台湾を代表するクラウド・ゲイト・ダンスシアターと、世界的メディアアーティスト・真鍋大度が手を組んだ舞台作品『WAVES』がいよいよ12月17日にロームシアター京都にて開催する。リオ五輪閉会式の演出などでもひろく名を知られる真鍋が、センサー技術やAIを用いてダンサーの身体表現を拡張し、人間を超える「波」の力を可視化することに挑んだ今作。創作の裏側と「テクノロジー×ダンス」の未来について語る。
取材・文=住吉智恵

――2023年の初演時、クラウド・ゲイト・ダンスシアターの鄭󠄀宗龍(チェン・ゾンロン)芸術監督から『WAVES』のコラボレーションについてオファーが届いた経緯を教えてください。また真鍋さん自身はこのプロジェクトのどのような点に魅力を感じられたのでしょうか。
2016 年のリオ・オリンピック閉会式で、プロジェクション映像や拡張現実(AR)の演出を担当した「8分間のプレゼンテーション」を、チェン氏がテレビで見て興味を持ってくれたことが最初のきっかけです。コロナ禍の2020年にオンラインで話をする機会があって、本作のオファーをいただき、2021年に東京の私のスタジオで初めて彼と会いました。チェン氏から「テクノロジーを活用して新しいダンスの発想ができないか?」という相談を受け、これまでのクラウド・ゲイトの活動歴や台湾・高雄の劇場で上演された作品を観て、彼らとなら新しいことができるのではないかと思いました。

鄭󠄀宗龍(チェン・ゾンロン) Photo by LEE Chia-yeh
――創作にあたっては3回の渡台で、延べ2週間ほど台湾に滞在し、クラウド・ゲイトの劇場でさまざまな実験を行なったと聞いています。真鍋さんの脳内には、だれも未だ経験値を持っていない知見やデータが蓄積されていると思うのですが、一連のワークショップではどのような手法を試したのでしょうか。
今回のプロジェクトでは初期段階に多くのワークショップを実施することができました。大きな劇場を拠点に、十分なトライ&エラーの時間が確保されていることは、クリエイターとして非常に羨ましく、恵まれた環境だと感じました。
まず、スタジオでこれまで私が発表してきた映像制作の方法や振付の新しい考え方を見てもらい、それを作品に応用するアイデアを提案しました。さらに劇場でのワークショップでは、センサー技術を活用してダンサーの筋肉の収縮や動作を読み取り、解析したデータをもとにAIを使って振付を生成するという実験を行い、新しいダンス表現を模索しました。
今回さまざまな技術的手法を提案しましたが、チェン氏にとって非常に興味深いものではあるが、アウトプットとしての強度面で採用されないものもありました。テクノロジーは創作を拡張する「道具」であって「目的」ではないので、これは当然のことと考えています。これまでの研究と今回のワークショップでの実験がチェン氏やダンサーにインスピレーションを与えられたことが、もっとも意義のある成果だと捉えています。

Photo by LIU Chen-hsiang
――チェン氏のディレクションをもとに創作が進行したとのことですが、ダンサーの身体の動きと映像・音楽によって、“WAVES”(波)を表現するためにどのようなアプローチを試みましたか。
それぞれのシーンで“WAVES”(波)というテーマを抽象化し、あえて言語化しない創作のやり方でディレクションが行われました。人間を超えるほどの見えない大きな力で動きを伝達していく“WAVES”(波)を表現するためには、個性の強いダンサーたちの群舞を俯瞰することが重要になります。映像と音楽はその柱となるもので、創作の初期段階ですでに多くの音楽制作が必要でした。映像と音楽の素材をたくさん作ってチェン氏に提示し、彼はそれらを直観的に選んで、好きなように料理するという感じです。
今回のプロジェクトで、私がもっとも深く関わったのが音楽制作でした。ダンス作品における音楽は、身体にもっとも強く影響を与える要素のひとつです。特にクラウド・ゲイトのダンサーたちにとって、音とダンスは完全に同期するもので、目に見えない心情や動きのあわいにある磁場や感性というような、ダンスの動きだけでは語りきれないものを補助する役割として音楽を捉えていました。音楽はインスピレーションの源であり、音色のニュアンスが変わると動きのイメージにも影響するということを強く主張されていたのが印象的です。
――真鍋さんはこれまで、ダンスの身体と音楽、映像について、テクノロジーを軸に繋ぐという独自の方法論を構築し、その知見をパブリックに開いてきました。AIとの共生の時代、「ダンス×テクノロジー」という広大な地平にどのような可能性を感じていますか?
例えば、ダンサーの動きをデジタルデータに変換して映像やシステムを構築する際、一般的にはカメラで撮影した映像から骨や関節の位置を解析して動きを数値化します。ただ、2005年にDumb Typeの川口隆夫さんと制作した作品では、筋肉の収縮に注目しました。現在はカメラベースやモーションスーツなど、外部から身体を捉える技術が主流ですが、呼吸や筋肉の収縮、顔の表情など、別の身体的要素を取り入れるアプローチも興味深いと感じており、今回のワークショップではそのような試みも行いました。
AIを使うことももちろん面白いのですが、便利さを追求するだけではありません。AIは人間では想像しないような動きや、ときに不完全な振付を生み出すことがあり、それが自分の身体からは決して出てこない発想として振付に新たなインスピレーションを与えてくれるのです。アーティストが「すべてを自ら創作する」ことに飽いたとき、思いもよらぬ「バグ」が作品を導いてくれる。そして作家自身の感覚やセンスが、そこから何を掴むかによって全く異なるものが生まれます。そう考えると、AIは創作を拡張するパートナーになり得るかもしれません。
特に身体表現において重要なのは、感覚・時間性・即興性をテクノロジーがどう扱うかです。ダンスとテクノロジーがギリギリのところで拮抗することで、理想的なクオリティが実現できるのではないかと思っています。

photo by LEE Chia-yeh
――最後に、創作プロセスを踏まえた本作品の見どころを教えてください。
長期間のワークショップで、舞台装置や音響、映像といったテクニカル面のシミュレーションに取り組み、じっくり時間をかけて作品の方向性を決められたことはとても良かったと思います。
チェン氏は振付を極限まで突き詰めていく人なので、映像や音楽はあとから修正や変更のきかない、大きな流れのなかにあるものでした。大勢のダンサーの力強い群舞とそれに伴う音楽の解釈との融合には興味深いポイントが多くあります。多彩な表現を楽しみにしていただければと思います。

<公演詳細>
クラウド・ゲイト・ダンスシアター(雲門舞集)『WAVES』
2025年12月17日(水)19:00開演
会場:ロームシアター京都 メインホール
https://rohmtheatrekyoto.jp/event/134425/