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【市民寄席】演目解説(第360-364回)

文:佐田吉(小佐田定雄)
2023.1.22 UP

1957年にスタートし、京都では恒例の落語会として長く親しまれてきた「市民寄席」。 京都会館がロームシアター京都としてリニューアルオープンしてから最初に開催された市民寄席は、第325回(2015年5月15日)の市民寄席です。第325回から今日まで、市民寄席は30回以上開催され、130以上の演目が上演されました。

市民寄席では、ご来場いただいたお客様に配布するパンフレットに、小佐田定雄氏による演目解説を掲載しています。Spin-Offでは、ロームシアター京都版・上方落語演目のミニ辞典として、また、これからも続く市民寄席の歩みのアーカイブとして、本解説を継続して掲載していきます。

第360回

日程:2022年5月24日(火)

番組・出演
「お忘れ物承り所(作 桂三枝)」桂 文路郎 
「上燗屋」桂 ひろば
「死神」笑福亭 仁扇
「八度狸金玉仇討」桂 文太

お忘れ物承り所 おわすれものうけたまわりじょ
 電車の忘れ物で一番多いのは雨傘。変わった忘れ物としては位牌とか遺骨などという罰当たりなものもあります。もっと変わった忘れ物といえば、模型の骸骨。先代桂歌之助さんが『善光寺骨寄せ』というバラバラの骸骨を寄せ集めるのが趣向になっている噺で使う道具をJR京都駅で電車の車内に忘れたんやそうです。見つけた駅員さん、きっと仰天したことでしょうね。

上燗屋 じょうかんや
 上燗屋とは屋台でおでんなどをあてに酒を飲ませる一杯飲み屋で、江戸時代から存在していました。お酒を温めて飲むという風習は平安時代に中国から持ち込まれた風習で、「上燗」とはちょうど飲みごろの40度のこと。50度は「熱燗」、55度は「飛び切り燗」と申します。40度は「ぬる燗」、35度が「人肌燗」、30度が「日向燗」、20度が「冷や」なんやそうです。最近は「冷や」というと冷酒と間違えられるので、「常温」などという風情のない呼ばれ方をしています。

死神 しにがみ
 日本に人間の生命に区切りをつける「死神」という存在が現れたのは明治時代のことだと言われています。この噺は明治時代に活躍した三遊亭圓朝がグリム童話をもとに作った作品です。死神が登場する『加賀鳶』という歌舞伎があります。河竹黙阿弥作で明治一九年に初演されたお芝居で、死神を演じたのは五代目尾上菊五郎。菊五郎と仲の良かった圓朝がその芝居の死神を見て震えあがった…という伝説があるので、おそらくその時に「死神」というイメージの基礎ができたのではないでしょうか。

八度狸金玉仇討 はちどたぬききんたまのあだうち
 上方落語には伊勢参りの道中を描いた『東の旅』というシリーズがあります。その中の一席に、旅人が狐に騙される『七度狐』という噺があります。本日お聞きいただくのは、その狸版ともいえる一席で、讃岐の金比羅さんへお参りする『西の旅』の発端として文太さんが創りました。古典落語にも『金比羅船』というネタがあるのですが内容は不明です。金比羅から船で本州に渡り、播州路を旅する『播州巡り』、明石の人丸神社にお参りする『明石名所』、兵庫は鍛冶屋町の浜から大坂までの船に乗る『兵庫船』とつながっていきます。

第361回

日程:2022年7月26日(火)

番組・出演
「時うどん」 月亭 秀都
「打飼盗人」 桂 三語
「借家怪談」 林家 菊丸
「お文さん」 笑福亭 松喬

◆時うどん ときうどん
 東京落語では『時そば』という噺になっていて「上方はうどんで江戸はそば」という東西食文化の代表例として紹介される噺ですが、現実には京大阪にも蕎麦のおいしい店はありますし、東京にもうどんの名店はございます。江戸の蕎麦屋の代表である「砂場」というお店は、もともと大坂城建築の際の土砂置き場の近くで開店した浪花のお店だったんだそうてすよ。

◆打飼盗人 うちかいぬすっと
 上方落語には『○○盗人』というタイトルの噺がいくつかありますが、東京落語では『○○どろ』と変わります。この噺も江戸では『夏どろ』というタイトルで演じられています。季節が「夏」と決められているのは主人公の服装からきているのだと想像できます。「打飼」とは腰に巻いて使う財布代わりの長さ一メートルほどの袋のこと。もともとは鷹狩に使う犬を飼育する人が犬のエサを入れていたもので、それで「飼」という文字が付いているわけですね。

◆借家怪談 しゃくやかいだん
 怪談が夏のもの…という「常識」はいつごろできあがったものでしょう? 確かに夏場にはお盆の行事でお寺やお墓に行く機会が増え、ご先祖さまをはじめとする霊界の皆さんが身近な存在になる時期でもあります。また、芝居など興業の世界で申しますと、暑い夏場はえらい役者さんたちはお休みしているので、若手の役者ばかりでさまざまな仕掛けを駆使した怪談芝居を演じることが多かったそうです。京都南座では来月、『東海道四谷怪談』が上演されますが、こちらは若手ではなく人間国宝の坂東玉三郎丈が主演を務めます。

◆お文さん おふみさん
 室町時代の浄土真宗第八世宗主・蓮如上人が親鸞聖人の教えを、そのまま記録して送った手紙をまとめたものを東本願寺では「お文さん」、西本願寺では「御文章」と申します。大阪船場の商家では、旦那が起床するとうがい手水で身を清めたあと、仏壇の前に座って「お文さん」を音読するのが日課になっているお家もあったそうです。文楽に詳しいお人なら、噺の冒頭の部分が『艶容女舞衣』酒屋の段に似ていることにお気づきではないでしょうか。先代松喬師も大切に演じていた噺で松喬一門のお家芸と言っていいと思います。

第362回

日程:2022年9月25日(日)

番組・出演
「大安売り」 桂 三河
「へっつい盗人」 笑福亭 右喬
「まめだ」 桂 米二 
「浮世床」 林家 小染
「別れ話は突然に…」 桂 文枝

◆大安売り おおやすうり
 力士の四股名の付け方には特に規定などはないそうですが、おおよそのパターンは決まっているそうです。まずは本名のまま。遠藤とか宇良がこの例です。そして親方の現役時代の四股名から文字を頂く型。初代琴錦が興した佐渡ケ嶽部屋の力士には「琴」が付いています。あとは出身地に因んだ御嶽海や志摩ノ海などありますが、さてこの噺に登場する力士の場合は?

◆へっつい盗人 へっついぬすっと
 古典落語の舞台になっている時代の台所の設備は、現代のキッチンから水道と電気とガスを取り除いたものなのだそうです。水道は汲んで来た水を水壺に溜めておいたのを使い、煮炊きものは土でこしらえた竈(かまど)に鍋や釜をのせて行っていました。この竈のことを「へっつい」と申します。「竈」などという文字は一般に使われる機会も少なくなっていたのですが、近年はアニメ『鬼滅の刃』の主人公・竈門炭治郎さんのおかげで息を吹き返しました。

◆まめだ
 作家の三田純市先生が米二さんの師匠の米朝師のために一九六六年に書き下ろした新作落語です。元になった話は上方歌舞伎の名優・二世実川延若の芸談を集めた『延若藝話』という本に収められているエピソードです。歌舞伎の演出で宙返りすることを「とんぼをきる」、クライマックスで動きを止めて決まることを「見得をきる」などと言いますが、役者さんにうかがいますと、正式には「とんぼを返る」、「見得をする」と言うのだそうです。なるほど「トンボがえり」とは言いますけど、「とんぼきり」とは言いませんよね。

浮世床 うきよどこ 
 床屋さんというのは現在の理容室のこと。なぜ「床屋」と呼ぶようになったかにはいくつかの説があります。一説には鎌倉時代後期、御所の警備を勤めていた武士が天皇からお預かりしていた宝刀を紛失。息子とともに宝刀を探すため、蒙古襲来のため武士が集まって来ていた下関に下り、情報収集のため、大勢の男たちが集まって来る髪を結う仕事を始めたのが始まりなのだそうです。その店の奥に天皇の祭壇と自分の先祖の掛け軸を飾った立派な床の間があったので「床のある店」から「床屋」となったと申します。

◆別れ話は突然に… わかればなしはとつぜんに
 ある人の説によると「離婚の最大の原因は結婚すること」なのだそうです。江戸時代、離婚しようと思う亭主が女房に書いて手渡したのが俗に「三下り半」との呼ばれる離縁状。「あなたを女房にしたのですが、うまくいかないので別れることにしました。今後、どこの誰と再婚しても一切文句は言いません」という文章を三行半で記したので「三下り半」です。一方、女房のほうから亭主との縁を切るためには、「縁切り寺」と呼ばれる寺院に駆けこむという実力行使に訴えたと申します。さて、令和時代のご夫婦では…。

第363回

日程:2022年11月22日(火)

番組・出演
「看板の一」 笑福亭 笑利
「四人癖」 笑福亭 鉄瓶
「代脈」 桂 文昇
「妾馬」 露の 都

◆看板の一 かんばんのぴん
 我が国で初めて看板が揚げられたのは奈良時代のこと。当時の法律で「市で商売をする場合は印を立てて何を売っているかを示せ」と決められていました。鎌倉時代になると、現在の看板のように商品名だけでなく、屋号が入った看板が出現したのだと申します。因みに高座の横に立っている「笑福亭笑利」と書いた紙は「メクリ」と申しまして、看板の一種…かな?

◆四人癖 よにんぐせ
 癖を扱った噺には二人少ない『二人癖』というネタもありますが、そちらは言葉の癖。この『四人癖』は仕草の癖を扱っています。落語は「一に落ち、二に弁舌、三に仕草」と言われています。言葉によってお客様にイメージで頭の中に世界を描いていただく芸能なので、落語マニアの中にはテレビで見るより、ラジオやCDで聴くほうがイメージはふくらむ…という人も居るくらいです。ただし、この噺だけは仕草をご覧いただかないとおもしろさは伝わらないと思いますよ。

◆代脈 だいみゃく
 医師免許がなくてもお医者さんになれた昔、医学を志す人は先輩の医者に弟子入りし、住み込みで勉強したのだそうです。そのあたりは落語家と同じですね。書物を読んだり、先生のそばで患者の診察を観て知識を身に付け、師匠が「これなら大丈夫だろう」と判断すると、師匠の代わりに代診することを許されます。この代診のことを「代脈」と申します。いわば医者の仮免許みたいなもんですね。無事に代脈を卒業すると、いよいよ独立というわけですが、この噺の主人公など、いつになったら卒業できるのでしょうか?

◆妾馬 めかうま
 結婚している男性が妻以外に世話している女性のことを「妾(めかけ)」と申します。別名を「二号さん」、「権妻(ごんさい)」、「愛人」、「ラマン」などなど。「妾」というのは会意文字といって二つの漢字の型と意味を合わせてできた文字です。例えば「月」と「日」を合わせると「明」になるという理屈です。今の字は「立」と「女」を合体させていますが、元来は「辛」と「女」を合わせたものだそうですが、〽妾という字を分析すれば 家に波風立つ女…なんていう都都逸もありますので、「立」の字でも正解ではないかと思います。

第364回

日程:2023年1月22日(日)

番組・出演
「手水廻し」 桂 白鹿
「化物使い」 桂 あさ吉
「井戸の茶碗」 桂 春若
「鍬潟」 桂 楽珍
「ハードラック」 笑福亭 仁智

手水廻し ちょうずまわし
 二軒の宿屋が舞台になっている一席です。最近はホテルが主流になっているように思いますが、たまに日本旅館に泊まると気持ちがゆったりと落ち着きます。昔は宿のことを「旅籠」と言いました。元来「旅籠」というのは馬の飼葉を入れる籠のことだったそうです。それが元になって、お客様に食事を出す宿屋のことを「旅籠」と呼ぶようになったのだと申します。

化物使い ばけものつかい
 俗に「化物」というと妖怪のことを指します。長く生きた狐や狸などの獣や、古い道具類に霊魂がとりついた「つくも神」が代表的存在です。室町時代の「百鬼夜行絵巻」を見ると、唐傘や琵琶などに目ができ、手足が生えて京の夜道を闊歩しているユーモラスな姿が描かれています。現代のように夜中までコンビニや街灯の灯が明々と点いているようでは、化物たちが活躍できる闇がなくなってしまい、彼らも出番がなくなって、困っているのではないでしょうか?

井戸の茶碗 いどのちゃわん
 室町時代以降、朝鮮から渡来した茶碗に「井戸茶碗」と呼ばれる品がありました。鉄分の強い粗目の土で焼かれていて赤褐色だったと申します。あちらでは日常生活に使われていたそうですが、日本に渡って来て茶道の「わび」にかなう茶碗として重用されました。他の茶碗に比べると底が深いので「井戸」と呼ばれたとも、井戸覚弘という人が持ち帰ったからその名を採って名付けられたとも、茶碗の造られた土地の名前「セミゴル」というのが日本語に訳すと「井戸」という意味になるから…とも言われています。

鍬潟 くわがた
 大相撲初場所も今日が千穐楽。人気力士たちの活躍でおおいに盛り上がっている…はずです。スポーツといえば相撲しかなかった昔、力士の人気はすばらしいもので、この噺で紹介される鍬潟関をはじめ、花筏関、佐野山関、阿武松関、大安売関などが落語のタイトルになっています。明治時代の落語の本には「鍋蓋」という四股名の力士も登場します。名前の由来をきくと「(相撲を)取ったらじきにあおむけになります」…というから、あんまり強くはなかったようです。

ハードラック
 いきなり物騒な話題で申し訳ありませんが、我が国の死刑で最も有名なのは石川五右衛門の刑ではないでしょうか? お芝居では太閤秀吉の寝所に忍び込んだところを捕らえられ、京の四条河原で処刑されました。その方法は釜茹での刑。油をたっぷり入れた大きな鉄釜を置き、五右衛門をその中に入れて下から火を焚いて生きながらから揚げにした…というものです。「笑いは緊張の緩和である」というのは桂枝雀師匠の持論です。どんな緊張した設定でも、みごとに緩和してのける仁智落語の世界をお楽しみください。

  • 小佐田定雄 Sadao Osada

    落語作家。1952年、大阪市生まれ。
    77年に桂枝雀に新作落語『幽霊の辻』を書いたのを手始めに、落語の新作や改作、滅んでいた噺の復活などを手がけた。つくった新作落語の数は250席を超えた。近年は落語だけでなく、狂言、文楽、歌舞伎の台本にも挑戦。著書に「5分で落語のよみきかせ」三部作(PHP研究所)、「落語大阪弁講座」(平凡社)、「枝雀らくごの舞台裏」、「米朝らくごの舞台裏」「上方らくごの舞台裏」(ちくま新書)などがある。2021年第42回松尾芸能賞優秀賞受賞。

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