
撮影:堺俊輔
2025年10月18日(土)、ロームシアター京都が主催する「“いま”を考えるトーク」第26回として、ノースホールでリーディング公演『不可能の限りにおいて』及びトークが行われた。本企画は「KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭 」との共催で、上演作品はポルトガル出身の演出家・劇作家ティアゴ・ロドリゲスさんが、戦争や災害現場において人道支援に従事する人々へのインタビューをもとに創作した戯曲である。今回はこの日本語版が、今野裕一郎さんが率いるパフォーミングアーツ・コレクティブ「バストリオ」によって一回限りのリーディング公演*として上演された。また上演後にはバストリオのメンバーに加え、本戯曲の翻訳を手がけた藤井慎太郎さん、これまで世界20カ国以上で人道支援に携わってきた桑名恵さんをゲストに迎えてトークセッションが行われた。本レポートでは後半のトークセッションのアーカイブとして、桑名恵さんによる「人道支援の基礎知識」についてのレクチャーや登壇者によるクロストークを掲載する。
壮絶な現場で働く人たちの証言から生まれた本作は、ドキュメンタリー性の強い戯曲といえる。翻訳劇として上演される場合、ともすれば当事者性やリアリティが希薄になる可能性も考えられるだろう。しかし今回の上演においては、翻訳や演出、俳優たちのみずみずしい感性や表現力、身体性が見事に作用し、高い没入感を伴う濃密な観劇体験がもたらされていた。むしろ、現場の手ざわりや空気の重さ、切迫感までもが観客の感覚に迫るものとして立ち現れ、遠い国で起きているはずの現実が「いま、この瞬間」へと強く引き寄せられていたように感じた。クロストークではこうした作品世界に鋭く迫ることで、作品の主題のみならず、世界各地で紛争が増加する「いま」という時代を見つめる手がかりとして、演劇や翻訳が果たしうる役割や可能性を示唆する豊かなひとときとなった。と同時に、心に深く刻まれる演劇や戯曲と出会う楽しみ、鑑賞を通して自身の視野や心の幅が広がっていく喜びを再認識できた機会にもなったように思う。
*基本的には俳優が台本を手にして上演をする公演(今回はさまざまな演出が行われた)。
登壇者:
バストリオ メンバー:今野裕一郎、坂藤加菜、佐藤駿、砂川佳代子、中條玲、橋本和加子、本藤美咲
桑名恵(近畿大学国際学部教授、緊急人道支援学会事務局長)
藤井慎太郎(早稲田大学文学学術院教授)
司会:儀三武桐子(ロームシアター京都)
クロストークに先立って①
上演後のトークセッションでは最初に、ゲストの藤井慎太郎さん、桑名恵さんが、観劇直後の率直な思いを、バストリオのメンバーが上演を終えた感想を言葉にした。それぞれの心が強く震えた瞬間や鋭い考察の数々は、後半のクロストークの内容を深める端緒となっていた。
◾️藤井慎太郎さんのコメント

藤井慎太郎 撮影:堺俊輔
本日は上演をありがとうございました。「リーディング公演と呼ぶにはもったいない」とあらためて感じたほど、大変力のこもった作品を見せていただき、胸がいっぱいです。ティアゴ・ロドリゲスさんのオリジナル版では音楽やパーカッションが重要な役割を担っているのですが、本公演でもギリシャ悲劇における「コロス(合唱隊)」になぞらえるかのように、役者さんたちが次々と立ち現れていた点が印象的でした。戯曲に内在するコロス性を巧みにくみ取り、作品全体を極めて音楽的に演出いただいたと感じています。
また、本作では全体を整然とまとめ上げるというよりも、雑然としたかたちのまま、断片が断片のまま、謎が謎のまま残される演出や構造を持っていたように思います。昨今は世界においても日本においても、異質なものを排除し、純粋性や同質性を高めようとする傾向が強まっていますが、バストリオさんの作品からこれに明確に抗う姿勢、ある種のマニフェスト的なものを感じました。ロドリゲスさんの戯曲は、「人間が人間らしくいられる状況」が当然与えられるものではなく、奇跡に近いことであることを思い起こさせてくれますが、バストリオの皆さんはひとつの集団でありながらも決して同質な集団に収まることなく、個が個として存在していた。そのあり方に大きな希望と可能性を見出した気がします。
◾️桑名恵さんのコメント

左から桑名恵、中條玲 撮影:堺俊輔
私は普段、あまり演劇を観る機会がありません。だからこそ今日の観劇体験を通じて、自分が30年近く関わってきた人道支援の現場で抱えてきた葛藤や、きれいごとでは済まされないドロドロした感情までが表現されているのを目の当たりにし、「演劇ではこんなことができるのか」と強い感銘を受けました。いまこの瞬間も、心のセンサーがドクドクと動いています。共感できるシーンも非常に多く、雑然とした机ひとつを取っても、現場のリアルな空気があふれていました。「ただの仕事なんです」という言葉、「他人のためと言いながら、実は自分のため、自己肯定感のためではないのか」という葛藤は、まさに私自身がこれまで直面してきたものだと感じました。また、「こうした思いは友人や家族にはなかなか話せない」というシーンにも、深く自分を重ねていました。
このような作品を、世界各地で紛争や自然災害が多発している“いま”という時代に取り上げ、鋭く五感に訴えるかたちで届けてくださったことに深く感動していますし、心から感謝しています。一方で、まだ自分の中で十分に咀嚼しきれていない部分もありますので、後ほどお話を伺いながら、さらに理解を深めていけたらと思っています。
◾️バストリオ 橋本和加子さん(出演者)のコメント

左から本藤美咲、橋本和加子 撮影:堺俊輔
今回のお話をいただき、戯曲を読ませていただいたときに、率直に「なんてすごい内容なんだ」と驚いたのを覚えています。そして、バストリオのメンバーがそれぞれにこの素晴らしい戯曲と真摯に向き合ってくれたからこそ、本日の本番を迎えることができました。制作のプロセスにおいては、最初に翻訳を担当された藤井先生にご挨拶に伺った日のことが強く印象に残っています。なぜこの戯曲を翻訳したのかという、藤井先生を突き動かした動機をお伺いしたことで「上演をなんとしても成功させたい」と決意を新たにし、この日が私たちのスタート地点となりました。無事に上演を終え、ゲストの皆さん、観客の皆さんとこの場を共有できることをうれしく思います。
クロストークに先立って②プレレクチャー「人道支援とは?」

撮影:堺俊輔
続いて、長年にわたり、中東やアフリカ、アジアなどの紛争地域や自然災害後の現場で人道支援に従事してこられた近畿大学国際学部教授の桑名恵さんから、「人道支援の基礎知識」についてのレクチャーが行われた。人道支援の歴史や主要な支援機関の紹介に加え、2025年時点の世界における人道危機の現状、さらには国際支援が直面する課題も言及され、現在の人道支援を取り巻く全体像を一望する機会となった。
まずは「人道支援」の定義だが、主要な国際機関では「人為的な危機や紛争、自然災害時における被害者の人命救助および苦痛の軽減、人間の尊厳を確保する活動」と定められていると桑名さん。この活動には緊急対応のみならず、災害予防や復旧・復興支援なども含まれているという。続いて、国際人道支援の生みの親である、スイス⼈の実業家で1864年に国際赤十字社を創設したアンリー・デュナン氏の功績も紹介された。
なお、現在の人道支援活動の諸原則は、1991年の湾岸戦争による混乱を契機に採択された国連総会決議に基づいているという。本原則では、人間の苦難は見過ごされるべきではなく最も脆弱な人々の生命と尊厳を確保する《人道性》、国籍や人種、宗教などによるいかなる差別も行わない《公正性》、対立する当事者の一方に加担しない《中立性》及び政治や経済、軍事などいかなる立場にも左右されない《独立性》が明記されているそうだ。
次に紹介されたのは、人道支援の担い手について。国連などの国際機関をはじめ、各国政府やNGO、軍隊、地域機構などその担い手は多岐にわたるが、支援額では国際機関が最も高く、続いて国際NGO、国際赤十字グループの順となる。なお、実際の支援現場では、各機関が個別に活動するのではなく、避難所・保健衛生・食糧支援など、支援分野ごとに「共同体 (クラスター)」を組織し、その下で協働することで支援の重複や空白を防ぐアプローチが採用されているという。
悪化する人道危機と国際支援の課題

撮影:堺俊輔
近年の人道危機の状況について、「混迷する世界情勢を受け、年々悪化の一途をたどっている」と語った桑名さん。土地の強制移動を強いられている難民や国内避難民は年々増加しており、2023年の調査では1億 3000 万人に上るという。自然災害の数は1980年代に比べ3倍になっているそうだ。2025年の最新データによれば、最も多くの人道支援を受けている地域はパレスチナのガザ地区。続いてウクライナ、イエメン、スーダン、アフガニスタン、シリア、コンゴ民主共和国、レバノンの順となる。
人道支援がこれまで以上に求められる一方、桑名さんは「必要な支援資金の半分以下しか調達できていない現状がある」と指摘した。国別の人道支援における最大のドナーは全体の約4割を占めるアメリカ合衆国だが、第2次トランプ政権下におけるUSAID(米国際開発局)解体の影響を受け、拠出額は2025年度に1割削減、2026年度には3〜4割削減される予測があるとも。資金不足の状況はますます厳しくなるだろうと言及した。
レクチャーの最後に桑名さんが言及したのは、近年の人道支援において「外部支援者と被災者は、常に相互に入れ替わりうるプロセスの中にある」という点であった。平和国家とされる日本においても、地震や台風などの自然災害時にこれまで多くの国や組織から人道支援を受けてきたが、その背景には「過去に日本が多くの人道支援を行ってきたことで、他国との間に信頼や絆が築かれていた」ことが理由のひとつだという。一方で、ガザ地区のように、被災国の政治や治安情勢によっては、外部の支援組織が現地に入ることすらできない場合もある。こうした状況下では、現地の被災者が自ら人道支援を行わざるをえない。もっとも苦しい立場にある地元の人々が、命の危険にさらされつつ、歯を食いしばりながら支援を担っている現状は決して見過ごすことができないだろう。
支援者はいつでも被災者になりえる存在であり、また被災者自身が次の支援者になるのが現在の人道支援を取り巻く現実である。これからの人道支援に求められるのは、「支援する側/される側」という単純な二分ではなく、立場を越えて互いに知恵を出し合い、共同して取り組んでいく姿勢であると桑名さんは結んだ。
クロストーク|バストリオ×桑名恵さん×藤井慎太郎さん
翻訳と演劇の可能性—— “不可能の世界”を目の前に出現させるために
トーク後半では、バストリオの制作・出演メンバー7名に加え、ゲストの桑名恵さん、藤井慎太郎さんを迎えたクロストークが行われた。主なテーマは、バストリオの独創的な上演手法やアプローチについて。制作の舞台裏に迫ることで、平和国家・日本に暮らす私たち観客の眼前に、彼らがいかにして臨場感をもたせながら、壮絶な戦争や災害の現場、難民キャンプや救護テントといった人道支援の現場で生きる人々の日常を立ち上げ、そして劇中でいう「不可能」(人道危機に瀕する地域)と「可能」(それ以外の平和な世界)の間で苦悩する支援者たちの証言を届けていったのか——そのプロセスが明かされた。また、藤井さんからは本作との出会いや翻訳を決意したきっかけや、桑名さんからは人道支援に携わる当事者として感じた本作の魅力が語られた。
◾️戯曲の翻訳版が生まれたきっかけ
——藤井先生にお伺いします。本戯曲を藤井先生がフランス語から日本語に翻訳してくださったからこそ、本日の公演が実現しました。藤井先生と本作との出会い、翻訳までの経緯をお聞かせください。
藤井:本作の原作「Dans la mesure de l’impossible」は2022年2月に、スイス・ジュネーブにある劇場「コメディ・ドゥ・ジュネーブ」で初演されました。戯曲を手がけたのはポルトガル出身の劇作家・演出家・俳優のティアゴ・ロドリゲスさん。1977年生まれの比較的若い世代の作家です。ジュネーブには国際赤十字社と国境なき医師団の本部がありますので、これが作品創作の背景になったのでしょう。私が本作を鑑賞したのは、初演の翌年 7月のフランスのアヴィニョン演劇祭。急遽公演がキャンセルされた作品の埋め合わせとして上演されたのが本作でした。この時は純粋に素晴らしい作品だと感じ、ウェブサイトで劇評を書かせていただき、「世界の苦しみと演劇の喜び、その二つを両立させた稀有な作品」と評しました。
ところがその3か月後の2023年10月7日、パレスチナのイスラム組織ハマスによるイスラエルへの奇襲攻撃を契機に、現在まで続くガザの深刻な人道危機が発生しました。この出来事を受けて、この戯曲を日本語に翻訳し、日本で上演につなげることが「今の自分にできる数少ない社会との関わり方なのではないか」と考えるようになったのです。そこで大学の春休みを利用して集中して翻訳作業を行いました。これを携えて国内の演劇関係者の方々に上演できないかと相談を始めたのが出発点です。KYOTO EXPERIMENT、ロームシアター京都にもご相談をさせていただき、「2024年のプログラムとして上演できないか」という段階まで話は進みましたが、翻訳や上演に関する許可がなかなか下りず、結果として1年先送りに。そしてようやく本日、この場を迎えることができました。
原作者のティアゴ・ロドリゲスさんについて補足しますと、ロドリゲスさんは1997年に「tg STAN(ティージースタン)」というベルギーの劇団に俳優として参加することからキャリアをスタートします。この劇団は演出家不在で俳優だけで創作を行うユニークで自主性の高い劇団です。その後2003年にポルトガルで自身の劇団を旗揚げします。2015〜21年にかけてはポルトガルの国立劇場の芸術監督を務めました。この時期にアヴィニョン演劇祭に度々呼ばれて作品を発表しており、私はこの頃から彼の作品を観ています。その後2022年にアヴィニョン演劇祭のディレクターに就任し、同祭のディレクションを3度手がけています。なお、2025年春には「SHIZUOKAせかい演劇祭2025」(静岡市)で本作の来日公演があり、オリジナルの戯曲(フランス語)で上演が行われました。

藤井慎太郎 撮影:堺俊輔
◾️自らの身体と日常を舞台へ持ち込む——バストリオの試みと演出手法
——続いてバストリオのみなさんに、本作の演出や上演手法について伺っていきます。具体的には舞台上の「もの」、音、言葉の3点にしぼってお聞きします。
まずは「もの」についてですが、本作では「ものの扱い方」が非常に印象的でした。特に五感を刺激するものや、形や位置が変化していくものが多く配置されていたように感じます。たとえば、舞台では30分前の開場の時点から調理(トマトのスパイス煮込み)が行われ、出来上がり、テーブルに置かれて器によそわれた状態から上演がはじまりました。また、上演中にはコーヒーを淹れる場面があり、芳しい香りが漂っていました。一方で水の扱いも印象的でしたし、机が解体され、動かされることもあれば、大きなヴェールが仕切りになったり、包むものへ変化することもありました。このように上演中は舞台上のあらゆる「もの」の姿や状態が変わり続けており、すべてが「進行中で仮設の状態」であるような印象も受けました。こうした演出の意図や狙いをお聞かせいただけますでしょうか。
今野:本作の演出を務めた今野です。今例に挙げてくださった行為は、実はこの作品のために特別に取り入れたものではありません。普段から自分たちが作品をつくるなかで、自然と持ち込まれていることなんです。俳優は誰でも俳優である以前に、実在の人間としての名前があり、人生があります。仮に俳優が30歳であれば30年生きてきた人間が舞台上にいるという、決して消せない事実がある。自分は普段から、このことを抜きにして上演することはできないと考えています。バストリオの作品では「特別な役を演じる」というよりも、その人が持っているさまざまな背景や感覚が、結果として舞台上に立ち上がってくるという風に捉えています。

今野裕一郎 撮影:堺俊輔
今野:たとえば、今回舞台上で料理をしていた中條玲くんは、コロナ禍に料理を始め、そこから本格的に腕を磨いてきました。自宅で料理を振る舞うパフォーマンスをしたり、店で料理をふるまうことも。そうした彼の日常や経験と地続きのものが舞台上にそのまま現れている、という感覚です。中條くんからも一言お願いします。
中條:最近のバストリオの公演ではいつも舞台でご飯を作っていますが、今回は一回限りの上演ということもあって、今野さんと「作るけれど、食べない(食べられない)」という状況にできるかもしれないねという話になりました。それで、舞台の机上はいわゆる雑然とした現場感を出しました。ここに人が集まってきて、ご飯を食べることもできるけれど、それ以外のことも同時に起きているような……。緊急の現場ではきっと十分な調理時間はないだろうし、食事もゆっくりできないだろうから、すべてに火が通っていなくてもお腹に当たらないもの、たとえばトマト缶の煮込みや、水煮の大豆、加工肉などを使って調理しました。
ところで、桑名先生にお聞きしたいことがあります。人道支援の現場では、どんなものを食べられているのでしょうか? 戯曲を読んでみなさんの生活や食事を想像しようと試みましたが、あまりにも遠い世界でうまく想像ができなくて……。

中條玲 撮影:堺俊輔
桑名:現場の状況によって異なり、現地社会がある程度機能している現場では、現地の方にお願いして料理を作っていただくこともあります。一方で、紛争や災害被災直後の避難所のような仮設テントでは、水すら十分にない状態です。缶詰のような非常食、配給の水とラーメンなど、ごく簡易的なものを食べています。本日舞台に出ていたものと近いと思いますよ。
——舞台上での水の扱いも印象的でした。至る所で水が容器から容器に移し注がれ、慎重に運ばれていました。ある場面では今野さんが水を口に含み、それを別の場所へ移す動作などもありましたね。
今野:水もまた、普段の作品でいつも使っているんです。使っているというより、これも自然と作中に現れるという感覚なのですが。今回はタッパやコップ、さまざまな器に水を入れ、主に佐藤くんがそれを運ぶという演出にしています。確か、稽古場で猫の話になったのがきっかけだった気がします。バストリオは猫を飼っている人が多くて……。
佐藤:普段やっていることを作中に持ち込んでいく過程で、稽古中に「朝起きてまず何をするか?」という話になったんですよね。それで、「自分は猫を飼っているから、朝起きたらまず水を飲んで、同時に猫の水も替える」という話をしたんです。それがそのまま作品に乗っかっていったように思います。

佐藤駿 撮影:堺俊輔
今野:「タッパに水を入れて置いておいたら、猫が本当に来るみたいだね」という話もしましたよね。作中でも《親愛なる同僚》というチャプターで、猫を飼っている人の話が出てくるのですが、作品の世界でも猫を飼っていて、現実の世界でも猫を飼っている……という重なりもおもしろいと思いました。それで稽古中に、タッパに水を入れて運び始めたんです。すると、「いろんな場所に容器を置くと、そっちに猫が行く気がする」という声が出たり、他のメンバーもそれぞれ自分の飼っている猫のことを思い浮かべるようになって。そんな連鎖が自然に起きて、水を扱うシーンが増えていきました。
◾️バストリオが紡ぐ「ことば」
——続いて音の響きについて、「楽器」と「声」に着目してお伺いします。本作ではいろんな楽器が用いられていましたが、その吹き方が非常に特徴的でした。口というか喉から聞こえてくる音だったり、サックスやクラリネットについても、いわゆる音色を奏でるというよりも、管に空気を通し、その通過によって生じる振動や揺れ、摩擦そのものを響かせているようでした。どのようなことをイメージして演奏されていたのでしょうか。
本藤:音楽を担当した本藤です。音楽でもやっぱり、普段やっていること、考えたり感じていることを舞台に持ち込んでいる気がします。管楽器を長く演奏しているせいか、私は楽器と口、そこから内臓から器官まで体中が全部つながっている感覚があるんです。楽器が身体の管の一部というか、自分の身体を拡張してくれる存在というか……。だから普段の演奏でも、こうした感覚を持った上で「どんな音を出せるだろうか?」と探求することに興味があります。本作では稽古場でもいろいろな音を出して試していきながら、最終的に「ここにはこの音かな」と自分が感じたものを置いていきました。

本藤美咲 撮影:堺俊輔
——「日常と地続きである」という点では、今野さんや音響を担当されたSKANK(スカンク)さんも、何度も舞台に登場していましたね。ものを運んだり、役者さんにふれたり、さまざまな行為をされていたのが印象的でした。スピーカーの配置も1箇所にとどまることなく、SKANKさんによって上演中ずっと動かされ続けていました。
今野:僕の中では、役者とスタッフの境界ははっきりしていません。どちらかの手が足りなければ、動ける人が必要なことをやればいいと思っていて。自分が舞台に立つのも、ただやるべきことをしに行くだけです。SKANKさんが舞台上に出てくるのも、僕にとってはごく自然なこと。SKANKさんとはこれまで何度も一緒に作品をつくってきて、強い信頼関係があるためですが。今回はチェロを弾いてもらいましたし、「舞台上でスピーカーが動いたら、音の聞こえ方が変わっておもしろいんじゃないか?」という提案をしてくれました。実際に動かそうとすると、コードの長さや安全面といった現実的な問題が立ち上がってくるんですよね。でも、何かが動いた瞬間、受け取る側の身体や意識も少し変わる。そうした偶然性や可能性に、僕は作品をつくるときに大きな希望を感じています。SKANKさんとは、こうした感覚をとてもよく共有できるんです。
――音ともリンクしますが、役者さんの「発話の仕方」も心に残りました。最初はひとりの方が発話されていて、それを引き受けるような形で、途中から他の役者さんが発話していく場面もあれば、日本語版の戯曲にはない関西弁も使われていました。それから、声だけでなく、手話のような身振りによる発話も。どのような演出意図があったのでしょうか。
橋本:関西弁で話していたのは、大阪出身の橋本です。そもそもこの戯曲は、インタビューをもとにつくられていますよね。原作者のロドリゲスさんは、俳優たちとともに実際に人道支援の現場で働く人たちに会いに行き、その場で「彼らが語る言葉」を直接聞いています。そして、その言葉を自ら引き受けて戯曲として発表しています。しかし、私たちは当然その場に立ち会っていませんし、実際に読んでいるのも翻訳された言葉です。その時点で、インタビューされた人と私たちの間には大きな距離がある。それも、関西人の私にとってはその言葉を標準語で読むと、距離がさらに遠くなってしまうように感じたんです。それで、自分にとってのネイティブな言葉である関西弁で発したいと思いました。
藤井:一言だけよろしいでしょうか。私が翻訳したのはもちろんすべて標準語でしたが、バストリオさんのこの読み替えはすごくうれしいものでした。実はロドリゲスさんの原作はポルトガル語で執筆され、フランス語に翻訳されていますが、上演中はフランス語と英語、ポルトガル語、3つの言語がミックスされて用いられています。ですから、今回の関西弁への読み替えはとても気に入った部分でした。
坂藤:身振りについては坂藤からお答えします。過去のバストリオ作品の中でも、身振りの発話は何度も行っており、毎回今野さんから「テキストを元に動きを作ってみて」と言われ、自分自身で創作してきました。今回は《手に手を取り合って》というチャプターで用いたのですが、創作で用いたテキストは本作の戯曲ではなく、今野さんが選んだパレスチナの作家ガッサーン・カナファーニーの小説『太陽の男たち』という作品の一節でした。

坂藤加菜 撮影:堺俊輔
今野:このシーンでは翻訳テキストをそのまま演じるのではなく、多少受け取られ方がずれてしまったとしても、「原作と同じような感覚が立ち上がる」ことを目指して演出を加えました。奇をてらったわけではなく、翻訳テキストに真摯に向き合った上での判断です。
少し長くなりますが創作プロセスを話すと、今回は上演時間の都合でオムニバス形式である本作からいくつかの話を割愛しています。そのひとつが《おそれ》でした。ロドリゲスさんの演出では、作中で俳優が「ファド(ポルトガルの大衆歌謡)」を歌う極めて演劇的かつ象徴的なシーンがあるのですが、僕らはファドを歌うことはできないし、そもそも言語も分からない。メンバーで熟考を尽くした上で、早い段階でこの話は上演を断念することにしました。おそらくポルトガル生まれの方なら、この歌を聞いた瞬間に、強烈なサウダージ(郷愁)や感動が呼び起こされたことでしょう。日本人である僕らには起こらなかったけれど。ただし上演の断念はしたものの、これを機に「自分たちが持ちえる言語表現とは何か?」については、継続して正面から向き合い、考え続けることになりました。
たとえば、今回の翻訳は藤井先生を介した言語であり言葉であり、別の方が訳せば別のものになったことでしょう。僕はここに、翻訳という行為の創造性を強く感じたんです。翻って僕らの言語とは何かと考えた時に、坂藤さんのダンス(身振り)も、本藤さんが紡ぐ音色も、橋本さんの関西弁もそうだと思った。《おそれ》におけるファドのように、あるシーンで語られる言語が正しく翻訳されて、正しく届くことよりも、「目の前の人間が発する生身の言語がここにある」ということを重視したいと思った。その言語が話されたときに、「戯曲とは違うけれど、同じように感じる」瞬間を生むことはできないだろうか——。それが今回の作品で、このシーンでもっとも強く意識し、演出的に手を加えた部分だったと思います。
――リーディング公演では、紙に記された戯曲のテキストを読むことで物語が立ち上がります。その上で「紙」もまた重要な小道具といえるかもしれません。俳優の皆さんがテキストを読んでは次々と紙から手を離していくシーンは特に鮮烈でした。この行為によって、戯曲の言葉が俳優自身の言葉へと移り、さらに発話を通して、客席で聴いている誰かへと確かに手渡されていくように感じられました。
砂川:ありがとうございます。今回は、俳優がそれぞれ今野さんと一対一で面談を行い、各自がどのようにテキストと向き合うかをかなり綿密に話し合いながら、構築していきました。ですから、俳優それぞれが独自のアプローチを採っているんです。それぞれがかつて経験した感覚が生きる場面もあれば、想像がまるで追いつかないものも。難しい作業でしたが、とても貴重な経験になりました。

砂川佳代子 撮影:堺俊輔
◾️演劇と社会の接点
――桑名先生にお伺いします。本戯曲では、冒頭とラストに人道支援者の方々がインタビューされている様子がそのまま組み込まれています。「自分たちがどのように見せられるべきか」とか、「作品に何を盛り込むべきか」「これを盛り込んでほしい」などの発言もありますが、まさに取材される側だったかもしれないお立場として、桑名先生は本作をどうご覧になられましたか?
桑名:メディアの取材はこれまで何度も受けてきましたが、そこでは主に、どのような現場でどのような支援を行い、被災者の方々にどのような変化や影響があったのか、という視点でお話ししてきました。取材を受ける目的には「民間からの寄付を募る」側面もありますから、より世間が関心ある部分を語ってきた面もあると思います。一方で、人道支援者としての自分自身の葛藤を語ってもいい、あるいは語れる機会があるとは一度も考えたこともありませんでした。
戯曲で描かれていたように、自分たちの仕事を自ら語ることはとても複雑です。まるでヒーローだとか、一般とは違う世界に生きている人だと距離を置かれてしまう怖さもありますから。実はこうした話は、自分の子どもにも、学生たちにも伝えたことはないんです。にもかかわらず、今日は皆さんがご自身の日常とつながる接続点を作中に残した上で、あたかも皆さんの身体の一部と作品がつながっているような状態で、人道支援者の心の奥まで深く掘り下げ、描いてくださった。そのおかげで、私たちの思いや葛藤は皆さんが暮らす日常の世界ともつながり得るものなのかもしれないと感じました。
印象的だったエピソードは数多くありますが、とりわけ強く胸を打たれたのが、白いシーツを通して「人間の尊厳」を突きつけられる場面です。実際の現場でも、人の尊厳の前では死者と生存者、現地の人々、人道支援者の間に明確な境界などないかのような世界が生まれる瞬間があります。それを言葉で伝えるのは容易ではありませんが、今回はバストリオの皆さんがそこを表現くださったことに心が震えました。
——バストリオはこれまでもパレスチナを題材にするなど、さまざまな社会的な事柄を作品で扱ってこられました。演劇などの舞台芸術と、いま世界で起きていることや社会との接続点について、どのように考えていらっしゃいますか。
中條:僕らは誰も、いわゆる「社会的なことを扱おう」という意識で作品をつくっていないのだと思います。それぞれが普段の生活で慣れ親しんでいるもの、ふれているものと同じレベルで、そうした事柄が自然に入り込んでくるように感じています。藤井先生が感想で「全体主義に対してノーを突きつけているように見える」とおっしゃってくださいましたが、ひとつの何かに集約されない集団であり続けるのが、バストリオなのかなと思いました。それぞれが自分のリズムやペースを保ったまま、舞台に上がっている意識はあります。お互いにわざわざ口に出したことはないのですが……。こうしたリアルな身体で演じるからこそ得られる感覚や表現があるのかもしれません。
今野:僕からも少し補足を。この座組では中條くんがいちばん若くて、二十代半ばです。彼の話を聞いていて、年齢の異なるメンバーが集まる集団はやっぱりおもしろいなあと感じました。僕にとって演劇は、演者同士にとっても、お客さんとの関係においても「圧倒的な他者と出会う場」だと思っていて。同じ場を共有していても、決して同化することはできない現実がある。たとえば、雨の日にご機嫌に稽古場に来る人がいれば、すごくしんどそうに来る人もいるように、それぞれが違う事情を抱えて集まってきている。この作品では、そうしたバラバラな人たちが2〜3ヵ月という時間を共に過ごしてきました。
僕自身は今日一日のために、心底へとへとになるほどの時間とエネルギーを費やしてきたけれど、かといってそれが特別偉いわけではない。各々が各々の生活の距離感で作品と向き合ってきた時間が大事なのだと思っています。たとえば、水を飲んで、何気なく猫の水を替えるみたいな行為って、実は別の生き物へのケアが自然と含まれているんですよね。僕自身も文鳥を飼っているので、同じ感覚があります。そうした日常のなかの小さな働きかけが、今日のような演劇の場で、いまここで観てくださっている方のなかで何かを起こすかもしれない。それはみんなで共有できる大きなものかもしれないし、まったく別々のものかもしれない。その場に身体を持って集まるという意味で、演劇はとても不合理で大変な表現手段です。だからこそできることがある。今回この企画を引き受けようと思ったのも、そこに挑戦したいと思ったからです。