
1957年にスタートし、京都では恒例の落語会として長く親しまれてきた「市民寄席」。 京都会館がロームシアター京都としてリニューアルオープンしてから最初に開催された市民寄席は、第325回(2015年5月15日)の市民寄席です。第325回から今日まで、市民寄席は50回以上開催され、劇場に根付いてきました。
市民寄席では、ご来場いただいたお客様に配布するパンフレットに、小佐田定雄氏による演目解説を掲載しています。Spin-Offでは、ロームシアター京都版・上方落語演目のミニ辞典として、また、これからも続く市民寄席の歩みのアーカイブとして、本解説を継続して掲載していきます。
第380回

「粗忽長屋」 露の 五郎
日程:2026年5月26日(火)
番組・出演
「花色木綿」 笑福亭 喬龍
「写真の仇討」 桂 二乗
「幽霊の辻(小佐田定雄作)」 林家 染二
「粗忽長屋」 露の 五郎
◆花色木綿 はないろもめん
本当におしゃれな人は着物の裏地に凝るんやそうです。タイトルの「花色木綿」というのは、一時流行った裏地で、縹色(はなだいろ)という青系統の色に染めた木綿のことでした。一方、地方から江戸へ出て来たお侍などは緑がかった薄い藍色…浅葱色(あさぎいろ)の木綿を裏地に使っていたので、江戸の人からは「浅葱裏」と呼ばれて、ちょっと馬鹿にされていたそうです。
◆写真の仇討 しゃしんのあだうち
我が国に写真技術が入ってきたのは幕末のこと。そのために坂本龍馬や高杉晋作、近藤勇といった人たちのポートレートが残ることになりました。その後、歌舞伎俳優や力士の写真が浮世絵や錦絵の代わりに販売されるようになり、大正時代になると映画スターや芸者さんたちのプロマイドも発売されるようになりました。カメラが一般家庭に普及するまでは、写真を撮るといったら町の写真館へ行かなくてはならず、ちょっと贅沢なものだったわけです。
◆幽霊の辻 ゆうれいのつじ
三月まで放送していたNHK朝の連続テレビ小説『ばけばけ』のおかげで、小泉八雲が再評価されています。八雲といえば「怪談」。人間はすべてがAIで解決できる現代であっても、科学では割り切れない不思議なエピソードを好むようです。宇宙まで出かけて行こうかという一方で「心霊スポット」にも出かけてみたい…という思いは残っています。最近はコンビニが二四時間営業をしているので、完全な闇夜というのはよほど山奥に行かないと体験できなくなりました。幽霊も住みにくい世の中になったようです。
◆粗忽長屋 そこつながや
露の團四郎さんが師匠の前名である「露の五郎」を三代目として襲名したのは昨年一〇月のことでした。初代の露の五郎は七歳から「林家三平」の名前で子役の落語家として活躍。いい男で舞踊も達者だったので、歌舞伎役者に転身していた時期もあるとのこと。当代五郎さんは師匠から落語のほかにも怪談噺、大阪にわかなどの貴重な芸を受け継いでいます。市民寄席には襲名してから初めての出演になりますので、今回のお聞きいただく高座は歌舞伎風に申しますと「襲名披露狂言」になるわけですね。
第381回

「たいこ腹」笑福亭 福笑
日程:2026年7月28日(火)
番組・出演
「狸の賽」桂 弥壱
「厩火事」桂 福丸
「ないしょ話(桂三枝作)」桂 三歩
「たいこ腹」笑福亭 福笑
桂弥壱◆狸の賽
時代劇の賭場でサイコロを噛んで確かめる場面が出てくることがあります。イカサマをしようとする人間は、サイコロを二つに割って中を削り、そこに鉛の重りを入れて特定の面を出やすくするのだそうです。普通のサイコロだと噛んでもなんともありませんが、仕掛けのあるものは噛むと割れてしまって中から重りの鉛が出てくる…とうかがったことがあります。
桂福丸◆厩火事
海外から我が国に入ってくる最新の文化は西欧のものが多いように思われますが、昔の日本の文化は中国から伝わってくる知識が多かったそうです。中でも孔子の記した「論語」は当時の知識人の基礎教養で、なにかというと「子曰く(しのたまわく)」と孔子の言葉を引き合いに出していました。皆さんも「温故知新」とか「義を見てせざるは勇なきなり」という言葉をお聞きになったことがあると思います。これも「論語」に収められているフレーズなんですよ。
桂三歩 ◆ないしょ話
入院している人へのお見舞いぐらい難しい訪問はありません。お見舞いに持っていく品物にも気を使わなくてはならず、食餌療法をしているところへ食べ物を持って行ってはいけませんし、花がいいと思っても鉢植えは根が付いているのが「寝付く」という意味に通じるので適当ではないと言われています。人気があるのは肩の凝らないパズルの本など時間をつぶせるもので、中でも落語のCDをプレゼントして心を穏やかにしてもらいながら、落語ファンを増やす…というのが一番オススメのお見舞いです。
笑福亭福笑◆たいこ腹
この噺の主人公は「太鼓持ち」という職業です。辞書を見ますと「太鼓持ち」というのは「俗称」だそうで、正式な職業名としては「幇間(ほうかん)」と申します。「幇」は「助ける」という意味ですから、「間」を助ける仕事というわけです。なんの「間」かと申しますと、お客同士やお客と芸者の間を取り持ち、一座の陽気な空気が途切れた時の間を取り持つのが仕事なのだそうです。いわば「お座敷遊びの総合プロデューサー」という存在で、落語の世界では八面六臂の活躍ぶりを見せてくれています。さて、このお噺では…。
第382回

「花筏」 喬若改メ 三代目 笑福亭 三喬
日程:2026年9月27日(日)
番組・出演
「つる」 露の 新幸
「茶目八」 林家 愛染
「へっつい幽霊」 笑福亭 松喬
口上 三喬・松喬・三度・愛染・新幸(司会=桂春若)
「宿題」 桂 三度
「花筏」 喬若改メ 三代目 笑福亭 三喬
露の新幸◆つる
最近はAIのおかげで、わからないことがあっても、即座にチャッピーやシリが答えてくれるようになりました。すぐに答えがわかって大変便利なのですが、すぐに答えを忘れてしまいます。落語の世界にはチャッピーやシリこそ居ませんが、それに代わる物知りの甚兵衛さんが存在して、どんな疑問にも即答してくれます。さて、本日の疑問は…。
林家愛染◆茶目八
いたずら好きのおもしろい人のことを「お茶目」と申します。「ふざける」とか「おどける」という意味の「茶(ちゃ)る」という動詞があり、そこから「茶化す」とか「茶にする」、そして「お茶目」などという言い回しができました。「茶目」といっても目のことではありません。春になりかけた時に「春めく」と言うのと同じように、おもしろくしようとしている状態を「茶めく」と言い、それを「ちゃめ」と短縮した…というのがお茶目な学説です。
笑福亭松喬◆へっつい幽霊
古典落語の時代の台所道具には、現在ではわからなくなったものがたくさんあります。例えば「へっつい」など、その代表選手かもしれません。土でこしらえたかまどのことで、大阪では「へっつい」、御当地・京都では「おくどさん」と申します。大きい家だと台所の土間に作り付けのものがありました。裏長屋をはじめとする庶民の台所にはちょっと小型の大人二人で担いで持ち運びすることができる「置きべっつい」と呼ばれるものがありました。ガスや電気のない時代、薪を燃やして燃料にしていました。
口上
松喬さんの一番弟子の喬若さんが今年の二月一日に三代目の「三喬」を襲名いたしました。「三喬」というのは松喬さんが襲名前に十年間名乗っていた出世名前です。新・三喬さんは落語だけでなく笛にも才能を発揮している二刀流の使い手です。
桂三度◆宿題
俳句や川柳の句会で、その場で出された題で即座に作るのを「席題」、「この題で作って来てください」と前もって知らされるのを「兼題」あるいは「宿題」と申します。これが全国の学生さんたちの頭を悩ませている「宿題」という言葉の語源です。この噺は三度さんの師匠の六代文枝さんが三枝時代に創った創作落語で、この噺をある若手が演じているのを聞いておられた桂米朝師匠が「落語もえらい難しゅうなったもんや」としみじみおっしゃったのをおぼえています。
喬若改メ
笑福亭三喬◆花筏
春、桜の花が川面に落ち散って、まるで筏を浮かべたようになっている状態を「花筏」と申します。そんな風流なしこ名の大関が大坂相撲に居たのですが…という江戸時代の噺です。現在は日本相撲協会が唯一の団体ですが、江戸時代には江戸、大坂、京都の三都に相撲の団体があったそうです。大坂相撲の大きな特色としては「うっちゃり」が無かったこと。大坂では土俵際まで押し込まれた力士はそのまま土俵を割って、逆転の投げを打つということはなかったそうです。その大坂相撲も百年前に東京相撲に統合されました。