
1957年にスタートし、京都では恒例の落語会として長く親しまれてきた「市民寄席」。 京都会館がロームシアター京都としてリニューアルオープンしてから最初に開催された市民寄席は、第325回(2015年5月15日)の市民寄席です。第325回から今日まで、市民寄席は50回以上開催され、劇場に根付いてきました。
市民寄席では、ご来場いただいたお客様に配布するパンフレットに、小佐田定雄氏による演目解説を掲載しています。Spin-Offでは、ロームシアター京都版・上方落語演目のミニ辞典として、また、これからも続く市民寄席の歩みのアーカイブとして、本解説を継続して掲載していきます。
第375回

「三十石」桂雀三郎
日程:2025年5月27日(火)
番組・出演
「子ほめ」 桂小文三
「コンパ大作戦」 露の眞
「いらちの愛宕詣り」 笑福亭竹林
「三十石」桂 雀三郎
◆子ほめ こほめ
子供を褒める噺で『子ほめ』です。演じます小文三さんは文三さんの一番弟子。師匠の名前に「小」を付けると誰の弟子か一目瞭然ですし、「小」という文字には若々しさと色気があります。上方落語協会には現在、「小文枝」、「小春団治」が居られます。他にも師匠の名前の一字に「小」を付けている名前があり、いずれもすばらしい名前です…というのは『小ほめ』です。
◆コンパ大作戦 こんぱだいさくせん
コンパの語源はドイツ語の「コンパニー」。英語でいうと「カンパニー」。「カンパニー」には「会社」という意味もありますが、ほかに「付き合い」とか「人の集まり」という意味もあります。明治時代の大学生が親睦を深めるために酒を酌み交わしたのが「コンパ」の始まりです。なぜ英語でなくてドイツ語かと申しますと、明治の学生さんにとつてはドイツ語を使うのがオシャレだったからです。例えば「アルバイト」、美人を指す「シャン」という言葉もドイツ語なんですよ。
◆いらちの愛宕詣り いらちのあたごまいり
ぼんぼんのことを「ぼんち」と言うように、常にイライラセカセカしている人のことを関西弁で「いらち」と申します。この噺の主人公が「いらち」を治してもらいに参詣する愛宕神社は京都の西北に位置する愛宕山の重畳にあります。愛宕山は上方落語にはおなじみの場所で『愛宕山』というそのものズバリのタイトルの噺があります。また、愛宕山に天狗を捕まえに行く『天狗さし』や、天狗にさらわれて僧正ケ谷へ連れて行かれる『天狗裁き』などがあります。ぜひ落語の聖地巡礼をなさいませ。
◆三十石 さんじっこく
この噺のタイトルを歌舞伎の外題調に『三十石夢之通路(さんじゅっこく・ゆめのかよいじ)と書くことがあります。明治のころに舟唄で美声を聞かせるのを売り物していた落語家さんが居て、その人が演じる場合は『三十石浮之舟唄(さんじゅっこく・うかれのふなうた)』と題して特別扱いしたものだと申します。その美声の持ち主は初代桂雀三郎。今日皆さんの前に登場するのは三代目雀三郎さんですから先々代にあたります。初代さんは初代の枝雀のお弟子でした。雀三郎の名前には「美声」が付いてまわるのでしょうか。
第376回

「禍は下」桂春若
日程:2025年7月22日(火)
番組・出演
「延陽伯」 桂源太
「夢八」 桂三ノ助
「抜け雀」 笑福亭鶴笑
「禍は下」桂春若
◆延陽伯 えんようはく
現在ですと、結婚や恋愛を目的にパートナーを探すためには「マッチング・アプリ」などという便利なものがありますが、そんなものがなかった古典落語の時代には、独り者と見たらやたらと縁談を持ち込んでくる甚兵衛さんや家主さんなどの俗に「世話焼き」と呼ばれる存在がありました。その世話焼きさんたちのおかげで人口減少は食い止められていたわけです。
◆夢八 ゆめはち
現在ですと、大事なものを危険から守るためには「セキュリティ・システム」などという便利なものがありますが、そんなものがなかった古典落語の時代には「番人」といって人間が一人、付きっ切りで監視していたのだと申します。番人には火災の用心をする「火の番」、門の護りを固める「門番」などがございます。落語会でも高座の座布団や見台、膝隠し、名ビラなどの管理をする「高座番」という人が居ます。さて、この噺の主人公は何の番をするのでしょうか?
◆抜け雀 ぬけすずめ
昔、宿場町にあった宿屋のことを「旅籠(はたご)」と呼んでいました。「籠」というのは、本来は馬のエサを入れる籠のことだったそうですが、後に旅人の食べ物を入れる容器のことになり、食事を食べさせる宿のことをそう呼ぶようになったのだと申します。いろんな人が泊まり合わせる宿屋は、騒動の舞台にはうってつけで、十辺舎一九の『東海道中膝栗毛』や上方落語の「旅ネタ」にもしばしば登場します。いつもはパペット落語を演じている鶴笑さんですが、今回はどんな高座を見せてくれるのでしょうか?
◆禍は下 わざわいはしも
男性の和服で正装と申しますと、時代劇の武士が殿様の御前にまかり出る時に着る「裃(かみしも)」。上半身に着ける袖のない肩のところが突っ張った上衣の「肩衣(かたぎぬ)」を「上(かみ)」。下半身に着ける袴のことを「下(しも)」と呼びます。落語家修業の第一歩は師匠の着物をたたむこと。きちんとたためるようになるまで楽屋入りを許されない…ともうかがいました。その中でも袴をたたむのは羽織や着物をたたむより一段上のレベルの技術が要るのだそうで、ことに紐の扱いがややこしいとうかがいました。
第377回

「人生まだまだ」 三風改メ 五代目 桂慶枝
日程:2025年9月28日(日)
番組・出演
「寄合酒」 桂 雪鹿
「天災」 桂 福矢
「おたのしみ」 桂 文枝
仲入
「堪忍袋」 笑福亭 晃瓶
「人生まだまだ」 三風改メ 五代目 桂 慶枝
◆寄合酒 よりあいざけ
最近、「飲み会」が少なくなった…という噂を耳にしました。昔…というほど以前でない昔、会社帰りに一杯という流れが普通だった時代がありました。落語家さんたちは、落語会や寄席が終わると「打ち上げ」と称して慰労のために、毎晩のように飲みに行っていたものです。近年はずいぶんとその機会が減っているようですが、古典落語の世界では…。
◆天災 てんさい
この噺に登場する先生が教える「心学」というのは江戸時代中期から後期にかけて流行した人の道を教える学問です。学問といっても武士だけのものではなく、農民や商人、職人など身分にかかわらず教えを受けることができました。現代のビジネスマンや経営者にも通用する教えもあるそうですから、興味のあるお方はぜひ一度「心学」関連の本をお読みになったらいかがでしょうか。その手始めにこの落語をお聞きいただくと、きっと役に立つ…かな?
◆おたのしみ
入門直後にラジオの人気者になって以来、ずっとトップスターの座を走り続けています。今から四十五年ほど前から取り組んだ、現代を舞台にした「創作落語」は作品数が三百三十席を超えました。その内容も時代とご本人の年齢によって進化し続けていて、「百歳で五百席」という目標も決して夢ではないように思えます。今日の演目は何を演じるか「おたのしみ」ということですが、ひょっとしたら最新作の『おたのしみ』というタイトルの創作落語を聞かせてもらえるかもしれません。
◆堪忍袋 かんにんぶくろ
晃瓶さんの師匠の鶴瓶さんが東京から輸入してサゲを改良した作品で、原作は明治時代に益田太郎宇冠者という喜劇作家がこしらえた新作落語です。「堪忍」というのは元々仏教の用語で「堪え忍ぶ」、「我慢する」いう意味で、怒らずに相手を許すことです。許すことができないことでも、ぐっとこらえて許すのが「ならぬ堪忍、するが堪忍」といって本当の「堪忍」なんやそうです。舞妓さんに京ことばで「堪忍どすえ」と謝られたら、ならぬ堪忍も許してしまいそうですね。
◆人生まだまだ じんせいまだまだ
一九六一年に滋賀県草津市に生を受けた男の子は、八四年三月に当時は「三枝」と名乗っていた現・文枝さんのもとに入門して落語家生活をスタート。師匠からは「落語界に新しい風を」という祈りを込めて「三風(さんぷう)」という芸名を付けていただきました。三風青年は期待に応えて「客席参加型落語」という形式を創案し、この型は商標登録されているそうです。そして、芸歴四十年を迎えたのをきっかけに、昨年九月、めでたく「桂慶枝」という由緒ある名跡を五代目として襲名するに至りました。