーション等にも多数携わる。また、ダンスアーカイヴの構築と活用に関するリサーチも継続的に行っている。
    https://yurikakuremiya.mystrikingly.com/

関連事業・記事

Turn your phone

スマートフォン・タブレットを
縦方向に戻してください