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【市民寄席】演目解説(第340-344回)

文:佐田吉(小佐田定雄)
2021.7.1 UP

1957年にスタートし、京都では恒例の落語会として長く親しまれてきた「市民寄席」。 京都会館がロームシアター京都としてリニューアルオープンしてから最初に開催された市民寄席は、第325回(2015年5月15日)の市民寄席です。第325回から今日まで、市民寄席は30回以上開催され、130以上の演目が上演されました。

市民寄席では、ご来場いただいたお客様に配布するパンフレットに、小佐田定雄氏による演目解説を掲載しています。Spin-Offでは、ロームシアター京都版・上方落語演目のミニ辞典として、また、これからも続く市民寄席の歩みのアーカイブとして、本解説を継続して掲載していきます。

 

第340回

日程:2018年5月23日(水)

番組・出演
「犬の目」露の瑞
「祝いのし」笑福亭 鶴二
「妙齢女子の微妙なところ」桂 あやめ
「高津の富」桂 米團治

◆ 犬の目 いぬのめ
 落語に登場するお医者さまには、たいてい「やぶ」という枕詞が付くことになっています。その点、この噺に登場する先生はかなりの名医だと思います。ひょっとしたら、この噺の治療法が将来実現するかもしれません。今からおよそ二百五十年前に考えられた小咄がもとになっていると申しますから、昔から不思議な発想を持っている人は居てたんですね。

◆ 祝いのし いわいのし
 お中元やお歳暮、お祝などの贈り物にかける「のし紙」の右上の部分になにやら印刷してあります。これが「のし」です。「のし」の始まりは「日本書紀」に記されているそうです。天(あま)照(てらす)大神(おおみかみ)の命令で倭(やまと)姫(ひめの)命(みこと)が伊勢に鎮座した時、志摩の国崎(くにさき)で海女から献上されたアワビが気に入り、伊勢神宮への献上を求めました。生のままで献上したら腐ってしまうので、薄く切って乾燥させたものを納めたそうです。

◆妙齢女子の微妙なところ みょうれいじょしのびみょうなところ
 「妙齢」の「妙」という文字には「若い」という意味があり、「妙齢」も男性には使われず女性に限って使われます。そういえば「女」扁に「少」と書きますね。ただ「若い女性」という規定は時代によって大きく変わっているようで、「何歳以上で何歳未満」というような範囲の限定は難しいと言われています。「妙」には「とてもいい」とか「不思議な」という意味もありますから、謎のままで置いておくほうがよろしいようで。

◆ 高津の富 こうづのとみ
 高津神社はもともとは現在の大阪城のあたりに鎮座していたのですが、豊臣秀吉が築城のおり現在の場所に遷座いたしました。高台にあるので、絵馬堂の茶店からは道頓堀がひと目に見える…と『崇徳院』という落語の中で描写されています。遠眼鏡をレンタルする業者が居て『東海道中膝栗毛』では弥次さんが「蟻の這うまで見え渡る」と勧められています。米團治さんの父上の米朝師匠がプロとしての初舞台で演じたのが、この噺でした。

第341回

日程:2018年7月25日(水)

番組・出演
「動物園」桂  米輝 
「野ざらし」笑福亭純瓶
「コールセンター問答」桂 小春団治
「よもぎ餅」桂 文太

◆ 動物園 どうぶつえん
 動物園のことを英語で 「zoo」 というのは 「zoological garden」 の略なんだそうです。 「zoo」 とはギリシャ語で 「動物」 のこと。 われわれの子供のころには 「動物園には象が居てるさかい“zoo”て言うんやで」 などと教えてくれた大人が居ましたが、 おそらく落語ファンやったんでしょう。 イギリスの小咄を、 ご当地で甘酒茶屋を開いた先代桂文之助師が明治の末に落語に仕立て直したと伝えられます。

◆ 野ざらし のざらし
 風雨にさらされて白骨化した人の姿を 「野ざらし」 と申します。 もとは東京落語で因果応報を説いた陰気臭い噺だったそうですが、明治時代前半に三遊亭円遊師が陽気なネタに仕立て直したと伝えられています。 先日亡くなられた月亭可朝師が若かりしころ、 立川談志師とネタの交換をした時に上方に輸入した…とうかがいました。 その時、 談志師は 『代書』 を譲り受けたそうです。

◆コールセンター問答 こーるせんたーもんどう
 コールセンターの始まりは一九八〇年代だと申します。 商品についての問い合わせや相談、 苦情などを受け付ける窓口で、 皆さんも一度はお世話になったことがおありだと思います。 顔が見えない声だけのお仕事なので、 難しさもひとしおだと拝察します。 世の中には 「電話応対技能検定」…通称 「もしもし検定」 というのがあるのだそうで、 きっとセンターの担当者は、 そんな資格も持っておられるのでしょうね。

◆よもぎ餅 よもぎもち
 餅のことを関西の女性や子供は 「あも」 と呼んでいました。 司馬遼太郎さんの小説で、 京に出て来たばかりの新選組の土方歳三が茶店で同席した女性客の真似をして、 餅のこととは知らずに 「俺も 『あも』 をくれ」 と注文して、 茶店の人たちの失笑を買う…というシーンがありました。 甘いものという意味で 「あも」 というのだそうです。 古今亭志ん生師や立川談志師が十八番にしていた東京落語の名作を、 文太さんが上方に改作した一席です。

第342回 ~春之輔改メ 四代目桂春団治襲名披露公演~

日程:2017年9月17日(月)

番組・出演
「七度狐」桂 佐ん吉
「八五郎坊主」林家染二
「莨の火」笑福亭松枝
口上/春団治・松枝・都・染二(司会:春若)
「堪忍袋」露の都
「天満の白狗」桂春団治

◆ 七度狐 しちどぎつね
 狐が人を化かすようになったのはいつごろからのことなのでしょうか?有名なのは中国からやって来た 「九尾の狐」 と呼ばれる九本の尻尾を持った狐。 美女に化けて天竺と中国の王様を騙した挙句、 平安時代に日本にやって来ます。 玉藻前という絶世の美女に化けて後鳥羽上皇に仕え、 日本をわが物来ます。 玉藻前という絶世の美女に化けて後鳥羽上皇に仕え、 日本をわが物スケールの大きな存在ではないようです。

◆ 八五郎坊主 やごろうぼうず
 僧侶のことを 「坊主」 と呼ぶのは 「坊の主」 という意味なのだそうです。 「坊」というのは大寺院に所属している小さな寺院のこと。 そんな小寺院の住職を「坊主」 と呼んでいました。 ところが室町時代以降になると坊の主でない一般僧侶のことも 「坊主」 と呼ぶようになりました。 さらに時代が下ると男の子全般を 「坊主」 と呼びました。 髪の毛を短く坊主刈にしていたからでしょうね。 最近は、 本物のお坊さんにも剃髪していない人が増えてきたように思います。

◆莨の火 たばこのひ
 タバコを漢字で書くと普通は 「煙草」 と書きます。 煙の草ですから、 まさに意味に合わせた文字ですね。 もうひとつが今日の落語のタイトルに使われている 「莨」 という文字。 草冠の下に 「良」 という文字を合わせて 「良い草」 という意味になります。 昨今の嫌煙権が主流の世の中なら草冠の下に 「悪」 と書かされるかもしれません。 昔は、 タバコは 「休憩」 の代名詞でした。 諺にも 「三べん回ってタバコにしょ」 というのがあります。 チップを渡すときにも 「タバコ代に」 と言っていましたよね。 

◆ 口上
 今年二月十一日に大阪の松竹座で四代目を襲名した春団治さんの披露口上です。 「春団治」 というのは大阪の 「おもろいおっさん」 の代名詞のような名跡です。お芝居や映画にもなった破天荒な爆笑王の初代、 朗らかで緻密だった二代目、 繊細で華麗だった三代目という三人の全くタイプの違う名人の名前を継いだ四代目は 「春風駘蕩」 という文字がぴったりのお人です。 弟弟子の春若さんの司会でご披露いたします。 

◆ 堪忍袋 かんにんぶくろ
 もともとは明治時代に増田太郎冠者という人がこしらえた東京の新作落語でしたが、 笑福亭鶴瓶さんが上方落語に仕立て直し、 今や 「古典」 となりました。 近年、 「キレる」 という言葉がよく使われるようになりましたが、 その元になっているのが 「堪忍袋の緒が切れる」 という言葉だとうかがいました。 「緒」 というのは紐のこと。 下駄の鼻緒とか、 へその緒というふうに使います。 この噺では袋の口を縛っている紐のことです。 

◆ 天満の白狗 てんまのしろいぬ
 昔は小さな犬のことを 「狗」 と表記していたと申します。 読み方は同じ 「いぬ」 ですが 「狗」 という文字は 「く」 とも読みます。 「天狗」 というのは元は流星の意味で、天を駆ける狗をイメージしていたのだとうかがいました。 それが、 後には鼻の高い天狗さんに変化したわけです。 古来より日本では白い動物…例えばニワトリ、蛇、 鹿、 狐、 馬などは縁起のいいものとして珍重されました。 ちなみに白狗は龍神さまのお使いとして崇められていたと申します。 この噺に登場するワンちゃんには、 どんなパワーがあるのでしょうか?

第343回

日程:2018年11月7日(火)

番組・出演
「平林」桂 小梅
「片棒」林家卯三郎
「狐芝居」桂 吉弥
「欲の熊鷹」笑福亭鶴志

◆ 平林 ひらばやし・たいらばやし
 ひとつの文字で読み方が何種類も存在する…というのは日本の漢字だけの特性かもしれません。漢字には「音読み」と呼ばれる中国から渡来した時の音をそのまま伝えた「音読み」と、その文字を日本語の意味に置き換えた「訓読み」があります。例えば小梅さんの「梅」という文字なら音で読むと「ばい」、訓で「うめ」となるわけで、「かつらこうめ」も音読みする「けいしょうばい」となるわけです。これもかわいいですよね。

◆片棒 かたぼう
 最近「終活」といって、自分が亡くなったあとのことを準備する人が増えてきています。曽呂利新左衛門という落語家は、その上を行って生きている間に「香典保存会」と称する生前葬を行いました。飴細工で自分のしゃりこうべをこしらえて、祭壇に飾ったと申します。本当に亡くなったのは、その九年後の七月でしたが、葬式を行ったお寺の境内を桜の造花で飾り立てて、とても賑やかなものになったと申します。洒落た人やったんですね。

◆狐芝居 きつねしばい
 ご当地の南座では二か月の連続の顔見世大歌舞伎公演が開催されています。今は十一月公演が終わって、一日からの十二月公演に備えて準備中です。坂田藤十郎丈や片岡仁左衛門丈といった上方の役者さんたちが中心となっての座組で、おおいに盛り上がることでしょう。その前に、こちらのホールでは桂吉弥丈の一人舞台をお楽しみいただきましょう。名作『仮名手本忠臣蔵』の内より、塩谷判官…実説の浅野内匠頭が切腹する場面を採り入れた一席です。

◆欲の熊鷹 よくのくまたか
 熊鷹というのは全長八十センチ、翼を広げると百七十センチにもなるという大型の猛禽類。森林に棲んでいて、鋭い爪とクチバシを持っています。その熊鷹が両足にそれぞれ一頭ずつの猪を捕まえたところ、猪が左右に分かれて逃げようとします。熊鷹もどちらか一頭を逃がしたら良かったのに、欲張って放そうとしなかったため、結局は股を裂かれて死んでしまった…というのが「欲の熊鷹股を裂く」というエピソードで、欲が深いと災いを受けるという教訓です。今年生誕百年を迎えた六代目松鶴師が得意にしていた一席です。

第344回

日程:2019年1月27日(日)

番組・出演
「つる」 桂三度
「おごろもち盗人」桂ちょうば
「二番煎じ」桂雀三郎
「狼講釈」露の新治
「EBI」笑福亭仁智

◆つる 
 江戸時代初期の笑話集「醒睡笑」第一巻に「謂えば謂わるる物の由来」という語源についての章があります。例えば、嘘のことを「そらごと」と言うのは、 ウソという鳥は空で琴を弾く。 そこで 「ソラゴト」 のことを 「ウソ」と唱えるようになった…というウソのようなウソの説です。さて「つる」の語源は…。この秋、 「NHK新人落語大賞」と「上方落語若手噺家グランプリ」を獲得して波に乗っている三度さんの登場です。

◆おごろもち盗人 おごろもちぬすっと
 その三度さんと同点で「上方落語若手噺家グランプリ」を分け合ったのがちょうばさん。今日は盗人…泥棒の噺をお聞きいただきます。 「おごろもち」とはモグラのこと。モグラの姿がお餅に似ているところから「モグラモチ」 。それが訛って「オンゴロモチ」から「オゴロモチ」になりました。 その侵入の手口については落語でお聞きください。現代の家のようなコンクリートの基礎がなく、地面の上にいきなり敷居がある昔の家だからできた芸当です。

◆二番煎じ にばんせんじ
 既に何回か行われていて新味のないものを「二番煎じ」と申しますが、その言葉は煎じ薬からきています。一度煎じて出した薬草を、もう一度煎じて出すもので、煎茶でも一度出したお茶の葉で出したお茶を二番煎じと呼びます。いずれも、最初に出したものよりも成分も味も薄くなり ます。現在でも年末になると、町内会の役員さんたちが拍子木を打ちながら「火の用心!」と言いながら町内を回ってくることがあります。江戸
時代、大坂の町ではどんな防火対策がとられていたのかがわかる噺です。

◆ 狼講釈 おおかみこうしゃく
 落語に登場する講釈師は、 あまりいい扱いを受けていません。 『くっしゃみ講釈』では高座の真下から唐辛子の煙でいぶされるし、 『不動坊』では幽霊の真似をして天窓から吊り下げられます。いずれも命にまでは影響を及ぼさないのですが、この噺に登場するニセ講釈師は命にかかわる危機に瀕して、それこそ命がけの芸を披露することになるのですが…。落語の中の講釈というと『難波戦記』の大坂夏の陣のくだりと決まっているのですが、この噺は少し違うバージョンです。

◆ EBI 
 EBIといってもアメリカ連邦捜査局のことではありません。それはFBIです。エビを漢字で書くと「海老」となります。腰が曲がっているところを長寿の老人に見立てて「老」の文字を使っているわけですが、 ヤングのエビにしてみたら迷惑な当て字かもしれません。桂米朝師匠に教えていただいた『えび』という上方唄に〽海老は幼少にしてひげ長く、腰に梓の弓を張り、目まで飛び出ておめでたや…という文句がありました。お正月や結婚式など、おめでたい席にエビが出されるのは、こういう理由があるからなんですね。

  • 小佐田定雄 Sadao Osada

    落語作家。1952年、大阪市生まれ。
    77年に桂枝雀に新作落語『幽霊の辻』を書いたのを手始めに、落語の新作や改作、滅んでいた噺の復活などを手がけた。つくった新作落語の数は250席を超えた。近年は落語だけでなく、狂言、文楽、歌舞伎の台本にも挑戦。著書に「5分で落語のよみきかせ」三部作(PHP研究所)、「落語大阪弁講座」(平凡社)、「枝雀らくごの舞台裏」、「米朝らくごの舞台裏」「上方らくごの舞台裏」(ちくま新書)などがある。2021年第42回松尾芸能賞優秀賞受賞。

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