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−2022年度リサーチプログラム最終報告会レポート−

身体をつかった思考、実践的なリサーチ

文:新里直之
2023.5.15 UP

リサーチプログラム2022年度最終報告会

開催日:2023年3月23日(火祝)
リサーチャー:
【テーマ:現代における伝統芸能】荻島 大河
【テーマ:子どもと舞台芸術】彦坂 敏昭
【テーマ:舞台芸術のアーカイヴ】立花 由美子
【自由テーマ:舞台芸術のチケット価格戦略】小倉 千裕

 リサーチや学術研究の発表には、「身体をつかった思考」が感じられるものと、そうでないものがある。常々、わたしはそんなことを考えている。「身体をつかった思考」とは、ちょっと妙な言い方かもしれない。だが、調べた情報や研究成果が手際よく発表されているのに、それを聴いていても、どこか遠いところで、よそよそしく声が響いている感じがすることがある。他方、発表者が自らの体験から独自に汲み上げてきた思考が、こちらへしっかりと伝わってくるとき、身体性を色濃く帯びた言葉が共振するように感じられてくるのだ。
 2022年度で6年目を迎えたロームシアター京都の調査研究事業「リサーチプログラム」の最終報告会に立ち会っている間にも、わたしは時々、そんなことを考えていた。後述の通り、リサーチの内容そのものは例年にも増して多彩だったのだが、それとともに、各報告の端々に「身体をつかった思考」が感じられたことが、印象深かったのである。まずはそのことを記しておきたい。

 舞台芸術に関する研究・批評分野と実践の場をつなげる若手人材の育成を目指すリサーチプログラムは、今年から応募時点で2ヶ年の研究計画を受け入れている。2022年度は4名のリサーチャーが、課題テーマ(「現代における伝統芸能」「子どもと舞台芸術」「舞台芸術のアーカイヴ」)、自由テーマ(「舞台芸術のチケット価格戦略」)のいずれかを選択し、通年で研究活動を行っている。
 リサーチャーとメンター(吉岡洋氏、若林朋子氏)が集まり、意見を交わす、年間6回のミーティングを経て、最終報告会では、リサーチの成果が一般公開されたわけだが、以下に、4つのリサーチ報告のあらましを、発表順に書き留めておこう(なお当日、各リサーチャーによる30分ほどの成果報告の後には、メンター・来場者を交えた質疑応答の時間が設けられていた)。

伝統芸能の始原を探る―犬飼文化と人形劇から読み解く始原演劇論の現在―

 荻島大河氏は、「現代における伝統芸能」のテーマで、鷹狩(猛禽類による狩猟法)や犬飼(主に鷹狩専用の猟犬を担当するドッグトレーナー)の伝統文化を調査することを通して始原演劇を思考する、という壮大なリサーチを試みた。
 荻島氏は、平安時代から室町時代にかけての鷹狩に関する伝書や、折口信夫の随筆「鷹狩りと操り芝居と」などの読解にもとづき、人類が動物を観察する行為を演劇の起源と捉える自身の「始原演劇論」の仮説を再考。調査の結果を踏まえて、①生物としての育児/学習、②他者への魂・人権の拡張、③一般的な演劇文化の誕生、という三段階からなる始原演劇の発達モデルを提示した。また発表の締めくくりとして、文献研究を芸術実践に接続する試み(自ら手がけた3Dアバター作品『O somaru』)の紹介があった。
 質疑応答では、荻島仮説とオーソドックスな始原演劇論(演劇の起源を宗教儀礼に求める仮説)の関係や、西洋近代哲学に起因する「人権」という概念の捉え方などが、話題に上った。また荻島氏が、他者の権利・尊厳にまつわる問題を、今日の舞台芸術の創造現場に及ぶものとして自覚していることが明らかになり、議論は広がりを見せていた。


「おえかきダイス」の事例から子どもの劇場・体験を考える

 彦坂敏昭氏は、「子どもと舞台芸術」のテーマで、自ら考案したリフレクションツール「おえかきダイス」を活用したリサーチを行った。「おえかきダイス」は、紙でできた一辺6cmの白無地の立方体。劇場で一緒に過ごした親子が、六つの面の空白にお絵描きをしながら、体験を振り返る促しとなることを企図している。
 今回の調査では、『およげ!ショピニアーナ』(ロームシアター京都×京都市文化会館5館連携事業)の公演時にツールを配布し、親子で使用することを依頼。使用風景を記録した映像とユーザーの感想を収集し、また同公演の関係者と意見交換を行いつつ、事例を考察したという。
 子どもは自らの生を充実させようと、劇場でさまざまな表現を試みている。そんな子どもの味方であるためには、子どもの表現を見取ることのできる/見取ることが楽しくなるような環境構成が不可欠である。彦坂氏はそのように述べ、子どもの劇場での体験を可視化することが、大人の劇場体験や観客としてのありかたを再考する手がかりとなるのではないか、と問いかけた。
 質疑応答では、ツールの考案・設計に際して、彦坂氏がサイコロの特性を巧みに活かしていたことが窺われ、興味を惹かれた。


再演のための統合型パフォーマンスアーカイヴ構築のための思考実験-美術型パフォーマンス・劇場型パフォーマンスの視点から

 立花由美子氏は、「舞台芸術のアーカイヴ」のテーマのもとで、美術館と劇場、双方の視点を活かし、パフォーマンス作品のアーカイヴ構築を探求するリサーチを行った。
 美術館のアーカイヴにおいて、パフォーマンス作品の指示書や展示指示書が公開されることは稀であるが、一方、舞台芸術では、レパートリーシアターにより各種資料が公開されるケースがあり、戯曲テクストが出版物として社会に流通することも少なくない。そうした実情を踏まえて、立花氏は、作品の同一性を担保する要素を「意味性・精神性」と捉え、それが読者/鑑賞者に開かれ・共有される、アーカイヴの外部性の重要性を指摘。さらに美術館と劇場が共に活用しうる統合的なプラットフォームを見据えて、①指示書、②展示指示書、③その他展示に必要な記録、という三つの階層からなるパフォーマンスのアーカイヴモデルを提起した。
 質疑応答では、≪パフォーマンス≫≪再演≫≪再現≫などの語句の扱い方に質問が集まっていたが、舞台芸術と現代美術、双方の固有の文脈をおさえて理論的な精緻化を図る作業は、このリサーチの鍵であるのだろう。今後のさらなる進展が期待されるところである。


日本の演劇における前売券を割り引く商習慣の形成要因の考察と傾向の分析

 小倉千裕氏は、「舞台芸術のチケット価格戦略」という自由テーマで、日本の演劇興行におけるチケットの価格設定に関するリサーチを行った。小倉氏自身が2017年にまとめた修士論文を土台として、調査・考察を掘り下げている。
 世界的なスタンダードに反して、現代日本にあっては前売券を割り引く商習慣が定着しているが、演劇雑誌の広告や興行史の文献を読み解くと、この商習慣の形成期は1940年から1953年の間であると推定される。そしてその形成要因として、当時の入場税の重税化とそこに組み込まれている予納制度が考えられる。
 以上の点について解説した上で、小倉氏は、昨今のチケット価格に関する調査結果を示し、小劇場に分類される貸館利用団体の公演に「前売券を割り引く」商習慣が、未だ根強く残っていること。またそこに前出の形成要因との関連が認められることを指摘した。
 メンターの吉岡氏は「今回は劇場の前売券がテーマだが、応用すれば、割引とは何かということを経済的に説明する本が、書けるような気がする」と述べていたが、このリサーチに秘められている、より大きなテーマに連なるポテンシャルが感じられた。

実践的なリサーチの行方

 以上のように、最終報告会には、非常にバラエティ豊かな報告が並んでいたが、4つのリサーチが、いずれも内実やニュアンスの差こそあれ、リサーチプログラムならではの実践的な性格をそなえていたことを言い添えておきたい。ここでいう「実践的」とは、劇場もしくは舞台芸術の創造・受容の現場に働きかける、アクチュアルな問題提起を孕んでいるありようを指している。
 4人の発表者は、それぞれ自身の選びとったテーマにまつわる通念から距離をとり、自らの問題意識やリサーチの手法を見つめ直していた。たとえば人間中心主義ないし人間中心主義批判(荻島氏)、大人の見方を基準とする観劇体験(彦坂氏)、ジャンルごとに区切られたアーカイヴの議論の垣根(立花氏)、チケット価格設定の慣習(小倉氏)を、それぞれ自明のものと見なすのではなく、深く問い直そうとする姿勢。そこに冒頭で触れた、リサーチャーが自らの体験から独自に汲み上げる言葉、「身体をつかった思考」が、多分に関わっていたように思われたのである。
 今回の発表者のうち、荻島、立花、小倉の三氏は、本プログラムに2か年計画で応募していて、2023年度に2年目のリサーチが実施される見込みである。また彦坂氏は、単年計画での応募だが、「リサーチを通して今後、美術作家として親子に向けたプログラムをつくってみたいという意欲が生まれた」と語っており、別のフィールドでリサーチの成果が発展することが期待される。それぞれの実践的なリサーチのプロセスがどのように伸長するのか、引き続き見届けていきたい。


リサーチャープロフィールはこちらのページからご覧いただけます。

最終報告会の映像を、ロームシアター京都のYouTubeチャンネルで期間限定公開しています。

  • 新里直之

    撮影:相模友士郎

    新里直之 Naoyuki Niisato

    現代演劇の批評、舞台芸術アーカイヴをめぐる調査に取り組むほか、芸術実践と研究を架橋する活動のサポートを行っている。京都芸術大学舞台芸術研究センター研究職員。同大学芸術教養センター非常勤講師。ロームシアター京都リサーチプログラムリサーチャー(2019・2021年度)。

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