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2025年度 全国共同制作オペラ 歌劇『愛の妙薬』関連コラム

「カワイイ」で生まれ変わった恋のファンタジー

文:飯尾洋一
2025.12.9 UP

いよいよツアー最終地!1月18日に京都公演にて千秋楽を迎える2025年度全国共同制作オペラ 歌劇『愛の妙薬』。飯尾洋一氏の東京公演レポートをお届けします。

文:飯尾洋一


2025年11月9日 東京芸術劇場(撮影:藤本崇)

 あらゆるオペラのなかで、もっともよくできたラブコメがドニゼッティの「愛の妙薬」だと思う。オペラにしては珍しいほど話が整理されており、ストーリーと音楽が無理なく結びついて、観客を温かい気分にしてくれる。恋のライバルもいれば、インチキな薬売りも登場するが、この物語に悪人はいない。悪が存在しない美しい世界が描かれる。
 全国共同制作オペラではさまざまな分野で活躍する演出家が招かれ、毎回大きな話題を呼んできた。2025年度の歌劇「愛の妙薬」を演出したのは杉原邦生。ギリシャ悲劇からシェイクスピア、現代劇、歌舞伎まで、幅広いジャンルを手掛けてきたが、オペラは今回が初挑戦となる。「悲劇の演出家」を自認する杉原が、意外にも喜劇に取り組むことになった。
 事前の記者会見で杉原が挙げていた演出上のキーワードは「カワイイ」。もともとの「愛の妙薬」はスペインのバスク地方の小村を舞台としたラブストーリーだが、今回の演出は時代も地域も特定しない。11月9日の東京芸術劇場での公演に足を運んだところ、まっさきに目を奪われたのは舞台中央に鎮座する巨大なショッキングピンクのハートマーク。壁面も床も真っ白で、白とピンクの鮮やかなコントラストは、「愛の妙薬」を純朴な人々が暮らす田舎の物語から、現代のファンタジーへと更新する。主人公の青年ネモリーノもピンクのジャケットを着用する。この演出独自のアイディアとして起用されたダンサーたちもピンク色に染まっている。偽の惚れ薬を売るドゥルカマーラは紫色の衣装。一方、強気なヒロインのアディーナはぐっと落ち着いた黄色と黒のチェック柄をまとい、主人公の恋のライバルであるベルコーレ軍曹は黒。どうやら、地に足のついていない人物ほど彩度の高い色を身につけているようだ。ポップでカラフルな舞台は、それだけでもカワイイ。

2025年11月9日 東京芸術劇場(撮影:藤本崇)

 だが、このオペラで真にカワイイのは、ネモリーノというキャラクターだろう。高嶺の花のアディーナに一途な思いを寄せ、惚れ薬を買うためだったら軍隊に入ることも厭わない。惚れ薬を真に受けて、薬を飲んだとたん、強気な態度になる。ああ、バカだなあ……と思って観ている観客席の元青年たちも、かつては心のなかにネモリーノを飼っていたのでは。
 歌手陣の好演も光っていた。ヒロインのアディーナを歌ったのは高野百合絵。どこからどう見てもアディーナそのもの。声で可憐さと芯の強さを表現する。東京公演でのネモリーノは宮里直樹。最大の聴きどころ「人知れぬ涙」では思い切りのよい表現で場内の喝采を浴びた。京都公演では糸賀修平が同役を歌う。指揮を務めたのはセバスティアーノ・ロッリ。すっかり作品を手の内に入れ、オーケストラからしなやかな音色を引き出す。音楽の自然な流れと豊かな抒情性こそがドニゼッティの魅力であることを痛感させてくれた。

2025年11月9日 東京芸術劇場(撮影:藤本崇)

 

◆公演情報
〈ロームシアター京都10周年記念事業〉2025年度全国共同制作オペラ
ドニゼッティ 歌劇『愛の妙薬』

2026年1月18日(日)14時開演
https://rohmtheatrekyoto.jp/event/134533/

演目・作曲・台本・指揮・演出
演目:歌劇『愛の妙薬』(全2幕、イタリア語上演、日本語・英語字幕付き/新制作)
作曲:ガエターノ・ドニゼッティ
台本:フェリーチェ・ロマーニ
指揮:セバスティアーノ・ロッリ
演出:杉原邦生(KUNIO)

出演
アディーナ:高野百合絵
ネモリーノ:糸賀修平
ベルコーレ:池内響
ドゥルカマーラ博士:セルジオ・ヴィターレ
ジャンネッタ:秋本悠希
ダンサー:福原冠、米田沙織、内海正考、水島麻理奈、井上向日葵、宮城優都
合唱:堺+京都公演特別合唱団
管弦楽:京都市交響楽団

  • 飯尾洋一 Yoichi Iio

    音楽ジャーナリスト。著書に『クラシックBOOK この一冊で読んで聴いて10倍楽しめる!』新装版(三笠書房)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『マンガで教養 やさしいクラシック』監修(朝日新聞出版)、『マンガでわかるクラシック音楽の歴史入門』監修(KADOKAWA)他。音楽誌やウェブ媒体、プログラムノートに寄稿するほか、テレビ朝日「題名のない音楽会」音楽アドバイザーなど、放送の分野でも活動する。

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