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#コラム・レポート#演劇#市民寄席#2024年度

【市民寄席】演目解説(第370回-371回)

文:佐田吉(小佐田定雄)
2024.6.8 UP

1957年にスタートし、京都では恒例の落語会として長く親しまれてきた「市民寄席」。 京都会館がロームシアター京都としてリニューアルオープンしてから最初に開催された市民寄席は、第325回(2015年5月15日)の市民寄席です。第325回から今日まで、市民寄席は50回近く開催され、劇場に根付いてきました。

市民寄席では、ご来場いただいたお客様に配布するパンフレットに、小佐田定雄氏による演目解説を掲載しています。Spin-Offでは、ロームシアター京都版・上方落語演目のミニ辞典として、また、これからも続く市民寄席の歩みのアーカイブとして、本解説を継続して掲載していきます。

第370回

「鹿政談」 笑福亭福笑

日程:2024年5月21日(火)

番組・出演
「道具屋」 月亭希遊
「餅屋問答」 林家卯三郎
「質屋芝居」 桂米左
「鹿政談」 笑福亭福笑

道具屋 どうぐや 
今回の市民寄席は「道具屋」、「餅屋」、そして「質屋」と商売がタイトルに入っている噺が並びました。この噺の主人公の「道具屋」さんは一軒の店を構えている商人さんではなく、夜店で怪しげな品物を売る古道具屋さんです。そんなガラクタ商品でも、夜店の薄暗がりで見ると、なにやら魅力的な品物に見えると申しますが、さてこの噺では…。

◆餅屋問答 もちやもんどう 
禅宗のお寺の門前には「不許葷酒入山門」と書いた石碑が建っています。「葷酒(くんしゅ)山門に入るを許さず」と読んで、その意味は「葷酒」…ニラやニンニクのような匂いの強い精力を付ける野菜やお酒は、修行する者の心を迷わすので寺の中に持ち込んではいけない…という掟なのだそうです。落語会や劇場の入口にも「不許携帯鳴場内」…「携帯場内で鳴らすを許さず」なんて看板を置く必要があるのかも。この市民寄席に限っては心配ないと思いますが…。

◆質屋芝居 しちやしばい
最近は質屋さんでお金を借りる機会が少なくなってきているようです。預ける品物に見合うだけのお金しか借りられないので、質屋では借りすぎになる恐れはありません。質屋さんでお金を借りると「質札」という書類を発行してくれます。そこには、お客の名前、借り入れた金額、質入れした品物、利息、お金の返却期限などが書かれています。お客は借りたお金に利息と質札を添えて持参すると、預けた品物は返してもらえます。万一返せなかった時には、品物は質屋さんのものになってしまい、それを「流れる」と申します。

◆鹿政談 しかせいだん
奈良といえば鹿。駅を降りると、街の中を鹿がウロウロしている県庁所在地はほかにないと思います。鹿は春日明神の「おつかわしめ」…お使いです。「お使い姫」という言い方もありますが、「おつかわしめ」というフレーズが訛ったものではないかと思います。神仏にはそれぞれ使者となる動物がいて、稲荷の狐、弁天の蛇、八幡の鳩、天神の牛、大黒のネズミ、毘沙門のムカデなどが有名です。いくら「おつかわしめ」だといっても、駅前の通りに蛇やムカデがウロウロしていたら、ちょっといやかも…。奈良は良かったですね。

 

第371回

「熊野詣」 桂小文枝

日程:2024年7月23日(火)

番組・出演
「米揚げ笊」 笑福亭呂翔
「風呂屋番」 桂鯛蔵
「親子酒」 桂一蝶
「熊野詣」 桂小文枝

◆米揚げ笊 こめあげいかき 
 笊の網目のことを「間目(まめ)」と申します。隙間の粗いのを「大間目」、中ぐらいのを「中間目」、小さいのを「小間目」、そして一番目が細かいのが米を洗った後、水を切るのに使う「米揚げ笊」です。笊屋さんのある源蔵町は天満天神宮のすぐそばに位置する町で、『菅原伝授手習鑑』というお芝居で活躍する天神さんの忠臣・武部源蔵に因んだ町名と言われています。

◆風呂屋番 ふろやばん 
 銭湯…お風呂屋さんのことを江戸では「湯屋」と呼んでいました。この落語も東京では『湯屋番』というタイトルで演じられています。「風呂」とは元来は蒸し風呂…サウナを指していました。狭い室に蒸気を充満させて、その湯気で垢を浮き上がらせてこすり落とし、その後に湯を浴びて流すという仕組みだったそうです。その室のことを「むろ」と呼んだのが、後に「風呂」となったのだそうですよ。江戸時代以前の人たちも、風呂で「整う」まで楽しんでいたのでしょうか?

親子酒 おやこざけ
 お酒が好きな人が一杯やるための口実に使う「酒は百薬の長」というフレーズは、いったい誰が言いはじめたのでしょうか? 二千年近く前に編まれた「漢書」という中国の歴史書に出てくるんだそうです。ただし「塩は食肴の将。酒は百薬の長、嘉会の好。鉄は田農の本」と並べられていて、「塩と酒と鉄は必要なものだから、国の専売品とする」という意味なんだそうです。ただし、日本では兼好法師が『徒然草』で「酒は百薬の長、されど万病の元」と書いて、深酒を戒めています。さすがはケンコウ(健康)法師ですな。

熊野詣 くまのもうで
 二〇〇四年に初演された新作落語です。作者と演者は小文枝さんの師匠の五代目文枝師匠。「熊野古道を愛する会」から依頼を受けた五代目さんは、三年間にわたって実地調査をし、一席のスケールの大きな落語に仕上げました。「これから固めていこうと思うてます」と言っておられましたが、五代目さんとは、その半年後にお別れすることになりました。それでも、この噺は師匠の遺産としてお弟子さんたちに伝えられています。また、この噺が初演された二か月半後に熊野古道はユネスコの世界遺産リストに登録されました。

  • 小佐田定雄 Sadao Osada

    落語作家。1952年、大阪市生まれ。
    77年に桂枝雀に新作落語『幽霊の辻』を書いたのを手始めに、落語の新作や改作、滅んでいた噺の復活などを手がけた。つくった新作落語の数は250席を超えた。近年は落語だけでなく、狂言、文楽、歌舞伎の台本にも挑戦。著書に「5分で落語のよみきかせ」三部作(PHP研究所)、「落語大阪弁講座」(平凡社)、「枝雀らくごの舞台裏」、「米朝らくごの舞台裏」「上方らくごの舞台裏」(ちくま新書)などがある。2021年第42回松尾芸能賞優秀賞受賞。

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