1957年にスタートし、京都では恒例の落語会として長く親しまれてきた「市民寄席」。 京都会館がロームシアター京都としてリニューアルオープンしてから最初に開催された市民寄席は、第325回(2015年5月15日)の市民寄席です。第325回から今日まで、市民寄席は30回以上開催され、130以上の演目が上演されました。
市民寄席では、ご来場いただいたお客様に配布するパンフレットに、小佐田定雄氏による演目解説を掲載しています。Spin-Offでは、ロームシアター京都版・上方落語演目のミニ辞典として、また、これからも続く市民寄席の歩みのアーカイブとして、本解説を継続して掲載していきます。
第360回
日程:2022年5月24日(火)
番組・出演
「お忘れ物承り所(作 桂三枝)」桂 文路郎
「上燗屋」桂 ひろば
「死神」笑福亭 仁扇
「八度狸金玉仇討」桂 文太
◆お忘れ物承り所 おわすれものうけたまわりじょ
電車の忘れ物で一番多いのは雨傘。変わった忘れ物としては位牌とか遺骨などという罰当たりなものもあります。もっと変わった忘れ物といえば、模型の骸骨。先代桂歌之助さんが『善光寺骨寄せ』というバラバラの骸骨を寄せ集めるのが趣向になっている噺で使う道具をJR京都駅で電車の車内に忘れたんやそうです。見つけた駅員さん、きっと仰天したことでしょうね。
◆上燗屋 じょうかんや
上燗屋とは屋台でおでんなどをあてに酒を飲ませる一杯飲み屋で、江戸時代から存在していました。お酒を温めて飲むという風習は平安時代に中国から持ち込まれた風習で、「上燗」とはちょうど飲みごろの40度のこと。50度は「熱燗」、55度は「飛び切り燗」と申します。40度は「ぬる燗」、35度が「人肌燗」、30度が「日向燗」、20度が「冷や」なんやそうです。最近は「冷や」というと冷酒と間違えられるので、「常温」などという風情のない呼ばれ方をしています。
◆死神 しにがみ
日本に人間の生命に区切りをつける「死神」という存在が現れたのは明治時代のことだと言われています。この噺は明治時代に活躍した三遊亭圓朝がグリム童話をもとに作った作品です。死神が登場する『加賀鳶』という歌舞伎があります。河竹黙阿弥作で明治一九年に初演されたお芝居で、死神を演じたのは五代目尾上菊五郎。菊五郎と仲の良かった圓朝がその芝居の死神を見て震えあがった…という伝説があるので、おそらくその時に「死神」というイメージの基礎ができたのではないでしょうか。
◆八度狸金玉仇討 はちどたぬききんたまのあだうち
上方落語には伊勢参りの道中を描いた『東の旅』というシリーズがあります。その中の一席に、旅人が狐に騙される『七度狐』という噺があります。本日お聞きいただくのは、その狸版ともいえる一席で、讃岐の金比羅さんへお参りする『西の旅』の発端として文太さんが創りました。古典落語にも『金比羅船』というネタがあるのですが内容は不明です。金比羅から船で本州に渡り、播州路を旅する『播州巡り』、明石の人丸神社にお参りする『明石名所』、兵庫は鍛冶屋町の浜から大坂までの船に乗る『兵庫船』とつながっていきます。
第361回
日程:2022年7月26日(火)
番組・出演
「時うどん」 月亭 秀都
「打飼盗人」 桂 三語
「借家怪談」 林家 菊丸
「お文さん」 笑福亭 松喬
◆時うどん ときうどん
東京落語では『時そば』という噺になっていて「上方はうどんで江戸はそば」という東西食文化の代表例として紹介される噺ですが、現実には京大阪にも蕎麦のおいしい店はありますし、東京にもうどんの名店はございます。江戸の蕎麦屋の代表である「砂場」というお店は、もともと大坂城建築の際の土砂置き場の近くで開店した浪花のお店だったんだそうてすよ。
◆打飼盗人 うちかいぬすっと
上方落語には『○○盗人』というタイトルの噺がいくつかありますが、東京落語では『○○どろ』と変わります。この噺も江戸では『夏どろ』というタイトルで演じられています。季節が「夏」と決められているのは主人公の服装からきているのだと想像できます。「打飼」とは腰に巻いて使う財布代わりの長さ一メートルほどの袋のこと。もともとは鷹狩に使う犬を飼育する人が犬のエサを入れていたもので、それで「飼」という文字が付いているわけですね。
◆借家怪談 しゃくやかいだん
怪談が夏のもの…という「常識」はいつごろできあがったものでしょう? 確かに夏場にはお盆の行事でお寺やお墓に行く機会が増え、ご先祖さまをはじめとする霊界の皆さんが身近な存在になる時期でもあります。また、芝居など興業の世界で申しますと、暑い夏場はえらい役者さんたちはお休みしているので、若手の役者ばかりでさまざまな仕掛けを駆使した怪談芝居を演じることが多かったそうです。京都南座では来月、『東海道四谷怪談』が上演されますが、こちらは若手ではなく人間国宝の坂東玉三郎丈が主演を務めます。
◆お文さん おふみさん
室町時代の浄土真宗第八世宗主・蓮如上人が親鸞聖人の教えを、そのまま記録して送った手紙をまとめたものを東本願寺では「お文さん」、西本願寺では「御文章」と申します。大阪船場の商家では、旦那が起床するとうがい手水で身を清めたあと、仏壇の前に座って「お文さん」を音読するのが日課になっているお家もあったそうです。文楽に詳しいお人なら、噺の冒頭の部分が『艶容女舞衣』酒屋の段に似ていることにお気づきではないでしょうか。先代松喬師も大切に演じていた噺で松喬一門のお家芸と言っていいと思います。
第363回
日程:2022年11月22日(火)
番組・出演
「看板の一」 笑福亭 笑利
「四人癖」 笑福亭 鉄瓶
「代脈」 桂 文昇
「妾馬」 露の 都
◆看板の一 かんばんのぴん
我が国で初めて看板が揚げられたのは奈良時代のこと。当時の法律で「市で商売をする場合は印を立てて何を売っているかを示せ」と決められていました。鎌倉時代になると、現在の看板のように商品名だけでなく、屋号が入った看板が出現したのだと申します。因みに高座の横に立っている「笑福亭笑利」と書いた紙は「メクリ」と申しまして、看板の一種…かな?
◆四人癖 よにんぐせ
癖を扱った噺には二人少ない『二人癖』というネタもありますが、そちらは言葉の癖。この『四人癖』は仕草の癖を扱っています。落語は「一に落ち、二に弁舌、三に仕草」と言われています。言葉によってお客様にイメージで頭の中に世界を描いていただく芸能なので、落語マニアの中にはテレビで見るより、ラジオやCDで聴くほうがイメージはふくらむ…という人も居るくらいです。ただし、この噺だけは仕草をご覧いただかないとおもしろさは伝わらないと思いますよ。
◆代脈 だいみゃく
医師免許がなくてもお医者さんになれた昔、医学を志す人は先輩の医者に弟子入りし、住み込みで勉強したのだそうです。そのあたりは落語家と同じですね。書物を読んだり、先生のそばで患者の診察を観て知識を身に付け、師匠が「これなら大丈夫だろう」と判断すると、師匠の代わりに代診することを許されます。この代診のことを「代脈」と申します。いわば医者の仮免許みたいなもんですね。無事に代脈を卒業すると、いよいよ独立というわけですが、この噺の主人公など、いつになったら卒業できるのでしょうか?
◆妾馬 めかうま
結婚している男性が妻以外に世話している女性のことを「妾(めかけ)」と申します。別名を「二号さん」、「権妻(ごんさい)」、「愛人」、「ラマン」などなど。「妾」というのは会意文字といって二つの漢字の型と意味を合わせてできた文字です。例えば「月」と「日」を合わせると「明」になるという理屈です。今の字は「立」と「女」を合体させていますが、元来は「辛」と「女」を合わせたものだそうですが、〽妾という字を分析すれば 家に波風立つ女…なんていう都都逸もありますので、「立」の字でも正解ではないかと思います。