2024年度から始まった、京都から若手演出家と世界を目指すプロジェクト「ロームシアター京都 ホープス」。アソシエイト・アーティストの野村眞人・西田悠哉が、新作・旧作の創作・発表に取り組む。Spin-Offでは、ふたりそれぞれの創作のエッセンスが垣間見えるエッセイを不定期連載でお届けする。
初回は現在、ベルリンに文化庁新進芸術家海外研修制度で滞在している野村眞人だ。
連載第1回目はこちら
刑務所の観客席

プレッツェンゼー刑務所
ベルリンに到着してから半年が経ち、すっかりもう夏になった。夏といっても、ぜんぜん涼しくて、7月になっても夜に寝るときは長袖を着ることもあった。劇場のシーズンも終盤に差しかかっていて、研修先のシャウビューネも夏休みに入った。しばらく観客として劇場に行くのもお休みになる。そこで、特に印象的だった観客席について思い出してみることにした。
ベルリンに、アウフブルッフという団体がある。アウフブルッフは、20年以上にわたって刑務所で受刑者と一緒に上演作品を作ることを続けていて、その上演には関係者じゃなくても、誰でも見に行くことができる。そして、受刑者も希望すれば観客席に座ることができる。世界中に刑務所演劇の事例はあるけれど、観客席がこのような形で開かれているのは特別なことだと思う。この観客席に座ってみることが、ベルリン滞在の大きな目的の一つだった。
最初の上演は1月にあって、ジョージ・オーウェル原作の『1984』が上演されるということだった。ベルリンに到着したその日がちょうどチケットの発売日で、公演は10ステージ以上あったけれど、家について落ち着いたころにはもう売り切れてしまっていた。どうしても見にいきたかったから、事務所に何度も通って、なんとかチケットを一枚買うことができた。チケットを買ったその日の夜に、プレッツェンゼー刑務所というところにバスで向かった。刑務所は広大で、迷子になりそうになった。いくつかある入り口を順に回って、ようやく受付を見つけて、パスポートと引き換えに入場許可証をもらって中に入って行った。荷物は全てロッカーに預けて、ボディチェックを受けて看守の監視のなか廊下を進むと、講堂のような開けた空間に出て、そこに100席ほどの観客席が並んでいた。全席自由だったので、最前列に座った。目の前すぐにステージがあって、二階建てのセットが組んであった。一階は独房のような部屋で、二階は演説台のような作りになっていた。思った以上に、劇場のようになっていた。講堂の入り口には看守が立っていて、舞台と観客席とに視線を向けていた。きっと、観客席に受刑者も座って一緒に見るんだろう。そうして上演が始まった。

プレッツェンゼー刑務所
上演の内容は詳しく書けないけれど、ここが刑務所であること、出演者は受刑者で、『1984』を上演していること、それを観客席に座る受刑者と一緒に見ていること、そういった現実と舞台が二重に重なって、上演としてもとても面白いものだったし、何より経験したことのない観客席の体験で、ずっと心臓がバクバク鳴っていた。カーテンコールの時には大喝采で、みんな笑っていた。看守も舞台に向かってグーサインをしていた。終演後には、講堂を出た先がホワイエになっていて、受刑者も看守も観客も入り乱れて話に花を咲かせていた。
6月には、テーゲル刑務所でシェイクスピアの復讐劇の『タイタス・アンドロニカス』を見た。今回は夕方の公演で、野外公演だった。刑務所の規模も前回より大きく、受付を過ぎてから歩く距離も長かった。途中で独房が左右に並んでいる廊下を通ったが、中には誰もいなかった。建物を抜けると、スポーツのコートが広がっていて、バスケをしている受刑者たちがたくさんいた。こちらに気がつき、声をかけてくる人もいた。その先の中庭に、観客席と舞台が設置されていた。カッパとコップ一杯の水をもらって観客席に着いた。今回も最前列に座った。

テーゲル刑務所
開演を待っているあいだ、ふと入館証を見ると、そこには「Sozialarbeiter No. ○○」と書いてあった。Sozialarbeiterとはソーシャルワーカーという意味で、つまり観客はソーシャルワーカーとして入場しているのだということを知って、驚いて客席を振り返って観客を眺めてみた。ひな壇の上列の奥には、ひとりの看守と受刑者たちが並んで座っているのが見えた。そうして上演が始まった。
上演が進むにつれて、だんだんと陽が落ちていき、少し肌寒くなってきたころ、とても良い料理のにおいが漂ってきた。肉とか野菜を煮込んでいるような香りで、そろそろ夕食の時間なんだろうかと思った。この上演もとても面白いものだから、終わったらきっとみんなで拍手をして、出演者も、わたしたちも、お腹を空かせて元の場所に戻っていくんだろう。
拍手喝采のカーテンコールが終わって、テーゲル刑務所を出るとき、観客がソーシャルワーカーとして入場していたということがあらためて頭をよぎった。もし、それが単に制度上の役割というだけではなくて、もし本当にその役割の一端を観客が担うのだとすれば、それは何なのだろう?

プレッツェンゼー刑務所
文・写真:野村眞人
レパートリーの創造 ホープス 野村眞人
ワーク・イン・プログレス
2026年1月~3月