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#コラム・レポート#演劇#市民寄席#2019年度

【市民寄席】演目解説(第345-349回)

文:佐田吉(小佐田定雄)
2021.7.1 UP

1957年にスタートし、京都では恒例の落語会として長く親しまれてきた「市民寄席」。 京都会館がロームシアター京都としてリニューアルオープンしてから最初に開催された市民寄席は、第325回(2015年5月15日)の市民寄席です。第325回から今日まで、市民寄席は30回以上開催され、130以上の演目が上演されました。

市民寄席では、ご来場いただいたお客様に配布するパンフレットに、小佐田定雄氏による演目解説を掲載しています。Spin-Offでは、ロームシアター京都版・上方落語演目のミニ辞典として、また、これからも続く市民寄席の歩みのアーカイブとして、本解説を継続して掲載していきます。

 

第345回

日程:2019年5月21日(火)

番組・出演
笑福亭縁「桃太郎」 
月亭遊方「酔いどれ交番所」
桂梅団治「宇治の柴舟」
桂文也「天神山」

◆ 桃太郎 ももたろう
 キラキラメネーム全盛の今日でも、 「太郎」というのは日本人の男性の代表的な名前です。もともとは嵯峨天皇が長男に付けたのが始まりと申しますから、千二百年ほどの歴史がある名前です。本来は長男の名前だったのですが、その上に「桃」とか「金」とか「ものぐさ」を付けておとぎ話の主役の名前になりました。狂言に最もよく登場する家来の名前も 「太郎冠者」 ですし、 そう言えば役所の記入例も 「○○太郎」ですね。

◆ 酔いどれ交番所 よいどれこうばんしょ
 交番所は日本特有のシステムで、明治七年(一地八七四)年に東京に設置されました。明治政府の外勤警察官は当初「邏卒」と呼ばれていましたが、市内をパトロールしてまわることから「巡査」と改称。巡査が交代で番をする場所を設けて、それを「交番」と呼ぶようになりました。一八八一年には 「派出所」 と改称されましたが、 一九九四年に再び 「交番」に戻ったのだそうです。近年ではアメリカやシンガポール、ブラジルなどにも交番制度が輸出されているそうです。 

◆宇治の柴舟 うじのしばふね
 タイトルになっている「宇治の柴舟」というのは、薪や柴垣にするために宇治川の川上で刈った柴を積んで川下まで、川の流れにのせて運ぶ舟のこと。新古今和歌集に「暮れていく春のみなとは知らねども霞に落つる宇治の柴舟」という寂蓮法師の歌で有名です…と書いてはみましたが、実はこのたび初めて知りました。また『潮来出島』という端唄の文句に「宇治の柴舟早瀬をわたる わたしゃ君ゆえのぼり舟」というのがあります。つまり、そのくらい有名なフレーズだったというわけです。

◆ 天神山 てんじんやま
 陰陽師として有名な安倍晴明は安倍保名と狐の化身である葛の葉の間に誕生し、 「童子」と名付けられました。この「葛の葉伝説」をもとに作られたのが文楽でも上演される『芦屋道満大内鑑』というお芝居。葛の葉が狐の正体を現して保名と童子の前から姿を消す通称『葛の葉の子別れ』という場面がよく上演されます。その芝居がどのくらい有名だったかというと、いろんなパロディがこしらえられました。中のひとつがこの落語で、文也さんの師匠の五代目文枝師が十八番していた噺です。

第346回

日程:2019年7月23日(火)

番組・出演
桂文五郎「延陽伯」 
桂歌之助「青菜」
桂坊枝「火焔太鼓」
笑福亭仁嬌「次の御用日」

◆延陽伯 たらちね
 江戸では 『たらちね』 という題で上演されている一席です。 「たらちね」とは「母」にかかる枕詞…ということは学校の古典時間に教えていただいたと思います。もともとは「垂乳女」と書いて母親のことを「たらちめ」と言っていたのが変化して「垂乳根」となったのだともうかがいました。上方ではヒロインの名前を「延陽伯」と申します。きれい好きな女性で「縁よう掃く」が語源なんやそうです。

◆ 青菜 あおな
 九郎判官義経こと源義経は牛若丸と名乗っていた幼いころ、京の鞍馬山で修行して、天狗から武芸を学んだ…という故事をもとにした言葉遊びがキーワードになっている一席です。鯉の洗いによく冷えた「柳蔭」と昔の上方の夏のグルメが登場いたします。 「柳蔭」とはミリンと焼酎をほぼ半々にブレンドした飲み物で、冷やして飲むものであった。そのため、冷やすための深い井戸のある大きなお屋敷でしか味わえない…というのが値打ちでした。

◆火焔太鼓 かえんだいこ
 タイトルになっている「火焔太鼓」というのは、雅楽で用いられる太鼓で、太鼓の周りを華やかな火焔の模様の板で囲んでいるところからそう名付けられました。大きなものでは三メートルを超すものがありますが、一般にはもっと小型のものもあります。いずれも左右二つで一対になっています。 NHKの大河ドラマ『いだてん』でもおなじみの古今亭志ん生師が十八番にしていた噺で、息子の志ん朝師に伝えられて「古今亭のお家芸」と呼ばれていましたが、近年では上方でも演じる人が増えてきています。

◆次の御用日 つぎのごようび
 テレビでは毎日のように名奉行のお裁きが再放送されていますが、実際の江戸時代には奉行所では毎日裁判が行われていたわけではないのだそうです。月に八回ほど民事訴訟の公判が開かれていて、その日を「御用日」と呼んでいました。大坂には西と東の二か所に奉行所があり、一か月交代で職務を行っていました。東町奉行所は大坂城の京橋口のあたりにあり、西町奉行所はマイドーム大阪の場所にありました。この噺の舞台になっているのは西町奉行所ですが、モデルになったお奉行さんが誰かは謎になっています。

第347回 ~きん枝改メ 四代桂小文枝襲名披露公演 ~ 

日程:2019年9月8日(日)

番組・出演
桂ちきん「狸さい」
桂団朝「短命」
笑福亭仁智「いくじい」
口上/小文枝・仁智・文福・団朝(司会:春若)
桂文福「民謡温泉」
桂小文枝「口入屋」

◆ 狸さい たぬさい  
 サイコロの起源は古代ギリシャ・ローマから古代エジプトにまで遡ることができると申します。日本には奈良時代に中国から伝わり、当初は占いに使われていましたが、すぐに双六に使われるようになり、さらには博奕の道具になりました。中にはサイコロを割ってその中に鉛を入れてイカサマをする悪いやつもあらわれたので、サイコロを歯で噛んで割れ目が無いことを確かめることもありました。

◆ 短命 たんめい 
 昨年の厚労省からの発表によりますと男性の平均寿命は八一・〇九歳で、女性は八七・二六歳と最長記録を更新したのだそうです。世界最高の長寿国は香港で男性が八二・一七歳、女性は八七・五六歳。我が国のランクは女性が第二位、男性では第三位ですから、まさに長寿国と言っていいでしょう。もっとも中国には二五六歳まで生きていたという記録があるそうですので、日本人もまだまだがんばらないといけません。

◆いくじい
 我が国では最近、出生率が落ちていて、昨年生まれた赤ちゃんの数は記録を取り出して以来、最低記録を更新したとうかがいました。いまの時代、赤ちゃんはまさに「子宝」ですね。育児は母親だけの仕事だ…などというのは遠い過去の常識になってしまいました。今では「育メン」と呼ばれる育児をする男性たちが増えてきています。そのおじいちゃん版が「いくじい」なのですが、仁智落語に登場するおなじみのキャラが活躍する一席です。

◆口上
 五代目文枝門下の二番弟子・きん枝さんが師匠の前名で三十八年間名乗っていて、われわれには馴染みの深い「小文枝」の名跡を四代目として襲名いたしました。春若さんの司会で出演者の皆さんがお祝いの言葉を贈り、お客様に新しい「小文枝」のご披露をいたします。

◆民謡温泉 みんようおんせん
 日本には民謡が五万八千曲もあるのだそうです。「民用」という言葉ができたのは明治時代のこと。大正に時代が変わると、全国各地で「ご当地ソング」としての新しい民謡を作る「新民謡運動」が盛んになりました。静岡県の『ちゃっきり節』や東京都の『東京音頭』などはその時代に作られた民謡です。ご当地京都の民謡で代表的な曲は『武田の子守歌』。これは古くからある民謡で、フォークソングとしても全国的に有名になりました。

◆口入屋 くちいれや 
 五代目文枝師匠も得意にしておられて、何かのときにはこの噺を演じておられました。口入屋というのは私設の職業紹介所のことで、職業別にお店が別れていたそうです。東では「桂庵(けいあん)」と呼ばれています。江戸時代に江戸の町に大和桂庵というお医者さんが居て、その人がたいへんな世話好きで、医療だけでなく、いろいろと職業を斡旋していたことから、紹介人の「代名詞」となったのだと申します。昔の船場の商家の雰囲気が伝わってくる一席です。

第348回

日程:2019年11月26日(火)

番組・出演
「真田小僧」桂弥っこ
「悋気の独楽」林家うさぎ
「試し酒」笑福亭鶴光

◆真田小僧 さなだこぞう
 弥っこさんは吉弥さんの二番弟子。こう見えても、日本舞踊の心得がある和風男子です。
 タイトルにある「真田」とは大坂夏の陣で大活躍した名称・真田幸村のこと。十四歳の初陣のとき、危機に陥った味方を知謀をもって助けた…というエピソードが講談に残っています。この噺も、後半まで演じるとその幸村のエピソードが出てくるのですが、今回は前半の父親と子供の知恵比べの部分までを演じます。 

◆悋気の独楽 りんきのこま
 〽妾という字を分析すれば 家に波風立つ女…という都都逸があります。 「妾」 、 「二号」 、 「愛人」いろんな呼び方がありますが、いずれにしも家庭に波風を立てる存在であることにちがいはありませんね。上方落語のお妾がよく住んでいたのが鰻谷という所。いかにも、お妾さんが居そうな濃厚な地名ではありませんか。昔は谷間のような所だったといい、 鰻が棲んでいたのかもしれません。今も長堀通から南へ一筋目と二筋目の通りが鰻谷商店街として賑わっています。 

◆試し酒 ためしざけ
 笑福亭といえば「酒」というイメージがあります。その元凶(?)は鶴光さんの師匠の六代目松鶴師のさまざまなお酒にまつわる武勇伝です。日本酒の名前に「○正宗」というのがあります。名刀のように切れ味のいい酒…という意味かと思っていたら蔵元さんが名前を決める相談にお寺に行った時、 住職の机の上に 「臨済正宗」 という経文がありました。 「清酒」 と 「正宗」 というシャレで付けたんやそうです。 「菊正宗」 、 「桜正宗」のほか「スキー正宗」などというハイカラな名前もあります。

第349回

日程:2020年1月26日(日)

番組・出演
桂 紋四郎「鷺とり」
桂 かい枝「稽古屋」
桂 米輔「初天神」
笑福亭 銀瓶「書割盗人」
笑福亭 福笑「大真夜中」

◆ 鷺とり さぎとり
 紋四郎さんは春蝶さんのお弟子さん。「モンシロチョウ」から名付けられました。師匠と同じく、東京でも活躍している期待の若手です。今日お聞きいただくのは大阪が舞台になっている一席で、噺の中に北野の圓頓寺(えんどうじ)と四天王寺が登場いたします。鷺を捕まえてどうするのか?画のモデルとして鑑賞用に飼われていたという説を聞いたことがあります。

◆ 稽古屋 けいこや
 稽古屋とは、今でいうカルチャー教室。歌や踊り、お茶、お花まで教える「五目のお師匠はん」と呼ばれる器用な師匠も居たようです。「五目」というのは、「五目寿司」とか「五目飯」のように、いろんな種類の食材を混ぜあわせた状態を指していて、いずれにしても手軽な食べ物です。器用で便利な師匠ではありますが、広く浅い師匠という印象でした。稽古屋には女性や子供だけでなく、仕事を早く終わらせた男性も通っていました。

◆初天神 はつてんじん
 二十五日は天神さん…菅原道真公のご縁日です。誕生日が六月二十五日で、ご命日が二月二十五日であることからご縁日になったのだと申します。一年で最初のご縁日が一月二十五日なので、「初天神」と呼びます。天神さんといえば学問の神様。入試前になると合格祈願の絵馬を奉納に来る受験生で賑わいます。数年前、その絵馬の中に「合祈願」と書いてあるのを発見したことがありました。この受験生が無事合格したことを祈ります。

◆ 書割盗人 かきわりぬすっと 
 落語には『打飼盗人』、『眼鏡屋盗人』、『鯉盗人』、『へっつい盗人』、『盗人の仲裁』、『転宅』、『仏師屋盗人』、『花色木綿』、『転宅』などの泥棒が主役の噺があります。いずれも、どこか憎めない泥棒が登場することになっています。さて、この噺では…。「書割」とは、お芝居の舞台で使用される背景を描いた大道具のこと。舞台転換や収納に便利なように、一枚ではなく何枚にも割って描いていたので「書割」と申します。CG流行りの現代ですが、芝居の背景は書割がほっとします。

◆大真夜中 おおまよなか
 落語家さんの芸名にはユニークなものがあります。例えば回文の名前。江戸には「三笑亭笑三」、「三遊亭遊三」という名前がありますし、演者の福笑さんも回文名前です。シャレになっている名前としたら「文の家かしく」。「かしく」というのは昔の女性からの手紙の末尾に使われた結語の「かしこ」が変化したものですから「文の家」というわけで、お弟子さんには「文の家速達」という名前もありました。桂南光さんの前名の「べかこ」というのはアカンべの意味。正式には「米歌子」と書く米團治一門にとって由緒正しい前座名前です。

  • 小佐田定雄 Sadao Osada

    落語作家。1952年、大阪市生まれ。
    77年に桂枝雀に新作落語『幽霊の辻』を書いたのを手始めに、落語の新作や改作、滅んでいた噺の復活などを手がけた。つくった新作落語の数は250席を超えた。近年は落語だけでなく、狂言、文楽、歌舞伎の台本にも挑戦。著書に「5分で落語のよみきかせ」三部作(PHP研究所)、「落語大阪弁講座」(平凡社)、「枝雀らくごの舞台裏」、「米朝らくごの舞台裏」「上方らくごの舞台裏」(ちくま新書)などがある。2021年第42回松尾芸能賞優秀賞受賞。

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