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【市民寄席】演目解説(第350-354回)

文:佐田吉(小佐田定雄)
2021.7.1 UP

1957年にスタートし、京都では恒例の落語会として長く親しまれてきた「市民寄席」。 京都会館がロームシアター京都としてリニューアルオープンしてから最初に開催された市民寄席は、第325回(2015年5月15日)の市民寄席です。第325回から今日まで、市民寄席は30回以上開催され、130以上の演目が上演されました。

市民寄席では、ご来場いただいたお客様に配布するパンフレットに、小佐田定雄氏による演目解説を掲載しています。Spin-Offでは、ロームシアター京都版・上方落語演目のミニ辞典として、また、これからも続く市民寄席の歩みのアーカイブとして、本解説を継続して掲載していきます。

 

第350回

日程:2020年10月1日(木)※5月19日から振替開催

番組・出演
「大安売り」月亭 遊真
「お血脈」桂 阿か枝
「新まんじゅうこわい」笑福亭 岐代松
「猫の忠信」桂 米團治

◆ 大安売り おおやすうり
 大安売りのことを昔は「誓文払い」と言っていました。商人はいつも「お安くしています」と商売上のウソ(?)をついているので、年に一度…十月二十日に罪をのがれるために京都は四条寺町にある冠者殿にお参りし、店では商品を安く売ったのが始まりだと申します。と申しましても、この噺は商人の落語ではありません。意外な人物が主役を勤めます。

◆ お血脈 おけちみゃく
 この噺に登場する「血脈の御印」というのは、信州信濃の善光寺の如来様の分身と言われている三つの宝印…「ご印文」のことです。その三つの印を納めた錦の袋を、僧侶が信者の額のあたりに頂かせると極楽往生すると言われています。つまり、極楽へのパスポートというわけですね。本来の「血脈」の意味は系図ということです。お釈迦さまから自分までがつながる系図をいただくことで極楽浄土に行くことができるわけです。

◆新まんじゅうこわい しんまんじゅうこわい
 まんじゅうを漢字で書くと「饅頭」。なぜ「頭」という文字が使われているかと申しますと、中国の濾水という川には魔物が棲んでいて、渡ろうとすると水が荒れ狂う。それを鎮めるためには人間の頭を四十九個捧げなくてはならないとのこと。それを聞いたのが『三国志』でおなじみの諸葛孔明。料理人を呼び、小麦粉をこねてこしらえた皮で肉を包んだものを頭の代わりに川に投げ入れると、川は収まったと申します。そこで「頭」という字が付いているのだそうです。

◆ 猫の忠信 ねこのただのぶ
 タイトルになっている「忠信」というのは佐藤忠信という源義経の家来の名前です。都を離れて故郷で養生している間に義経が兄の頼朝に追われて都落ちし、吉野山に隠れているところへ訪れて来ます。ところが、忠信が到着する前に、もう一人の忠信が義経の愛妾・静御前を伴ってやって来ていました。二人の忠信のどちらが本物かと詮議したところ、静とともに来たのは狐が化けた忠信であったことが判明…という『義経千本桜』というお芝居を落語風に申し上げますと…。

第351回

日程:2020年7月21日(火)

番組・出演
「転失気」 笑福亭 智丸
「二人ぐせ」桂 福矢
「皿屋敷」桂 米左
「佐々木裁き」桂 小枝

◆ 転失気 てんしき 
 どの世界にも、その世界だけで通用する専門用語…隠語というものがあります。落語界では扇子のことを「カゼ」、手ぬぐいを「マンダラ」と言うらしいのですが、どうやら東京の寄席限定で近年は使う人も少なくなっているようです。専門用語の中で一番難しくて気になるのが医学用語。「先生が『あかん』言うてるドイツ語で」という川柳があるように、命に関わる専門用語は気になるものです。さて、「転失気」とは…。

◆ 二人ぐせ ににんぐせ
  どなたにも「口癖」はあります。例えば大阪の人ならば「なんでやねん!」という突っ込みの決め台詞。そして語尾につける「知らんけど」という責任回避のフレーズが有名です。昨今、世間のエライお方たちの間では「コメントは差し控えさせていただきます」というちょっと聞くと慎み深そうな口癖が流行っているようです。なんでもないような口癖でも、それを追及していくことで、その人の深層心理まで解き明かすことができるそうです。知らんけど…。

◆皿屋敷 さらやしき
 皿屋敷伝説は全国各地に点在していますが、なんと言っても本家は播州姫路。姫路城の中には「お菊井戸」という深い井戸がありますが、これは井戸というよりも城外につながっている秘密の通路だという説もあります。落語では青山鉄山という代官の住んでいた「車屋敷」の庭にあった井戸が「お菊井戸」ということになっています。姫路城の西南方向、白鷺橋の北方に「車門跡」という古跡があるので、この門のあたりに「車屋敷」があったのかもしれません。

◆佐々木裁き ささきさばき
 江戸の奉行所が北と南にあるのに対して、大坂では西と東にあり、「西の御番所」、「東の御番所」と呼ばれていました。東は大坂城の京橋口のすぐそばにあり、西は町の中にあったので市民は西の御番所のほうに親しみを感じていたようで、上方落語に出てくるのはいずれも西町奉行所になっています。この噺の主人公である佐々木信濃守の遠い先祖は佐々木四郎兵衛高綱という武将でした。佐々木さんと知恵くらべをする子供が四郎吉で、その父が高田屋綱五郎というのは…佐々木四郎兵衛高綱のシャレになっているわけですね。

第352回

日程:2020年9月26日(土)

番組・出演
「熱援家族」(桂三枝作) 桂 三実
「金明竹」笑福亭 風喬
「抜け雀」桂 春若
「胴斬り」桂 米平
「阿武松緑之助」月亭 八方

◆ 熱援家族 ねつえんかぞく(桂三枝作)
 コロナ騒動でスポーツ観戦には付き物だった応援団のエールを聞く機会がなくなりました。我が国で応援団が発生したのは一八九〇年代後半のこと。旧制高等学校でスポーツが盛んになり、選手たちに声援を送るために結成されたのだそうです。それ以前と言えば、歌舞伎の「松島屋っ!」、「中村屋っ!」というように三階客席からかかる「大向こう」もエールの一種だったのではないでしょうか?

◆ 金明竹 きんめいちく 
 タイトルになっている「金明竹」とは美しい鑑賞用の真竹の一種で、茎が黄金色で枝別れした上の部分に緑の溝があるものです。それを輪切りにして花を挿す容器に使うものを「寸胴の花活け」と申します。噺の後半に登場する加賀屋佐吉さんからやって来るお使いの人がペラペラとしゃべる内容はでたらめではありません。前半は刀の説明で、後半が茶道具の説明です。どんな意味かを辞書かネットで調べると、ちょっとした「通人」になれるかも。

◆抜け雀 ぬけすずめ
 落語の世界では東海道小田原の宿でのできごとになっていますが、登場人物は全員大阪弁です。米朝師匠にうかがうと、昔の大阪の寄席に出演する落語家は、噺の舞台が江戸であっても東北であっても登場人物は全員大阪弁で演じたそうです。理由は、お聞になってるお客さまに一番理解してもらいやすい言葉だからだそうです。方言指導が入るテレビドラマでは考えられない演出です。サゲは元々は義太夫の文句のもじりでしたが、春若さんが今回の型に改良いたしました。

◆ 胴斬り どうぎり
 江戸落語に比べると、上方落語には侍はあまり登場しません。大坂に居る侍というとお城勤めの侍、奉行所の役人、そして各藩の蔵屋敷のお役人ばかりで、全人口の二%程度。しかも剣術より算術のほうが達者な人が多かったと申します。その大坂でも、幕末になると全国各地…ことに薩摩や長州、土佐という西国から血の気の多い浪人者が「尊王攘夷」の熱に浮かされて集まって来る物騒な時代がありました。落語でしか表現できない不思議な世界にご案内いたします。

◆ 阿武松緑之助 おうのまつみどりのすけ
 阿武松緑之助…なんと美しい四股名なんでしょう。阿武松というのは山口県萩市にある松の名所「阿武の松原」からきた名前で、松だから「緑之助」というわけですね。長州藩のお抱え力士だったことから付けられ
た郷土愛あふれる四股名です。阿武松と同時代に横綱を張った力士には「稲妻雷五郎」などといういかにも強そうな名前もありました。現役で一番強そうな四股名は「宇留寅太郎」。三分以内に相手を倒したいとい
う祈りが込められているそうです。

第353回

日程:2020年11月24日(火)

番組・出演
「煮売屋」笑福亭 大智
「掛け取り」桂 しん吉
「振込め!」桂 三風
「くしゃみ講釈」笑福亭 枝鶴

◆ 煮売屋 にうりや
 煮売屋にも二種類あります。ひとつは町中にあって煮魚や煮豆、煮しめなどすぐに食べられる惣菜を販売するファストフードのお店。いまひとつは街道にある江戸時代版のドライブインレストランです。この噺の舞台になっているのは後者のほうで、お伊勢詣りに行く途中の清八と喜六が立ち寄って休憩いたします。このあと二人は狐に化かされたり、軽業小屋を見物したりしながら伊勢に向かいます。

◆ 掛け取り かけとり
 クレジットカードのなかった昔、日常生活で必要な米や味噌、酒、醤油といった品物はいちいち現金払いをするわけではなく、「節季」と呼ばれる期日にまとめて支払う仕組みになっていました。元来は盆と大晦日が「節季」でしたが、後には「中払い」などと称して中間に支払日が増えたようです。ことに大晦日は一年の総決算で、各商店の主人や従業員がお客の家を一軒ずつ廻って集金するのですが、支払いを延ばそうというお客側との攻防戦が繰り広げられたと申します。

◆振込め! ふりこめ
 一時期、「振り込め詐欺」という呼び名を新しくしようという運動がありました。その時に「母さん助けて詐欺」という案がありました。「母さん」に限らず「父さん」も騙されるやないか…という反対意見が出たと申します。そのほかにも「親心利用詐欺」とか「電話でお金詐欺」、「なりすまし詐欺」などがあり、中には「電話de詐欺」なんて、ちょっとオシャレな候補もありました。結局、元祖の「オレオレ詐欺」というのが一番わかりやすいかもしれませんね。

◆くしゃみ講釈 くしゃみこうしゃく
 「くしゃみ」という言葉の語源は「くさめ」という言葉なんやそうです。それ以前は「鼻ひる」と言っており、くしゃみをすると鼻から魂が抜けだして寿命が縮むとの説があったので、くしゃみが出ると「休息万命」と陰陽道のおまじないの言葉を早口で唱えるのが「くさめ」と聞こえたのが元だと申します。英語でもくしゃみをした人に「ゴッド・ブレス・ユー」…「神の御加護がありますように」と声をかける風習があります。くしゃみとともに魂が飛び出すと、入れ替りに悪魔が体の中に入ってくるのを防ぐためなのです。

第354回(ロームシアター京都開館5周年記念事業)

日程:2021年1月24日(日)

番組・出演
「江戸荒物」林家 染左
「ふぐ鍋」桂 枝女太
「百年目」桂 福団治
口上
「星野屋」桂 文之助
「多事争論」笑福亭 仁智

◆ 江戸荒物 えどあらもの
 「荒物」には「粗雑な物」、「粗末な物」という意味があります。桂米朝師匠に「荒物屋てどんな品物を売る店なんですか?」と質問したことがありました。その時には「金物屋、瀬戸物屋、下駄屋などという専門の店には売ってない、隙間の雑貨を商うてた」と教えていただきました。今でしたらホームセンターあたりに行くとたいていのものが揃いますが、昔は荒物屋がその役割を果たしていたようです。

◆ ふぐ鍋 ふぐなべ
 我が国でフグを食べるようになったのは縄文時代のことだと言われています。そのころの貝塚やお墓からフグの骨が出土することがあります。お墓から出てくるのは、おそらくフグを食べて相討ちになった人が眠って
いるからだと想像されます。また、鍋物のルーツは田舎の家の囲炉裏を囲んでの食事だといわれており、今のように座敷に鍋を持ち込んで煮ながら食べるという風習は江戸時代後期から始まったのだそうです。

◆百年目 ひゃくねんめ
 大阪船場のとある大店が舞台になっているお噺です。商家に奉公した男子従業員はまず丁稚からスタートして、手代から番頭に出世して、ついには主人から資金を出してもらって自分の店を持つ「別家」がゴールになります。タイトルになっている「百年目」というのは、歌舞伎や講談の仇討ちもので使われるフレーズ。目指す仇に出会った主人公が「ここで逢うたが百年目。いざ尋常に勝負勝負」と声をかけるのがお約束になっていて、つまり仇を討たれる側からすると「百年目」には「運の尽き」という意味があるわけですね。

◆ 口上
 興行もので出演者がお客様に申し上げるご挨拶を「口上」と申します。今回はロームシアター京都開館五周年を記念してのご挨拶で、春若さんの司会でお届けいたします。

◆星野屋 ほしのや
 もともとは上方落語だったようですが、東京に移殖されて上方では永らく絶えていました。その噺を再び上方に取り戻して桂文珍さんが口演。それが文之助さんを始めとする多くの落語家さんに伝えられて、今ではポピュラーな噺になりました。一昨年の夏には歌舞伎化され『心中月夜星野屋』というタイトルで上演され、先月も、東京の歌舞伎座で中村七之助、市川中車、市川猿弥、片岡亀蔵といったメンバーによって再演されました。

◆多事争論 たじそうろん
 民放のニュース番組の中で、キャスターの筑紫哲也さんがご自身のコメントを述べる「多事争論」という九十秒の名物コーナーがありました。もともとは一万円札でおなじみの福沢諭吉先生が明治八年に書いた本に出てくる四字熟語で、その意味は「異なる意見を持つ者同士が意見を戦わせることがなによりも大切である」ということです。人間にはそれぞれ「こだわり」があります。いろんな「こだわり」を持った人たちが、それぞれの意見を戦わせはじめますと…。

  • 小佐田定雄 Sadao Osada

    落語作家。1952年、大阪市生まれ。
    77年に桂枝雀に新作落語『幽霊の辻』を書いたのを手始めに、落語の新作や改作、滅んでいた噺の復活などを手がけた。つくった新作落語の数は250席を超えた。近年は落語だけでなく、狂言、文楽、歌舞伎の台本にも挑戦。著書に「5分で落語のよみきかせ」三部作(PHP研究所)、「落語大阪弁講座」(平凡社)、「枝雀らくごの舞台裏」、「米朝らくごの舞台裏」「上方らくごの舞台裏」(ちくま新書)などがある。2021年第42回松尾芸能賞優秀賞受賞。

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