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【市民寄席】演目解説(第380民寄席)

文:佐田吉(小佐田定雄) 写真:佐々木卓男
2026.5.29 UP

1957年にスタートし、京都では恒例の落語会として長く親しまれてきた「市民寄席」。 京都会館がロームシアター京都としてリニューアルオープンしてから最初に開催された市民寄席は、第325回(2015年5月15日)の市民寄席です。第325回から今日まで、市民寄席は50回以上開催され、劇場に根付いてきました。

市民寄席では、ご来場いただいたお客様に配布するパンフレットに、小佐田定雄氏による演目解説を掲載しています。Spin-Offでは、ロームシアター京都版・上方落語演目のミニ辞典として、また、これからも続く市民寄席の歩みのアーカイブとして、本解説を継続して掲載していきます。

 

第380回

「粗忽長屋」 露の 五郎

日程:2026年5月26日(火)
番組・出演
「花色木綿」 笑福亭 喬龍
「写真の仇討」 桂 二乗
「幽霊の辻(小佐田定雄作)」 林家 染二
「粗忽長屋」 露の 五郎

花色木綿 はないろもめん

本当におしゃれな人は着物の裏地に凝るんやそうです。タイトルの「花色木綿」というのは、一時流行った裏地で、縹色(はなだいろ)という青系統の色に染めた木綿のことでした。一方、地方から江戸へ出て来たお侍などは緑がかった薄い藍色…浅葱色(あさぎいろ)の木綿を裏地に使っていたので、江戸の人からは「浅葱裏」と呼ばれて、ちょっと馬鹿にされていたそうです。

◆写真の仇討 しゃしんのあだうち 

我が国に写真技術が入ってきたのは幕末のこと。そのために坂本龍馬や高杉晋作、近藤勇といった人たちのポートレートが残ることになりました。その後、歌舞伎俳優や力士の写真が浮世絵や錦絵の代わりに販売されるようになり、大正時代になると映画スターや芸者さんたちのプロマイドも発売されるようになりました。カメラが一般家庭に普及するまでは、写真を撮るといったら町の写真館へ行かなくてはならず、ちょっと贅沢なものだったわけです。

◆幽霊の辻 ゆうれいのつじ

三月まで放送していたNHK朝の連続テレビ小説『ばけばけ』のおかげで、小泉八雲が再評価されています。八雲といえば「怪談」。人間はすべてがAIで解決できる現代であっても、科学では割り切れない不思議なエピソードを好むようです。宇宙まで出かけて行こうかという一方で「心霊スポット」にも出かけてみたい…という思いは残っています。最近はコンビニが二四時間営業をしているので、完全な闇夜というのはよほど山奥に行かないと体験できなくなりました。幽霊も住みにくい世の中になったようです。

◆粗忽長屋 そこつながや 

露の團四郎さんが師匠の前名である「露の五郎」を三代目として襲名したのは昨年一〇月のことでした。初代の露の五郎は七歳から「林家三平」の名前で子役の落語家として活躍。いい男で舞踊も達者だったので、歌舞伎役者に転身していた時期もあるとのこと。当代五郎さんは師匠から落語のほかにも怪談噺、大阪にわかなどの貴重な芸を受け継いでいます。市民寄席には襲名してから初めての出演になりますので、今回のお聞きいただく高座は歌舞伎風に申しますと「襲名披露狂言」になるわけですね。

  • 小佐田定雄 Sadao Osada

    落語作家。1952年、大阪市生まれ。
    77年に桂枝雀に新作落語『幽霊の辻』を書いたのを手始めに、落語の新作や改作、滅んでいた噺の復活などを手がけた。つくった新作落語の数は250席を超えた。近年は落語だけでなく、狂言、文楽、歌舞伎の台本にも挑戦。著書に「5分で落語のよみきかせ」三部作(PHP研究所)、「落語大阪弁講座」(平凡社)、「枝雀らくごの舞台裏」、「米朝らくごの舞台裏」「上方らくごの舞台裏」(ちくま新書)などがある。2021年第42回松尾芸能賞優秀賞受賞。

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