音場という名のロードムービー
荒木優光は「音場(sound field)」をつくり出す作家だ。音場とは「電気信号を物理振動に変え、音楽や音声などの音を生み出す機械」すなわちスピーカーから発せられる音によって擬似的に再現された空間のことだが、荒木が再現しようとするのはコンサートホールやライブハウスではなく、もっと身近な空間だ。 「2014年に発表した『パブリックアドレス 音場2』は、全盲の知人の家にお邪魔して対話する作品ですけど、おしゃべりの間、家のなかや外に6本以上のマイクを設置して、その時間のなかで起こる音すべてを記録しようとしたものでした。上演ではそれを同時に流すことで、劇場空間にその部屋の音場を再現するわけです」
こうしたドキュメンタリー的な試みを経て、近作『おじさんと海に行く話』(2018年)では、作家・松原俊太郎が書いた物語を音に置き換える試みに挑んだ。カーテンや角材で表現された簡素な部屋に人の背丈ほどのスピーカーが複数置かれ、それぞれに「おじさん」や「少女」の役割が割り振られている。そして荒木本人を含めた3人の黒子が、スピーカーや美術セットの位置を調整していくことで、登場人物の心情やシーンの変化を視覚・聴覚の両面で「翻訳」していく。
「単純な時間や風景の再現だけでは面白くなくて、大事なのは観客に『いま聴いている音が何であるか』を意識させて、いかに面白く聴く場をつくれるか。ただの対話を、スピーカーの配置や向きを途中で変えて表現したり、スポットライトを当てまくったり。照明や美術などの視覚要素も利用して響きを変える。そうやって遊んでます(笑)。物語を精巧に音に置き換えればよいってわけじゃない。音楽的ではないもので、いかに音楽的な時間をつくるか。そこが勝負です」 映画ジャンルの一つにロードムービーというものがあるが、大きな出来事の起こらない旅は、しばしば物語よりも時間的・音楽的な経験として観客に受容される。流れる時間が喚起する、そこにはない音楽。荒木にとっての音場は、そのようなものかもしれない。
初出:機関誌Assembly第3号(2019年3月31日発行)