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2025年度 全国共同制作オペラ 歌劇『愛の妙薬』関連コラム

「杉原邦生(演出)×香原斗志(オペラ評論)トーク
ドニゼッティ『愛の妙薬』を語りつくす!」レポート

文:桒田萌(音楽ライター)
2026.1.5 UP

来月に迫った2025年度 全国共同制作オペラの最新作、 ドニゼッティ 歌劇『愛の妙薬』の関連イベントとして、ツアー最終地の京都公演をさらに味わっていただくために、演出の杉原邦生さんと、オペラ評論家の香原斗志さんによるスペシャルトーク「杉原邦生(演出)×香原斗志(オペラ評論)トーク ドニゼッティ『愛の妙薬』を語りつくす!」を開催しました。京都公演キャストの魅力から、杉原さんの演出ならではの見どころ、オペラはじめての方へのオススメの観方までたっぷり語り合った、充実のトークレポートをお届けします。

文:桒田萌(音楽ライター)


撮影:堺俊輔

恋をすると、人は通常ならとらないような行動に走ることがある。恋を成就させようと奮闘したり、ライバルの出現に焦っては邪魔したり――必死さと滑稽さが表裏一体となった恋をする人に“カワイイ”の視点を与え、オペラ『愛の妙薬』を現代にも響く舞台に昇華したのは、演出家の杉原邦生さんだ。
これまで歌舞伎やギリシャ悲劇など数多くの舞台作品を手がけてきた杉原さんが演出に込めた思いとは。オペラ評論家の香原斗志さんとともに登場し、2026年1月18日(日)の京都公演に向けて作品の魅力や見どころを語った。

セクシャリティやジェンダーなど、現代ならではの視点も取り入れて

2025年度全国共同制作オペラ『愛の妙薬』は、すでに東京公演と大阪公演を終えている。実際に鑑賞した香原さんは、その仕上がりに「よかったです」とポジティブな感想をこぼす。その上で、今回のテーマである“カワイイ”について、高く評価する。

「そもそも、『愛の妙薬』以前の喜劇オペラは、社会における格差や身分の違いによって役割が決まっている作品が多かったんですね。一方で、『愛の妙薬』は登場人物の間の身分の差はもうどうでもよくなって、身分が高いとはいえない主要キャラクター2人の愛の成就に、強くエールが送られている。そこに“カワイイ”というテーマを与えたのは、とても鋭いと思いました」(香原さん)

撮影:堺俊輔

 
『愛の妙薬』は、農園の娘・アディーナに恋をする青年ネモリーノが、嘘の惚れ薬=愛の妙薬に頼って恋を叶えようとするラブストーリー。杉原さんは初めて『愛の妙薬』を観た際に、「シェイクスピアなどの古典喜劇のような荒唐無稽さを感じつつ、登場人物たちが恋のために奔走している姿勢を純粋にカワイイと思った」という。恋する人ならではの“カワイさ”に着目することで、より多くの人に物語が届くのではないか――そう考えたと話す。
『愛の妙薬』は1832年に発表されたスペイン・バスク地方を舞台にした作品であるが杉原さんは国や時代の設定を取っ払い、現代劇のように仕立て上げた。
そのこだわりが表れたのは、セクシャリティに関する描写だった。たとえば、主人公・アディーナに恋をしているとされていたある男性が、実は別の男性を好いているのではないか……と思わせる演出もある。
それに加えて、ジェンダーバイアスの解放も見られた。例えば、女性のアディーナの衣装は「男性らしい服装」とされているジャケットとパンツ(そして黄色!)、そして男性のネモリーノの衣装は「女性らしい色」と思われがちなピンク色のジャケット。「もちろん恋愛はヘテロセクシャルだけのものではないですから、もっと広がりをもった形で届けたいと思いました。そして、女性はこういうもの、男性はこういうもの、といった固定観念も取っ払いたかった」と意図を語る。

東京公演での舞台写真(2025年11月9日 東京芸術劇場)撮影:藤本崇

「たとえばアディーナを演じる高野百合絵さんは比較的身長が高く、これまでの現場では男性よりも大きく見えないように、後ろの方に立つことを指示されたこともあったそうなんです。でも今回はヒールのある靴を履いてもらい、高野さんの個性でアディーナをかっこよく見せたいと思いました」(杉原さん)
それに対して香原さんは、『愛の妙薬』が本来的に持ち合わせている現代的な感覚についても指摘する。
「アディーナは今でいう“キャリアウーマン”ですよね。また、ネモリーノは教養をあまり持ち合わせておらず、気も弱く、いわゆる『男性らしさ』のあまりない人物。そうした特徴に杉原さんが目をつけたのは、とてもすばらしい着眼点だと感じました」(香原さん)
加えて香原さんは、アディーナを囲む対照的なキャラクターを演じる2人の男性歌手の魅力も解説。
「ネモリーノが歌うのは、弱い人が自分の気持ちを包み隠さず表現するような音楽です。京都公演でネモリーノを演じる糸賀修平さんならではの柔軟な歌声が、そのネモリーノをどう表現するのか楽しみです。一方で、アディーナにアプローチする軍曹のベルコーレを演じる池内響さんはエッジの立った力強い歌声。たとえば稀代の女ったらしを描いたオペラ『ドン・ジョヴァンニ』の題名役では、すごいカリスマ性と色気を発揮して、ほかの誰もが虜になってしまうくらいの存在感を発揮されていました。とてもおもしろいベルコーレになると思います」(香原さん)

人間関係に集中できるよう、舞台上は無駄を削ぎ落とす

普段、オペラ以外のさまざまな舞台を手がけることの多い杉原さんは、すべての作品に共通して「自分の共感できない点」に着目して演出を始めていくのだという。
「まずは共感できる部分とできない部分を洗い出します。共感ポイントをお客様に伝えるには、共感できないところをいかに見せていくかのプランニングが重要になるわけです。たとえば『愛の妙薬』の場合、『そもそも惚れ薬を信じるなんてあり得ない』と共感できない部分があって、その一方で音楽そのものにすばらしさを感じている。そんな音楽の魅力を伝えるために、惚れ薬を信じてしまうというツッコミどころを“カワイイ”に収斂させていきました」(杉原さん)
それにたいして香原さんは以外にもドニゼッティとの共通点を指摘した。
「実は、ドニゼッティ自身も、惚れ薬には共感していなかったフシがあるんですよ。あれはあくまでも純愛を成就させるための小道具だったんです。ネモリーノが、惚れ薬のおかげで愛が成就したと信じているとしたら、とても滑稽です。でも、そのツッコミどころにあえてツッコミを入れず、彼に『人知れぬ涙』という、滑稽さなど全然感じさせない真摯で高貴なアリアを歌わせたんです」(香原さん)
工夫は舞台にも表れている。例えば、舞台に大きく鎮座する表がピンク色、裏が黒色の大きなハートのオブジェについて、「場面の変化や登場人物の心情に応じて、移動したり回転して色が変わったりします」と杉原さんは説明する。

東京公演での舞台写真(2025年11月9日 東京芸術劇場)撮影:藤本崇

「舞台上は、できるだけ無駄を削いで、あくまでもシンプルにと舞台美術家の金井勇一郎さんと話し合いを重ねていきました。美術を作り込んでしまうと、ときに具体的なイメージが立ち上がりすぎてしまい、観客がそのセットを見るだけでどこか満足できてしまうことがあると思います。余白のある舞台にするからこそ、観客の視点はより人物に向かっていく。例えば、『あの人はこの人が好きなのかも』と人間関係の矢印に敏感になったりする。観客が思考し、想像できる余白を持っている、そんな空間にしたかったんです。これは、オペラに限らずいつも心がけていることです」(杉原さん)
また、本来の筋書きには存在しないオリジナルのキャラクター=「妖精」を6人登場させた。現代劇の俳優やダンサーがアサインされ、これまでのオペラにはない新たなスパイスとなっている。
「この妖精たちは、ギリシャ悲劇における“コロス”のような役割を果たしていて、物語の進行を見守ったり登場人物の心情に寄り添ったりする、観客と舞台のパイプ役なので、彼らがどんな表情や動きをしているのかを追うことで、物語がより多層的に見えてくると思います。彼らの存在はとても重要で、全体稽古の終了後に妖精のみの稽古を行うなど、注力して作り込みました」(杉原さん)

東京公演での舞台写真(2025年11月9日 東京芸術劇場)撮影:藤本崇

また、指揮者のセバスティアーノ・ロッリさんとのコミュニケーションから得られたアイデアもあった。
「作品の成り立ちやドニゼッティのこだわりについて話を聞いた際、『この時代のオペラは、合唱で登場する人たちも物語に登場する役として演じるようになった。《愛の妙薬》における合唱隊も村人の一人ひとりであるから、その点を意識した演出を期待しています』と言われて。合唱の皆さんの演出にもきちんと力を注ごうと思っていたこともあり、そのアドバイスを踏まえ、合唱隊の中に友人関係やカップルなど人間関係を設定したり、主要人物に恋をしている素振りを見せる人もいたりするなど、振付の北川結さん、仁科幸さんと共に、一人ひとりのリアクションや動きにもこだわりました」(杉原さん)

撮影:堺俊輔

「演出を見せつけるための演出」にしない

今回が初めてのオペラ演出となった杉原さん。そもそもオペラには台本はなく、楽譜に書かれた情報(音楽の展開や歌詞など)によって物語を読み込んでいく。時には読み違いが発生することもあったというが、歌い手とのコミュニケーションで理解や発見を得ることができ、「オペラを演出するということは、あくまでも音楽に演出をつけていくことなのだ」と気付いたという。
「演出の解釈を見せつけるための演出をするのではなく、あくまでも音楽(楽譜)に則って演出をしていく。それを飛び越えてはいけないという意識がどんどん強くなっていきました。あくまでも、観客の皆さんが舞台上で起きていることを、それはもちろん音楽も含めて、『これは自分の物語なのだ』と受け入れられるようにしたいと思いました」(杉原さん)

撮影:堺俊輔

さまざまなオペラの現場を目の当たりにしてきた香原さんも、「その姿勢はとても大事なこと」と指摘。
「実は、その大前提を飛び越えてしまう人はたくさんいるんですよ。演出家として評価されるために、これまでにない新しい物語の読み方や解釈を行おうとする風潮は欧米にもあります。それで本来の作品の本質を押さえられるといいのですが、中にはずれてしまうケースもあるものです。その点、杉原さんはドニゼッティが描きたかったことを押さえていたと思います」(香原さん)
最後に、今回の『愛の妙薬』についてみどころを2人に語ってもらった。
「オペラは「楽しめるかな?」「理解できるかな?」など、どうしてもネガティブなイメージを抱きがちだと思いますが、この作品はシンプルなストーリーでハッピーエンドなので、観ながら楽しく温かい気持ちになれると思います。オペラ初心者の方にもおすすめの作品ですので、初めての方もぜひオペラの世界に飛び込んでみていただきたいです!」(杉原さん)
「オペラというと、ハードルの高さを感じる人も多いかもしれません。でも、実は音楽に、芝居に、美術に、ダンスに、と情報量が多い分、とても理解しやすくて、僕はむしろ敷居が低いものだと思っています。今回の『愛の妙薬』は音楽やお芝居の魅力がたくさん詰まっているので、これからオペラを楽しみたい人にとっていい入り口になると思います」(香原さん)

撮影:堺俊輔


◆公演情報
〈ロームシアター京都10周年記念事業〉2025年度全国共同制作オペラ
ドニゼッティ 歌劇『愛の妙薬』

2026年1月18日(日)14時開演
https://rohmtheatrekyoto.jp/event/134533/

演目:歌劇『愛の妙薬』(全2幕、イタリア語上演、日本語・英語字幕付き/新制作)
作曲:ガエターノ・ドニゼッティ
台本:フェリーチェ・ロマーニ
指揮:セバスティアーノ・ロッリ
演出:杉原邦生(KUNIO)

出演
アディーナ:高野百合絵
ネモリーノ:糸賀修平
ベルコーレ:池内響
ドゥルカマーラ博士:セルジオ・ヴィターレ
ジャンネッタ:秋本悠希
ダンサー:福原冠、米田沙織、内海正考、水島麻理奈、井上向日葵、宮城優都
合唱:堺+京都公演特別合唱団
管弦楽:京都市交響楽団

  • 桒田萌 Kuwada Moe

    編集者/音楽ライター。京都市立芸術大学音楽学専攻を卒業。音楽雑誌や音楽系Webメディア、音楽ホールの広報誌などでのアーティストインタビューやエッセイの寄稿を行うほか、プログラムノートやライナーノーツの執筆を行っている。

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