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「いま」を考えるトークシリーズ Vol.25 [作:ピンク地底人3号、演出:生田みゆき『燃える花嫁』連携企画] 生田みゆき(演出家)×大澤優真(ソーシャルワーカー)トーク 「「わたし」と「あなた」の境界を越えて 「想像力」から他者との共生を考える」レポート

それぞれができること

文:高松夕佳(夕書房)
2025.6.5 UP

生田みゆき(左)、大澤優真(右)  写真:堺俊輔

人口減少社会、日本。在日外国人との共生が謳われる一方で、ヘイト問題や難民受け入れのハードルが高いなど、困難な状況は相変わらずだ。在日外国人を含む多様な人々と共に生きるには、どうしたらいいのだろうか。

“いま”を考えるトークシリーズ第25回は、6月20日・21日に上演される演劇作品『燃える花嫁』との連携企画として行われた。ゲストは、社会の切実な事象に演劇の手法で切り込んできた演出家の生田みゆきさんと、ソーシャルワーカーとして外国人を含めた生活困窮者の支援活動を続ける大澤優真さん。「「わたし」と「あなた」の境界を超えて「想像力」から他者との共生を考える」をテーマに、2時間以上にわたって繰り広げられた対話を紹介する。

 

増加する難民たち

大澤優真  写真:堺俊輔

まずは大澤優真さんが、難民生活者の現状を解説した。
難民とは、紛争や迫害によって故郷を追われた人たちのこと。世界中で、2014年の5920万人から10年後の24年には1億2000万人と2倍に増加している。うち40%が18歳未満の子どもたちであり、ウクライナやパレスチナの戦争を経た25年は、さらに増加する見込みだという。日本の総人口と同じ数の人たちが、行き場を失っているという事実には言葉がない。
そうした中、難民認定を求めて日本にやってくる外国人は後をたたず、申請者数は高止まりしている。
「目の前で親や子どもを殺されて、命からがら日本に逃げてきたと語る人が少なくありません。しかしかれらのほとんどが、難民認定を受けられず、少なくない数の人たちが路上生活者になっているのが現状です」と、大澤さんは、自らが支援した妊婦の事例を紹介した。「私たちと出会えなかったら、彼女もどうなっていたかわかりません。難民が日本で生きていけるかは、運次第です」。

 

仮放免者の現実

祖国を追われて日本に逃れてきた外国人は難民申請を行い、日本政府に難民と認定されれば滞在することができるが、認定されなければ本国に返される。審査には平均3年がかかり、認定率はわずか3.8%。ほとんどが却下されるのである。
帰国しろと言われても、祖国にいられないから逃げてきた人たちである。帰る国のないかれらは入国管理施設(入管)に収容される。いったん収容されると出られないが、病気などやむをえない事情がある場合には、一時的に「仮放免」として外に出される。この「仮放免者」たちの支援が、大澤さんたちの活動の大きな柱になっている。
「仮放免者のほとんどは20〜50代の働き盛りの人たちです。仮放免の更新を繰り返していて、生まれたときから20年間ずっと仮放免という人もいます。働くことが許されていない上、社会保障制度もありません。当然生活は困窮し、支援者とつながれないまま死んでしまう人、お金や住居と引き換えに性的関係を要求され続ける女性もいます」。
6人に1人は1日1食、家賃滞納者が40%、お金がなくて病院に行けない人が84%……統計を見るだけで、仮放免者がいかに苦しい状況にあるかが伝わってくる。こっそり働くにしても正規ルートの働き口はNG、誰もが嫌がるキツイ仕事か人の手伝いなどで、わずかな日銭を稼ぐだけ。就労が国にバレれば入管施設に収容され、連絡手段も自由もない空間に押し込められてしまう。名古屋出入国在留管理局に収容中だったスリランカ人女性が必要な医療を受けられず亡くなった2021年の事件が頭をよぎる。
「人生を破綻させるようなルールがまかり通っています。22年には、国連も問題視し、日本政府に対して仮放免者の人権を保障するよう勧告しました」。

 

仮放免者を追い詰めているのは、世間の無関心

「お金は出ていく一方だし、マンパワーもない。毎日運ぶ先のない救急車に乗っているような感じ」と限界を感じながらも、「とにかく生きていてほしい」との思いで、難民や仮放免者の直接支援とともに、かれらの存在を知ってもらう活動を続けているという大澤さん。
活動の苦しさの背景には、日本人の難民への関心の低さがある。過去1年で「難民のためになんらかの行動を起こした人の割合」は、世界平均が38%なのに対し、日本はわずか9%。ダントツのワースト1位である。しかし「この数字は日本人が難民に冷たいというよりは、無知からきているのではないか」と大澤さんは言い、こう結んだ。
「啓発イベントに参加したり、学んだことを周囲の人に伝えたり、自らイベントを企画するなど、まずは一歩を踏み出してもらいたい。さらにできる人は、ボランティアや寄付など、支援に参加してほしい。1人ひとりが関心を持ち続けることが、状況を変えていくことにつながります」。
発表を終えた大澤さんに、生田みゆきさんが素朴な疑問を投げかけた。
「政府が仮放免者に働くことを認めないのは、なぜなのでしょう? 労働力不足の中、働いてもらうほうが政府としてもメリットがあるように思うのですが」。
「おっしゃる通りです。今、仮放免者が働いた場合、私の試算では所得税・住民税で約8000万円、厚生年金で約8億4000万円の増収になる。働けば、かれらだけでなく政府も助かるはずなのです。しかし仮放免者を管轄する入管は、経済合理性とは違うロジックで動いています。かれらのロジックを下支えしているのが、世間の無関心なのではないかと、私は思っています」(大澤さん)
入管の不条理を、私たちの無関心がつくっているかもしれない――何ともやりきれない、重苦しい空気が会場を包んだ。

 

外国人との共生を演劇で問う

生田みゆき  写真:堺俊輔

大阪出身で、神戸大学で学んでいたときに、ポストモダンの前衛演劇に出会ったという生田みゆきさんは、これまでジェンダー問題、ウクライナ戦争やアフガン戦争、イスラエル・パレスチナ問題など社会的テーマを扱う演劇作品の演出を多く手掛けてきた。
なかでもユダヤ系イスラエル人作家がパレスチナ人の囚人たちと作り上げたドキュメンタリー演劇で2023年に生田さんが演出した『占領の囚人たち』は、現在も起きているパレスチナ人の不当な逮捕、尋問、脅迫、拷問、拘束等の証言を通して占領のリアルを描いた作品として、2023年10月7日の戦争開始後に再度注目を浴びた。24年に所属ユニット「理性的な変人たち」が協力した『ガザ・モノローグ』朗読会は、ガザの若者たちのモノローグで構成される劇で、現在も現地の人々の声を届けるべく、新たなモノローグが追加され、世界に拡散されている。
そんな生田さんの演出最新作が、6月20日・21日にロームシアター京都ノースホールで上演される『燃える花嫁』(作:ピンク地底人3号作)である。
埼玉県川口市や蕨市のクルド人コミュニティに取材しながらも、架空の日本を舞台に展開される本作は、見方によっては在日朝鮮人やパレスチナ問題、収容や検問のある生活など、現代における様々な問題が想起される。
「国を持たない民族であるクルド人は、紛争から逃れるために日本にやってきていますが、ほとんどは難民認定を受けられず、常に強制送還の危機に晒されています。その上SNSにはクルド人ヘイトが渦巻いている。国際化が進んだ今、外国人とかかわらずに生きていくことは不可能です。共生なくして未来はないという仮説のもとに作った作品です」。

 

演劇は、想像力のメディア

今回のトークテーマ「想像力」は演劇と親和性の高いキーワードだと、生田さんは言う。
「演劇とは、想像力によって他者に接近していく作業そのものです。俳優は自らが演じる登場人物に想像力で近づこうとしているし、そうして舞台上に立ち上がった登場人物に観客が親近感を抱くことで、内容やメッセージが波及していく。人間の共感力にアプローチする表現方法なのです」。
観客数が限られる演劇はマスに波及するメディアではないが、同じ会場で同じ時間、同じテーマを共有するという体験は特別で、その影響力は、部屋で一人動画を見るよりもずっと大きい。よい作品を作れば、必ず観た人の心に届くはずだと信じて創っている、と生田さんが胸を張ると、大澤さんも「想像力によって人の価値観を揺さぶるというのは、直接的な支援ではできない、芸術の力だと思います」と頷いた。

 

顔が見えるかどうか

大澤さんは、『燃える花嫁』の戯曲を読み、「私が出会ってきた人たちと同じだ」と感じたという。舞台となる解体現場には、外国人労働者以外にも、犯罪歴のため就ける仕事が限られるなど、社会からドロップアウトした人が多く集まる。
「かれらに難民の話をすると、『ああ、現場で会ったことあるよ。働き者だった』と共感してくれるんです。いいことも悪いこともあったけれど、それでも一緒にやってきたという実感があるのだと思います」(大澤さん)
「顔が見えないことが、ヘイトを助長すると感じます。『占領の囚人たち』の劇作家が教えてくれたのですが、壁の建設後に生まれたイスラエル人のほとんどは、パレスチナ人を直接見たことがないというのです。逆もまた然りです。ガザの人たちにとって、イスラエル人とは、ドローンでいきなり空爆してくる顔の見えない相手。そう考えると、実際に空間を共有する演劇は、争いを抑止することにつながりうるのではないかと思えてきます」(生田さん)
「本当にそう思います。私が支援するのも、出会ってしまったからです。それが普通なのではないでしょうか。顔が見えないと暴力的になるし、複雑なはずの物事を単純化してしまいます」(大澤さん)

 

やれることから

生田みゆき(左)、大澤優真(右)  写真:堺俊輔

演劇を愛する生田さん。芝居をエンターテイメントとして楽しんでもらうだけでなく、その一歩先へと観客を誘いたいと願う一方で、演劇に何ができるのかと徒労感に苛まれることも多いという。
「70年以上もの間解決されていないパレスチナ問題に、今さら私がかかわったからといって、何も変わらないだろうと思うこともあります。大澤さんはどんなモチベーションで支援活動を続けられているのですか?」(生田さん)
「自分でもわかりません。やれるからやっている、というのが正直なところです。何も考えずにできることと、意味を見出すことの両方を、都合よく使い分けながら活動しているというか。周囲にはバーンアウトしてやめていく人も多いので、お気持ちはよくわかります」(大澤さん)
「私より大変なところで踏ん張っている人はたくさんいる、と思うことが励みになっている気もします。危険を冒しても信念を貫いている人の姿を見ると、モチベーションが満たされないぐらいでこの活動をやめることなんてできない、と」(生田さん)
「やはり顔の見える関係が重要なんですよね。私も、仮放免者の顔が思い浮かんで、奮い立つことがよくあります」(大澤さん)

 

「代弁者としての居心地の悪さ」が続ける原動力に

話は次第に、それぞれの立場での「共感」のあり方に及んでいく。
『燃える花嫁』の登場人物8人のうち5人は外国籍、しかも途中から「仮放免」となり、就労も禁止されてしまうという設定だが、その彼らを演じるのは日本語を母語とし、日本で就労可能な俳優たちである。登場人物たちの苦しみの原因である制度を作った側の人間が、かれらの苦しみを代弁することにはジレンマを感じると、生田さんは言う。
「埋もれがちな当事者の声を代弁しているとも言えるし、当事者の声を奪っているとも言えるので、難しいです」。
すると大澤さんは、「私も似た悩みを抱えています」と応じた。大澤さんがどんなに当事者の声を広く伝えようと思っても、それは所詮、第三者のフィルターを通したものでしかないからだ。
「でも同時に当事者から『伝えてくれてありがとう』と言われることも、とても多いんです。私の代弁によってエンパワメントされる人もいるのだと思うと、居心地の悪さを抱えながら、伝えていくべきなのかなと」。
それを聞いた生田さんは、「居心地の悪さって、大事ですね」と応じた。
「完全には同化できない、正当な代弁者にはなれないという違和感、心残りがあることこそ、かかわり続けるモチベーションになるかもしれません」。

                    *

解決の糸口さえ見えない大きな社会問題に、それぞれの「できること」で立ち向かい続ける2人の真摯な対話を聞きながら、私にできることとは何だろうと考え始めている自分がいるのに気づく。
「あなたにしかできない何かが必ずあります。その何かを探す過程そのものが、難民のことを考える時間になる。そういう時間を作っていただきたいです」――大澤さんはそう話していた。『燃える花嫁』の鑑賞は、間違いなく難民のことを考える時間になるだろう。無関心から脱却する最初の一歩を探している人は、ぜひ劇場に足を運んでほしい。

写真:堺俊輔

 

公演情報
作:ピンク地底人3号 演出:生田みゆき
『燃える花嫁』
2025年6月20日(金)~ 6月21日(土)
ノースホール

  • それぞれができること

    撮影:日下諭

    生田みゆき Miyuki Ikuta

    演出家。文学座所属、演劇ユニット「理性的な変人たち」メンバー。東京藝術大学大学院音楽研究科修士課程修了。 ドイツ文化センターの文化プログラムの語学奨学金(芸術分野対象)を得てドイツに滞在(2016 年夏)。名取事務所公演でパレスチナ演劇上演シリーズ 2023 年 2 月『占領の囚人たち』を演出したほか、近年の演出作に『建築家とアッシリア皇帝』『海戦 2023』『アナトミー・オブ・ア・スーサイド ―死と生をめぐる重層曲―』など。『占領の囚人たち』『海戦 2023』『屠殺人ブッチャー』にて第 31 回読売演劇大賞優秀演出家賞、『占領の囚人たち』ほかで 芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。

  • それぞれができること
    大澤優真 Yuma Osawa

    1992 年千葉県生まれ。2013年から生活困窮者支援に関わり、近年は特に困窮する難民・仮放免状態にある困窮外国人の支援活動を行う。NPO法人北関東医療相談会・理事、一般社団法人つくろい東京ファンド・生活支援スタッフ、移住者と連帯する全国ネットワーク・運営委員など。社会福祉士。博士(人間福祉)。大学兼任講師。近著に『生活保護と外国人』、『外国人の生存権保障ガイドブック』(共著)など。 https://yumaosawa.com/

  • 高松夕佳
    高松夕佳 Yuka Takamatsu

    1975年生まれ。編集者、ライター。2017年、ひとり出版社・夕書房を設立。「これからの私たちのための本」をモットーに人文・芸術系の書籍を刊行する傍ら、フリーランスライターとしても活動している。2024年4月、本拠地を茨城県つくば市から京都市北区に移し、本のある場所「文庫喫茶」の運営も始めた。www.sekishobo.com

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