開催日:2025年3月26日(木)
リサーチャー
【テーマB:子どもと舞台芸術】新崎洋実(あらさきひろみ)
【テーマC:舞台芸術のアーカイヴ】遠藤麻衣(えんどうまい)
【自由テーマ:パフォーミングアーツ/文化施設・機関における「リサーチ」観の変遷】中山恵理那(なかやまえりな)
【自由テーマ:観客文化、対話型鑑賞、劇場におけるコミュニティ創成】中山佐代(なかやまさよ)
新崎洋実 登録アーティスト制度は、アーティストに何をもたらしているのか―アンケート調査と制度事例から考える―

1990年前後、全国で公共の文化施設の建設が相次ぐ。そのうちのいくつかは各地域の芸術文化振興の拠点となるべく、アウトリーチ活動へと乗り出した。これまで芸術文化に縁のなかった人たち、あるいは義務教育を受ける子どもたちへと向けて、芸術体験の端緒を提供することで、地域社会や芸術界を豊かにしていこうという営みである。
こうした活動について研究する際、ふつうは「受益者(子どもや地域)にとってどのような意義があるか」などといった問いが先に立つ。しかし新崎は「派遣されるアーティストにとってのアウトリーチの意義」という観点で調査を進めた。このようなアプローチは日本ではあまり見られず、注目に値する。
アウトリーチ事業に登録しているアーティスト(音楽家)たちは、実情をどう見ているのか。アンケートから見えてきたのは、事前研修の充実に対して、振り返りやフィードバックの機会が比較的手薄だという実態である。豊かなアウトリーチを継続していくためには、アーティストの熟達は必須。課題のあれこれが垣間見えた。
しかし、アーティストにとっての熟達とは何か。もしアウトリーチが、地域社会に芸術文化への道を開くことを使命とするならば、アーティストは技量を洗練させる以上に、コミュニケーション力(快活な人柄、明朗な説明?)を鍛えた方が良い。すると、学校教育を支える音楽の先生と、派遣アーティストとの差異はどこに認められるのか。
ティーチング・アーティスト(TA)という概念を広めたエリック・ブースは、アウトリーチ的な活動それ自体の創造性を謳っている。あくまで彼は、日常世界とは別の世界認識をもたらす専門家として、TAの重要性を説いていた。ではTAの特異性をどう評価すれば良いか。評価は、単純な数値化ではなく、一見しただけでは分からない複雑な質を取り出すことにある。いわば「評価というアート」の実践も必要だと考えるのである。これが一筋縄ではいかないことはすぐ分かるだろう。
芸術活動と地域活動、あるいはその継続や評価をめぐっては、より仔細な観点が必要となる。例えば地域交流を至福と考えるアーティストもいれば、生活の糧として「仕方なく」現場に立つという切実さもありうるだろう。こうした個別性はアンケートからは見えてこない。本リサーチは来期も継続され、今後はアンケート回答者に対するインタビューもなされるようだ。新崎自身、演奏者として以前からアウトリーチ活動を実践している。自身の実体験をも巻き込んで、アウトリーチなる概念をいっそう紛糾・深化させるような問いが提出されることを期待したい。
※参考:エリック・ブース『ティーチング・アーティスト 音楽の世界に導く職業』久保田慶一ほか訳、水曜社、2016
遠藤麻衣 帝国を踊りなおす――テイコ・イトウの眼差しと、アジアの舞踊身体をめぐる忘却

本リサーチは、舞踊史においてほとんど語られることのなかった舞踊家、テイコ・イトウその人の、歴史とパフォーマンスを掘り起こそうとするものである。ここへの着眼が、それ自体ですでに驚異的。2003年に開催された20世紀美術&舞踊の展覧会、そのカタログの表紙を飾ったテイコ・イトウの写真から、本リサーチは出発した。異様な存在感を放つその写真の人物については、しかしほとんど情報が出てこない。根気強い緻密な調査で、遠藤は彼女についての「語られなかったこと」を浮き彫りにする。
テイコ・イトウの存在は、「舞踊のアーカイヴ」というそもそもの難題をさらに遠くへと導く。彼女は日系アメリカ人2世。はやくに親を亡くし、日本への憧れを強くする。アメリカで日舞を学んだ後、結婚して渡日。アジア諸国を周遊し各国の舞踊を学ぶなどして、1934年から41年までの期間、東洋舞踊家として活躍する。が、日本語を喋れない彼女への風当たりは強く、幻滅。親類を頼ってニューヨークへ戻るも、敵性外国人として苦境を強いられる……。
彼女自身のアイデンティティのゆらぎや、舞踊に介入する当時の帝国主義の思想など、様々な要因が舞踊家テイコ・イトウをめぐる「語り」を困難にする。例えば戦後多くの芸術家が、戦中の国家協力の責任を問われたのであり、その文脈で名前を目にする芸術家は多い。いっぽうで舞踊家の足跡は残りづらく、責任追及もほとんどない。それゆえこれまで戦時下の舞踊が主題にされることも少なかった、という議論は示唆深い。テイコ・イトウをとりまく多くの闇が彼女への関心を呼び起こし、本リサーチを魅惑的なものにしていた。
ひるがえって、「語られて(アーカイヴされて)しまっているものたち」に生じているかもしれない歪みに思いを馳せないわけにはいかなかった。どのように記録を尽くしても、その対象についての偏向は免れない。現在正史として受容されているものは「語られたこと」の蓄積にすぎない。
こうしたことは書字文化の興り始めた頃から問題にされている。古代ギリシャのソクラテスは、書き言葉による思考のアーカイヴを、文化を毀損するものとこき下ろしたのであった。しかし彼の思想やパーソナリティは、弟子のプラトンらによってアーカイヴされることで、2400年経ったいまでも絶えざる再解釈に曝されている。その上で無論、全てが記録されてはいないために、余白をめぐって議論が巻き起こるわけだ。アーカイヴをめぐるこうした逆説を問わないではいられない。
いずれにせよ本リサーチの懐はあまりに深い。「テイコ・イトウは単純な物語に回収されないがゆえに忘却されていた。この忘却自体に価値がある」などとまとめることも可能だが、ここを足掛かりにどれだけの研究や創作が可能になるかは計り知れない。遠藤のまわりで生じることに、今後とも刮目してきたい。
中山恵理那 パフォーミングアーツにおける「リサーチ」観の変遷―近現代日本におけるアーティスト・文化機関の言説から―

発表者はリサーチ二年目。近年舞台芸術界隈でもよく目にするようになった「リサーチ・ベースド・アート(RBA)」をめぐる研究は、一年目の時点で意義深いものだったが、今年はそれがさらに深化させられていた。
昨年度から私も強く感じていたことだが、芸術家が創作に際してリサーチをしないことはありえない。扱う内容について調べたり考えたり、さらにいえば用いる素材についての知見を深めることも広義のリサーチに含まれるのでは、という立論も可能だ。そのうえで近年のRBAの流行の意義を問うために中山の採ったアプローチは、リサーチ「観」の変遷史を追う、というもの。ひとまずリサーチを「自分の外部にある対象へ能動的に接触すること」とみなし、この暫定的な定義と、各時代・各アーティストの創作態度との差分から、リサーチ的なものが芸術創作とどう関係してきたのか、その歴史を浮かび上がらせる。
リサーチについてリサーチするための、重要な足掛かりの一つが「能動性」にある。RBAの一種として挙げられた、アーティスト・イン・レジデンス(AIR)を例にとろう。アーティストが見知らぬ土地に滞在し、異文化交流のなかで創造性の端緒を得るこの営みは、90年代からよく聞かれるようになった。AIRには当初からリサーチ的な要素が多分にあったが、とくに2000年以降「リサーチ」という語が前景化するようになる。
さて、馴染みない地域のことをよりよく知るためにはどうすれば良いか。資料の調査やインタビューなど以上に、当の文化に身を浸し、自己を内側から作り変えることが重要だろう。このとき、リサーチを「対象へ能動的に接触」と表現することが適切であるかは分からなくなる。「対象から否応なく影響を受けてしまう」という受動的な契機も要るはずだ。
中山は、作品創作が「感性」(受動)と「リサーチ」(能動)とを往還する営みであり、その重心の置き方への着目が肝要であると喝破した。考えるべきことだが、現代の芸術界は「能動」重視に傾きつつある。昨今の言語化ブームなどとも通底するところだが、なるほど創作/活動の「意図」を、他人に「説明」できた方が様々な場面で(例えばアウトリーチでも)有利になることは疑いない。が、芸術活動の本義やいかに、とも素朴に思う。
リサーチという語一つとっても、その奥深さには呆然としてしまう。本「リサーチ」プログラム自体のあり方についても、土台から見直しを求められるような、深遠な研究だった。リサーチプログラムを離れても是非継続してもらいたい。
中山佐代 劇場における鑑賞と対話の実践:〈シアターダイアローグ〉という声の場

こちらも二年目のリサーチ。昨年度実施した、シアターダイアローグ(6人の参加者による、舞台作品鑑賞後の自由闊達な対話。同じメンバーで計4回行われた)で収集した会話データを細かく分析するというもの。本報告を聞きながら感じていたのは、対話分析の異常な困難さ。そしてこの困難は、芸術と社会とをつなぐ困難に直結しているのかもしれない――ということである。
中山は分析に際し、「テーマ分析」という手法を用いた。おおまかに言えば、字面(テキストデータ)を文字通り読むのではなく、そこに潜在的な意味(新たなストーリー)を見いだそうとする方法論である。テーマ分析はここ10年ほどでよく聞くようになったが、なかなか厄介なシロモノで、ともすれば分析者の主観に堕してしまいかねない。あるいは、既知の理論的な枠組みに当てはめて、結論ありきの分析になってしまう危険性も強い。
では、どうすればいいか。避けがたくバイアスを持っている自分(分析者自身)の視点を、更新し続けるである。分析者の思考やものの見え方が、絶えず刷新されていく、そういうプロセスをも精緻に記述することで、テーマ分析ははじめて成立する。したがって、先ほどテーマ分析は一つの「方法」だと書いたが、「研究態度」のようなものと捉えた方が適切かもしれない。
人の発話、会話、対話の意義を取り出すのはほんとうに難しい。「思ってもいなかったことが口をついて出てきてしまった」とか、その言葉が「私はこう思っていたんだ」と事後的に自分を規定する(してしまう)こともあるだろう。言葉のそれぞれに、発話者の意図が正確に反映されているとは限らない。突き詰めると「意図」ってそもそも何だっけ、といった問いにも至るかもしれない。
中山は最後にミハイル・バフチンの対話理論を用いて議論を総括した。ただしそれではどうしても、言葉一つ一つの豊饒さが矮小化されてしまうようにも感じる。シアターダイアローグの分析は、分析者自身が自らのうちにもポリフォニー(バフチン用語:多声性)を見出すことでようやく端緒に辿り着くような、極めて息の長い、希少な営みなのではないか。もちろん、対話が失効しつつある時代にあって、このスタートラインに漕ぎつけたこと自体が希少なことだ。これを継続することで、絶えざる「対話観の刷新」が期待される(なお、テーマ分析の提唱者、ブラウン&クラークもそうした丹念な研究を不可避のプロセスと見なしている)。
芸術文化をめぐる実践、あるいはリサーチは、予算や時間をかけて明確な意図や目的を携えて厳格に行えば、より良き成果が約束されるという性質のものではない。今回、四名のリサーチを横断しながら考えていたのは、既存の枠組みや特定の物語からの逸脱がどのように担保されるかということだ。
表現者のみならずリサーチ主体も、「不動の自己」として能動的に答えを捕獲しに行くというのでは不十分。予期せぬ自己の変容へと開かれていなければならない。自己のうちに響き渡るポリフォニーに耳を傾けなければならない。一筋縄ではいかないことだが、このようなリサーチというアートを実践するには、劇場を拠点に行われる本リサーチプログラムはうってつけと思われる。報告会には多数の参加者が来場していた。ここ数年でいっそう注目を集めるようになってきたと言えそうだ。来年度、10周年を迎える本プログラムが、さらなる深化を遂げることを期待したい。
なお、初年度からメンターを務めていた吉岡洋が今年度で退任となる。リサーチャーの覚束ない歩みに対し、飄々とコメントを残す姿が印象的であった。われわれが特定の足場に拘泥しているところに、その地盤を弛め、足取りを軽くしてくれていた――あるいは当人の意図しないところで。芸術文化の「分からなさ」に向かうための、豊かな態度を育んでもらったように思う。恩恵を受けたリサーチャーの一人として、この場を借りて感謝を申し上げる。

リサーチャープロフィールはこちらのページからご覧いただけます。