
早池峰岳神楽「三番叟」Photo:桂秀也
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「三番叟」という名称は、《翁》において、千歳、翁に次いで3番目に登場することによる。《翁》の前身・翁猿楽についての最古の記録『弘安六年春日臨時祭記』(1283)でも「児」「翁面」「三番猿楽」「冠者」「父允」と順に記されており、「三番猿楽」が今日の三番叟にあたるが、このときからすでにこの順番での登場だったことが知られる。「叟」とは老人の意であり、「三番叟」とは文字通りには3番目の老人を意味する。紛らわしいのは、《翁》が「式三番」とも呼ばれたことで、これはもともと翁猿楽に翁、三番叟、父尉という3人の老人が登場することによる名称であった。ところが、すでに世阿弥の時代、父尉は省略されるようになり、翁と三番叟という2人の老人が舞う演目となってゆく。この形式に落ち着いたことの明確な理由は定かではないが、こうして白式尉と黒式尉、白い翁と黒い翁という一対がより際立つこととなった。
要するに、三番叟の「3」と「式三番」の「3」は厳密には意味が異なる。しかし改めて考えてみれば、三番叟には、その名にあらわれているように、「3番目」という立ち位置による不思議な力があるようにも思われる。そもそも、三番叟だけ「三番」と順番を記すこと自体、こうした思想が背景にあることを匂わせる。狂言の大蔵流では「叟」という文字を用いず「三番三」と表記するが、これはこのことを踏まえたゆえかもしれない。拙編著『翁の本 The Book of Okina』でも触れているように、実際、能楽の《翁》では、翁の謡における「甲に三極を戴いたり」、3挺の小鼓、天・地・人という3種類の足拍子など、さまざまなかたちで「3」があらわれる。
能楽で成立した《翁》は種々の芸能に伝播しながら変化してゆくが、そのとき、本来、第一に登場していた翁よりも三番叟の方に主眼が置かれることが多い要因は、むろん三番叟のパフォーマンスとしての面白さや、あるいは翁そのものへの遠慮などがあるだろうが、のみならず、この「3」という力が関係しているのではないか。今回の「三番叟尽くし」を拝見していて浮かんだのはそのような想念だった。能楽の《翁》のみならず、たとえば今回上演された早池峰岳神楽においても、「式舞」のなかで《三番叟》は《鳥舞》《翁舞》に次いで3番目に上演されるという。三番叟は、3番目だからこそ増殖したのではないか。
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《三番叟》は日本中に数えきれないほどのヴァリエーションを生み出したが、時に、それらをいくつか並列して上演し、その比較を主旨とする公演が行われる。しかし、今回の企画のように、それを5種まで「尽くし」た事例はこれまでにあっただろうか。言ってみれば《三番叟》の五番立(ごばんだて)である。
第一に上演されたのは、やはり元祖としての能楽、大蔵流・茂山千五郎師による《三番三》である。

狂言「三番三」Photo:桂秀也
《三番三》は「揉出シ」と呼ばれる3挺の小鼓と大鼓による急調子の囃子からはじまり、やがて三番三は「おおさえおおさえ」と謡いながら舞台前方に進み出る。本式の《翁》ならば、千歳と翁の舞のあと──言わば一度舞台が熱くなったあと──その余韻を受けて「揉出シ」が噴出するわけだが、その前半部なしでの《三番三》の上演の場合、いきなり「揉出シ」からはじまることに種々の難しさがあるのだろう。要するに、1番、2番を飛ばして、いきなり3番からはじまるわけである。
前半部の《翁》では、最初に翁大夫が「とうとうたらりたらりら」という謎の謡を謡うが、これは、次いで千歳が謡う「鳴るは滝の水」という今様由来の謡と呼応し、激しい水の流れを表象しているとしばしば説かれる。《三番三》にはこうした歌謡はないが、しかし、この冒頭の「揉出シ」は、まるでそれまでの《翁》の世界観を継承した上で、勢いよく流れる滝を音によって真似ているように感じられる。そして、三番三は、その流れに乗り、舞台上を駆けめぐりながら掛け声を放ち、多くの足拍子を踏む。千五郎師の重厚な舞は、この滝のアナロジーをより膨らまし、私にとって《三番三》の新しいヴィジョンを見せてくれた。師も語った通り、通例、《三番三》の前半の〔揉の段〕は畑を耕し、後半の〔鈴の段〕は種を蒔く、と説明される。しかし、この日の千五郎師の《三番三》は、何か、ある種の「水芸」のように、音、声という「水」、さらには「生」のエネルギーを四方に吹き散らす舞の如きものに感じられた。山々に噴出する「滝」を受けて、その水をある場所に──それは池かもしれないし、ひょっとすると水田かもしれない、水田ならば、やはりそれは農耕の世界である──滔々と引き込む様子を、前半の〔揉の段〕はあらわしているように思われた。そして、一度、静まってから、黒式尉面をかけて舞われる〔鈴の段〕は、湛えられ静止した水面を、最初は用心深く少しずつ揺らし、鈴によって徐々に大きな波を与えてゆく過程のような幻視を誘った。しかし、その人工の「池」も最後には激しく波うち、先の「滝」のような運動体に回帰してゆく。そうして、音と舞による「水」のパフォーマンスは円環を閉じる。
能楽の《三番三》はこれまで幾度となく拝見してきたつもりだが、こうした解釈──それが束の間の幻視に過ぎないことは承知している──を持ったのははじめてのことであった。それは、能楽堂ではなく、劇場空間という言わばプレパラートのような試験台に《三番三》が抜粋されて提示されたことによるかもしれない。
2番目は淡路人形芝居による《式三番叟》である。(《式三番叟》という呼称も、「式三番」と「三番叟」を圧縮したものであり、よくよく考えれば興味深い。)淡路人形の《式三番叟》には11名で行うフルセットのものと門付芸として「3」名で行われるものの2種類があるという。この日、披露されたのは後者の「3」名による《三番叟》であった。舞台上には上手から、撥で小鼓を打つ者、千歳と翁の2体の人形を操る者、そして、笛を吹くとともに三番叟の人形を扱う者の3名が並ぶ。人形が扱われることにもよるが、総じて淡路人形芝居の《式三番叟》は、竹細工のように精巧につくられた《三番叟》そのもののミニチュア、という印象を持った。「とうとうたらり」という謡にはじまり千歳、翁のパートが手際よく、言わば、能楽の《翁》のダイジェストとして展開され、三番叟のパートへと変遷してゆく。三番叟の人形には、途中で、黒式尉の面のミニチュアを顔にはめ、三番叟と千歳の問答も行われる。《翁》の複雑な一連のプロセスを無駄なく「3」名で分担して展開してゆくさまは実に心地よく見事で、これが門付芸のための、ポータブルなミニマムの《三番叟》であることがよく窺えた。

淡路人形芝居「式三番叟」Photo:桂秀也
その後、今回の公演のメインヴィジュアルも担当された日本画家・山本太郎氏が聞き手を担う一度目の軽妙な幕間トーク(千五郎師、早池峰岳神楽の伊藤金人師)を挟んだのち、3番目に上演されたのが長唄による《三番叟組曲》である。今回の公演のなかでは唯一、舞のない音楽のみによる《三番叟》である。

長唄「三番叟組曲」Photo:桂秀也
先の能楽の《三番叟》が、大地に水を引き込む様子のように、自然の風景を表象するのに対して、長唄の《三番叟》は、より人工の手が加わり、発展したもの、それも、鮮やかに彩色の施された伽藍建築の如きものに思われた。そこでは大地や水といった不定形なものは身をひそめ、より確固たるものとして音と声が積み重ねられてゆく。何より、三味線が加わることの効果は大きい。能楽の《三番叟》のリズムをところどころ真似るなか、それは能楽にはなかった彩りを与えるとともに、より人間的な感情の道筋を加える役割を果たす。先述の通り、今回この演目のみ舞のない三番叟であったが、その不満は全くなかった。バロック音楽のように均整のとれたその演奏は、要所要所で急調子になるにあたってもいささかのズレなく、安定したまま展開してゆく。その音と声による建築は、ある種の摩天楼のようにどこまでも爽快かつ自在に上昇するようであった。舞なしの《三番叟》でもそれが成立することからも、《三番叟》において音の要素がいかに重要かが改めて認識された。
休憩を挟んでからの4番目の演目は早池峰岳神楽による《三番叟》である。舞台上には二間四方の場が設けられ、奥には「早池峯神社」と記された幕が張られ、下手に太鼓1人、手平鉦2人が横向きに並び、笛は幕の奥で演奏する。やがて、幕の奥から、舞手が後ろ向きに下半身を見せながら舞を見せる。舞手は翁面をかけており、頭には黒い烏帽子を戴き、装束もまた能楽の《三番叟》の素襖に近い。先の幕間トークでも予告されていたが、その激しさは予想を超えるものであった。舞手は常に足拍子を踏み続けるか、跳躍を重ねるか、くるくると回り続けるかしている。その様子は、大地どころではなく、さらに地中深くの非日常的な高熱の世界(マグマ?)をあらわしているようでもあり、同時に、空中の世界を描いているようでもあり、とにかくそれまでの演目とは振れ幅が全く異なっており圧巻であった。その様子を見続けていると、もはや舞手は自身の意思で動いているのではなく、文字通りに、何かの憑き物に囚われて発作的に運動しているかのようであった。《三番叟》の原形もこのような神懸りのパフォーマンスなのかもしれない。そこでは音と動きだけでなく、言葉も急調子に噴出する。

早池峰岳神楽「三番叟」Photo:桂秀也
二度目の幕間トーク(長唄三味線の杵屋勝七師、淡路人形芝居の吉田廣の助師)を挟んだのち、5番目は井上安寿子師による京舞での《三番叟》である。終演後、別会場で行われたトークで安寿子師が強調されていたように、本公演中この演目のみ女性による三番叟となった。安寿子師は黒紋付姿での舞であり、祇園甲部による地方もすべて紋付姿である。男性と女性という対比、そして三番叟の黒式尉の「黒」という意味合いもあってか、その舞から連想されたのは、硯に湛えられた墨や、あるいは光を反射する漆塗りの蒔絵、黒い瞳、あるいは「緑の黒髪」と言われるような、滑らかで艶やかな「黒」の世界である。「陰翳礼讃」の世界と言い換えても良いだろう。その「黒」の水面が静かに漣を起こし揺れてゆくような世界が連想された。
京舞の足拍子にはいつも驚かされる。決して大きくはないはずの身体は、ほとんど重力を感じさせずに鮮やかに舞うものの、足拍子において驚異的な瞬発力で床を突く。あるいは即時に足を出しその先をねじるような所作は、《道成寺》の〔乱拍子〕を若干髣髴させるようで美しい。この日の《三番叟》は、人形を踏まえたものでもあるが、しかし、歌舞伎の《操三番叟》などの人形振りとはまた異なり、あくまで人間であることを表明した上での表現に思われた。また、この日のほかの演目のなかでは、もっとも能楽の《三番叟》に近く、一方で、先の長唄の《三番叟組曲》に対して、相対的にミニチュアの世界にも位置付けられる。この日の「三番叟尽くし」の最後の「総括」としてふさわしい演目だったと言えよう。

京舞「寿三番叟」Photo:桂秀也
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種々の《三番叟》のヴァリエーションをめぐって、その鑑賞時の印象をもとに連想の世界を恥じらいもなく書き連ねてきたが、さらなるヴァリエーションを目にしたとき、この連想はどこまで対応できるだろうか。
そういえば、この日の午前、ロームシアター京都に向かう折、久しぶりに疏水沿いを歩いていて、オオバンやカワウ、ハシボソガラスといった黒い鳥たちを目にし「増殖する黒」という言葉が頭に浮かんだ。《三番叟》の〔揉の段〕のクライマックスの跳躍が「烏飛」と呼ばれることを踏まえれば、その舞とは、黒い鳥の舞と呼ぶこともできるのかもしれない。黒い「3」の舞。その黒い「3」は細胞分裂のように、新たな「3」を生み出し増殖して来た。山本氏による今回の公演のメインヴィジュアル《三番叟三 Sanbaso-three》は、その様子を描いているようにも見える。コピーがコピーを呼び、新たな芸能を生み出してゆく。それが日本各地で息づいている芸能の根幹にある。今後もその「3」が絶えることなく脈々と受け継がれ、増殖してゆくことを望む。そして、その黒い「3」の舞にこれからも出会い続けてゆきたい。

幕間トーク(左より 伊藤金人(早池峰岳神楽)、茂山千五郎(狂言)、山本太郎)Photo:桂秀也

幕間トーク(左より 杵屋勝七郎(長唄)、吉田廣の助(淡路人形芝居)、山本太郎) Photo:桂秀也