1957年にスタートし、京都では恒例の落語会として長く親しまれてきた「市民寄席」。 京都会館がロームシアター京都としてリニューアルオープンしてから最初に開催された市民寄席は、第325回(2015年5月15日)の市民寄席です。第325回から今日まで、市民寄席は50回近く開催され、劇場に根付いてきました。
市民寄席では、ご来場いただいたお客様に配布するパンフレットに、小佐田定雄氏による演目解説を掲載しています。Spin-Offでは、ロームシアター京都版・上方落語演目のミニ辞典として、また、これからも続く市民寄席の歩みのアーカイブとして、本解説を継続して掲載していきます。
第370回
日程:2024年5月21日(火)
番組・出演
「道具屋」 月亭希遊
「餅屋問答」 林家卯三郎
「質屋芝居」 桂米左
「鹿政談」 笑福亭福笑
◆道具屋 どうぐや
今回の市民寄席は「道具屋」、「餅屋」、そして「質屋」と商売がタイトルに入っている噺が並びました。この噺の主人公の「道具屋」さんは一軒の店を構えている商人さんではなく、夜店で怪しげな品物を売る古道具屋さんです。そんなガラクタ商品でも、夜店の薄暗がりで見ると、なにやら魅力的な品物に見えると申しますが、さてこの噺では…。
◆餅屋問答 もちやもんどう
禅宗のお寺の門前には「不許葷酒入山門」と書いた石碑が建っています。「葷酒(くんしゅ)山門に入るを許さず」と読んで、その意味は「葷酒」…ニラやニンニクのような匂いの強い精力を付ける野菜やお酒は、修行する者の心を迷わすので寺の中に持ち込んではいけない…という掟なのだそうです。落語会や劇場の入口にも「不許携帯鳴場内」…「携帯場内で鳴らすを許さず」なんて看板を置く必要があるのかも。この市民寄席に限っては心配ないと思いますが…。
◆質屋芝居 しちやしばい
最近は質屋さんでお金を借りる機会が少なくなってきているようです。預ける品物に見合うだけのお金しか借りられないので、質屋では借りすぎになる恐れはありません。質屋さんでお金を借りると「質札」という書類を発行してくれます。そこには、お客の名前、借り入れた金額、質入れした品物、利息、お金の返却期限などが書かれています。お客は借りたお金に利息と質札を添えて持参すると、預けた品物は返してもらえます。万一返せなかった時には、品物は質屋さんのものになってしまい、それを「流れる」と申します。
◆鹿政談 しかせいだん
奈良といえば鹿。駅を降りると、街の中を鹿がウロウロしている県庁所在地はほかにないと思います。鹿は春日明神の「おつかわしめ」…お使いです。「お使い姫」という言い方もありますが、「おつかわしめ」というフレーズが訛ったものではないかと思います。神仏にはそれぞれ使者となる動物がいて、稲荷の狐、弁天の蛇、八幡の鳩、天神の牛、大黒のネズミ、毘沙門のムカデなどが有名です。いくら「おつかわしめ」だといっても、駅前の通りに蛇やムカデがウロウロしていたら、ちょっといやかも…。奈良は良かったですね。
第371回
日程:2024年7月23日(火)
番組・出演
「米揚げ笊」 笑福亭呂翔
「風呂屋番」 桂鯛蔵
「親子酒」 桂一蝶
「熊野詣」 桂小文枝
◆米揚げ笊 こめあげいかき
笊の網目のことを「間目(まめ)」と申します。隙間の粗いのを「大間目」、中ぐらいのを「中間目」、小さいのを「小間目」、そして一番目が細かいのが米を洗った後、水を切るのに使う「米揚げ笊」です。笊屋さんのある源蔵町は天満天神宮のすぐそばに位置する町で、『菅原伝授手習鑑』というお芝居で活躍する天神さんの忠臣・武部源蔵に因んだ町名と言われています。
◆風呂屋番 ふろやばん
銭湯…お風呂屋さんのことを江戸では「湯屋」と呼んでいました。この落語も東京では『湯屋番』というタイトルで演じられています。「風呂」とは元来は蒸し風呂…サウナを指していました。狭い室に蒸気を充満させて、その湯気で垢を浮き上がらせてこすり落とし、その後に湯を浴びて流すという仕組みだったそうです。その室のことを「むろ」と呼んだのが、後に「風呂」となったのだそうですよ。江戸時代以前の人たちも、風呂で「整う」まで楽しんでいたのでしょうか?
◆親子酒 おやこざけ
お酒が好きな人が一杯やるための口実に使う「酒は百薬の長」というフレーズは、いったい誰が言いはじめたのでしょうか? 二千年近く前に編まれた「漢書」という中国の歴史書に出てくるんだそうです。ただし「塩は食肴の将。酒は百薬の長、嘉会の好。鉄は田農の本」と並べられていて、「塩と酒と鉄は必要なものだから、国の専売品とする」という意味なんだそうです。ただし、日本では兼好法師が『徒然草』で「酒は百薬の長、されど万病の元」と書いて、深酒を戒めています。さすがはケンコウ(健康)法師ですな。
◆熊野詣 くまのもうで
二〇〇四年に初演された新作落語です。作者と演者は小文枝さんの師匠の五代目文枝師匠。「熊野古道を愛する会」から依頼を受けた五代目さんは、三年間にわたって実地調査をし、一席のスケールの大きな落語に仕上げました。「これから固めていこうと思うてます」と言っておられましたが、五代目さんとは、その半年後にお別れすることになりました。それでも、この噺は師匠の遺産としてお弟子さんたちに伝えられています。また、この噺が初演された二か月半後に熊野古道はユネスコの世界遺産リストに登録されました。
第372回
日程:2024年9月29日(日)
番組・出演
「のっぺらぼう」桂 笑金
「癪の合薬」笑福亭 由瓶
「一文笛」桂 千朝
「通天閣 串カツ屋編」林家 そめすけ
「応挙の幽霊」月亭 八方
◆のっぺらぽう
こわいもの見たさ… というのは人間が永遠に持ち続ける心理のようで、そのおかげでホラー映画や怪談の人気は衰えを知りません。笑金さんも怪談が大好きで、『ゲゲゲの鬼太郎』の水木しげるさんの出身地である鳥取県境港市の妖怪検定初級の試験に合格。めでたく「妖怪博士」に認定されました。その知識を生かして妖怪をテーマにした怪談を次々と発表しています。
◆癪の合薬
胸や腹が痛くなる病気を「癪」と申します。体内に潜んでいる「癪の虫」という正体不明の虫が暴れることで起こると信じられていました。それが転じて、気に入らないことがあって、むやみに腹が立つ状態を「癪に障る」と言うようになったと申します。文字を見ても「」に「積」と書きます。おそらくは腹の中に積もりに積もったストレスが引きおこす症状…ということではないでしょうか。皆さんは由瓶さんの高座を聞いてストレスを発散させてください。
◆一文笛
千朝さんの師匠の米朝師が一九五九年に創って初演した昭和の古典落語です。サゲはずいぶん前に思いついていたのですが、主人公の秀の心の動きを無理なくするために十年ほど暖めていたとうかがいました。そして、前の部分に田村西男の『文楽』という本に載っていたエピソードや、浪曲か講談でおなじみだった『仕立屋銀次』の趣向を採り入れて一席の名作が完成したわけです。初演当時の台本を見せていただいたことがあるのですが、店の名前など細かいところに変化はありますが、ほとんど初演のまま伝えられています。
◆通天閣串カツ屋編
そめすけさんが二〇一一年から創りはじめた大阪市の二十四区を舞台にした「大阪人情落語」シリーズの作品です。通天閣については、その誕生のエピソードにまつわる『通天閣に灯がともる』という作品があり、この寄席で二〇一五年一月に上演されたのでお聴きになったお客さまもおられるかもしれません。今回は『串カツ屋編』とのこと。いまや大阪B級グルメの代表選手となった串カツが、どんなソース味の噺に仕上がっているでしょうか? ゆるりとご賞味ください。
◆ 応挙の幽霊
この噺のタイトルになっている「応挙」とは円山応挙という江戸時代の画家の名前です。一七三三年に現在の京都府亀岡市の農家に生まれ、十代後半に京に出て画家としての修行を始めたと言われています。三十三歳から「応挙」と名乗りはじめ、写実派の名人として高い評価を受けています。ことに幽霊を描いた作品は有名で今でも高い値段が付けられているようです。また、絵の中の人物の視線がどの方向から見ても自分の方を見ているように見える「八方睨み」という画法でも有名で、演者の八方さんともご縁があるのかも…。
第373回
日程:2024年11月26日(火)
番組・出演
「一目上がり」 桂 健枝郎
「長短」 桂 佐ん吉
「つぼ算」 笑福亭 晃瓶
「夢の革財布」 桂 春団治
◆一目上がり
最近の新しい住宅には床の間というものがないので、絵や文字の掛け軸を掛けて鑑賞するという風習がなくなってきたように思います。かの千利休さんも「茶の湯において掛け軸ほど大切な道具はない」と言っておられますが、一流の料亭の座敷に案内されると、床の間に読めない軸が掛かっていることが多く、曖昧な微笑みをうかべながら意味なくうなづいたりしています。
◆長短
離婚の原因に「性格の不一致」という理由がよく挙げられますが、そもそも世間に「性格がぴったり一致してます」なんていうカップルがそんなに多数存在するのでしようか。この噺の登場人物は夫婦ではありませんが、かなりの性格の不一致だと思います。それでも仲良く交流しているところを見ると、性格が一致しないほうがお互いの幸せなのかもしれません。ひょっとしたら、「別れましょうか」「それがいいね」と性格が一致したところで離婚が成立するのかも…。
◆つぼ算
昔の大坂は良い水が出る井戸がなかったので、淀川の上流の水を汲んだ水屋さんが、各家に配達して回ったと申します。水がほしい家は、軒先に「水入用」と書いた木札を下げて水屋さんを待っていました。その水を入れるために必要だったのが水壺でした。江戸では水甕と申します。「壺」は口がすぼまっていているのに対して、「甕」は口が広くて壺よりは大型という印象があります。でも、最近はあまり区別がつかなくなってきました。…と言うか、水壺そのものを使うことがなくなってきましたよね。
◆夢の革財布
江戸落語の『芝浜』を上方で演じる場合、『夢の革財布』というタイトルで演じるケースがあります。今日お聞きいただくのは、それをさらにひとひねりして上方のあかんたれの男としっかり者の女の噺に仕立て直したもの…だとうかがいました。江戸落語を上方に輸入する場合、言葉と地名をただただ翻訳したらいいというものではありません。登場する人間の「情」を描き分けることが肝心です。東京と大阪に限らず、どこの地方にも個性がなくなってきている昨今だからこそ、江戸と上方の違いは大切にしたいものですね。