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「あたりまえ」の前で立ち止まる−2021年度リサーチプログラム最終報告会レポート−

文:小泉朝未
編集:斎藤啓・松本花音(ロームシアター京都)
2022.5.6 UP

リサーチプログラム2021年度最終報告会
開催日:2022年3月28日(月)
リサーチャー:【テーマ:子どもと舞台芸術】小山文加、古橋果林
【テーマ:舞台芸術のアーカイヴ】新里直之、吉田 杏

未来に向けて劇場文化を育んでいくためには舞台芸術に関わる研究・批評分野と実践の場をつなげる若手人材の育成が不可欠であるとして、ロームシアター京都が2017年度から継続的に実施している調査研究事業「リサーチプログラム」。2021年度は「子どもと舞台芸術」と「舞台芸術のアーカイヴ」のふたつのテーマのもと、小山文加、古橋果林、新里直之、吉田 杏の4名がリサーチャーとして選出された。2022年3月28日の最終報告会では、およそ1年弱にわたるリサーチの成果発表と、メンターおよび来場者とのディスカッションがおこなわれた。

 

  「舞台芸術は、ライブで見るものだ。ライブは、その場でしか体験ができない。舞台芸術がその場でしか体験できないなら、舞台芸術の映像記録はその一部しか取り上げることができないはずだ。」
「公立劇場は、公的な資金で運営されている。公的であることは、多様な市民を対象にすることだ。それなら、公立劇場に来にくい人に向けたワークショップは必須なのではないか。」 

 物知り顔でこんなことを言われたら、納得する人もいるかもしれない。私ならどこか飛躍を感じてしまう。今や映像の配信を行う劇場プログラムは突飛なことではなくなったし、ワークショップを企画するとしても、劇場に集まれるかどうかを考えないといけないじゃない、とツッコミをいれてしまいそうだ。
 それから、あたりまえとされてきたことに疑問を持って、考え始めることもできる。そもそも公的であることはどういう意味だろう。多様な市民とは誰のこと。劇場でしか体験できないことってなんだろう。舞台芸術はライブという時に、取りこぼしていることはあるか。問いを立てることは、立ち止まり、思考を始める手立ての一つだ。
 ロームシアター京都のリサーチプログラムは、リサーチャーを募集し、設定されたテーマに応答するかたちで、独自の問いを探究してもらうことで、劇場や舞台芸術、その関係者を取り巻いてきた「あたりまえ」に亀裂をいれ、「劇場文化」を更新していこうとする事業とも言える。
 2017年から始まった同プログラムは、毎年〈現代における伝統芸能〉、〈子どもと舞台芸術〉、〈舞台芸術のアーカイヴ〉というテーマでリサーチャーを募集し、研究・批評の実践のフィールドとして、テーマに対応するロームシアター京都の自主事業や公演制作の現場を彼らに開いてきた。リサーチャーは、メンター(吉岡洋氏、若林朋子氏)や劇場制作スタッフとのミーティング、報告会でのディスカッションを経て調査研究の成果を次年度に発行する最終報告書で公開する。2020年度からは、自由テーマを設定したリサーチが可能となり、ロームシアター京都で実施される事業についてのリサーチだけでなく、複数の団体や文化施設を横断するリサーチも行われるようになっている。

実践者をつなぐリサーチャーたち

 私は、京都でSocial Work / Art Conferenceという共生とアートに関わる相談事業で相談員をしており、地域、福祉、教育、芸術それぞれの担い手・実践者がつながるためのネットワークづくりに取り組んでいる。だからこそ、今回リサーチプログラムの報告を聞いて強く関心を持ったのは、リサーチャーらが本人たちの関心や意図を超えて実践者どうしの「つなぎ手」として役割を果たしていることだった。
 まず、今年度4つのリサーチでは共通して、それぞれのテーマに関連する劇場に関わる実践者への丁寧なインタビューが行われた。高校生や連携事業の担当職員(小山)、音楽ワークショップを行う楽団や文化施設(古橋)、アーカイヴを担う劇場のマネージャー(新里)、舞台記録写真撮影者(吉田)などに対して、リサーチャーは関心領域から問いを投げかけ、多様な言葉を引き出している。最終報告書は、アーティストやアートマネージャーらの実践経験を読み手につなぐメディアになるだろう。
 また、インタビューの報告では、実践者それぞれが同様の事業に取り組んでいても、その困難さや工夫を共有する場を積極的に持つ難しさについても触れられていた。リサーチャーらは、報告をまとめることで、対面させずとも、インタビューに答えた、同じ地域や領域で活動を模索する人びとの考えを知りあう機会を作り出していると言えよう。

 リサーチの詳細と考察は、リサーチャーらによる報告書を待つとして、ここからは最終報告会で出された各リサーチャーらの「問い」を取り上げておきたい。

〈子どもと舞台芸術〉「劇場における連携・協働の複層性-連携事業「未来のわたし」の事例研究から-」

 小山文加さんは、「どんな子どもが劇場にいて、どんな子どもがいないのか」という関心をもとに、ロームシアター京都と京都市ユースサービス協会の連携事業「未来のわたし―劇場の仕事―」に関わる両施設それぞれの担当職員らと、劇場の仕事を体験する高校生へのインタビューを行った。小山さんは研究者、かつ若者支援を行うユースワーカーでもあり、担当職員らの葛藤も含めて近い距離でリサーチが行われたようだ。若者とフラットな立ち位置で彼らの「自分づくり」や「仲間づくり」などに向けて伴走するユースワークの特徴に、芸術のもつ、「こうだよ」だけでなく「こうでもあるよ」という複数の解を示す特徴がうまく噛み合うことで、連携という言葉の意味そのものが豊かになる可能性について探究するリサーチだ。

〈子どもと舞台芸術〉「⾳楽における参加型事業「ワークショップ」の実態-⽂化施設と芸術団体におけるワークショップを事例に」

 古橋果林さんは、音楽ワークショップを行うオーケストラや文化施設に「ワークショップとは何か」と改めて尋ねることからリサーチを始めた。古橋さんは、文化施設や教育・福祉施設での音楽ワークショップのファシリテーターであり、インタビュー結果からは、ワークショップと一言でいえども、その中の鑑賞、参加、創作の割合はまちまちで、実践者はワークショップの内容や目的に応じて様々な役割(内容構成、実際の進行、参加者への促しなど)を担うことが明らかになった。また、日本のオーケストラに教育プログラムを伝えてきたマイケル・スペンサー氏の精神やワークショップ内容が、日本的な文化や環境に即して工夫され、更新されたという発見もあったようだ。

〈舞台芸術のアーカイヴ〉「劇場のアーカイヴを横断する-京都市内の文化施設を事例に」

 新里直之さんはまず、高山羽根子の小説『首里の馬』をアーカイヴについての小説として参照し、「アーカイヴは記録・記憶の詰まった容器なのか、欲求としてのアーカイヴとは何か」という問いを立てた。リサーチでは、京都市内にあるロームシアター京都、THEATRE E9 KYOTO、京都芸術センター、京都芸術劇場 春秋座それぞれのアーカイヴの実践について、担当者への聞き取りが行われた。4館は連携事業も行うが、アーカイヴに関しては専門家のいない状況でそれぞれが単独で試行錯誤しており、新里さんからは「創造の資源」であり「交流・コミュニケーションを創発する」アーカイヴの捉え方など、今後の実践を捉え直していくための提案がなされた。京都市内の劇場に調査対象を絞ったことで、アーカイヴが「地域の記録・記憶」としていかなる意味を持つか、という次の問いにもつながるリサーチである。

〈舞台芸術のアーカイヴ〉「第二次創作者の表現-舞台芸術における記録写真の主体性に関する考察」

 吉田 杏さんは、「舞台芸術の記録写真はどのような表現性を持つのか」という問いを持って、記録写真家へのアンケートやインタビューを行い、現在京都で活躍する写真家らが舞台芸術作品の記録について考えることや、KYOTO EXPERIMENT(京都国際舞台芸術祭)アーカイヴチームslide//showの人材育成や技術の継承を目指した実践を紹介した。また、具体的な記録写真について撮影者、撮影される作品の創作者、吉田さんそれぞれの解釈を提示し合い、その視点の違いから考察が試みられた。作品と社会をつなぐ機能を持つ記録写真の特徴(「一次的に創作に関わるのではないが、撮影者の主体性を伴う二次的な創作物として作品を社会に開き続ける」)を捉えようとするリサーチだ。

あたりまえをひっくり返す問いかけ

メンターの吉岡 洋(京都大学こころの未来研究センター特定教授)、若林朋子(立教大学大学院21 世紀社会デザイン研究科特任教授)

 最終報告会に参加した収穫は、私自身の「あたりまえ」も問い返されたということ。劇場は学校の一部ではないから、そこに来たことがない子どもたちがいてもあたりまえ、と思っていたし、事業やプロジェクトのアーカイヴには正しいやり方があり、網羅的に記録し、資料を蓄積しておくのが本当はよいのではないか、となんとなく考えていた。
 リサーチャーらの問いかけは、そう簡単に決めつけずに、考えてみようと背中を押すものだった。地域の子どもたちみんなが劇場に来る仕組みは考えられないだろうか。アーカイヴしたいこと、アーカイヴを使って新しく始めてみたいことは何だろう。4人の問いかけを杖にして、今度は私のフィールドでの「あたりまえ」を更新していきたいと思う。

 


リサーチャープロフィールはこちらのページからご覧いただけます。

最終報告会の映像を、ロームシアター京都のYouTubeチャンネルで期間限定公開しています。

  • 小泉朝未 Asami Koizumi

    1991年大阪生まれ。大阪大学 臨床哲学研究室への在籍をきっかけに、多様なルーツを持つ人々との対話やライティングの活動、アートプロジェクトの記録と研究を行う。大阪大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。2020年4月より一般社団法人HAPS (Social Work / Art Conference)でアシスタントコーディネーターを務める。

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