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#コラム・レポート#演劇#市民寄席#2021年度

【市民寄席】演目解説(第355-359回)

文:佐田吉(小佐田定雄)
2021.8.1 UP

1957年にスタートし、京都では恒例の落語会として長く親しまれてきた「市民寄席」。 京都会館がロームシアター京都としてリニューアルオープンしてから最初に開催された市民寄席は、第325回(2015年5月15日)の市民寄席です。第325回から今日まで、市民寄席は30回以上開催され、130以上の演目が上演されました。

市民寄席では、ご来場いただいたお客様に配布するパンフレットに、小佐田定雄氏による演目解説を掲載しています。Spin-Offでは、ロームシアター京都版・上方落語演目のミニ辞典として、また、これからも続く市民寄席の歩みのアーカイブとして、本解説を継続して掲載していきます。

 

第355回

日程:2021年10月12日(火)

番組・出演
「兵庫船」露の新幸
「初音の鼓」桂吉坊
「アメリカ人が家にやってきた」(桂三枝作)桂三象
「住吉駕籠」笑福亭呂鶴

◆ 兵庫船 ひょうごぶね
 上方落語界のスターというと喜六&清八のコンビ。二人は大阪だけでなく、あちこち旅に出かけて行っては旅先で大阪人の気楽さを宣伝してくれています。お伊勢詣りをする『東の旅』シリーズが有名ですが、今日お聞きいただきますのは讃岐の金比羅さんに参詣を済ませてから大阪へ戻る道中を描いた『西の旅』シリーズの終盤の一席です。

◆ 初音の鼓 はつねのつづみ
 タイトルになっている「初音の鼓」とは桓武天皇の時代、大和の国に千年棲んでいた雌狐と雄狐の皮で張られた鼓のこと。ひでりの時にこれを打つと雨が降り、それまで苦しんでいた農民が初めて喜びの声をあげたので「初音の鼓」と名付けられた… というのが歌舞伎や文楽でおなじみの『義経千本桜』で語られている伝説です。お芝居では後白河法皇から源義経に授けられ、義経の手から鼓に張られている狐の子供に返されることになっているのですが…。

◆アメリカ人が家にやってきた あめりかじんがいえにやってきた
 アメリカ大陸を発見したのはコロンブスというのは常識ですが、地名の由来になっているのはアメリゴ・ヴェスブッチというイタリアの探検家の名前でした。コロンブスはアメリゴの何年か前に新大陸を発見していたのですが、アジア大陸だと信じこんでいたため発見の報告が遅れ、後で見つけたアメリゴに先を越されたのだそうです。探検家たちが新大陸を目指して船出したというポルトガルのロカ岬に行ったことがありますが、水平線以外なにも見えず、よほど勇気があったのか、その土地に居られない事情があったのか…。

◆ 住吉駕籠 すみよしかご
 昔の婚礼の場でご祝儀として謡われた〽高砂やこの浦舟に帆をあげて、月もろともに出で汐の… という謡曲で、兵庫県高砂から舟に乗って到着する場所が大阪市の住之江です。この「すみのえ」の「え」を大阪弁の「ええ」に置き換えて「ええ」=「吉」ということで「住吉」という地名になったという説もあります。住吉といえば呂鶴さんの師匠の六代目松鶴師がお茶屋を買い取って自宅にしておられました。調べてみると六代目の父上の五代目松鶴師も住吉で別のお茶屋を買って自宅にしていたそうで、松鶴一門にとっても縁の深い土地と申せましょう。

 

第356回

日程:2021年7月27日(火)

番組・出演
「商売根問」桂慶治朗
「引き出物」(桂三枝作)桂三扇
「持参金」桂花団治
「軒付け」笑福亭松枝

◆ 商売根問 しょうばいねどい
 現在、我が国にどのくらいの数の職業があるかご存じでしょうか?一説によると一万七千種類を超すそうです。その中には絶滅危惧種になっている職業もあります。例えば落語では大活躍する「たいこ持ち」なども滅びる寸前でしたが、最近は少し増えたともうかがいました。上方落語家も終戦直後は絶滅しかけていましたが、現在は三百人近くまで増えてきています。

◆ 引き出物 ひきでもの
 平安時代に貴族が祝宴を開いた時、宴会に来てくれたお客様にプレゼントする馬を庭に引きだして披露したところから「引き出物」と言うようになったのだと申します。もっとも室町時代になると、かさばる馬よ
り貨幣のほうが便利なので「代馬」という名目でお金を渡すようになったそうです。明治時代になると結婚式の風習が世間一般にも広まるとともに、「引き出物」が一般家庭にも入ってくることになりました。昔はよく鰹節をもらった記憶があるのですが…。

◆持参金 じさんきん
 古典落語の舞台になっているのは古くて江戸時代、新しくても明治から昭和の初期です。江戸時代の噺の特徴は侍が出てくること。いまひとつは金額が「円」ではなく「両」や「分」、「朱」、「文」であること。「円」という貨幣の単位は明治四年から定められたもので、それまでの貨幣が小判が楕円形、「分」と「朱」は四角で、一文銭と四文銭だけが円形でした。明治四年以降は硬貨は全て円形になったので「円」という単位になったのだ…という説があります。一円が今の二万円ぐらいの価値があった明治時代のお噺です。

◆ 軒付け のきづけ
 上方落語には素人が「浄瑠璃」に凝る噺がいくつかございます。「浄瑠璃」と申しますと義太夫節、清元節、常磐津節、新内節など語り物の音曲全体を指すのですが、関西で「浄瑠璃」というと「義太夫節」ということになっています。義太夫節は「人形浄瑠璃文楽」で語られている音曲。ちょうど来月三日まで大阪日本橋の国立文楽劇場で「夏休み文楽特別公演」が上演中です。本日松枝さんが語る演目も上演されるかもしれませんので、ぜひとも聞き比べにお越しくださいませ。明治時代の大阪に実際あった風習を扱った一席です。

第357回

日程:2021年9月26日(日)

番組・出演
「軽業」林家染八
「嬶違い」桂文三
「つぼ算」桂塩鯛
 仲入
「親子茶屋」桂春雨
「狐の恩返し」笑福亭福笑

◆ 軽業 かるわざ
 幕末に上方で活躍した軽業師に早竹虎吉という人が居ました。京の生まれで誓願寺で興行を行っていましたが、後に大坂に下りました。その後、江戸にも行き、ついにはアメリカに渡って至芸を披露いたしました。その虎吉の弟子を自称する軽業師が登場する一席です。下座の三味線、鳴物を総動員して江戸時代のサーカスの舞台を体験していただきましょう。

◆ 嬶違い かかちがい
 裏長屋が舞台になっている縁談噺です。最近では男女の出会いの世話をしてくれる「マッチングアプリ」などという便利なものがありますが、落語の時代では世話好きの人が縁談を持って来てくれました。文三さんの師匠の五代目文枝師が橘ノ圓都という一九七〇年に満九〇歳で亡くなった師匠から伝えられた珍しい噺です。圓都師は三代目文枝門人の初代桂歌之助師に習ったといいますから元々は文枝系統のネタだったのかもしれません。

◆つぼ算 つぼざん
 古典落語の舞台になっている明治時代の住宅の台所は、今のキッチンから電気とガスと水道を無くしたものだそうです。ガスと電気の代わりにはへっつい(かまど)が、水道の代わりには水壺がありました。その水壺に入れる水は水屋さんが天秤棒の前後にぶら下げた桶に入れて運んで来ました。一度に運べる桶二杯分が入る壺を「一荷入り」、倍の四杯分の水が入るのを「二荷入り」と言っていました。水がほしい家は軒先に「水入用」と書いた小さな木札をぶら下げて目印にしたと申します。

◆ 親子茶屋 おやこぢゃや
 大阪船場の周りは、北に北の新地、西に新町、南に南地と色町で囲まれています。南地には「五花街」といって宗右衛門町、九郎右衛門町、櫓町、坂町、難波新地の五つの廓がありました。色町は遊びの場所というだけでなく、船場商人たちの交流の場、サロンでもありました。つまり、お茶屋遊びもたいせつな商売の一部だったわけです。ただ、「商売の勉強のため」という口実で、毎夜のように遊びに出かける人も多くいたとうかがいます。

◆ 狐の恩返し きつねのおんがえし
 動物の報恩物語の代表作というと「鶴の恩返し」。民話としてだけでなく、『夕鶴』というタイトルで演劇やオペラにも採り上げられた名作です。その他、犬や猫、兎や亀、雀などが助けた人間に恩返しするという物語が日本には残っています。狐が恩返すという伝説としては、猟師に射殺されそうになった信太の森の狐が美女に化け、助けてくれた人のもとにやって来て夫婦となり、その間に生まれた子供が成長の後に陰陽師の安倍晴明になる…という「葛の葉伝説」が有名です。さて、このお噺では…。

第358回

日程:2021年11月16日(火)

番組・出演
「元犬」月亭八織
「天井高い」桂三幸
「花筏」笑福亭伯枝
「胴乱の幸助」桂雀三郎

◆ 元犬 もといぬ
 人間にも「犬型」と「猫型」があると申します。「犬型」というのは上下関係を大切にして、従順で社交性のある性格ということになっています。対して「猫型」は自由奔放で独立心旺盛なんだそうです。いずれにしても人間のイメージで勝手に決めた分類なので、中には規律正しい猫や、自由奔放で新しいことに挑戦したがる犬も居ると思うのですが…。

◆ 天井高い てんじょうたかい
 お芝居や映画、小説には「バックステージもの」というジャンルがあります。「バックステージ」というのは楽屋のこと。芸能人の舞台以外の私生活の部分を描いた作品で、落語の世界を扱った作品もございます。例えば『タイガー&ドラゴン』や『昭和元禄落語心中』などというドラマには、超美男子の落語家が登場。誤解した若い女性たちが寄席に押し寄せたこともありました。さて、よく見ると美男子の三幸さんの高座を聞いて、何人のご婦人が寄席に押し寄せるでしょうか?

◆花筏 はないかだ
 川面に落ち散った桜の花びらが、まるで筏のように見えるのを「花筏」と申します。力士の四股名にはずいぶん美しい風流なものがありました。アスリートにもいろいろありますが、一番目立つのがお相撲さんだと思います。どれだけお忍びで行動しようと思っても、桁外れの巨体とチョンマゲですぐにバレてしまいます。毎年三月になると、大阪の街角でなんとも言えないいい香りがしてくることがございます。お相撲さんの使うビン付け油の香りが関西に戻って来るのはいつのことになるのでしょうか?

◆ 胴乱の幸助 どうらんのこうすけ
 古典と呼ばれる落語は時代設定が実におおざっぱで、お侍が登場して金額も「文」とか「両」なら江戸時代。侍が出てこなくて金額が「円」か「銭」なら明治以降というぐらいの区別です。ただ、この噺は大阪と京都の間に鉄道が開通していたころ…と申しますから明治十年代とはっきりしています。三十石船も明治になってからも大阪と京都の間を往復していたそうですが、次第に蒸気船に置き換わって、ついにはお客を乗せない貨物船だけが残ったとのことです。浄瑠璃が大流行して、世間の一般常識だった古き良き時代の一席です。

第359回

日程:2022年1月23日(日)

番組・出演
「いらち俥」 桂 あおば
「阿弥陀池」 桂 文華
「出前持ち」 笑福亭 仁智
仲入
「正月丁稚」 桂 米平
「景清」 宗助改メ 二代目桂 八十八演

◆ いらち俥 いらちぐるま
 人力車は明治時代初期に日本で発明された乗り物だといわれています。明治時代は町の交通機関の主役となりましたが、時代が大正となりタクシーが登場すると、次第に主役の座をとってかわられました。アポロ一四号が月面着陸した時に使用された手押し式のカートのことを「リキシャ」と名付けたのは「人力車」が語源になっています。

◆ 阿弥陀池 あみだいけ
 『いらち俥』と同じく、明治時代に二代目桂文屋が創った新作落語です。桂文屋という人は二代目文枝の門人で、落語家としてより作者としての評価が高かったそうです。お茶や一中節を愛し、胡弓と琴を演奏し、楽焼に凝って絵と俳句も得意でした。多方面に才能を持っておられたのですね。ある時、土瓶に片方しか口がないのは不便ではないか…と思いつき、両方に口のついた土瓶を発明したが全く売れませんでした。大阪にあるお墓は、その両口土瓶の型をしています。

◆出前持ち でまえもち
 出前という風習は江戸時代の初期から始まったといわれています。江戸の吉原で廓の外に自由に出ることができなかった遊女に、蕎麦屋さんがデリバリーしてあげたのだそうです。当日は「出前」ではなく「かつぎ」と呼ばれていて、歌舞伎十八番の『助六』には、うどんを入れた箱を飛脚のように肩にかついだ「福山のかつぎ」という役が登場いたします。「福山」というのは吉原の近くにあった蕎麦屋の名前です。近年はデリバリーで食事を注文する機会が増えましたが、以前は店屋物を取るというのはちょっと贅沢なことでした。

◆ 正月丁稚 しょうがつでっち
 古典と呼ばれる落語の中には、今は滅んでしまったような昔の風習が記録されているものがあります。この噺でも、船場の商家の正月風景が「笑い」にくるんで紹介されています。以前は正月三が日はお店も休みで、町も静かなものでした。ただ神社の周りだけが初詣に訪れる人たちで賑わっていました。昨今は年中無休のコンビニのおかげで、日常との区別は薄くなってきましたが、店内に流されている「春の海」の琴の音が唯一正月らしいと言えるでしょうか。

◆ 景清 かげきよ
 景清というのは平安時代末期の平家の武将。「悪七兵衛」と呼ばれていました。「悪」というのは悪人という意味ではなく、とてつもなく勇猛で強い人の名前に冠される文字です。能や歌舞伎の主人公としても有名で、捕らえられていた牢屋を怪力でぶち壊して脱出する『牢破り』や、源氏の武将と組討ちになった時、相手の兜の錣(しころ)…鉄の板を丈夫な革でつなぎ合わせたもの…を素手で引きちぎったという『錣引き』のエピソードが伝えられています。清水寺との御縁については八十八さんの高座でお聞きください。

  • 小佐田定雄 Sadao Osada

    落語作家。1952年、大阪市生まれ。
    77年に桂枝雀に新作落語『幽霊の辻』を書いたのを手始めに、落語の新作や改作、滅んでいた噺の復活などを手がけた。つくった新作落語の数は250席を超えた。近年は落語だけでなく、狂言、文楽、歌舞伎の台本にも挑戦。著書に「5分で落語のよみきかせ」三部作(PHP研究所)、「落語大阪弁講座」(平凡社)、「枝雀らくごの舞台裏」、「米朝らくごの舞台裏」「上方らくごの舞台裏」(ちくま新書)などがある。2021年第42回松尾芸能賞優秀賞受賞。

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