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KAAT神奈川芸術劇場プロデュース『未練の幽霊と怪物―「珊瑚」「円山町」―』関連コラム

能は敷居が高いのか―現代演劇で能をやるとこうなる、のか?

文:内野儀
2026.3.6 UP

KAAT神奈川芸術劇場の公演が無事に千穐楽を終え、兵庫、新潟、そして3月21日、22日の京都公演を控えている、KAAT神奈川芸術劇場プロデュース『未練の幽霊と怪物―「珊瑚」「円山町」―』。内野儀氏による神奈川公演レポートをお届けします。


 

撮影:引地信彦

 オペラ『愛の妙薬』上演時にも書かせていただきましたが、歌舞伎や能、あるいはミュージカルといった舞台芸術のジャンルは、約束事が多々あり、それを知らないと、「何がなんだかわからない」となります。歌舞伎は演目によるでしょうが、能はなかなか入りづらい。オペラ同様、「敷居が高い」。入門講座みたいなものになると、どうしても「お勉強」になってしまう。能を現代化するといっても、能を知らないとわからないのでは?と思っちゃいます。
 そこで、まもなくロームシアター京都で上演される岡田利規作・演出の『未練の幽霊と怪物―「珊瑚」「円山町」―』です。岡田さんは最近、世阿弥が書いた『風姿花伝・三道』の現代語訳(河出書房新社)を出版したばかりですし、やっぱりなんか「敷居が高そう」。さて、どうでしょうか?
 この訳については、哲学者の千葉雅也さんがSNSで「現代語訳・風姿花伝*、ちょっと開いて、もう爆笑なんですけど。ずるいなあ」とつぶやいて、一部で大いにバズりました。いや、そうなんです。岡田さんの『未練の幽霊と怪物』もまた、「爆笑なんです」とはいかないものの、「ずるいなあ」は当てはまるのでは。つまり、すんなりおもしろい!
 岡田さんは今や、特にドイツでは、知らない人がいないほど著名な劇作家・演出家ですが、ドイツに進出するにあたり、日本的な感性というか日本に住む者にとっての「恨み」や「非業の死」といったエモさがキーになる概念を伝えようと、まんまのタイトルの『NŌ THEATER』(17)をミュンヘンでドイツの俳優と作りました。ロームシアター京都でも、その翌年、上演されています。
 それから日本語で、森山未來さんや石橋静河さんが出演した『未練の幽霊と怪物―「挫波」「敦賀」―』を2021年に発表。これは、東日本大震災と福島の原発事故とコロナ禍という、「未練の幽霊と怪物」がどうしたっていっぱいいそうな時期の公演でした。今回はそれにつづく2作目です。ここでも岡田さんは、能の代表的な形式である夢幻能の形式を借りています。だから能と同じように、死者が出てきます。何かの恨みを持って亡くなり成仏できない幽霊です。恨みを切々と語って聞かせる幽霊です。能では曲舞と呼ばれる、激しかったり優雅だったりする舞い=ダンスもあります。

撮影:引地信彦

 幽霊はアオイヤマダさん(「珊瑚」)と小栗基裕さん(「円山町」)が演じます。能でワキと呼ばれる幽霊の話を聞き、舞に立ち会う役は七瀬恋彩さん(「円山町」)、石倉来輝さん(ワキ)/清島千楓さん(ワキツレ)(「珊瑚」)というフレッシュなというと陳腐ですが、なかなか一筋縄ではいかない配役です。そこに、もっと一筋縄ではいかない片桐はいりさんがアイ、つまり、前半と後半の間に出てきて(=通りがかって)、わたしたち観客に何が起きているのか、わかりやすくおもしろおかしくおどろおどろしく説明してくれます。
 能は音楽劇(囃子と地謡)ですが、今回の音楽は、『NŌ THEATER』から岡田さんと共働してきたギター・ダクソフォン奏者の内橋和久さんに加え奄美出身の里アンナさんが、ライヴで担当しています。ふたりの強い音楽は、上演を支えるというより、むしろ主導していきます。ダクソフォン、聞いたことがない人も多いと思いますが、おお!こんな不思議な音が出る楽器があったんだ、ときっと興味を持たれることでしょう。
 というわけで、本作が「敷居が高い」ことはないはずです。予習などせず、行ってください。片桐さんが説明してくれます。シテのおふたりは、すばらしい舞い=ダンスを見せてくれます。そして、いつまでも聞いていたいような音(響)を、内橋さんが出し続け、里さんが澄んだという形容では足りない心に染みる歌唱を聞かせてくれます。もちろん、「非業の死」なんですから、そこには人間の普遍的な問題のみならず、社会も歴史もぜんぶひっくるめてなにげに入っています。「非業の死」で成仏できないのはなぜか、その思いはどういうものなのか、頭でなく体ですんなり、感じ/考えていただけたらよいな、とわたしは思います。

*『現代語訳 風姿花伝・三道』 世阿弥著 岡田利規訳 2026年 河出書房新社
https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309032528/

撮影:引地信彦

 

◆公演情報
〈ロームシアター京都10周年記念事業〉KAAT神奈川芸術劇場プロデュース『未練の幽霊と怪物―「珊瑚」「円山町」―』

2026年3月21日(土)~ 3月22日(日)
21日(土)19:00開演
22日(日)14:00開演 *託児あり
https://rohmtheatrekyoto.jp/event/134537/

出演・スタッフ
作・演出:岡田利規
音楽監督:内橋和久
出演:アオイヤマダ 小栗基裕(s**t kingz)/
   石倉来輝 七瀬恋彩 清島千楓 /
   片桐はいり
謡手:里アンナ 演奏:内橋和久

  • 内野儀 Tadashi Ucihno

    1957年京都生れ。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了(米文学)。博士(学術)。岡山大学講師、明治大学助教授、東京大学教授を経て、2017年4月より学習院女子大学教授。専門は表象文化論(日米現代演劇)。著書に『メロドラマの逆襲』(1996)、『メロドラマからパフォーマンスへ』(2001)、『Crucible Bodies』 (2009)。『「J演劇」の場所』(2016)。東京舞台芸術祭実行委員会委員、公益財団法人セゾン文化財団評議員、公益財団法人神奈川芸術文化財団理事。

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