1957年にスタートし、京都では恒例の落語会として長く親しまれてきた「市民寄席」。 京都会館がロームシアター京都としてリニューアルオープンしてから最初に開催された市民寄席は、第325回(2015年5月15日)の市民寄席です。第325回から今日まで、市民寄席は30回以上開催され、130以上の演目が上演されました。
市民寄席では、ご来場いただいたお客様に配布するパンフレットに、小佐田定雄氏による演目解説を掲載しています。Spin-Offでは、ロームシアター京都版・上方落語演目のミニ辞典として、また、これからも続く市民寄席の歩みのアーカイブとして、本解説を継続して掲載していきます。
第325回(ロームシアター京都オープニング・プレ事業)
日程:2015年5月15日(金)
番組・出演
桂弥太郎「動物園」
桂文華【第5回(2010年)繁昌亭大賞受賞】「近日息子」
林家染二【第2回(2008年)繁昌亭大賞受賞】「三年目」
笑福亭三喬【第1回(2007年)繁昌亭大賞受賞】「近江八景」
◆ 動物園 どうぶつえん
もともとはイギリスの小咄だったそうですが、現在演じられている型にしたのは桂米朝師匠です。東京の八代目春風亭柳枝師から教えてもらい、冒頭に柳家金語楼師作の『アドバルーン』という新作落語の前半をくっつけたのだとうかがいました。弥太郎さんは米朝師の弟子の吉朝さんの弟子の吉弥さんの、そのまた一番弟子。曽孫弟子にあたります。
◆ 近日息子 きんじつむすこ
昔のお芝居や寄席のチラシを見ると「當〇月×日夜より」と興行の初日が表記してありました。その日付が決まっていない時は、この噺の中でも紹介されているように「近日より」と書くわけです。『封印切』という歌舞伎の幕切れで、お茶屋を後にする主人公の忠兵衛に、お茶屋の女将が「お近いうちに」という見送りの言葉をかけます。それに対して忠兵衛が「近日近日」と答えます。「またすぐに来ますよ」という意味だったわけですね。
◆三年目 さんねんめ
三年は長いようで短い微妙な時間です。諺にも「石の上にも三年」、おとぎ話にも「三年寝太郎」というのがありますが、これは長い時間という意味です。ご当地の「三年坂」は作るのに三年かかった…のかと思ったら、大同三年(八〇七)に完成したという説と、清水寺の子安観音にお産が安寧に済みますようにお参りに行く人が通ったので「産寧坂」というのが本当だとも聞きました。『三年目の浮気』という歌がありましたが、これは長いのかな?
◆ 近江八景 おうみはっけい
美しい景色の地域があると、昔の人は「〇〇八景」と名付けてベストエイトを選びました。一番古いのは中国の洞庭湖の「瀟湘八景」。我が国では西の「近江八景」と、東の「金沢八景」が代表的です。「近
江八景」は石山の秋の月、瀬田の夕照、粟津の晴嵐、矢橋の帰帆、三井の晩鐘、唐崎の夜雨、堅田の落雁、比良の暮雪。落語の世界には「地獄八景」という名所もありますが、こちらへの観光には、急いでお行きになるには及びません。
第326回(ロームシアター京都オープニング・プレ事業)
日程:2015年7月7日(火)
番組・出演
桂ちきん「犬の目」
桂団朝「座長の涙」(作:小佐田定雄)
蝶六改メ 桂花団治「豊竹屋」
笑福亭鶴光「らくだ」
◆犬の目 いぬのめ
犬の鳴き声を「ワンワン」と表現するのは日本、韓国、中国というアジアの国々だけなんやそうで、アメリカでは「バウワウ」、ドイツやイタリアでは「バウバウ」と聞こえているようです。ところが、我が国の古典芸能である狂言に登場する犬は「ビョウビョウ」と濁音で鳴くのです。室町時代の日本人の感覚は欧米に近かったのかもしれませんね。
◆ 座長の涙 ざちょうのなみだ(作:小佐田定雄)
大衆演劇の座長さんは大変なお仕事です。芝居がうまくて人気があるだけではなく、座員をまとめる統率力も必要ですし、上演台本を創る作家、演出家、殺陣師、振付師、さらには使用する音楽の選曲までこなすマルチな才能が要求されます。その上、太夫元(プロデューサー)を兼ねている場合は、一座の経営にまで気を配らなければならないのだそうです。
二十年前に京都で初演された平成の新作落語です。
◆豊竹屋 とよたけや
このたび桂蝶六さんが襲名した「花団治」の初代は明治八年大阪生まれ。最初の師匠は不明ですが、後に二代目文団治一門に入り「花団治」と名付けられました。有名な初代春団治の弟弟子にあたります。二代目は初代の弟子で、昭和の初期には軽口(漫才の原型)やバラエティの一座の幹部として活躍。晩年は落語の世界に戻ってきて、一九四四年に二代目を襲名しますが、翌年に空襲で亡くなりました。蝶六さんは三代目となるわけですね。
◆らくだ
鶴光さんの師匠である六代目笑福亭松鶴師が十八番にしていた、いわば「笑福亭のお家芸」とでもいえるネタです。元来上方の噺でしたが、明治時代にこの噺を得意にしていた四代目桂文吾師から東京の三代目柳家小さん師に伝えられ、東京でも大ネタのひとつに数えられるようになりました。その後、劇作家・岡鬼太郎の手で歌舞伎化され『眠駱駝物語』というタイトルで現在もちょくちょく上演されています。やたけた(乱暴)な男たちの物語です。
第327回(ロームシアター京都オープニング・プレ事業)
日程:2015年9月8日(火)
番組・出演
林家愛染「狸の鯉」
桂三ノ助「初恋」(作:桂三枝)
桂春若「京の茶漬」
笑福亭松枝「胴乱の幸助」
◆ 狸の鯉 たぬきのこい
立川談志師匠は、落語の魅力は「人間の業の肯定」とおっしゃっていました。一方、古今亭志ん朝師匠は「だって、狐とか狸がモノを言ったりするのが楽しいじゃない」。私、どちらの意見も納得いたします。この噺も狸クンが大活躍いたします。古川柳に「手紙には狸 台には鯉がのり」というのがありました。『鯉』と書いたつもりが『狸』やったんですな。漢字は難しいですなあ。
◆ 初恋 はつこい
『初恋』というタイトルで村下孝蔵を思い出すのは我らの世代。同じタイトルで、松山千春、福山雅治、中島美嘉、aikoといった歌手たちがそれぞれ別の曲を歌っています。「初恋」は人類にとって永遠のテーマなのでしょうね。もっと前の文学青年だとツルゲーネフの小説でしょうし、日本文学ファンならば島崎藤村の詩かもしれません。さて、この噺に登場するのはどの『初恋』なんでしょうか?
◆京の茶漬 きょうのちゃづけ
本来「茶漬」という食べ物は、商家で立ち働いていた奉公人たちが、仕事の合間の短い時間に大急ぎで食べるために、お茶で飯をかきこめるようにと工夫されたものだったそうです。したがって「茶漬」というは一番手軽で粗末な食事というイメージがありました。創業三百余年を誇る江戸の料理屋「八百善」では、茶は玉露、米は越後の一粒選り、水は玉川上水の取水口のものをわざわざ取り寄せて一両二分の茶漬を出した記録があるそうです。
◆胴乱の幸助 どうらんのこうすけ
この噺の主人公である幸助さんを京まで走らせた「お半長」というのは文楽や歌舞伎でおなじみの『桂川連理柵』の通称です。お芝居のあらすじについては噺の中で松枝さんからお聞きいただくとして、昔のカツプルは女性の名前を先に言う例が多いように思います。例えば「お染久松」、「お初徳兵衛」、「小春治兵衛」、「お夏清十郎」などなど。そんな話をしていたら、米朝師曰く「『大助花子』は男が先やな」。
第328回(ロームシアター京都オープニング・プレ事業)
日程:2015年11月4日(水)
番組・出演
露の雅「つる」
笑福亭晃瓶「ちしゃ医者」
桂九雀「こぶ弁慶」
桂雀三郎「帰り俥」(作:小佐田定雄)
◆つる
「みやび」という芸名から京都出身かと思っていたら、三重県津市のお生まれなんやそうです。今日演じてくれるのは、「つる」の語源を探る、とても優雅(?)な一席です。『絵根問』という噺の後半を独立させたもので、大正時代には珍しい噺だったそうですが、米朝師匠の師匠である四代目米團治師匠から六代目松鶴師匠や米朝師匠の手を経て現代に伝えられた噺です。
◆ちしゃ医者 ちしゃいしゃ
京都の「朝の声」として一九九八年四月から活躍を続けている晃瓶さん。今宵は「夜の声」のほうをお楽しみいただきましょう。演じますのはお医者さんが主役のお噺。医者の開業試験が始まったのは明治七年のこと。それ以前の医学といえば漢方が主流でしたが、明治の代になってドイツ医学を学ぶことになりました。その名残として「カルテ」や「クランケ」というドイツ語が医学用語に残っているわけですね。
◆こぶ弁慶 こぶべんけい
京都が舞台になっている奇想天外な一席です。我が国では強い人の代名詞として武蔵坊弁慶が挙げられます。家では威張っているのに外に出ると意気地がなくなる人を「内弁慶」と言いますし、弁慶でも蹴られると痛くて泣きだという「むこうずね」のことを「弁慶の泣き所」と申します。また、仕事に必要なツールを「七つ道具」というのも、弁慶が背負っていた七つの武器…「弁慶の七つ道具」からきているのです。
◆帰り俥 かえりぐるま
京都がちょっとだけ舞台になっている一席です。なぜ「ちょっとだけ」なのかは聞いてのお楽しみです。人力車が発明されたのは明治二年。江戸時代の乗り物であった駕籠にとって代わり、十九世紀末には全国で二十万台を超える人力車が走り回っていたと申します。現在では東京なら浅草あたり、京都では嵐山と東山あたりの観光スポットを走っていますので、ぜひご試乗してみてください。一九八三年に初演された昭和の新作です。
第329回(ロームシアター京都オープニング事業)
日程:2016年1月24日(日)
番組・出演
桂 吉の丞「子ほめ」
桂 きん枝「禁酒関所」
桂 ざこば「笠碁」
<口上> 福団治、ざこば、きん枝、鶴瓶(司会:桂春若)
笑福亭鶴瓶「かんしゃく」
桂 福団治「ねずみ穴」
◆ 子ほめ こほめ
この噺に出て来る「厄」というのは「厄年」のこと。男性は二十五歳、四十二歳、六十一歳。女性は十九歳、三十三歳、三十七歳、六十一歳。昔は町内でお寺や神社の「役や く」を務める年齢のことを指していたのだそうです。それが災厄に注意しなくてはいけない年齢のことになりました。現実に体調や社会的環境が変化する年齢であることは確かなので、ご用心ください。
◆ 禁酒関所 きんしゅせきしょ
「禁酒なんて簡単なことだ。俺は今まで何百回もやったことがある」というのはアメリカンジョーク。「禁酒なんて意志の弱い人間のやることデス」とは立川談志家元のお言葉。いずれにしても「禁酒」の難しさを示している証言です。無理に禁酒法なんて法律を作ったため、アメリカはカポネを代表とするギャングたちが暗躍する時代になりました。落語の世界で禁酒法を作ったらどうなるか…というお噺です。
◆笠碁 かさご
原話を遡ると京都で活躍していた上方落語の祖・露の五郎兵衛の噺を集めた『露がはなし』という本に載っていると申しますから、もともとは上方落語でした。後に江戸に輸出されて五代目柳家小さん師、十代目金原亭馬生師などが十八番にした江戸落語の中の江戸落語として洗練されていったわけです。このたびは、言葉だけでなく登場人物の人情までも上方化して、囲碁が趣味でもあるざこばさんのために存在するような噺になりました。
◆ 口上
襲名披露などの記念の会では出演者がお客さまにご挨拶する「口上」というコーナーがあります。先月の南座の顔見世興行では四代目中村鴈治郎丈の襲名披露口上がありましたが、本日はここロームシアター京都のオープニングを祝っての「口上」です。桂春若さんの司会で、福団治、ざこば、きん枝、鶴瓶の皆さんが並びます。
◆かんしゃく
明治時代に増田太郎冠者という人が創った新作落語です。東京では八代目桂文楽師、現在では柳家小三治師がお得意にしておられる古典落語です。その古典の世界を鶴瓶さんの世界に置き換えると、こんなバックステージものになりました。六代目松鶴師が亡くなったのが一九八六年九月五日。今年で三十年になります。今ごろあちらでは「四天王」の皆さんが顔を合わせて「鶴瓶、なかなかようやってるな」なんて盃を傾けているかもしれません。
◆ねずみ穴 ねずみあな
大阪船場の商家で丁稚さんを採用するときは、地方の出身者を選んだのだそうです。大阪市内の子は辛いことがあるとすぐに親元へ逃げ帰ってしまうので、成功した大商人には近江をはじめとする地方出身の人が多かったと申します。タイトルになっている「ねずみ穴」というのは壁などをネズミがかじってあける穴のこと。ネズミの歯はほっておくとどんどん伸びるので、それを削るため、命がけで何かをかじり続けねばならないのだそうです。