9月21日、22日の公演が迫る『ロレーヌ国立バレエ団 トリプルビル』に先駆けて、同月2日に特別対談がロームシアター京都で開催されました。登壇したのはマンガ家の桜沢エリカさんと、舞踊史研究家の芳賀直子さんのお二人。桜沢さんの近作『バレエ・リュス ニジンスキーとディアギレフ』で、芳賀さんが学術協力をして以来、交流のあるお二人が、クラシックからコンテンポラリーへと横断するバレエの楽しさを伝えてくださいました。
今年6月のアクラム・カーン×英国ナショナル・バレエ団『ジゼル』の香港公演では、じつはニアミスしていたという二人。同作は、古典バレエを大胆に読み替えたコンテンポラリーバレエの話題作ですが、世界のバレエシーンではクラシックとコンテンポラリーがほぼ同じくらいの比率で楽しまれているといいます。
桜沢 『ジゼル』は身分違いの恋を主題にしていますが、アクラムの振付では、大きな服飾工場で働く移民労働者と経営者の対立に置き換えているのがユニークでした。クラシックの軸を尊重しつつ、現代的に置き換えているのが面白いですし、コンテンポラリーではダンサーの身体の個性、個人の魅力がより鮮明に表現されますね。
芳賀 日本ではコンテンポラリー作品はまだちょっと敬遠されがちですけど、海外ではバレエ団が上演することは今では当たり前になっています。舞踊の歴史を背景にして緩やかにつながっているとも言えるでしょう。
14世紀、ルネッサンス期のイタリアで生まれたバレエは、かの有名なメディチ家出身のカトリーヌの輿入れでフランスに伝わりました。太陽王の名で知られる自ら踊ったバレエ好きの国王・ルイ14世のもとで最初の黄金期を迎え、その後、19世紀ロマン主義の時代にはトウシューズやチュチュが導入され、妖精たちが空を舞うような幻想的な世界を表現する、第二の黄金期を迎えます。 しかし、客層が女性ダンサー目当ての男性ばかりになっていったフランスのバレエ界は、「かわいい女の子が踊っていれば良い」というような、非-作品主義の時代に突入。かわりにバレエの中心地となったのが、フランスに憧れるロシアでした。当時は帝制時代、皇帝直轄の帝室バレエは贅の限りを尽くすことが可能でした。 皇帝が気に入る作品を制作するためロシアに才能あるフランスのダンサーたちが自然と集い、世界中でも日本で親しまれているプティパ振付による「全幕もの」が生まれました。 その次の世代として、短く即興的な要素を持つより新しい作品を生み出したのがミハイル・フォーキンでした。桜沢さんが漫画に描いたセルジュ・ディアギレフが率いたバレエ・リュスはフォーキン作品でパリにセンセーションを巻き起こしました。
桜沢 ずっとバレエを題材にした漫画を描きたかったのですが、なかなか企画が通らなかったんです。でも、バレエ・リュスは歴史的にも人間関係的にもとっても面白くて、漫画に向いている。そして、芳賀さんの協力も得て『バレエ・リュス ニジンスキーとディアギレフ』をかたちにできたんです。 ところで、バレエ・リュスの振付っていまのコンテンポラリーにそのままつながっていますよね?
芳賀 ええ、バレエ・リュスの『春の祭典』からバレエ団がコンテンポラリー作品を踊る動きが始まった、と言えると思います。
桜沢 私が最初に見たバレエがモーリス・ベジャールの振付でシルヴィ・ギエムが踊る『ボレロ』。わずか15分の間に、ダンサーが自分のすべてをさらけ出すような内容で、最後にはみんなボロボロになってしまう。そのエネルギーにグッと来ました。
芳賀 短い作品を意識的に制作したのもディアギレフなんです。バレエ・リュスは劇場に所属しないツアリングカンパニーでした。彼等が主たる公演を行ったオペラ・ハウスは当時、舞台を見る以上に社交場という性格が強く、作品を見てもらえるように15分から長くても60分程度の作品が生まれたのです。『ボレロ』はバレエ・リュスではなく、元バレエ・リュスで人気を博して独立したイダ・ルビンシュテインのカンパニーが初演した作品です。元々この長さの作品だった訳ですが、今の全幕こそバレエという考えや見方はなかった時代ですから、短い曲に魅力がぎゅっとつまったような作品が生まれていたんですね。 同時に、短い作品を複数つくる環境では、若手の起用、実験的な作品の制作のハードルも低い。だからバレエ・リュスでは、若手振付家が生まれ、ジャン・コクトーが台本を手掛け、パブロ・ピカソが美術、ココ・シャネルが衣裳を手掛けるといった同時代の才能あるアーティストが次々と関わることができたんです。 日本のバレエファンは特に全幕ものを好む傾向が強いですが、じつはトリプルビルのような小品のオムニバス形式は、新しいバレエの可能性に触れることができて魅力的なはずなんです。
桜沢 美男美女の若いダンサーをいちはやくチェックできるのも私にとっては大きなポイント(笑)。クラシックは役や振付の型に寄り添って踊るけれど、コンテンポラリーではまるで違った個性に出会えます。実際、後者の方が輝くダンサーは多いですよね。
上演が迫る『ロレーヌ国立バレエ団 トリプルビル』では、マース・カニンガム、ウィリアム・フォーサイスの有名振付家の作品2つに加え、現在のヨーロッパでもっとも注目される新世代、セシリア・ベンゴレア&フランソワ・シェニョーの作品が組み合わされています。これを踊る国立振付センター・ロレーヌバレエ団は、フランス初のコンテンポラリー作品専門のバレエ団として知られ、その実力は折り紙つき。今回の来日公演には日本人ダンサーも参加しています。
芳賀 欧米のバレエ環境は、堅実な雇用システムだけでなく、ダンサーの流動性も実現しているので、若いダンサーが各国を移動して自分の身体の可能性・表現性を模索し、高めることができるんです。だから、パリやロンドンだけでなく地方都市にも多彩なカンパニーがあり、たくさんの実力のある振付家・ダンサーが活躍しています。 北仏アミアンを拠点とする今回のロレーヌバレエ団の魅力を知るうえで、このトリプルビルはオススメです。
桜沢 日本で見られる、というのが幸運ですよね。最近、私はバレエを見に行くってことを理由にして旅に出ることが多いんです。芳賀さんとニアミスだった香港もそうで、バレエが私に世界を開いてくれる。
芳賀 バレエは身体を通したコミュニケーションであり、同時に新しい知識、興味との出会いを生むものだと思います。日本では、バレエは「観る」よりも「踊る」ほうが好きという人がまだまだ多いですが、いろんな想像を膨らませて、新しい世界に行く理由を発見するためにも、作品をたくさん見て出会ってほしいと思います。 私はダンスを通じていろんな国、いろんな文化を見てきましたが、例えば私にとっては祇園祭の山鉾巡行もすごくダンサブルに感じます。数十人の山鉾の担ぎ手の足さばきがシンクロする瞬間のリズミカルさは、バレエの群舞の快感にとっても近い。ひょっとするとバレエ以上かもしれません(笑)。 例えばこういう見方ができたりするのも、バレエを「観る」という経験があってこそ。今回のトリプルビルを通して、新しい発見に出会っていただければ、とっても嬉しいです。