2 0 2 0 年以降の劇作をひらく“大型新人”
戯曲の執筆に専念し演出はおこなわない劇作家を、“純粋劇作家”と呼ぶことがある。久しぶりの純粋劇作家の登場は、日本の演劇界でいま注目を集めている。松原俊太郎、1988年生まれ。昨年“ 演劇界の芥川賞”こと第63回岸田國士戯曲賞受賞した演劇界期待のホープだ。演劇と出会ったのは京都・アンダースロー(劇団地点の稽古場兼アトリエ)。バンド・空間現代の名に惹かれ訪れた公演「ファッツァー」で初めて“観劇”を体験し、衝撃を受ける。その後地点の教育プログラムに参加し、執筆したエッセイが地点主宰・三浦基の目に留まり、勧められるがまま書いた処女戯曲『みちゆき』が第15回 AAF 戯曲賞大賞を受賞。以来地点との創作を続け『山山』で岸田賞を受賞、一躍注目の若手劇作家の一人となった。
影響を受けた作家を尋ねると、ジョイス、セリーヌ、ベケットなど海外文学の作家たちの名を挙げた。松原戯曲の文体はモノローグ中心、かつ翻訳文のようだとも言われるが、「会話調の現代口語で書かれた言葉を喋る劇よりも、書き言葉が声になって聞こえてくるという現象に面白みを感じる。だからそういう文体になるのだと思う」と冷静に自己分析する。
近年は地点のみならず若手から老舗の劇団まで松原にラブコールを惜しまない。「演出によっては膨大に台詞をカットされたりもするから、これは無いことにできないだろうというキャラクターを設定して抵抗したりもします。そのうえで上演を観ると、また別のものを書いてやるという気になる」。あえて上演で不満に思ったことはあるかと尋ねると、「自分が笑いながら書いて、読者にも笑ってもらえる部分なのに、上演で笑いがおきなかった時ですね」と不敵な笑みを浮かべて答えてくれた。
「劇作家は演出家の欲しがるものを書くのではなくて、演出家の想定を超えるテキストを書かないと。そしてそこには常に“観客”がいるんです」。話を聞くほどに“純粋”な劇作家としての覚悟、演劇のこれからを担うのだという自覚が見える。今どき珍しい……と思わず言いたくなる頼もしさもまた、印象的な人物だ。
初出:機関誌Assembly第5号(2020年3月25日発行)